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寺院の彫刻 その76(シヴァ26チャームンダー)

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今回もシヴァの神妃の話です。
7母神の一人チャームンダーはドゥルガーと同一視されシヴァの神妃の一人です。
その姿は独特で痩せこけた骨と皮だけで、顔は骸骨のようで、乳房もひからびており、墓場などの不浄な場所に住み、乗り物はフクロウです。
チャームンダー3
不気味な笑い声を立てて魔神たちの闘争心を恐怖に変えてしまう恐ろしい女神です。
象の皮を被ったり、死体のはらわたを引きづり出して口に運ぶ姿、体に蛇を巻く姿はシヴァと似ています。
天然痘の神であるとも言われサソリとともに描かれ、サソリもまた天然痘と関係のある動物で、死と結びついています。
また人々の苦痛を引き受ける女神とも言われています。
オリッサミュージアム
名前の由来は「多くの男神たちが悪魔との戦いに敗れ、困った彼らはドゥルガー女神を呼び出し、助けを求めた。チャンダ、ムンダという悪魔が率いるアスラの軍勢がドゥルガー女神に戦いを挑み近づいたとき、ドゥルガー女神は怒りで顔が墨のように真っ黒に染まり、ドゥルガー女神の額から、虎皮を巻きつけた、ほとんど裸の痩せこけて真っ黒な身の毛もよだつ姿をしたカーリー女神が辺りを満たす咆哮と共に現れる。
彼女はアスラの軍勢に飛び掛ると、彼等を一瞬にして虐殺し、喰らってしまた。
それを見たチャンダが弓の雨を、ムンダが数千の円盤をカーリー女神に浴びせるが、カーリー女神はそれを顎で噛み砕き、飲み込んでしまう。チャンダの首を切り落とし、次にムンダをメッタ斬りして、ドゥルガーにその遺骸を捧げた。カーリー女神はこのとき、「チャームンダー」という名を与えられた」という話です。
また冥界の神ヤマの妻として7母神の一人となります。
彼女の彫刻はどれも不気味です。
まずはELLORA CAVEの21窟(6世紀後半)にあるパネルを見ます。
1E-CAVE21006
ここは真っ暗なのでさらに不気味です。
ほとんど骨だけのチャームンダーは4臂で同じように骨だけの従者を連れています。
右上方にフクロウが彫刻されています。
バックは森のようです。
手には人間の手首とナイフのようなものを持っているように見えます。
左側にはガンダルヴァや普通の神が彫刻されています。
ラジャスタン州のBAROLIにあるGHATESHWARA寺院(10世紀)の壁龕です。
2BAROLI(GHATESHWARA)
多臂(16?)でとても迫力があります。
下半身がないのが残念ですが踏みつけられている悪魔がなまめかしい。
中央インドのASHOK NAGARの近くにあるKADWAHA寺院(8〜9世紀)の壁龕にあります。
3Kadwaha-159
お腹に穴があきサソリが住んでいます。
同じ中央インドのMAHUAにあるその名もCHAMUNDA 寺院(7世紀)です。
5Mahua-48中央インド
ここの本尊がチャームンダー像ですが、この像が当時のものかどうかわかりませんが素晴らしい像です。
私が一番好きなチャームンダー像です。
上方には天人が飛び、多臂(10?)で顔が素晴らしい。
残念なことに下半身は布で覆われてわかりません。
何より素敵なのが下部に集まった仲間たちです。
その表情や仕草が最高です。
中央インドのTIGAWA寺院(5世紀後半)のチャームンダーは一番古いかもしれません。
7Tigawa5世紀後半
チャームンダーよりも周囲の彫刻の方に興味があります。
インドにはカーリー女神(ドゥルガー)とバイラヴァ神(シヴァ)に仕える64の女神信仰があります。
64ヨーギニーと言いこの女神達のための64ヨーギニー寺院が各地にあります。
そこにヨーギニー女神が64体祀られています。
チャームンダーもその一人です。
従って64ヨーギニー寺院にはチャームンダー像が安置されています。
BHEDAGHATの64ヨーギニー寺院のチャームンダー像です。なかなか良い出来です。
8Chausath_Yogini_temple_Bhedaghat
9Chaunsath yogini bhedaghat
BHUBANESWARの近くにある64ヨーギニー寺院のチャームンダーは動物の皮(トラ?本来はゾウ)をかぶり、足下には乗り物の動物がいます。
