FC2ブログ

音楽の話 その73(愛奴)

ガンジーファ - 094
ある日レコード会社に勤める友人が数枚の見本盤を持ってきてくれました。
その中にテープがぐじゃぐじゃになったアルバムジャケットがありました。
中央に「愛奴」と書かれています。
愛奴3
そして「愛奴」というのがバンドの名前でありアルバムタイトルであることがわかりました。
もうその段階でひきました。
バンド名が愛奴ですよ。
4畳半的なフォーク以外にありません。
当時はキャラメル・ママとかティンパン・アレーとかセンチメンタル・シティー・ロマンスとかシュガー・ベイブなどの名前が普通です。
そこに愛奴ですよ。
多分すぐにターンテーブルに載せなかったと思います。
ふと思い出して聞いてみると荒削りですがとても良い曲が2曲ありました。
それはシングルカットされた「二人の夏」と「恋の西武新宿線」です。
愛奴5
「二人の夏」はまるで映画「避暑地の出来事」のテーマソング「夏の日の恋」そのものです。
転調するところも。
素晴らしいハーモニーなのでコーラスグループかと思いました。
一度聴いたら頭から離れないメロディーです。
ギターソロも最高です。
少しシャドウズが入っていますね。
日本版ハンク・マービンです。
これだけ気分が良くなる曲も珍しいです。
作曲のツボを心得ていますね。
歌詞もとても良く合っています。
愛奴2
ハタチの頃、よく行った湘南の海を思い出します。
一方「恋の西武新宿線」はとても日本的です。
メロディーも日本的で風景描写は都会の片隅、歌詞そのまま夕暮れ時、高田馬場駅か、地方から出てきた青年の切ない恋の歌です。
秋の黄昏時、都内をドライブしているときのBGMに最適です。
広島の高校生の山崎貴生・町支寛二・高橋信彦の3人により、愛奴の前身となる「グルックス」が結成されます。
その後解散し、新たに旧友の青山徹と浜田省吾の2人が加わり「愛奴」が結成されます。
愛奴1
そしてデモテープを聴いたソニーのスタッフからオーディションをやるから東京に出てこいと声がかかります。
東京のスタジオにいる時にたまたまスタジオに来ていた吉田拓郎にバックバンドをやらないかと誘われ、プロへの道が開かれたと言います。
吉田拓郎とともに一年間バックバンドとして全国ツアーを行います。
しかし愛奴のメンバーの演奏技術は決して高くなく、特にドラムだった浜田省吾は自分の力量に限界を感じ始めました。
そんな時にアルバム「愛奴」がリリースされました。
その後浜田章吾はバンドを脱退して、ソロになります。
愛奴4
愛奴の作詞は全て浜田が担当して、作曲は気に入ったメンバーがそれを持ち帰り、それに曲を付けるという方法です。
70年代の中頃、突然現れ消えていったとても素敵なバンドでした。
浜田省吾はその後日本を代表するロッカーとして活躍しています。
「片思い」は名曲です。
一本筋の通った本物のロッカーです。

ホームページ  www.ravana.jp







音楽の話 その72(サディスティック・ミカ・バンド)

