FC2ブログ

寺院の彫刻 その68(シヴァ18 エカパダムルティ)

PANATA126.jpg
東インドのブヴァネーシュヴァルにある寺院を見学しているときにとても不思議な彫刻を見つけました。
その像は一本足で立っていてまるで日本の妖怪カラカサ小僧のようです。
1エカパダ
この像はシヴァ神の形(ムルティ)の一つでエカパダ(EKAPADA MURTI)と言い一本足の意味です。
像の顔は1面で腕は4本、一般にシヴァの持ち物である三叉戟と小さな斧を持ち、残りの2本はバラダムードラ(恩恵を受けるジェスチャー)とアバヤムードラ(安心のジェスチャー)を表しています。そして特徴的な一本足です。この足下は蓮の上に立っているか、邪鬼を踏みつけています。
ほとんどが勃起した性器を露出させています。
エカパダは中央インド、東インド、南インドで時々見かけますがそのほかの地域にはほとんど見かけません。
表情も東インドではとても恐ろしい顔をしており、シヴァの恐怖の1面であるバイラバを表しているように見えます。
それに対して中央インドのエカバダはとても穏やかな表情をしています。
エカパダに関して調べてみましたがあまりよくわかりませんでした。
ヒンドゥー教以前に信仰されていたバラモン教の神ルドラは暴風雨やモンスーンを神格化した神ですが、いろいろな名前を持ちその中の一つにエカパダがあります。
<ルドラ神 5世紀 マトゥラー博物館>
2ルドラ神魔ツゥラー博物館5世紀
ルドラ神はその後ヒンドウー教の時代にシヴァ神と同一視されますが、そのままエカパダを引き継いだと思われます。
ある彫刻や絵画ではエカパダの体からブラフマーとヴィシュヌが出ています。
これはEKAPADA-TRIMURTIと呼ばれ、三位一体を表しているそうです。
4Ekapada-Trimurti
エカパダは1〜2人の従者を連れています。
まずは中央インドChhattisgarh州RajimにあるRajiv Lochan Mandir(7世紀)のエカパダです。
5Rajim-121
結い上げた髪、4腕で後ろの腕には三叉戟ともう一つはよくわかりません。
前の手はバラダムードラとアバヤムードラです。
聖なる紐を付け、性器は勃起しています。
足元にはひざまずいて合掌する信者がいます。
同じく中央インドのShivpuriにあるSurvaya寺院のエカパダです。
7Surwaya-196
とても優しい顔をしており4腕です。
保存状態が良くないので三叉戟以外はわかりませんが、Rajiv Lochan Mandirのエカパダによく似ているので同じだと思います。
性器は彫刻されていません。従者は二人だったようです。
東インドのBHUBANESWARへ行きます。
ここにはたくさんのシヴァ寺院があります。
街中にある8世紀のTALESHWAR寺院はとても小さい寺院ですが9曜星をはじめとする彫刻が素晴らしい寺院です。
この寺院の壁龕に彫られたエカパダは光背を背負い4腕で後ろの二つは三叉戟と数珠を、前の二つは Rajiv Lochan Mandirのものと同じです。
9TALE010 2
勃起した性器を露出させ、足元には合掌する従者と三叉戟を抱える従者が彫られています。
同じ時期のMARKANDEYESHWAR 寺院のエカパダはTALESHWAR寺院のものとほとんど同じです。
10Markandesvara-013.jpg
11世紀のBRAHMESHWAR寺院のエカパダは結い上げた髪に顔は崩壊してわかりませんが4腕で持ち物はほとんど同じです。
11Brahmesvara-030.jpg
勃起した性器を露出させ邪鬼か悪魔を踏みつけています。
その横には棒を持った従者を連れています。
市内から少し離れたHIRAPURにあるCHAUNSATH YOGINI寺院(11世紀)は不思議な寺院です。
12Hirapur-002.jpg
円形のオープンエアーの寺院で内側にドゥルガーの従者(ヨーギーニ)64人が彫られています。
中央には小祠堂があり、ここにはシヴァ神が祀られています。
その中の一つにエカパダがあります。
13エカパダ
上部左右には飛天が彫刻され、光背を背負い、髪は高く結い上げられ、イヤリングやネックレス、ブレスレット、アンクレットなどアクセサリーを身につけ4腕ですが崩壊しているので持ち物はよくわかりません。
勃起した性器を露出させ蓮の上に立っています。
従者は二人でやはり蓮の上に立っています。
1464YOGI036.jpg
一説によりますとヨーギーニとエカパダは関連があるそうです。
おそらくタントリック的なものだと思います。
以上エカパダを見てきましたが、なぜ一本足なのかはわかりませんでした。
とにかく魅力的で不思議なシヴァのムルティです。