チャームンダーの乗り物はフクロウで夫のヤマ神の乗り物は水牛ですがこの動物は水牛には見えません。
10 64YoginiTemple_Hirapur
11 64YOGI032
ホイサラ朝寺院のチャームンダー像はホイサラ朝の特徴を持つ像です。
DODDAGADAVALIにあるLAKSHIMI DEVI寺院
12LAKSHIMI DEVI(DODDAGADAVALI)
HALEBIDのKEDARESHWARA寺院の像もホイサラ朝の特徴を持つとてもたくましいチャームンダーです。
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博物館にも素晴らしい像があります。
ALLAHABAD博物館の11世紀の像です。
14インド博物館Allahabad Museum11世紀
メトロポリタン博物館の10世紀の像です。
15メトロポリタン10世紀
とても威厳があります。
お腹のサソリがワンポイントです。
作家の遠藤周作が小説「深い河」の中で添乗員の江波にチャームンダーの事を説明させています。
「彼女の乳房はもう老婆のように萎びています。でもその萎びた乳房から乳を出して、並んでいる子どもたちに与えています。彼女の右足はハンセン氏病のため、ただれているのがわかりますか。腹部も飢えでへこみにへこみ、しかもそこには蠍(さそり)が噛み付いているでしょう。彼女はそんな病苦や痛みに耐えながらも、萎びた乳房から人間に乳を与えているんです」
いかにもクリスチャンの狐狸庵先生らしいお話しです。
チャームンダーは不気味ですがキモカワイイ女神です。

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寺院の彫刻 その75(シヴァ25 水牛の魔神を殺す女神−マヒシャスラマルディニー) 

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前回はドゥルガー女神の布施が主体の彫刻についてお話ししました。
今回はドゥルガー女神の「水牛の魔神を殺す女神−マヒシャスラマルディニー」としての彫刻のお話です。
すでに「うめがおかの遺跡の旅-ⅩLⅡ ドゥルガー・マヒシャスラマルディニー」でお話ししましたが、もう一度ここでお話しします。
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「ヴィシュヌ、シヴァを始め神々の協力で作られたドゥルガー女神は神々から授かった武器を手にして魔神マヒシャとの戦いに臨みます。
手下どもをすべて殺されてしまった魔神達の王マヒシャは水牛の姿でドゥルガー女神と戦いました。
山はくだけ、海の水は陸にあふれ、雲はちぎれ、天上の山々は地上に落下しました。
マヒシャは形勢が悪くなると次々と姿を変えて戦います。
すなわち、水牛からライオン、そして人間、象、そして再び水牛の姿を取りました。
形勢が悪くなり水牛の口から人間の姿を半分ほど出したときついにドゥルガーの強烈な一撃を受けて死んでいったのです」
この最後の一撃が彫刻としてインド全土およびインド化された東南アジアに伝播しました。
まずはインド国内から見ていきます。
彫刻の歴史は古く2世紀にはすでに彫られていたようです。
「水牛の魔神を殺す女神」像の中で最も古くからあり一般的な構図は、女神が牛の尾をつかみ、一方の足で牛の背中を踏みつけシヴァから与えられた三叉戟でその牛を刺貫いているというものです。
もっとも古い3世紀の彫刻がマトゥラー博物館にあります。
1ドゥルガー3世紀M
同じく4世紀のものです。
2マヒシャスラマルディニー4世紀
非常に構図がよく似ています。
ロスアンゼルスのLMCMA美術館にも同じ時代の彫刻があります。
3LMCMA美術館
寺院彫刻で最も古いものは5世紀のウダヤギリ石窟(マディヤプラディシュ州)のものです。
ここには2つの像があります。
第4窟の像は10臂で水牛の足を持ち頭を踏みつけているダイナミックな像です。
4UDAYA-4006
もう一つは第8窟にありこれもダイナミックな像ですが残念なことに下半身が崩壊しています。
5UDAYA-8007
同じくマディヤプラディシュ州のKatni地区の小さな村 Sindursiに6世紀の像があります。
4臂で水牛の足を持ち頭を踏みつけています。