ガンジーファ - 095
1974年リリースされたサディスティック・ミカ・バンドのセカンドアルバム「黒船」は衝撃的でした。
ファーストアルバムも聞いていませんでしたし、加藤和彦はフォークルの人の認識しかありませんでした。
従兄弟が持ってきた「黒船」はまさに私にとっての黒船でした。
サディスティック1
当時ははっぴいえんど系の音楽やユーミンを聞いていた私は、彼らの音楽が世界に通用するとは思っていませんし、感性が違うのでそんなことは考えてもみませんでした。
完全に日本の音楽と外国の音楽は分けて聞いていました。
そこに「黒船」です。
初めて世界に通用する日本語の音楽(スキヤキがあるか)だと思いました。
サディスティック2
アルバムクレジットを見てまたもや驚きです。
プロデュースがあのクリス・トーマスなのです。
大好きなプロコル・ハルムを始め、ロキシー・ミュージック、ピンク・フロイドなどの傑作アルバムをプロデュースしているクリスですよ。
後でわかったことですがクリスが惚れ込み、日本まで来てなんとレコーディングに450時間もかけて作り上げたのです。
クリスが惚れ込んだサディスティック・ミカ・バンドの加藤和彦とはどんな人なのでしょうか。
もとはコンテンポラリー・フォークや民族音楽を完璧に把握し、ロンドンに度々行きボウイやロキシー、TーRexなど先端のサウンドを生で聴いていました。
サディスティック3
すでにファースト・アルバムでグラムロック、レゲエ、琉球音楽などを取り入れています。
そこにクリスは才能を見出したと思われます。
「黒船」は世界に通用するオリエンタルな雰囲気を持った楽曲で構成され、見事に黒船来航を表現しています。
このアルバム制作にあたって作詞の松山猛の存在抜きには語れません。
加藤和彦とは学生時代からの友人で、プロコルハルムのキース・リード、キング・クリムゾンのピート・シンフィールドのような存在です。
彼の美しい詞がなければ黒船は完成しなかったでしょう。
サディスティック4
またすばらしいパフォーマンスを持つ妻ミカ、彼女の存在があったからジョンのプラスティク・オノ・バンドやポールのウィングスのようなバンドを考えたのでしょう。
そして高中正義、高橋幸宏、小原礼、今井裕の若いが才能のあるミュージシャンが集まり、サディスティック・ミカ・バンドが完成します。
このアルバムを引っさげロンドンへ。
ロキシーミュージックの全英ツアーにおいてオープニングアクトを務め大評判になります。
サディスティック5
A面1曲目の「墨絵の国へ」から「何かが海をやってくる」「タイムマシンにお願い」をはさみ大作「黒船」へ、B面は「どうぞよろしく」、楽しい「どんたく」、傑作「四季頌歌」、「堀までひとっとび」、「颱風歌」最後は「さよなら」まで一気に聞かせます。
サディスティック6
このアルバムは加藤和彦とサディスティック・ミカ・バンド、松山猛、クリス・トーマスの情熱が作り上げた誠に稀有なメイドインジャパンの音楽玉手箱です。
永遠に語り継がれる名盤に間違いありません。

ホームページ  www.ravana.jp

音楽の話 その71(CITY-LAST TIME AROUND)

ガンジーファ - 096
私の友人にラジオ局でアルバイトをしている者がおり、私が「はっぴいえんど」が大好きなことを知っていました。
ある日、彼女から電話があり、「はっぴいえんど」の解散コンサートがあるが行くかと夢のような知らせがありました。
文京公会堂に開演1時間前に来て私の名前を言えば裏から入れてくれるとのことでした。
1973年9月21日、友人と二人で小雨の中、文京公開堂へ向かいました。
1CITY-LAS
1時間前に着きましたがもう長蛇の列です。
入り口で友人の名前を言うと友人が来てすぐに入れてくれました。
当日は自由席だったのか関係者の席だったか忘れましたが、中央の一番良い席に二人で座りました。
すでにアドレナリン出まくりです。
このコンサートは「はっぴいえんど」の所属事務所である風都市が所属のミュージシャンのお披露目を兼ねており、3部構成になっていました。
第1部は、「はっぴいえんど」のメンバーがプロデューサーを務め、風都市がこれから売り出そうとする南佳孝、吉田美奈子、西岡恭蔵、ココナツ・バンクが、第2部では、「はっぴいえんど」のメンバーがそれぞれ取り組み始めていた新しい音を披露し、ココナツ・バンクやシュガー・ベイブを率いた大滝詠一、松本隆によるムーンライダース、細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆からなるキャラメル・ママが、そして第3部が「はっぴいえんど」の解散ライヴでした。
第1部では1番最初に登場した松本隆がプロデュースした南佳孝が強烈な印象を与えました。
2CITY-LAS
古きニューヨークとハリウッドとヴァン・ダイク・パークスをミックスした曲に南佳孝のボーカルがとてもよく合います。
今までにない日本の音でした。
吉田美奈子も良かったのですが、西岡恭蔵に惹かれました。
普通はあまり興味がない曲ですが西岡恭蔵本人に惹かれたのだと思います。
3CITY-LAS
余談になりますが西岡恭蔵のプカプカは傑作です(浅川マキのヴァージョンも良い)。
そのほか大瀧詠一のバックコーラスに参加していたシュガーベイブに興味を持ちました。
4CITY-LAS
その後発売になった「SONGS」は私のフェイバリットアルバムになりました。
ムーンライダーズもスタジオミュージシャンになったキャラメルママも素敵でした。
そしていよいよ「はっぴいえんど」です。
「はっぴいえんど」のライブは初めてでこれが最後です。
4人は気負いなくダラダラっとステージに出てきました。
座り直しステージに釘付けです。
6CITY-LAS
譜面台の譜面を見ながらの演奏は印象的でした。
アレンジもファンクぽく鳥肌が立ちました。
特に興味があったのは松本隆のドラムです。
プロコルハルムのB.J.ウイルソンに影響されたドラミングが見たかったのです。
最高でした。
他の3人も最高です。
5CITY-LAS
最後に大瀧詠一が「この4人でしかできない曲をやります」と言ってかくれんぼが始まった時には涙が出ました。
その歴史的なコンサートが詰まったアルバムです。
この時間を共有できたことに感謝です。

