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映画の話 その86(ロストチルドレン)

119ロロ・イルン
ジャン=ピエール・ジュネ監督のいとも不思議なファンタジーです。
ロストチルドレン1
幼い男の子が煙突からサンタクロースが入ってくる夢を見ています。
しかしサンタクロースは次から次に降りてきます。
部屋がサンタクロースだらけになり、男の子は泣き出してしまいます。
これがオープニングです。
ロストチルドレン2
一方荒廃した不思議な港町では、サーカスの芸人たちが芸を披露していました。
ところが団長が謎の男にナイフで刺され、辺りは大騒ぎになります。
怪力男としてサーカスの見世物に出ているワンは、トレーラーで団長の看病をします。
ロストチルドレン3
ワンは、ゴミ箱に捨てられていた赤ん坊をダンレーと名付け、自分の弟として可愛がっていました。
トレーラーに一つ目族と呼ばれる盲目の一味が近づいていました。
一つ目族(小児誘拐団)は、物体を透視できる機械の目を使い、中に子供がいることを確認します。
そしてトレーラーに押し入り、ダンレーを連れ去ってしまいます。
一つ目族に殺されそうになっていたワンは、子供窃盗団と出会い、リーダーはミエットという大人びた少女で、機転を利かして一つ目族からワンを守ってくれました。
ロストチルドレン4
ワンとミエットはダンレーを探しに行きます。
海の実験基地には孤独な天才博士がいました。博士は孤独を癒そうと、美人な妻を造りましたが、生まれてきたのは小人の美人でした。
次に、自分と同じ姿をしたクローンを6体造りましたが、みな天才とはほど遠く、しかも眠り病を煩っていました。
それにもめげず、博士は素晴らしい知能を持つ脳みそを緑に輝く液体の中で育成しました。
けれど身体は持っていません。
ロストチルドレン7
そしてついに、身体も知能も兼ね備えたクローン・クランクを造り出しましたが、やはり欠点がありました。
クランクは夢を見ることが出来ないので、異様な早さで老化してしまうのです。
クランクはなんとかして夢を見ようと、他のクローンたちをこき使い、子供から夢を盗もうとします。
そのために子供が必要となり一ツ目族を使って誘惑を繰り返しています。
ロストチルドレン9
ある時、博士は記憶喪失になり行方不明になってしまいます。
ワンとミエットは一つ目族の隠れ家を見つけこっそりと潜入します。
そこでは一つ目族が誘拐した子供たちを引き取るという取引が行われていたのです。
運ばれてきた子供の中に弟を見つけて、助けようとしますが、逆に捕まってしまいます。
そのころ、ミエットが通う泥棒学校の怪しいシャム双生児の教師は、またワンの怪力を利用して一儲けしようと企み、昔のボス・マルチェロ(ノミ使い)のもとへ訪れ、協力を要求していました。
ロストチルドレン8
捕まったミエットとワンは海に落とされますがミエットは海底を歩く謎の男に助けられます。
ワンはマルチェロに助け出されます。
なんとミエットを助けた男は海の実験基地の天才博士でした。
ワンとミエットは再会し、海の実験基地へ向かいます。
基地では、ワンの弟が今まさにクランクの夢泥棒の餌食になろうとしていました。
<
そこに天才博士も現れ、クローン達の誤った行動を正し、基地を爆破するために戻ってきたのでした。
ミエットが基地の中心部に着くと、ワンの弟とクランクはすでにコードでつながれ、夢を見ている真っ最中でした。
ロストチルドレン6
助けるには、自らも夢の中に入るしか方法はないと、傍らで見守っている脳みそが言います。
意を決して夢の中へ入り、クランクと決着をつけたミエットはワンに起こされ、子供たちと基地を脱出します。
ロストチルドレン10
クローン達もわらわらと逃げ出すのを見て、身体にダイナマイトを巻き付けたオリジナルは戻ってこいと命令しますが、誰も話を聞いていません。
そうしている間にダイナマイトが爆発し、ボートで脱出したワンとミエットは幸せそうに微笑み子供たちも嬉しそうです。
以上があらすじです。
至る所に何処かで見たような映像が散りばめられています。
俳優が素晴らしい。
現代の怪奇役者ロン・パールマンを始め、7役のドミニク・ピノン、フランクのダニエル・エルミフォルク、シャム双生児のオバさん、全て一筋縄ではいかない人たちです。
ミエットのジュディット・ヴィッテの妖艶な魅力も特筆ものです。
ロストチルドレン11
特にノミが素晴らしい演技を見せます。
映像も美術もジャン=ピエール・ジュネ監督ならではです。

