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気になる話 その30 機那サフラン酒本舗の鏝絵蔵

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今回は新潟県の長岡市に鏝絵(こて)を見に行きました。
鏝絵とは左官が壁を塗る鏝で絵を描いたものです。
江戸時代中期から徐々に盛んになり、静岡県松崎町出身の名工、入江長八が鏝絵として芸術の域にまで昇華させました。
もとは財を成した豪商や網元が母屋や土蔵を改築する際、富の象徴として外壁の装飾に用いたものです。
題材は福を招く物語、花鳥風月が中心です。
戦後、在来工法の衰退と共に腕利きの左官職人が減少し一時は幻の技巧となりましたが、近年、建築の分野で再評価が進んでいます。
静岡県松崎町や大分県安心院では町のいたるところで鏝絵が見られます。
今回の機那サフラン酒本舗の鏝絵は保存状態も良くその美しさで日本一の鏝絵と言われています。
1safuran
機那サフラン酒は明治時代、養命酒と人気を二分した薬用酒でサフラン、はちみつ、桂皮、丁子、甘草などが入っています。
2サフラン酒
このサフラン酒で巨万の富を得た吉澤仁太郎が鏝絵で飾られた蔵を広大な敷地に建てたのです。
そして知人の伊吉を左官職人にして富士に修行に出し、蔵の鏝絵を任せました。
伊吉は期待に応え、蔵の扉に十二支、鳳凰、麒麟、大黒、恵比寿など縁起物で飾りました。
それが素晴らしい出来なのです。
それでは見学します。
3safuran.jpg
まず目につくのは2階の窓の左右の鳳凰です。
4鳳凰1 5鳳凰2
珍しいのはその上の軒下にも左右に龍が彫られています。
6屋根
1階には麒麟と亀と亀です。
7キリン 8カメ
側面に回ります。
9側面
2階は窓が3つあり左右は片開きで真ん中は観音開きです。
左の窓はイノシシです。
10イノシシ
植物はよくわかりませんがガマの穂にも見えます。
中央観音開きの左側は虎と竹、右はネズミです。
11トラ 12ネズミ
右の窓は牛と梅です。
13牛
1階は左の窓が観音開きで左側は馬と桜、右が犬と牡丹、
14ウマ 15ネコ
右の片開きは羊です。
16ヒツジ
入口の2階です。
17入り口
観音開きは左に鶏に菊、右側はウサギと松です。
19トリ  18ウサギ
1階は母屋とつながっているので屋内です。
右側の観音開きの窓の左側には鶴と亀、左側には鶴と松です。
20ツルカメ 21ツルと松
蔵の入口の扉左側は恵比寿、右は大黒です。
22恵比寿 23大黒
蔵の中には創業当時から現代にいたるまでの関連商品が展示されています。
当時の広告やポスターがあり、近年は同郷の三波春夫を宣伝に使っていたようです。
24三波春夫
吉澤仁太郎はその財力で日本中から貴重な石や木材を取り寄せ、素晴らしい庭園や日本家屋を建てました。
全く手入れをしていなかったのでかなり痛んでますが、現在地元のボランディアの方々が修復をしています。
26母屋
機那サフラン酒本舗の鏝絵蔵は吉澤仁太郎の財力と伊吉の感性と技が生み出した日本が誇る文化です。
度重なる地震に耐え今も誇らしげに立っています。
しかし屋外にあるため保存が心配です。