6Sindursi-12
西インドのOsianには8世紀に建立されたHARIHARA寺院やSURYA寺院などの壁龕に必ずドゥルガー像が彫刻されています。
その中でもSURYA−3寺院の壁龕のドゥルガーは良い出来です。
7SURUYA-3010
今まさに水牛の首から出ようとしているところを三叉戟で刺されています。
同じくラジャスターン洲のジャガトという村のアンビカー・マータ寺院(10世紀)に色々なシーンの「水牛の魔神を殺す女神」像が彫刻されています。
始めは水牛だけで次は首から人間の形をしたマヒシャが現れ、最後は人間の形をしたマヒシャだけになります。
8AMBIKA049 9AMBIKA046
10AMBIKA052.jpg 11AMBIKA028.jpg
この寺院は名前どおりシヴァの妃(アンビカーはドゥルガーの別名)、特にドゥルガーのための寺院です。
東インドではBHUBANESWARのPARASURAMESHWAR(7世紀中頃)のシカラに彫刻された像です。
PARASURAMESHWAR独特の意匠で6臂のドゥルガーが牛頭人身のマヒシャをねじ伏せる素晴らしい像です。
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もう一つBHUBANESWARには素晴らしい像があります。
VAITAL DEUL寺院(8世紀中頃)です。
8臂のドゥルガーが牛頭人身のマヒシャを押さえつけ三叉戟を突き刺しています。
ドゥルガーの表情がなんとも言えません。
おそらく最高傑作の一つでしょう。
13VAITAL007.jpg
もう一つの最高傑作が南インドのマハバリープラムにあります。
そのなもズバリMAHISHAMARDHINI MANDAPA(7世紀中頃)です。
壁面パネルいっぱいに、ライオンにまたがり、牛頭人身のマヒシャに向かって今まさに弓を引こうとしています。
すごい迫力です。
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これと同じような構図の彫刻が近くのATIRANACHANDA MANDAPA(7世紀)にあります。
こちらはこまごまして迫力に欠けます。
15ATIRANACHANDA MANDAPA
エローラの16窟カイラーサナータ寺院(8世紀)の壁龕もこれと同じ形式です。
しかしマヒシャがドゥルガーに向かって戦いを挑んでいます。
16ECAVE16016.jpg
そのほかエローラにはいくつか像はありますが全てドゥルガーが優しい感じです。
17elloracaves.jpg
南インドのPULLAMANGAIのBRAHMAPURISVARA寺院(10世紀)の基壇に彫られた彫刻です。
マハバリープラムと同じ構図です。
16BRAHMAPURISVARA(PULLAMANGAI).jpg
南インドではALAMPURの博物館に保存されている7〜8世紀の2体の像が優れています。
16ALAMPUR.jpg 17ALAMPUR.jpg
AIHOLEにある石窟RAVANAPADI(6世紀後半)も見応えがあります。
8臂でとても古い像ですがとても洗練されています。
マヒシャとドゥルガーの体の線がとても美しく計算されています。
18RAVANAPADI.jpg
南インドのチョーラ朝の寺院(10〜12世紀)では水牛の頭の上に「勝利の喜びに酔って」立つドゥルガー像が人気でした。
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19AGASTYESHVARA(KALAIYUR).jpg
BRAHMAPURISVARA寺院(PULLAMANGAI)>
19BRAHMAPURISVARA(PULLAMANGAI).jpg
BRIHADISHVARA寺院(TANJAVUR)>
19BRIHADISHVARA(TANJAVUR).jpg
MELAKKADAMBUR寺院>
19MELAKKADAMBUR.jpg
この彫刻はとても人気があり、インド全土で見つかります。
ドゥルガーの人気に驚きます。

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寺院の彫刻 その74 (シヴァ24 ドゥルガー)

