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気になる話 その17 玉虫厨子

サンチ−2塔031
私の好きな国宝に玉虫厨子があります。
理由の一つは昆虫の玉虫の羽を使っていること、厨子に描かれている装画が素晴らしいことです。
厨子とは仏像などの礼拝対象を納めて屋内に安置する、屋根付きの工作物です。
素晴らしいことに玉虫厨子は実際の仏堂建築の外観を模した造りになっており、古代(7世紀)の日本建築を知るうえでも重要な遺品なのです。
2大正時代の模造j
この厨子の中に安置されていた仏像は三尊仏でしたが13世紀に盗難にあいどんな仏像かはわかりません。
あの美しい玉虫の羽を使うという発想が素晴らしいと思います。
私は昆虫少年で玉虫が大好きでしたが、都会の真ん中では玉虫は滅多に捕れません。
玉虫を見つけたらそれはもう大変な騒ぎです。
3玉虫
7世紀に作られた玉虫厨子には玉虫の羽はほとんど残っていませんが、岐阜県高山市の造園業中田金太さんが作った国宝を忠実に再現した復刻版玉虫厨子には透かし彫り金具の下に玉虫の羽6622枚をはり付けたそうです。
厨子は一番下の台脚部、その上の須弥座部、一番上の宮殿部からなります。
宮殿部は創建当時の金堂の姿をそのまま伝えていると言われています。
宮殿部の正面と両側面は観音開きの扉で、内壁には金銅打ち出しの千仏像が貼り付けてあります。
宮殿部正面扉には向かい合って立つ2体の武装神将像を描き、
4宮殿部正面扉(神将図)
左右扉には各2体の菩薩立像が描かれています。
5宮殿部向かって左面扉絵 二菩薩
これらの像はかなり正確に左右対称に描かれています。
宮殿部背面に描かれるのは霊鷲山浄土図で、中央に3基の宝塔とその中に坐す仏、その下に岩窟中に坐す4体の羅漢像が描かれています。
6宮殿部背面(霊鷲山図)
これらの左右には日月、飛翔する2体の天人、2体の鳳凰などが描かれています。
須弥座部は、正面に「舎利供養図」、向かって左側面に「施身聞偈図」(せしんもんげず)、右側面に「捨身飼虎図」(しゃしんしこず)、背面に「須弥山世界図」を描きます。
「捨身飼虎図」と「施身聞偈図」は釈迦の前世の物語である本生話(ジャータカ)です。
捨身飼虎図は薩埵王子(釈迦)が飢えた虎の母子に自らの肉体を布施するという物語で「異時同図法」の典型的な例としても知られ、王子が衣服を脱ぎ、崖から身を投げ、虎にその身を与えるまでの時間的経過を表現するために、王子の姿が画面中に3回登場します。
7捨身飼虎図
  10捨身飼虎図
「施身聞偈図」は雪山童子(釈迦)は修行中、山 野を歩いているとき谷 底の竹林のかげにうずくまる羅刹(仏教での悪魔)が「諸行無常、是生滅法」と唱えているのを耳にします。
それに続く偈の後半を聞きたく、自分の体を与えることを約し「生滅滅己、寂 滅偽楽」を聞くことができました。
それを広く衆生に伝えるために岸壁にしるした後、羅刹に身を与えるために崖から飛び降ります。
実は羅刹は帝釈天の化身であって、すばやく本来の姿に戻って落下してくる釈迦を受け止めたという話です。
右下に羅刹、左に手を差し伸べる雪山童子、その上にき得た偈を岩壁に記している雪山童子を、右側には崖から飛び降りる童子、それを受け止める帝釈天が描かれています。
8施身聞偈図
  11施身聞偈図
須弥座正面(舎利供養図)は上部に飛天、その下に香炉、その下に舎利壺、その下に供物台、舎利壺の左右に柄香炉を捧げる二人の比丘が描かれています。
3舎利供養図
  shumisenn2.jpg
「須弥山の図」は下部に仏殿が描かれ、その背後 左右に山稜が続き、その中央に須弥山が高く聳えています。
その左右上下に四棟の小さい堂宇 が建ち、最上部にもう一つの仏殿が描かれています。
画面上方左右には日月が描かれています。
9弥山世界須図
  12弥山世界須図
7世紀の飛鳥時代に制作された仏教工芸品で当時の建築様式、当時の絵画の様式、そして素晴らしいアイデアの玉虫の羽を使った装飾など、国宝にふさわしい逸品です。
「施身聞偈図」と「捨身飼虎図」は釈迦の前世の物語である本生話(ジャータカ)でインド、ネパール、東南アジア各国でも見かけます。
7世紀にはこれらの説話が入っていたことを考えると、悠久のロマンを感じます。

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