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気になる話 その29 新潟のショウキ様

ショウキサマ
新潟県東部の阿賀野川流域(阿賀町)では毎年早春に行われている伝統行事のショウキ祭りがあります。
五穀豊穣、家内安全、無病息災、子孫繁栄、厄除け、厄払いなどを願って、大きく特徴のあるショウキ(鍾馗)様のワラ人形を作り祀ります。
東日本では江戸時代に村を守る道祖神をわらで作って祀る民間信仰が広まりました。
一方、ショウキ様は平安時代に中国から伝来した魔除けの神様ですが、ショウキ像が民衆に一般的に広まったのは江戸時代末期です。
1ショウキサマ
この時期に古くからあった道祖神信仰にショウキ様信仰が合体してできたものと思われます。
このような形態は秋田県の人形道祖神や、福島県のお人形様にも見られます。
ショウキ様の風貌は村に邪悪なものが入らないように阻止する厄除けにピッタリです。
そしてワラで作ることで五穀豊穣、また巨大な男根をつけることで子孫繁栄を表しています。
特に阿賀野川流域の村では会津から阿賀野川沿いに流れてくる疫病や悪人など悪いものを防ぐ強い願いがあったのかもしれません。
2ショウキサマ
現在このショウキ様祭りは阿賀町の4地区でのみ行われています。
以前はたくさんの地域で行われていましたが後継者の問題(人口減少と高齢化)、材料のわら不足(現在はコンバインが使われ藁が裁断されてしまう)などで行われなくなりました。
ショウキ像は人の大きさから3mぐらいまで、顔は紙に筆を使って描かれ頭にはツノがついています。
手には槍や刀を持っています。
厄除けのため両手は広げて侵入を阻止します。
わら人形の中には自分の厄を紙に書いてわらに結んで埋め込みます。
厄を封じ込めた人形が完成すると、人々は人形を担ぎ集落の外れに祀ります。
昔は大きな木に括りつけていましたが、近年は汚れを避けるためにお堂が作られその中に祀られます。
中には男女一対のわら人形を作って集落の上下に祀る地区もあります。
<熊渡のショウキ様>
3熊渡のショウキサマ 4熊渡のショウキサマ2
正鬼神社の裏の大木にくくりつけられています。
4つのショウキ様の中では一番原型に近く立派です。
特に秋田の人形道祖神にとてもよく似ています。
全てがワラで厚く出来ており風格が感じられます。
顔が素晴らしいです。
<道の駅 「阿賀の里の」ショウキ様>
5道の駅 阿賀の里のショウキ様
道の駅の駐車場に作られた覆屋の中に祀られています。
本来毎年新しいショウキ様を作るのですが、ここのものはかなり古いようです。
熊渡のショウキ様にそっくりなので古いものを観光様に飾っているのかもしれません。
<大牧のショウキ様>
6大牧のショウキサマ
阿賀野川沿いの山の中にあります。
すぐ下を磐越西線が走っています。
お堂の中にショウキ大明神として祀られています。
はっきりした顔が描かれており、巨大な男根をつけています。
<平瀬のショウキ様>
7平瀬のショウキサマ
平瀬の集落の中心に新しくお堂を建てその中に祀られています。
以前は大牧のショウキ様と同じような形でしたが、私が行った時にはワラがないせいか、木材が出ていて悲惨な状態でした。
男根はしっかり作られていました。
<夏渡戸のショウキサマ様>
8夏渡戸のショウキサマ2 9夏渡戸のショウキサマ
平瀬の集落のさらに奥にあり、村の入り口2カ所(上と下)に男女1体ずつ祀られています。
両方ともショウキ堂という小屋が建てられその中に祀られています。
男女共ほとんど同じで男根があるか無いかです。
毎年男女が入れ替わるそうです。
<武須沢入のショウキ様>
10武須沢入のショウキサマ
集落に入る三叉路にあるお堂に祀られています。
ヒゲの濃い立派なショウキ様です。
阿賀野川はとても美しい川です。
この川添いに広がる素朴な村にこれらショウキ様は祀られています。
どこの村でも村離れ、少子化などで伝統行事がなくなってきています。
秋田でも人形道祖神巡りをしているとあるべきところに道祖神はありませんでした。
日本の文化とも言えるこれらの伝統行事がなくなっていくことはとても悲しいことです。