8-2ウィジョヨクスモの花


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気になる話 その33 歓喜天

サンチ−1塔038−2
今回は霊験あらたかな聖天様と言われる仏教の守護神歓喜天の話です。
歓喜天はヒンドゥー教のガネーシャ(Vināyaka、Gaṇapati)が仏教に取り入られて守護神となりました。
四部毘那夜迦法によれば「観音菩薩(十一面観音)が美女に化身して,暴神だった毘那夜迦(ガネーシャ)を調伏に来た。毘那夜迦はこの美女を抱きたいと欲したが、美女は私の教えに従って仏教を守護するように求めた。
毘那夜迦はこの美女の要求を承諾し、そして美女を抱いて交わると歓喜を得た。
これにより、毘那夜迦は仏法に信奉し、併せて仏教の護法神となった」というものです。
したがって象頭人身の歓喜天と観音が抱擁する双身像が一般的です。
歓喜天
単身像もあり坐像が多く左手に大根、右手に斧のような法具を持っています。
歓喜天2
双身像の形は互いに相手の右肩に顔をのせて、立ったまま抱擁している形です。
二天ともよく似ていますが、女天は冠をかぶり、ブレスレットとアンクレットをしています。
そして両足とも男天の足先を踏んでいます。
男天は冠がなく、赤色の袈裟をかけ、両天ともに裙(くん/巻きスカートのようなもの)を着けています。
このような形態の為、多くの寺院では秘仏になって厨子に入っています。
津軽家奉納の最勝院蔵大聖歓喜天厨子
聖天様を祀るのには特殊な聖天法という祀り方があります。
浴油供(よくゆく)と言い、まず歓喜天の像を用意し、月が満月に近づいている期間に、清潔な室内に聖天壇と呼ばれる円壇を作ります。
一升のゴマ油を清浄な銅の器に入れ、真言を108回唱えます。
そしてその油をあたためて像を浸し、祭壇に安置するのです。
このために歓喜天の象は15cmから20cmほどの大きさの金属製であることが多いです。
歓喜天1
とても神秘的で幻想的な秘儀です。
お供えは歓喜団と大根です。
歓喜団とは果物、ナッツ、スパイスなどを練って作ったお菓子で形は巾着型が基本です。
歓喜団はモダーカと言いますがこれが最中の原型とも言われています。
歓喜団
巾着は財宝で商売繁盛を表します。
大根はできれば二股大根が理想です。
歓喜天4
性器あるいは性交を意味するからです。
大根は良縁を成就し、夫婦和合、子孫繁栄を表します。
従って歓喜天のシンボルは巾着と二股大根です。
聖天様を祀るお寺では境内のいたるところにこのシンボルがあります。
DSC_0724.jpg
実際双身の歓喜天像はほとんど秘仏なので見れる機会はありませんが、千葉県の白井市にある鳥見神社には石像の歓喜天が安置され誰でも見られる貴重な像です。
千葉鳥見神社
インドにおいてガネーシャはシヴァ神の息子であらゆる障害を除くので新しい事業などを始めるにあたって信仰され、除災厄除・財運向上でも信仰を集めています。
また智慧・学問の神でもあり、学生にも霊験豊かとされるので人気の神です。
ほとんどが単独の立像か坐像で、双身像はありません。
唯一西インドのRAJASTHAN州KIRADUのヴィシュヌ寺院で女神と仲良く座るガネーシャ像を見つけました。
3VISHUNU011
ガネーシャはチベットに伝わり、6世紀には中国の莫高窟に描かれています。
莫高窟
四部毘那夜迦法で一連の交合像となったのでしょうか。
とても世俗的な不思議な神です。

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寺院の彫刻 その78(ガネーシャ)