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シヴァ信仰はその浸透の過程で地元で祀られていた女神を妃として吸収し、インド全土に広がりました。
そのため沢山の妃がおります。
代表はパールヴァティーとウマーでシヴァ神妃の温和な面を表しています。
それに対し荒々しく畏怖すべき面を表しているのがドゥルガーとカーリーです。
このことはシヴァ神の恐怖と恩恵と言う二面的性格と一致します。
ドゥルガーという言葉は「近づきがたい者」と解され、ドゥルガー信仰はヒンドゥー教の中でも熱烈で過激な信仰です。
ドゥルガー2
「かつてアスラの王マヒシャは眷属を率いて神々を攻撃し、神々に替わって天界を占領支配した。
天界を追われた神々はシヴァ神とヴィシュヌ神に助けを求めた。
両神は大いに怒り、その怒りは光となって口から放出された。
他の神々も怒りの光を放ち、その光のすべてが合わさったところから一人の女神が生まれた。
ドゥルガーの誕生である。
自分たちの怒りの光から生まれた女神を見て神々は喜び、自分たちの武器を彼女に与えた。
シヴァ神は三叉戟を、ヴィシュヌ神は円盤(チャクラ)、アグニ神は槍、ヴァーユ神は弓、ヴァルナ神は法螺貝、インドラ神は稲妻(ヴァジェラ)、ブラフマー神は水瓶、クベーラ神は酒に満たされたカップ、蛇シェーシャは宝石の付いた蛇の首飾り、海は色あせることのない蓮華の花輪を、ヒマヴァット神からは乗り物としてのライオン(虎)をそれぞれ与えた」ということでドゥルガーは神々の要望から生まれました。
生まれたドゥルガーは見事マヒシャを殺し、「水牛の魔神を殺す女神−マヒシャスラマルディニー」としてインドおよびインド化された国々に広まりました。
今回は本来のドゥルガーとしての寺院彫刻を見てみたいと思います。
ドゥルガー女神への布施が主題となりほとんどが南インドにあります。
まずはタミルナドゥ州のMAMALLAPURAMにある石窟(MANDAPA)から見ていきます。
ADIVARAHA MANDAPA(7世紀中頃)は石窟で人工的に壁が作られ自然光が入らず真っ暗です。
ここには重要なたくさんの彫刻があります。
その中に素晴らしいドゥルガーのパネルがあります。
1ADIVARAHA MANDAPA
ドゥルガーはトリバンガの姿勢で水牛の頭の上に立ち、胸当てをつけています。
8臂で法螺貝、チャクラ、弓、刀、盾、鐘を持ち、さらに左手首にはわかりにくいのですがオウムが乗っています。
上部には二人のガナもしくはVIDYADHARA(天人)が、さらにその脇にわかりにくいのですが左にライオン、右に鹿が彫刻されています。
両脇には二人の従者がついており一人は弓を持ち、一人は刀と盾を持っています。足元には二人の信者がおり、左の信者は手首を、右の信者は肘から切断しようとしています。
次のVARAHA MANDAPA(7世紀後半)は自然光が入るのでもっと見やすいです。 
DSC_0621.jpeg 2VARAHA MANDAPA
3VARAHA MANDAPA2 4VARAHA MANDAPA3
中央のドゥルガーは台座の上に直立して立ち4臂です。
同じく胸当てをつけていますがADIVARAHA MANDAPAの優雅さ、美しさはありません。
左右上方にドゥルガーゆかりのライオンと鹿が彫刻されています。
ADIVARAHA MANDAPAにもありましたが暗くてわかりませんでした。
周囲にVIDYADHARAが4人います。
足元に信者が二人おり、左の信者は背中を向け左手で髪の毛をつかみ、右手に刀を持ちまさに首を切断しようとしています。
右の信者は右手を肘から切断しようとしています。
すごい迫力です。
ドゥルガーの彫刻はあまりいただけませんが、この信者の彫刻は素晴らしい出来です。
同じMAMALLAPURAMにあるDRAUPADI RATHA (7世紀)へ行きます。
当時の民家を模した石造寺院でドゥルガーが祀られています。
6DRAUPADI RATHA4 7DRAUPADI RATHA
8DRAUPADI RATHA2 9DRAUPADI RATHA3
VARAHA MANDAPAの彫刻によく似ています。
ハスの台座の上に直立して立ち、4臂です。
周囲にはVIDYADHARAが4人武器を持っています。
足元には二人の信者がおります。
面白いことにVARAHA MANDAPAで後ろ向きに首を切断していた右側の信者がここではこちらを向いています。