ホームページ  www.ravana.jp

石の巡礼 その15(北條五百羅漢)

表紙AA1_0291のコピー
今回は五百羅漢(阿羅漢)です。
羅漢はブッダの弟子で供養尊敬に値する人のことで、五百羅漢は第1回、第4回の仏典編集会議に集まった人々がそれぞれ500人であったことから、両会議の参加者を指して言います。
12AA1_9475.jpeg
これに基づいて、日本や中国では500人の羅漢に対する信仰が生じ、五百羅漢像が作られるようになります。
像は木造、石像があり、大分県中津市耶馬渓の羅漢寺、埼玉県川越市の喜多院、東京都目黒の羅漢寺などが有名です。
10AA1_9495.jpeg
今回とりあげるのは、それらの寺ではなく、とても素朴でユニークな五百羅漢を安置している兵庫県加西市にある北條五百羅漢です。
一目見たら忘れられないとてもかわった羅漢さんです。
11AA1_9509.jpeg
とてもシンプルで稚拙に見えますが、見る人に感動を与える、素敵な像達です。
造立は江戸初期で高室石とよばれる地元の凝灰岩が使われております。
作者は謎でおそらく複数の人が携わったと考えられています。
ほとんどの像は角柱の石を掘り出して頭だけ作り、首から下はほとんどそのままで、持ち物や手だけ薄肉彫や線彫にしてあります。
9AA1_9493
特徴的なのは目です。
ほとんど直線的で開いているのか閉じているのかわからない半眼です。
この目が全ての像に不思議な統一感を与えています。
さらに鼻も口もいたってシンプルです。そのくせ一体一体がとても個性的なのです。
入り口には左右に仁王像が鎮座しています。
この仁王像に慶長15年(1610年)の銘があります。
1仁王
境内に入ると、いきなり五百羅漢のお出迎えです。
ものすごいインパクトです。一体一体全て見て行きたくなります。
中央には釈迦三尊と阿弥陀如来、大日如来が安置されています。
1釈迦三尊
素晴らしいのは釈迦如来の脇侍の普賢菩薩と文殊菩薩です。
普賢菩薩の乗り物は普通は象なのですが馬のような動物に乗っています。
普賢菩薩
文殊菩薩は獅子です。
1−2文殊菩薩
この獅子が上目遣いで可愛いのです。
閻魔王も龍を載せています。
2閻魔大王
人の善悪を閻魔大王に報告する倶生神はノートとペンを持って蓮の上に立っています。
3倶生神
25菩薩は阿弥陀如来に従える菩薩の集団で音楽を担当します。
華厳王菩薩は室内で使う鐘を持ち
4華厳王菩薩4−2





月光王菩薩は振鼓、
5月光王菩薩5−2






日照王菩薩は鏡台の前に立っています。
6日照王菩薩6−2






衆宝王菩薩はシンバルのような鐃、
7衆宝王菩薩7−2






定自在王菩薩は大型の火焔太鼓を叩きます。
8定自在王菩薩8−2






しかし主役は名もなき羅漢です。
石仏の造立は、亡き先霊を弔う純粋な信仰心の表れです。
この500体もの石仏を前にすると素朴でシンプルな故に直接心に届くのです。
どんなに素晴らしい彫り師が彫ったとしてもこれほどの感動は与えられません。
是非一度足を運んでください。

ホームページ  www.ravana.jp

映画の話 その66(バグダッド・カフェ)