PANATA153.jpeg
ガネーシャはインド全土で広範な信仰を集め、人々の障害を取り除いて、富や成功を保証してくれる現生利益の神です。
またマハーバーラタの口述筆記を行い学問の神とも言われています。
書物の冒頭には必ず「Sriganesayanamah―聖ガネーシャ神に帰命する」という文句が記されています。
太鼓腹の人間の身体に 片方の牙の折れた象の頭をもった神で、4本の腕を持っています。
乗り物(ヴァーハナ)はネズミです。
好物はモーダカという甘いお菓子です。
ガネーシャ
生い立ちは「シヴァ妃パールヴァティーには不満があった。
それはシヴァには従者が何人もいて、彼のために様々に仕事をするが、彼女には自分の命令に従う者が一人もいなかったからだ。
そこで彼女は自分のために尽くす忠実なものを作ろうと思った。
シヴァの留守中にパールヴァティーは身体を洗って、その身体の汚れを集めて香油を練り込み人形を作った。
ガンジスの聖水を注いで人形に命を吹き込んで自分の子供ガネーシャとした。
パールヴァティーの命令で、ガネーシャが浴室の見張りをしている際に、シヴァが帰還した。
ガネーシャはそれを父、あるいは偉大な神シヴァとは知らず、入室を拒んだ。
シヴァは激怒し、ガネーシャの首を切り落として遠くへ投げ捨ててしまった。
パールヴァティーに会い、それが自分の子供だと知ったシヴァは、投げ捨てたガネーシャの頭を探しに西に向かって旅に出かけるが、見つけることができなかった。
そこで旅の最初に出会った象の首を切り落として持ち帰り、ガネーシャの頭として取り付け復活させた」とうい話です。
また牙が一本ないのは夜道で転倒した際にお腹の中の菓子(モーダカ)が飛び出て転げたのを月に嘲笑されたために、自らの牙を一本折ってそれを月に投げつけたためです。
像はほとんどの寺院で見ることができ、商店でも、家庭でも、車の中でも至る所で見ることができます。
私の記憶に残ったものを見ていきます。
西インドのJAGATにあるAMBIKA MATA寺院(961年)のガネーシャは素晴らしい出来でした。
1AMBIKA037
4腕でナタラージャのポーズに似ています。
周りの彫刻も良い出来です。
同じ西インドのBAROLIのGHATESHWARA寺院(925年)のガネーシャも良い出来です。
2GHATE079
手足が破損しているのが惜しまれます。
砂漠の町KIRADUにあるVISHUNU寺院(10世紀初め)です。
3VISHUNU011
ガネーシャがとても楽しそうに女神と座っています。
中央インドではDEOGARH のDASHAVATARA寺院(6世紀初め)の壁龕のフレームに彫刻されているガネーシャが好きです。
4DASHA074
メダリオンから足がはみ出しているのが可愛い。
MALHARのPATALESHVAR寺院(10世紀)のガネーシャはKIRADUと同じように女神と座っていますがこちらの方がエロディックです。
5Malhar
UDAYAGIRI CAVEのガネーシャは古く5世紀の彫刻です。
5UDAYA-4003
東インドのBHUBANESWARではPARSVADEVATAと言ってシヴァ寺院の北側の壁にはドゥルガー、西側にはスカンダ、南側にはガネーシャが、彫刻されています。
BHUBANESWARには沢山のガネーシャが彫刻されていますが、その中でも素晴らしいのはPARASURAMESHWAR寺院(650年)
6PARASU061
とVAITAL DEUL寺院(750年)です。
7VAITAL042
南インドではPULLAMANGAIのBRAHMAPURISVARA寺院(910年)のガネーシャは沢山のガナに囲まれて楽しそうです。
8BRAHMAPURISVARA(PULLAMANGAI)
ガネーシャの別名ガナパティとはガナの王様のことです。
右上にはネズミもいます。
AIHOLEの石窟RAVANAPADI(6世紀後半)のガネーシャはシヴァの足元で誇らしげに立っています。
9RAVANAPADI
TANJAVURのBRIHADISHVARA寺院(1010年)には沢山のガネーシャがいますが、壁龕に入っている立派な像より隅に彫刻されているガネーシャの方が良い出来です。
10BRIHADISHVARA.jpeg
ホイサラ朝の寺院ではSOMNATHPURのKESHAVA寺院(12世紀後半)のガネーシャが可愛いです。
11KESHAVA(SOMNATHPUR)
HALEBIDのHOYSALESHWARA寺院(12世紀中頃)の境内にとても立派なガネーシャ像が安置されています。
12HOYSAL016.jpeg

ガネーシャ像はインド全土で見られ、超人気者です。

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映画の話 その85(青いパパイヤの香り)