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気になる話 その28 秋田人形道祖神2

人形道祖神2
前回は人形道祖神の本来の形が残されている能代市鶴形の村を見てきました。
今回はそのほかの地域の人形道祖神を見ていきます。
能代市の隣の大館市から見ていきます。
山田地区の人形道祖神は男女一組で小屋に安置されています。
1大館市山田1 2大館市山田2
藁の胴体にゴザの着物を着せ、木の顔を差し込みます。
男の神には塞二柱大神(災厄が入りこまないように守る)と書かれた札を懐に入れ、陰部に紙に書いた大根を、女神には久那斗大神(牛馬守護の神、豊穣の神)と書かれた札を懐に入れ、陰部に紙に書いた蕪をつけます。
3大館市山田3 4大館市山田4
特に男女とも性器が強調され、子孫繁栄の要素が強い道祖神です。
仙北市では西木町桧内の人形道祖神が必見です。
街の小高い丘の上にあり、鳥居をくぐり、坂を登っていくと突然巨大な藁でできた道祖神が現れます。
5仙北市西木町桧内
仁王様と呼び、顔は木でできた鬼の面で、頭には藁の帽子をかぶり体は杉の葉で覆われています。
股間にはとてもリアルな木で出来た男性性器が赤く塗られて付いています。
槍と刀を差しています。
仙北市の他の所は仁王のお面だけ祀ってありました。
6仙北市生保内字相内端
おそらく以前は西木町桧内と同じ道祖神だったと思われます。
大仙市の道祖神(おにょ様)は仙北市と同じようにお面だけ祀っていますが、
7大仙市太田町上斉内
太田町上斉内にある道祖神は西木町桧内と同じように木の面に藁で作られています。
8大仙市太田町上斉内2
首の周りは杉の葉で覆われています。
性器はついておらず、持ち物もありません。
大きなガラスのケースに入っているためだと思います。
美郷町の本堂城回の道祖神(ショウキ様)は素晴らしい出来です。
巨大なケヤキの根元に祀られていますが、道路からは反対側になるので探すのに苦労しました。
9美郷町本堂城回
巨大な藁でできており、木の面をつけています。
頭にかぶった藁の帽子には2本の角のようなものがついています。
顔の周りは杉の葉で覆われ、刀も藁で作られています。
とても印象的な道祖神です。
横手市にはとても特徴的な道祖神があります。
醍醐字荒処では村境にある大きな木の中程に大型なワラジを付け、その下に太い注連縄して、この領域を神聖化しています。
10横手市醍醐字荒処
木の根元に古い木を立て鹿島大明神の札が貼られています。
ワラジには無病息災や道中安全などの意味もありますから道祖神と同様な働きをもっていたと思われます。
大雄宮田には全て藁で作られ、顔は墨で書かれたとても素朴な道祖神(鹿島様)があります。
11横手市大雄宮田
頭には黒い布を巻き(髪の毛か)武器は持っていませんが御幣をさしています。
おそらく女性の道祖神かもしれません。
同じようなタイプの道祖神が大森町藤巻と
12横手市大森町藤巻
大森町末野、
13横手市大森町末野
大森町中の又にあります。
14横手市大森町中の又
全て藁でできていてほとんど同じですが頭の黒い布は宮田だけです。
末野の道祖神は頭に枝を2本角のようにさしています。
中の又の道祖神は顔と頭が木でできています。
湯沢市の道祖神(鹿島様)はどれも立派です。
岩崎末広町の道祖神は巨大で顔は木ですが藁で覆われているため余計迫力が増します。
藁の刀を二本さしています。
15湯沢市岩崎末広町
すぐ近くの岩崎栄町にも同じ道祖神が小屋の中に安置されています。
岩崎緑町も同じタイプですが男性性器がついています。
16湯沢市岩崎緑町
雄勝町三ツ村の道祖神は顔が動物的でとても愛嬌があります。
頭にはツノが2本生えています。
鹿島大神のお札をつけ、木の刀を差しています。
17湯沢市雄勝町三ツ村
これと同じものが雄勝町小野にあり交通安全のたすきを掛けています。
18湯沢市雄勝町小野
秋田の人形道祖神を見て回り、以上の道祖神は地元の人々の努力で今も作られていますが、数カ所はつい数年前まではありましたが、今は作られておらず、見ることはできませんでした。
いろいろな問題はありますがとても残念です。