108ウルクドロ(ビモ)
バグダット・カフェは観終わると心が温かくなって、優しい気持ちになる映画です。
バグダッド・カフェ1
パーシー・アドロン監督は言っています。
「バグダッド・カフェは人種もバックグラウンドも違う二人が友情をはぐくみ、お互いに対する思いやりを持つという物語だ。そして、理解すること、偏見を乗り越えること、ただ囚われの身になっていたかもしれない自分自身の人生を自由に解き放つことについての物語だ」と。
それは監督の望み通り成功しました。
舞台はモハーヴェ砂漠の中にあるさびれたモーテル兼カフェ兼ガソリンスタンド「バグダッド・カフェ」で、物語は全てここで進行しますので舞台劇でも十分だと思いましたが、主人公の砂漠の空気は舞台では届きません。
この映画のオープニングでアメリカを旅行中のドイツ人・ムンシュテットナー夫妻の車が、ラスベガスに向かう途中でエンストし夫婦喧嘩の末、妻・ジャスミン(マリアンネ・ゼーゲブレヒト)は間違えて夫のスーツケースを持って車を飛び出します。
バグダッド・カフェ2
モハーヴェ砂漠を歩き続けるジャスミン、滴り落ちる汗、バックで流れる「Calling You」、ここで観ている人は砂漠の空気を感じこれから起こることを想像し映画に引き込まれます。
たどり着いたバグダ・カフェにチェックインします。
バグダッド・カフェ3
そこにはいつも不機嫌で誰彼構わず当たり散らしてしまう女主人ブレンダ(CCH・パウンダー)、愛想をつかされ家を追い出された夫サル、男友達と遊び呆けるブレンダの娘フィリス、1日中ピアノを弾いているブレンダの息子サロモ、妖艶で寡黙な刺青入れの女性、ブーメランを投げてばかりの旅の青年、カウボーイ風の老画家ルーディ(ジャック・パランス)たちが暮らしています。
行くあてもないジャスミンはその中に入って働いていくうちに、少しずつみんなと心を通わせ、砂漠のカフェを変えていきます。
バグダッド・カフェ4
伏線は夫婦喧嘩の際、間違えて持ってきた夫のスーツケースにあります。
そこには夫の服とマジックの教則本しか入っていないのです。
ジャスミンはマジックを覚え、夫の服を着て、カフェで披露します。
バグダッド・カフェ5
それがトラック運転手達に受け、バグダッドカフェは大盛況です。
しかしある日保安官がビザの期限切れと労働許可証の不所持を理由に、ジャスミンをドイツへの帰国を命じます。
みんなの心を虜にしたジャスミンがいなくなり、バグダッドカフェは元のカフェに戻ります。
ところが数ヶ月後、アメリカ市民となったジャスミンがカフェに帰って来ます。
バグダッド・カフェ8
ブレンダたちはジャスミンを迎え入れ、カフェは賑やかさを取り戻します。
私が一番喜んだのは画家のルーディです。
バグダッド・カフェ7
子供の頃から何回も見ている「シェーン」の殺し屋のウィルスンなのです。
ウィルスンがかっこいいのです。
黒ずくめでいつもにやけています。
子供の頃はシェーンよりインパクトがありました。
ジャック・パランスを始め出演者が素晴らしくチロルの衣装が似合うマリアンネ・ゼーゲブレヒトに夢中になってしまいました。
ボブ・テルソンのCalling Youを歌うジェヴェッタ・スティール、とても不思議なカラーの映像、全てが砂漠にマッチしています。
この映画はパーシー・アドロン監督が仕掛けた大人のマジックです。

8-2ウィジョヨクスモの花

ホームページ  www.ravana.jp







音楽の話 その63(あがた森魚)