やはり信者の彫刻は迫力があります。
ポンディシェリーの近くのVILUPPURAMにあるSINGAVARAM CAVE (7世紀)の像は現在も信仰されているために煤で真っ黒です。
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とてもシンプルで水牛の頭に片足を乗せ、トリバンガの姿勢で立っています。
4臂でスリムです。
周囲には彫刻はなく、足元に二人の信者がいます。
右側の信者は左手を切断しているようです。
右側の信者は特に何もしていないように見えます。
TIRUCHIRAPPALLIはロックフォートで有名です。
11tiruchirappalli lower(CAVE)
ふもとにある石窟寺院(8世紀)にドゥルガーの彫刻があります。
台座の上に立ち、4臂です。
左上にはVIDYADHARAが一人おり、右手に花を持っています。
足元の信者の左側の人物は髪の毛を握り首を切断しようとしています。
右側は良くわかりません。
PULLAMANGAIにあるBRAHMAPURISVARA寺院(10世紀)の壁龕には素晴らしいドゥルガー像がありますが、信者によって服を着せられているので体がわかりません。
15BRAHMAPURISVARA(PULLAMANGAI)4 12BRAHMAPURISVARA(PULLAMANGAI).jpg
13BRAHMAPURISVARA(PULLAMANGAI)2 14BRAHMAPURISVARA(PULLAMANGAI)3
8臂で武器を持っています。
とてもリアルな水牛の首の上にトリバンがの姿勢で立っています。
壁龕の左右のパネルには左側、ライオンと首を切断する信者、右側には鹿と足を切断する信者が彫刻されています。
当時は本当に自分の体を犠牲にして供儀を行ったと言われています。
それは他の宗派でもありましたが特にドゥルガーを信仰する人に多かったようです。
ですから今日でも供儀には生贄の動物が必要で、血が欠かせません。

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寺院の彫刻 その73(シヴァ23 アルジュナに恩恵を与えるシヴァ)

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今回は叙事詩マハーバーラタの主人公の1人アルジュナとシヴァの話です。
『ユディシュティラとビーマが来たるべきカウラヴァとの戦いに備えて議論を行っていると、ヴィヤーサ仙が現れ、カウラヴァとの戦いに勝つ為にはアルジュナを神々の元へ送り、神々の武器と武術を学ばせるべきだ、と助言を残した。
アルジュナはその助言に従ってインドラキーラ(曼荼羅山)へと向かい、そこでインドラ神と「シヴァ神に認められれば天界の武器を全て授ける」という約束を取り付けた。
1キラータ
アルジュナはその後ヒマラヤの北を目指し、とある深い森にて、シヴァ神と出会う為に苦行を始めた。
始まったアルジュナの苦行の凄まじさに森の苦行者達は恐れをなし、シヴァ神に祈りを捧げた。
その祈りを聞き届けたシヴァ神はアルジュナの元に狩人の姿となって現れた。
ちょうどその時、ムーカというダーナヴァ(魔族)が猪の姿となってアルジュナを襲った。
それを見たシヴァ神はムーカを矢で仕留めたが、アルジュナもまた同時に矢を放ち、ムーカを射貫いていた。
二人はどちらが先にダーナヴァを仕留めたかで口論となって戦いを始めたが、アルジュナは敵わず組み伏せられてしまった。
そこでアルジュナはその猟師がシヴァ神であることに気付き、許しを乞い願った。
シヴァ神はアルジュナを許し、パーシュパタアストラ(Pashupatastra)という武器を授けた。
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アルジュナがシヴァ神に認められた事を知るとインドラは喜び、アルジュナを天界へと招いてありとあらゆる天界の武器を授け、その使用法を伝授した』という話です。
彫刻としてはイノシシを挟んで左右に弓を射る人物がいれば確実にアルジュナとシヴァです。
南インドのカンチープラムにあるカイラーサナータ寺院にはシヴァとアルジュナがまさに戦おうとしている迫力ある像があります。
足元にはイノシシです。
1カイラーサ