118アルジュノ
トラン・アン・ユン監督のデビュー作「青いパパイヤの香り」です。
パパイヤ1
1980年代後半からベトナムを訪れていたのでとても興味深く見ました。
1951年のサイゴン、布地や縫製の店を営む一家に10歳の奉公人ムイがやってくる。
その家庭は何もしない父(時々家出をして帰ってこないことがある)、店を切り盛りする優しい母、家に寄り付かない長男、中学生の次男、腕白な小学生の三男、一日中お祈りしている祖母、そして長年仕えている女中のティーが居る。
ティーはイムに食事、洗濯、掃除を教える。
パパイヤ2
ムイはよく気がつき、よく働き、色々なことに興味を持つ女の子である。
パパイヤ3
母はムイと同じ歳の娘を亡くしているのでムイを娘のように思っている。
ある日長男の友人クェンが食事に呼ばれ、ムイはクェンに密かな憧れを抱く。
突然父が有り金と妻の宝石を持って家出をしてしまう。
祖母が母がいたらぬせいだと責めるが、母は何とか店を切盛りして生活していく。
それから10年、長男は結婚して家を継いでいる。
長男夫婦は経費を節減するためにムイに暇を出す。
母は自分の娘のために用意していた宝石とドレスをムイに渡す。
パパイヤ4
ムイはパリから戻った憧れの新進作曲家クェンに雇われる。
パパイヤ6
クェンには婚約者が居る。
ひたむきに家事をこなすムイ、やがてクェンもムイが気になり婚約を解消してムイと結ばれる。
最後はクェンの子を宿し幸せそうなムイのカットで終わる。
パパイヤ8
先ず驚くのはすべてフランスでセットを作って撮影したこと、ほとんどの俳優がパリに住むベトナム人で素人です。
10歳のムイを演じたリュ・マン・サンのほのかな色気まで感じる演技力、そのまま20になったようなトラン・ヌー・イェン・ケーの本物の色気を持った演技力、それを引き出すカメラワーク、些細な日常の動植物のアップなどが大好きです。
全く性的なシーンはないのにそこはかとなく色気を感じる不思議な映画です。
多分にカメラワークが関係していると思います。
ベトナムに行けば解りますがとてもうるさい国です。
騒音もそうですが、ベトナム語自体がとてもうるさいのです。
この映画はほとんど会話も町の騒音もありません。
時間がとても優雅に流れるのです。
音楽は民俗楽器で日本の能の様です。
そこにピアノが絡みます。
一番のお気に入りはサイゴンの市井の人達の生活を覗けることです。
料理のシーンが素晴らしい。
パパイヤ7
例えば、ムイがついた翌日の朝ご飯、強火で空芯菜を炒め、一度取り出します。
次に細かく切った豚肉の脂を炒めお肉を入れ、そこに炒めた空芯菜を入れニョクマムをかけ回して出来上がりです。
ベトナム料理に興味があった私はこれが知りたかったのです。
もう1つ青いパパイヤのサラダ(ゴイ・ドゥー・ドゥウー タイではソムタム)の作り方も覚えました。
この2つの料理は東南アジアの定番です。
これとご飯があれば何もいりません。
クェンの家も私の憧れの住宅です。
フレンチコロニアルとヴェトナムの住宅の見事な融合です。
色の使い方も最高です。
パパイヤ
ロケーシュヴァラ(菩薩)などのクメール彫刻に囲まれインテリアも文句なしです。
これから何回もこの映画を見るようになると思います。
そしてその度にベトナム料理屋に直行です。