ホームページ  www.ravana.jp

音楽の話 その70 (新崎純)

ガンジーファ - 015
新崎純はその人間的魅力から「気になる話」で取り上げようかと思いましたが、唯一のレコード「かじゃでぃ風節(ふーぶし)」があまりに素晴らしいので音楽の話にします。
新崎純
新崎純の「かじゃでぃ風節(ふーぶし)」は最近沖縄のことを調べている時に知りました。
沖縄の音楽が好きで、この曲はおめでたい席で踊られる非常に重要な曲であることは知っていましたが、新崎純のことは知りませんでした。
新崎純は1936年生まれの82歳、那覇で生まれました。
中学からトランペットを吹き始め、高校時代は全琉コンテストで三年連続優勝します。
新崎純、14歳中学
高校2年からトランペットで夜間基地のクラブでバイトを行い、当時沖縄県トップのバンド、デューク・ドーシーからスカウトされて入団します。
米軍基地内の将校クラブを中心に高級クラブにて演奏を行い、27歳でバンドを組み米軍基地内のクラブで専属契約いたします。
那覇将校クラブからライカム将校クラブ、更にタッパー・クラブと渡り歩き人気を博しました。
新崎純4
しかし復帰を機にバンドの仕事が少なくなり、現在の ケミックス㈱ を設立。
機械や自動車の整備をトコトン合理化するノウハウを開発。
三分でディーゼルを含むあらゆるエンジンを絶好調にする特殊技術は他に類が無く全国的に超人気で注文多数だそうです。
現在も会社経営の傍ら、バンドでトランペットやコルネットを吹いているそうです。
新崎純3
そして新崎純が1977年に好奇心から琉球古典音楽をビッグバンドで演奏したらどうなるかと思い立ち、琉球古典音楽・琉球舞踊を代表する曲「かじゃでぃ風節(ふーぶし)」を選びました。
この曲は沖縄本島で、祝宴の座開きとして踊られる祝儀舞踊で沖縄に暮らす人々にとって、とても重要な曲です。
歌詞は
今日の誇らしゃや なほにぎやなたてる 
蕾で居る花の 露きやたごと
これを説明すると
今日のうれしさは 何にたとえられるだろうか 
蕾のままだった花に 露がついて花開いたようだ