ガンジーファ - 022
はっぴーえんどの次はあがた森魚でした。
フォーク派でもガロ派でも無い私ですが、赤色エレジーは強烈でした。
林静一の世界を歌にしました。
そして「乙女の儚夢」を購入しました。
あがた森魚2
弾き語りで始まる「乙女の儚夢」、女学校の「春の調べ」、オルガンで始まる「薔薇瑠璃学園」、昭和歌謡「女の友情」、口上で始まる「大道芸人」、「曲馬団小屋」、ブルース「電気ブラン」、春の調べに対峙する「秋の調べ」、ヒット曲「赤色エレジー」、昭和カントリー「君のハートのクィーンだよ」、名曲「冬のサナトリウム」、「清怨夜曲」など荒削りだけれと、乙女の大正ロマン、浅草のロマンが伝わります。
これを経て傑作「噫無情」が生まれます。
あがた森魚1
プロデュースは松本隆です。
バックははちみつぱい、鈴木茂、後藤次利、矢野誠などで、緑魔子もヴォーカルで参加しています。
1曲目「蒲田行進曲’74」でも分かる通り、今回はキネマが主題です。
港で子供時代の思い出を語る「永遠のマドンナK」、傑作「キネマ館に雨が降る」、「組曲噫無情」、「星のふる郷」の流れは素晴らしい。
あがた森魚6
コミックな「元祖ラヂオ焼き」、アレンジの良いアメリカ映画の主題歌「上海リル」、はっぴーえんどの「はいからはくち」、ドイツのタンゴ「小さな喫茶店」などなかなかの選曲です。
ここでマドンナKが戻ってくる「月曜日のK」、緑魔子がとても可愛い「最后のダンス・ステップ(昭和柔侠伝の唄)」、これも傑作「大寒町」こういう曲を歌わせると最強です。
あがた森魚4
キネマから「テレビヂョン」に変わって終わります。
このアルバムは一言でいえばセンチメンタルです。
日本人のセンチメンタルです。
松本隆とあがた森魚のお互いの世界がリンクしたためにできた稀有なアルバムです。
そして次のアルバム「日本少年‐ヂパング・ボーイ」では世界に飛び出します。
あがた森魚3
2枚組のトータルアルバムです。
今度のプロデュースは細野晴臣です。
今回は細野晴臣とあがた森魚の世界です。
あがた森魚5
そして参加ミュージシャンがすごいです。
これはあがた森魚の実力と人気が認められたからです。
アルバムジャケットはガロ三羽烏の一人鈴木翁二です。
このジャケットがアルバムを表しています。
今まで超ウエットだった世界がドライになります。
サイダーを飲んであがた少年といざ出航です。
7つの海をめぐり、憧れのネモ船長にも御面会です。
ホーソン船長と森魚船員と一緒に出航!
「よーそろー」
くれぐれも船酔いには気をつけて!

ホームページ  www.ravana.jp










食べ物の話 21(アンコウ)

104ドルパディ
先日アンコウを食べに北茨城まで行ってきました。
親潮と黒潮が交わる鹿島灘海域はプランクトンが豊富で質が良く、久慈漁港や日立漁港、平潟漁港で主に水揚げされている常磐物は築地市場で上物とされていると言うことで平潟漁港へ行くことにしました。
遠かった。
190kmもあり常磐自動車道を通って2時間半です。
1アンコウ
アンコウの旬は11月から2月(特に1、2月)です。アンコウは深海魚であり外見が奇妙であるが食べられない所がないと言われるように、身はもちろん、皮や内臓、エラなど、骨以外は全て食べることが出来る無駄のない魚です。
北茨城のアンコウ鍋の特徴は割下にあん肝を大量に入れるどぶ汁です。
平潟は温泉なので宿に着いたらお風呂へ行きます。
私たちの部屋は露天のコラーゲン風呂の前にあるので直行です。
2アンコウ
この宿は内風呂のほか、露天風呂と貸切風呂が4つもあり楽しめます。
夕食まで時間があるので露天風呂の後、泥が入った泥風呂と、とても深い立ち湯に入ります。
立ち湯は階段になっており、最深部では170cmほどありました。
この宿の浴衣はもちろんアンコウ柄ですが、なんと畳の縁は海の中です。
3−1アンコウ
さていよいよ夕食です。
食事処へ行くとテーブルには一人一人に巨大なお刺身の盛り合わせがあるではないですか。
ヒラメ、カンパチ、ツブ貝、ホウボウ、ボタンエビ、マダイ、そしてアンコウのとも和え、とも酢、蒸肝、ヤナギ(アンコウの頬肉)ですよ。圧倒されます。
3アンコウ
そのほかアンコウのソテー、アンコウの唐揚げにキノコあんがかかったもの、アンコウの煮こごり、が並んでいます。
そして暖かいマコガレイの煮物が登場します。
3−2アンコウ
最後に鍋が運ばれてきます。
味噌の割下にアンコウ、ネギ、ダイコン、ワカメが入っており、その上に大量の肝がのせてあります。
4アンコウ
コンロに火を着け蓋をして少し煮ます。
ひと煮立ちしたら火を止めよくかき回します。
ものすごい濃厚な味です。
5アンコウ
アンコウも色々な部位が入っていてとても美味しいです。
具を食べたらいよいよ「おじや」です。
鍋を一旦調理場へ持って行ってご飯と卵を入れて出てきます。
もう最高です。
満足して部屋に戻ります。
寝る前に部屋の前の露天風呂へ行くと空には満天の星です。
これが露天風呂の醍醐味です。
朝食もおどろきます。
テーブルに並んでいるのはごく普通の温泉卵、さつま揚げ、塩辛、佃煮、サラダなどです。
7アンコウ
が、そこに登場するのは巨大な鯛の塩焼きです。
優勝した関取が持っているやつです。
8アンコウ
さらに味噌汁がここの名物の「豪快汁」です。
野菜や魚が入った味噌汁に熱した石を入れます。
これでお腹がいっぱいです。
10アンコウ
帰りは五浦によって天心記念五浦美術館を見学します。
震災で破壊された六角堂は再建されてました。
9アンコウ
ひと安心です。