8-2ウィジョヨクスモの花


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MEMORIES 1968冬

思い出表紙のコピー
「KENICHI、バニラファッジのキープ・ミー・ハンギング・オン聞いた?」今一番親しい友人のJがカツライスのお皿を持って私の隣に座る。
今は昼休み、高校のカフェテリアでカレーライスを食べていた私は「すごくいいね,ベースがいいよ」と昨日見たTVゴーゴーフラバルーを思い出していた。
ボクは音楽にはうるさい。
小学校の時ゲルマニウムラジオを買ってもらい偶然FENから流れて来たアメリカンポップスに目覚めた。その後中学のときにビートルズの洗礼に会いそれからはビートルズ一筋,そしてダンスの時はR&B,モータウン、アトランティク両方大好きだ。
今はスペンサー・デイヴィスグループ、ヤング・ラスカルズ、プロコル・ハルムにどっぷり浸かっている。
「今度桧町にゴールデンジェイルと言う新しい店がオープンするんだ、今週ギロチンの後で行ってみようよ」とJ。
僕らの学校は週休二日制で土日が休みなので金曜日の夜は乃木坂にあるギロチンという今で言うディスコに集まる。
ここで踊って六本木にあった「レオス」という24時間営業のロシアンレストランへ行くのが通常のコースである。
金曜日、リーバイスのブラックジーンズにチルデンセーター,ダッフルコートを着てギロチン到着。
すでに5〜6人の友人が来ていた。
顔見知りの女の子と2~3曲踊っていたらJが来た。
何と玉虫色に光る紺のツーピースでもちろん襟は極細、スラックスは超スリムの黒人仕様である。
ネクタイも極細の水玉である。
カッコいい!
「今日初めて着たんだよ、お袋に頼んで作ってもらったんだ」Jはすごい。
バーバーリーのトレンチの裏にウサギの毛皮が付いているのを見たことがある。
1時間ほどして混んで来たのでみんなで「ゴールデンジェイル」へ行くことにした。
お決まりのブラックライトの中、正面のステージでバンドが「ブラック・イズ・ブラック」を演奏していた。
入りは半分位、シートに座ってJ達と聞いていた。
バンドがスローな「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」を弾き始めた。
来たときに目をつけていた同い年位の女の子とチークを踊る。
色々スローな良い曲があるが極めつけは「青い影」である。
この曲で踊る時、相手はどんな子でも最高になる。
その後2〜3曲踊り「レオス」へ行く。
「レオス」へ行く時は男だけという暗黙の了解がある。
「レオス」にはジューク・ボックスがあり、すぐにAがコインを入れる。
ワンフレーズ聞いて戦慄が走る。
「A、何をかけたの?ゲーリー・ブルッカーの声みたいだけれど」
「プロコル・ハルムのハンバーグだよ」とA。
プロコル・ハルムのLPは持っているが「ハンバーグ」は入っていない。
後でわかったことだがレコード会社の関係で「ハンバーグ」が入っているものと、「青い影が」入っているものと二種類あった。
「ハンバーグ」は「青い影」に勝るとも劣らない名曲である。
「KENICHI、言っておくけれど、ハンバーグステーキじゃないよ。
ハンブルグ帽子のことだよ」とAは教えてくれた。
「KENICHI何かける?」とJ。
すかさず「タイトゥン・アップ」と僕。
この曲はヒューストンのアーチー・ベル&ザ・ドレルズがヒットさせたダンサブルなナンバー。
レオスでピロシキを食べて解散である。
家に帰る友人もいれば他の店にいく友人もいる。
僕は一人で溜池方面に歩いていく。
僕の従姉の同級生の親がやっている「円盤」という店があるからである。
僕の秘密の場所、誰にも教えない。
ここで僕と同い年の娘Mが手伝っている。
靴を脱いで絨毯の上で踊るこの時代特有のスナックである。
もちろん音楽はジューク・ボックスである。
溜池にはこの様なお店が多い。
階段を下りドアーを開けると、母親やM姉妹が「KENちゃんしばらく、元気?」と迎えてくれる。
中では常連のHさんがジェームス・ブラウンの「パパのニューバッグ」にあわせて華麗なステップを踏んでいる。
Hさんは横浜の「レッド・シューズ」などから黒人のステップを持って来て教えてくれる。
僕は座ってMと話をする。
Mは熱狂的なビートルズマニアでポール命である。
ハードデイズナイトを僕は12回見たが、Mは60回である。
Mはフランソワーズ・サガンが好きであるが僕はマルグリット・デュラスが好きである。
「聖少女は気に入った?」
僕はサガン好きのMに倉橋由美子の聖少女を貸したのだった。
「もう最高!日本のサガンね」。
その後「男と女のいる舗道」のアンナ・カリーナや「悲しみよこんにちは」のジーン・セバーグが良いとか「野いちご」のイングリッド・チューリンが最高だ、「突然炎のごとく」のジャンヌ・モローはやっぱりすごいなど映画の話をした。
Hさんは踊りっぱなしである。
ジューク・ボックスからはジミ・ヘンドリックスの「紫の煙」が流れてきた。
Hさんはどんな曲でも踊る。
僕はジミ・ヘンドリックスの「風の中のマリー」がとても好きだ。
この曲だけで彼のシンガーソングライターとしての素質がわかる。
「今度の日曜日はなにしているの」と僕。
「僕の大好きなマンディアルグの小説オートバイが映画化されて、ミック・ジャガーの恋人のマリアンヌ・フェイスフルが主演しているんだ、閑だったら行かない?」
「絶対行く」とM。
Hさんは「ドッグ・オブ・ザ・ベイ」で気持ち良さそうに踊っている。
Mは明日早いから先に帰ると言って、僕に微笑んで出て行った。
何処の映画館かな?
僕はデートコースを幾つか持っている。
お茶の水は特に好きな場所で、「アテネフランセ」があるからかとても雰囲気が良い。
「レモン」か「コペンハーゲン」でお茶をして、楽器屋や本屋を廻る。
表参道から「オリエンタルバザー」や「キディランド」を覗き、「レオン」か「ルートファイブ」でお茶、コーポオリンピアの地下のソーダファウンテンでもよい、足を伸ばして明治神宮。
渋谷は今で言う公園通り、「コロンバン」か「ジロー」でお茶、そのまま原宿へ。
日比谷公園からみゆき通り、「ジュリアンソレル」か「凮月堂」でお茶。
有栖川公園から「ナショナル・マーケット」、浅草雷門から仲見世を通り千束、上野公園から不忍池へなどのレパートリーがある。
一人でMと何処へ行こうか考えていたら、Hさんが皆にハマジル(横浜ジルバ)やスカマン(横須賀マンボ)を教えてくれた。
曲はボビー・ムーアの「サーチン・フォー・マイ・ラブ」がぴったりだ。
皆に「おやすみ」をして僕はドアーを開け階段を上り、まだ帳が上がらない街に出た。
冷たい冷気が僕を包む。
ダッフルコートのフードをかぶり歩き始める1968の冬。