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気になる話 その27 秋田県の人形道祖神

さんちー
秋田県には鹿島様・仁王様・ショウキサマなどと呼ばれている人形道祖神があります。
人形道祖神は主に東日本に残り、福島県のお人形様や新潟県のショウキサマなどがありますが、秋田県はその種類や地域が多数存在し(もちろんナマハゲも)、民俗信仰の宝庫です。
道祖神とは道の神様のことで集落の境や三叉路、辻、橋の袂、坂の始まりや終わりなどに鎮座しています。
これらの地点は一般領域とは異なる特異点として神聖視され、そこに道祖神という神様を配置することで、自分達の安全を確保したと思われます。
自分達の安全を確保するという意味合いから様々な信仰と繋がり、集落から悪霊や疫病の侵入を防ぐだけでなく、道中安全や交通安全など、さらに子宝、豊作などを祈願しました。
秋田県の人形道祖神は全身藁で作られた大きな鹿島様タイプ、
1鹿島様型
仁王のお面だけのタイプ、
2仁王お面型
全身木で作られたタイプ、大きな木に注連縄とワラジや蛇を祀ったもの、
3わらじ型
それらの混合型などいろいろなタイプなものがあります。
残念なことに人形道祖神は明治維新を迎え多くが消滅の危機にさらされました。
道路の拡幅で居場所を失い、中央から派遣された役人などからはかなり嫌がられ、禁止令まで出され、その多くが焼かれたと聞きます。又、製作にはかなりの手間がかかる為、徐々に姿を消していったと思われます。
その中でも初期の形態を保っていると思われる地域があります。
能代市鶴形です。人口638人世帯数238世帯の小さな町です。
鶴形地域は能代市の東に位置します。
北に米代川が流れ、古くから渡し船の運送で栄えました。
江戸時代には「羽州街道」が通る交通の要所でもありました。
この町に入る道6カ所全てに人形道祖神が祀られ結界を作っています。
15能代市鶴形
その道祖神がとても怪奇でシュールで怖いのです。
夜中に会ったら気絶してしまいます。
昼間でも町に入るのを躊躇してしまいます。
身体は1.5mほどで胴体は藁で作られ、顔は木の根なのです。根っ子がツノに見えるのです。
これがとても怖いのです。
手には槍、刀、薙刀などを持ち威嚇しています。
悪人や悪霊は退散します。
それでは見に行きましょう。
一番西にある国道7号線の入り口、半戸沢の人形道祖神①です。
4能代市字半戸沢 5能代市字半戸沢2
道路脇の覆屋に入っています。首から下は藁でできた普通の道祖神です。
刀を差し長靴を履いています。
しかし顔がホラーです。
2体目は昔の奥州街道にある鶴形28②にある人形道祖神です。
6能代市字鶴形28 7能代市字鶴形282
坂の途中にあります。同じように首から下は藁でできています。持ち物は無くなってします。
顔は半戸沢よりも目鼻立ちがはっきりしていますがホラーです。
3体目はもう一本東の道、鶴形214③にあります。
8能代市字鶴形214 9能代市字鶴形2142
やはり坂の途中にあり、身体はビニールで包まれているので良くわかりませんが同じように藁で作られています。
刀と御幣がそばにあります。
やはり顔はホラーです。
4体目は北側の米代川のそばの丘上、鶴形107④にあります。
10能代市字鶴形107 11能代市字鶴形1072
ここは昔の鶴形の渡しがあったところです。
丘の上の大きな木のところにあります。
ここの道祖神は手も足も藁でしっかり作られています。
手には槍を持っています。
根っこの顔もしっかり作られており、恐怖感はあまりありません。
5体目は4体目のさらに東の町後40⑤にあります。
12能代市字町後40−1 13能代市字町後40−12
この道祖神も体は藁で手には槍を持っています。
根っこの顔はしっかり作られ、髭もあります。
一見ユーモラスですが、夜見たらギョッとします。
6体目は南側の道路で国道7号線のすぐ下で戸草沢21⑥にあります。
13能代市字戸草沢21の先 14能代市字戸草沢21の先2
ちょっとわかりにくいところにあります。
藁の胴体に刀を差し槍を持っています。
顔はとても立派な根っこですがやはりホラーです。
この6体が結界を作り、悪人、悪霊、疫病などが集落へ入り込むのを阻止します。
このような民俗習慣はどんどんなくなっていきます。
確かに人形道祖神がなくなっても困ることはほとんどないでしょう。
しかしひとびとの精神的豊かさがなくなり、これらの行事を通しての人々のコミュニケーションもなくなり、地方の特色もなくなり、色のない世界になってしまいます。
文化がなくなるとはそういう事だと思います。