8-2ウィジョヨクスモの花

ホームページ  www.ravana.jp

気になる話 その22 野津唯市「懐かしい未来 沖縄」

サンチ−2塔046
沖縄旅行した際、重要文化財に指定されている中村家住宅を訪れたときです。
とても素晴らしい古い沖縄の豪農の家がとてもよく保存され感激しました。
特に沖縄の古民家に興味があり、その実用性に驚きました。
琉球石灰岩で作られた石垣、入口の門は無く、内部を見えなくするための掘りであるヒンプン(悪鬼の侵入も防ぐ)、防風林としてのフクギの木、屋根は赤瓦でアマハジと言うひさしのように出っ張った構造、そこの魔除けのシーサーが鎮座しています。
中村家の前に入場券発売所があり、休憩所になっています。
見学後、そこでお茶と黒糖ゼリーを出してもらいました。
お土産物も売っており、その中に野津唯市「懐かしい未来 沖縄」と言う画集がありました。
沖縄1
沖縄には住んだことはありませんが、郷愁を覚え買いました。
自分がその絵の中にいたいと言う願望があたかも自分がその絵の中にいたという状況を作り出し、風の匂いや、南国独特のネットリした空気、物音などを感じ取ることができるのです。
もちろん絵の中で私は子供です。
7〜8歳ぐらいかな。
img016.jpg
キジムナー(ガジュマルなどの古木の精霊)の住む森で遊んだり、虫取り網を持って昆虫を追いかけ、村のよろず屋でアイスキャンデーを食べ、小川で泳いだり、海で魚や貝を採ります。
img034.jpg
ほとんど勉強していません。
たまにガジュマルの木陰で村のお姉さんに宿題を手伝ってもらいます。
沖縄2
銭湯は友達か父親といきます。
いつもは家や水場で行水ですが熱いお湯に入るのはとても気持ちが良いです。
img017.jpg
家や浜辺で宴会の時は、大人に混じってカチャーシーを踊ります。
お祭りの時は朝まで踊ります。
img005.jpg
うりずんの季節はデイゴの真っ赤な花が咲き乱れ、ウキウキします。
img030.jpg
台風の時は大変です。普段開けっ放しの雨戸を閉め補強の板や木を打ちつけます。
私は中で布団にくるまっています。
img026.jpg
台風明けの空の青さが好きです。
このような世界にこの画集は連れて行ってくれます。
img006.jpg
野津唯市さんは、10歳の時に、ご両親と共に東京から沖縄へ戻り、若狭と与那原に住まれていたそうです。
65歳で定年退職したあと、本格的に油絵を描き始め、沖縄の風土や生活文化を中心に、数々の作品を生み出してきました。
img039.jpg
沖展や沖縄芸術美術展、那覇市民芸術展、二科展などでも多数入選し、その芸術性も高く評価されております。
この画集から感じられることは全員が一つの共同体でお互いがお互いを必要とし、助け合って生きていることです。
おじいさんおばあさんは、村の大人たちを見守り、大人たちは若者を見守り、若者は子供たちを見守り、一つでも上の子は下の子を見守る社会です。
img040.jpg
そしてそれは自然の中で育まれていきます。
最終的に村の人びとは自然に対する畏敬の念を持って生活していくのです。
img044.jpg
そういう中で育った子供たちにはキジムナーが見えるのです。
キジムナー 見てー!!
img003.jpg

ホームページ  www.ravana.jp