というとても美しい歌詞です。
この楽曲を新崎純は5人の三線奏者、4人の管楽器奏者、ピアノ、エレキギター、エレキベース、パーカッションとドラムの総勢13人をスタジオに集め、新崎 順とナイン・シープスとして、リハーサル無し、たった一回の演奏で録音したのです。
新崎純5
5人の三線奏者の中には人間国宝の照喜名朝一も居ます。
本人によるとハーモニーが無い琉球古典音楽ゆえに編成と編曲には苦心し非常に複雑なジャズ・コードでバックを演奏したと言います。
そして出来た音は想像を超える美しさと荘厳さを漂わせたものになリました。
新崎純2
それはビーチボーイズの「Pet Sounds」のようでもあり、HIGH LLAMASの楽曲のようでもありとても不思議な音なのです。
しかしこの奇跡のテープは忘れ去られ、本人も紛失したと思っていましたがなんと当時記録用に録音したただ1本のテープが発掘されたのです。
そしてわたし達の耳に届くようになったのです。
なんと素晴らしいことでしょう。
ますます沖縄が好きになっていきます。
新崎 順とナイン・シープスの「かじゃでぃ風節(ふーぶし)」はユーチューブで見ることが出来ます。

ホームページ  www.ravana.jp







音楽の話 その69 (シュガー・ベイブ)

ガンジーファ - 016
シュガーベイブは「はっぴいえんど」の解散コンサートで知りました。
ファーストアルバム「SONGS」が出るということなのですぐにレコード店に直行です。
シュガーベイブ
アルバムのジャケットがとても渋いのです。
おばさん二人にどんな意味があるのか不思議でしたが後から分かりました。
デザインは山下達郎の友人の金子辰也という人で、フランスの作家アンドレ・モーロワの文章とオランダの写真家ニコ・ジェスの写真で構成された「パリの女」という本の写真を模して書いたものだそうです。
特に意味はなさそうです。
シュガーベイブ1
さっそくA面に針を落とします。
とってもかっこいい「SHOW」で幕開けです。
抜群のセンスです。コーラス、ギターのアドリブ最高、でも最高なのは達郎のボーカルです。
この当時このような曲はありませんでした。
エンディングがまた良い。
2曲目は「SHOW」に勝るとも劣らない「DOWN TOWN」です。
なんて楽しいのでしょう。
村松邦男のギターは好きです。
シュガーベイブ6
3曲目はター坊(大貫妙子)の「蜃気楼の街」です。
とても頼りないボーカルがまた良い。
4曲目もター坊の「風の世界」です。
私は大好きです。
ユーミンでもなく美奈子でもなくなんとも表現できない世界観を持っているター坊が良い。
次の「ためいきばかり」は村松邦男の曲です。
B面1曲目はター坊の「いつも通り」名曲です。
サックスがイイね。
シュガーベイブ4
2曲目は「すてきなメロディー」歌詞は伊藤銀次・大貫妙子・山下達郎、曲は大貫妙子・山下達郎でコーラスがいいね。
3曲目は待ってました達郎!「今日はなんだか」ピアノが最高です。
アバンギャルドなピアノが弾けるのですね。
ター坊最高。
エンディングのホーンも最高。
4曲目は「雨は手のひらにいっぱい」この曲もいいね。
ウォールオブサウンドだね。
5曲目は「過ぎ去りし日々”60’Dream”」は60年代(ニューヨーク)の曲を意識して作ったそうです。
確かにそれっぽい。
特にピアノ。
シュガーベイブ3
最後は「SUGAR」はベースが効いているね。
とても楽しい曲。
「SONGS」が発売になった1975年当時、国内外にこのような楽曲を作るバンドはありませんでした。
よく聞いていた10ccと双璧のバンドです。
やはり山下達郎と大貫妙子の才能とセンスが混ざり合ったとても不思議な音楽です。
今聞いても全く色褪せず、個人的には山下達郎のベストの時期のアルバムだと思います。
また大貫妙子の原点のアルバムでもあるのです。
いちばんの魅力はメンバー全員が大切に手作りでコツコツ作り上げたアルバムなのでとても温かいことです。
ヒット性はなく、一部の人にしか受けないアルバムです。
二人の活躍がなければ日の目を見なかったでしょう。
私にとって、とても甘酸っぱいアルバムです。

ホームページ  www.ravana.jp