2019/09/30
映画の話 その68(ジェイコブズ・ラダー)

セピアの画面にヘリが2機ジャングルの上空を飛んでいる所から始まります。

そこはメコンデルタのアメリカ軍陣営で、兵士はつかの間の休息を取っていました。
そこには主人公ジェイコブ・シンガーもいます。
突然急襲があり皆一斉に立ち上がりますが、ヤクを吸ってた者たちは頭が痛いと蹲り、顔中腫れ上がって血を吐き痙攣し始めます。

敵の攻撃が激しく、ジェイコブはジャングルに逃げ込みますが敵の銃剣で腹をさされ倒れます。
ジェイコブが目覚めたのはNYを走る薄汚れた地下鉄の車内でした。
そこには言葉が通じない中年女とシートに寝そべる異様な尻尾を持った浮浪者がいました。
彼はアパートの自室に戻りそこには同棲している恋人のジェジーが待っていました。
翌朝も、彼はぬかるんだジャングルで腹の傷に苦悶し、助けが呼べない悪夢で目覚めます。
ジェイコブの仕事は郵便配達員で、ジェジーは同じ局の仕分け係です。
彼はいつも整体治療院でルイから治療を受けています。
ある日病院へ行く途中、突然暴走車に追いかけられます。
病院では受付の老看護婦にジェイコブの担当医は存在しない(実は1ヶ月前に自動車の爆発事故で亡くなった)、ジェイコブのカルテもないと言われます。
その老看護婦の頭には異様なデキモノがありました。
またジェジーと参加したホームパーティーでは手相見の女性に生命線が終わっている、あなたは死んでいるわと言われます。
パーティーで踊っているとジェジーが、巨大な尾を持つ怪物と交わるうち口まで貫かれるのを見て悲鳴を上げ、昏倒します。
部屋に戻ったジェイコブは41度の高熱を出して寝込みます。
バスタブに氷を入れて浸かりなんとか助かります。

そこへベトナム時代の友人ポールから電話があり相談があるから会おうと言われます。
彼は命を狙われている、悪魔を見る、とジェイコブと同じ経験をしていました。
別れ際、ポールが車に乗りエンジンをかけた瞬間車は吹っ飛びます。
彼はジェジーと共にポールの葬儀に行き、戦友たちと再会します。
彼らは政府の陰謀に違いないと思い、弁護士に依頼をします。

弁護士は一度は引き受けますが、政府の圧力が友人たちと弁護士にかかってきたために断られてしまいます。
ジェイコブは裁判所で弁護士を問い詰めますが彼は軍の圧力を否定し、調査したらそもそも君はベトナムに行っておらず、タイでの軍事演習中に情緒不安定となり除隊となっていると拒絶されます。
裁判所を出た所でジェイコブは政府の役人に拉致されお前は軍の実験の事を言い触らし、人心を惑わせた、軍にいた事は忘れろと脅します。
なんとか脱出をしたジェイコブですが大けがをして病院に運ばれます。

そこの病院では狂人や体の一部を失った人々が、金網の上を這い回っていたり、臓物や千切れた手足が散らばり、下半身の無い黒マスクの男が頭を激しく振ったりしてまさに地獄絵図です。
彼は白衣に血だらけのビニールエプロンをつけた男たちに囲まれ、額と顎を器具で固定されます。
看護師の1人はなぜかジェジーで、彼が助けを求めても無視します。

やがて1人の男が「君は死んだんだ」と言い、彼が「僕は生きている、腰が痛いだけだ」と必死で訴えても聞き流され、目の無い男が彼の眉間に長い注射針を差します。

気付くと足や体が固定され、普通の病院のベッドに寝かされていました。
そこへ整体師のルイが現れ、彼を車椅子に乗せ連れ去ります。
ルイは地獄を見た、死にたくないと訴える彼にエックハルトは読むかね?と聞き、彼も地獄を見た、そこで燃えるのは思い出や愛着だ、でも人間は罰せられず魂は解放される。
死に怯えながら生き長らえると悪魔に命を奪われる、でも冷静に死を受け止めれば、悪魔は天使となり人間を地上から解放する、要するに心の準備の問題だと語ります。

アパートに戻った彼は、軍のマークのついた箱を開け”名誉除隊証明書”や”ブルックリン大学文学修士号”、戦時中の同胞の写真やタグの他、息子のゲイブからの手紙を見て事故の事を思い出します。
ゲイブは、彼が自転車の乗り方を教えて間もなく暴走車に轢かれ亡くなったのです。
そこへベトナムで化学実験をしていた化学者からの電話があり、二人は会います。
彼は、最初LSD製造で1968年に逮捕され収監されたが4人の陸軍大佐に呼び出され、2年間ベトナムの研究所で働けば無罪放免だと持ち掛けられ取り引きに応じたと言い、サイゴンで軍の秘密研究の”意識を変える薬”の開発に従事、人間の闘争本能を強化する薬”ラダー”を開発した、それはどんなすごいヤクも敵わない強力なものだと話します。
そして、米軍が劣勢となり反戦気運が高まった頃、軍はラダーの使用を決定し、君らの大隊の食事に微量のラダーが混入されたと語ります。
そしてジェイコブたちが戦った戦闘はベトナム軍ではなく、ラダーのために精神撹乱状態になり味方同士の戦闘だったと打ち明けます。
ジェイコブは放心状態になり、タクシーでむかし暮らしていたブルックリンのマンションへ向かいます。
部屋には誰もいませんでしたが階段下に交通事故でなくなったゲイブがいます。

ジェイコブはゲイブの足元に跪きその小さな胸に顔を埋めます。
彼はその背中を優しく撫で、「大丈夫だよ、上に行こう」と彼の手を引き、階段を昇り始めます。
ステンドグラスの踊り場は暖かい光に満ちていました。

野戦病院の軍医たちは彼の顔を見て安らかな顔だ、力尽きたんだなと呟き、タグを外し、受付で彼の名前を言います。
ジェイコブ・シンガーは、確かにベトナムで、銃剣で腹を刺され亡くなったのです。
最後に「幻覚剤BZがベトナム戦争で実験的に使用されたと言われたが、国防省は否定した」とクレジットが出て終了です。
この映画はサスペンスでミステリーでホラーで反戦映画です。
エイドリアン・ラインは光と影のコントラストによる演出方法が素晴らしいので飽きさせません。
音楽の巨匠モーリス・ジャールもすばらしいです。
郵便局員のジェイコブに向かって、黒人の女の子たちがThe Marvelettesの「Please Mr. Postman」を歌うシーンは感動モノです。
ジェイコブが手相を見てもらうシーンではMarvin Gayeの「What's Going on」です。
私が好きなシーンはパーティでジェジーが悪魔とセックスするシーンとジェイコブが救急病院でストレッチャーに乗って地獄めぐりをするシーンです。
監督のセンスが素晴らしい。
エイドリアン・ラインは只者ではありません。
Jacob's Ladder(ヤコブの梯子)とは旧約聖書の28章でヤコブが夢に見た天使が上り下りしている、天から地まで至る梯子、あるいは階段のことです。
「人は、一日に一歩ずつ『ジェイコブの階段』を登っている」

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