♥︎6


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音楽の話 その73(愛奴)

ガンジーファ - 094
ある日レコード会社に勤める友人が数枚の見本盤を持ってきてくれました。
その中にテープがぐじゃぐじゃになったアルバムジャケットがありました。
中央に「愛奴」と書かれています。
愛奴3
そして「愛奴」というのがバンドの名前でありアルバムタイトルであることがわかりました。
もうその段階でひきました。
バンド名が愛奴ですよ。
4畳半的なフォーク以外にありません。
当時はキャラメル・ママとかティンパン・アレーとかセンチメンタル・シティー・ロマンスとかシュガー・ベイブなどの名前が普通です。
そこに愛奴ですよ。
多分すぐにターンテーブルに載せなかったと思います。
ふと思い出して聞いてみると荒削りですがとても良い曲が2曲ありました。
それはシングルカットされた「二人の夏」と「恋の西武新宿線」です。
愛奴5
「二人の夏」はまるで映画「避暑地の出来事」のテーマソング「夏の日の恋」そのものです。
転調するところも。
素晴らしいハーモニーなのでコーラスグループかと思いました。
一度聴いたら頭から離れないメロディーです。
ギターソロも最高です。
少しシャドウズが入っていますね。
日本版ハンク・マービンです。
これだけ気分が良くなる曲も珍しいです。
作曲のツボを心得ていますね。
歌詞もとても良く合っています。
愛奴2
ハタチの頃、よく行った湘南の海を思い出します。
一方「恋の西武新宿線」はとても日本的です。
メロディーも日本的で風景描写は都会の片隅、歌詞そのまま夕暮れ時、高田馬場駅か、地方から出てきた青年の切ない恋の歌です。
秋の黄昏時、都内をドライブしているときのBGMに最適です。
広島の高校生の山崎貴生・町支寛二・高橋信彦の3人により、愛奴の前身となる「グルックス」が結成されます。
その後解散し、新たに旧友の青山徹と浜田省吾の2人が加わり「愛奴」が結成されます。
愛奴1
そしてデモテープを聴いたソニーのスタッフからオーディションをやるから東京に出てこいと声がかかります。
東京のスタジオにいる時にたまたまスタジオに来ていた吉田拓郎にバックバンドをやらないかと誘われ、プロへの道が開かれたと言います。
吉田拓郎とともに一年間バックバンドとして全国ツアーを行います。
しかし愛奴のメンバーの演奏技術は決して高くなく、特にドラムだった浜田省吾は自分の力量に限界を感じ始めました。
そんな時にアルバム「愛奴」がリリースされました。
その後浜田章吾はバンドを脱退して、ソロになります。
愛奴4
愛奴の作詞は全て浜田が担当して、作曲は気に入ったメンバーがそれを持ち帰り、それに曲を付けるという方法です。
70年代の中頃、突然現れ消えていったとても素敵なバンドでした。
浜田省吾はその後日本を代表するロッカーとして活躍しています。
「片思い」は名曲です。
一本筋の通った本物のロッカーです。

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