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気になる話 その26 お人形様

サンチーお人形様
福島県の郡山周辺にある阿弥陀来迎供養塔を調べていましたら、郡山の北東にある田村市の船引町にお人形様と言われる風習があるのを知り、来迎供養塔を見学しながら行ってみました。
田村市は滝桜で有名な三春町の隣の町で私が訪れた4月の終わりはまだ桜が少し残っていました。
三春町
お人形様とはいわゆる人形道祖神で秋田の人形道祖神と同様に、集落から悪霊や疫病の侵入を防ぎ、道中安全や交通安全など、さらに子宝、豊作などを祈願したと思われます。
またこのお人形様は、久比毘古命(くいびきのみこと)を祀ったとされ、この神はかかしを神格化したものであり、 田の神、農業の神、土地の神であるので、収穫祭や小正月に「かかし上げ」の祭りを行うところもあります。
現在は磐城街道沿いの田村市船引町の三つの集落、屋形・朴橋(ほうのき)・堀越の三体と船引の駅に一体あります。
以前はこの他にも、芦沢光大寺、大越町牧野の田村市に二ヶ所、さらには田村郡三春町芹ヶ沢横台道の津島神社などにあったといわれていますが現在はありません。
基本的に身の丈4メートルほどになり、なぎなた、刀を持ち、両手を広げ、通せんぼのしぐさをしています。 

顔は大鬼の形相で、外から悪いものが入ってこないように、にらみをきかせています。
まずは屋形地区のお人形様を見に行きます。
屋形お人形様
芦沢地区で、朴橋のお人形様とともにまつられているもので、かつては街道の北側の丘に南向きに立てられていましたが、現在は、屋形地区の公園内に西向きにまつられています。

お人形さまの大きさは、背丈がおよそ4メートル、お面は高さが125センチメートル、幅80センチメートル、厚み10センチメートルという木彫りのもので、ベンガラによる赤、胡粉による白、砥の粉による茶、松煙墨による黒で彩色しています。
屋形お人形様2
作り方は4本の支柱の骨組みに桟をわたし、頭上には竹籠をかぶせ、支柱のまわりはムシロで囲んで胴とします。
藁の腹帯には幣束をはさんで、右手にナギナタ、左の腰に刀をはさんでいます。

このほかに人形の部品として作るものには前掛け、耳、手、腕、帯、ナギナタ、木刀、幣束があり、前掛け、耳、手、腕、帯は藁で作られます。
頭には杉の葉をタテガミのようにつけ、面のまわり全体に杉の葉によってヒゲがつけられています。
朴橋のお人形様は芦沢字朴橋地内にあり、現在の主要地方道郡山大越線に面した北側の丘の上に街道を見下ろすように立っています。
朴橋(ほうのき)お人形様
屋形のお人形様とほとんど変わりませんが、、屋形の白い歯をむきだしにした大きい口とは違って口もとは小さく、しかも金歯です。
朴橋(ほうのき)お人形様2
また、屋形の獅子のようなひげに対してほおひげもなくさっぱりとした感じがします。
堀越のお人形様は明治40年以来87年ぶりに現在の三春門沢線と郡山大越線の分岐点にある明石神社境内に復元されたお人形様です。
堀越お人形様
もともとは、神社から150メートル程西の堀越字丸森地内の畑の片隅に立っていたもので、つい先頃まではその畑内に立っていた跡が残っていました。
堀越お人形様2
なぜ明治40年にお衣替えや祭礼が断絶したのかという詳しいことはわかっていませんが、おそらく明治38年の大飢饉に由来するものといわれています。
面は屋形や朴橋のお人形様よりも古いものでおそらく江戸時代に作られたものです。
それを新たに色付けしたものです。
最後に一体おまけです。船曳駅構内のホームにあります。
船引駅内のお人形様
少し小ぶりですがしっかり作られています。
私が行った時は新しく作り変えられていませんでしたので、顔の周りの杉の葉が茶色でした。
船引駅内のお人形様2
どんどん昔の風習がなくなるなか、船曳町の方々の努力でこの重要なお人形様の風習はしっかりと受け継がれていると思いました。
さらにあと二ヶ所も復活したらなー。
屋形

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