南インドカルナータカ州のホイサラ朝寺院では基壇に好んで彫刻されています。
1HOYSAL065
PATTADAKALにあるVIRUPAKSHA寺院(8世紀)の内部の柱にも彫刻されています。
2VIRUPA048
この彫刻は東南アジアの方が優れています。
カンボジアのアンコールにあるBAPUON寺院(11世紀)です。
イノシシを挟んでシヴァとアルジュナ。
3bapuon
シヴァとアルジュナの戦い。
4bapuon0
シヴァからパーシュパタアストラを授かるアルジュナが彫刻されています。
5bapuon
BANTEAY SREI寺院(10世紀)の中央祠堂南面の楣にこの寺院を建立したバラモンのヤジュニャヴァラーハがイノシシとして彫刻され、その上に戦うシヴァとアルジュナが彫刻されています。
6スレイ中央祠堂28南面
タイにあるクメール寺院SIKHORAPHUM(12世紀)の楣です。
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中央に踊るシヴァ神、その左上にシヴァとアルジュナ、イノシシが彫刻されています。
インドネシアにはこの物語(マハーバーラタ)をもとに1035年に作られた「アルジュナ・ウィワーハ」というアルジュナの物語があります。
話はほとんど同じです。
東ジャワにあるSUROWONO寺院(13世紀)の基壇に彫刻されていますので、この彫刻を見ながら説明します。
「悪魔王ニワタカワチャが天界を荒らしまわっていた。神々はアルジュナに成敗をお願いする。危機を感じたニワタカワチャは部下のモモシムカをイノシシに変身させアルジュナを襲わせる。
<ニワタカワチャによって派遣された巨人モモシムカはイノシシに変身する>
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<イノシシに変身したモモシムカとアルジュナ>
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天界にいたシヴァはこの時とばかり、アルジュナの威力を試そうと山地人キラータに変身する。そしてイノシシめがけてアルジュナとキラータは矢を射る。するとその矢は一本となってイノシシに当たる。そこで両者は自分の矢だと主張して争いになりついにキラータは本性を現しシヴァ神になる。
<モモシムカのイノシシにアルジュナの矢と狩人に変身したシヴァの矢が同時に刺さる>
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<猟師とアルジュナが争う アルジュナがキラータの足首を掴んで投げようとしている>
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アルジュナは驚きシヴァの前にひざまずき礼拝する。
シヴァはアルジュナに天界の特別な矢を授ける」というものです。
<狩人に変身したシヴァが姿を表すと驚いてシヴァに帰依するアルジュナと供のプンカワ>
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この物語は東南アジアで見事に開花しました。
特に「マハーバーラタ」と「ラーマーヤナ」はインドネシアで好まれ、独自の文学を築き上げました。

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寺院の彫刻 その72(シヴァ22パールヴァティーと結婚するシヴァ)

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今回の題材は「パールヴァティーと結婚するシヴァ」です。
1結婚
物語のあらすじは
『シヴァ と父親ダクシャの仲違いのために自殺した最初の妻サティーは神々の力によってパールヴァティーとして蘇る。
シヴァはパールヴァティーとの結婚を決意し、パールヴァティーの信念を試そうと試みた。
シヴァは年老いたバラモン僧の姿をとり、苦行に精を出すパールヴァティーに近づき、腹がたいそうすいていると述べ食事を求めた。彼女は喜んで、身体を清め終えたら食事に来るように告げた。
老人はパールヴァティーの庵の近くの河へ行き、河の中に入ってワニに捕らえられようと企んだ。
彼はパールヴァティーに助けを求めた。
彼女は川岸まで来たが、腕を伸ばして彼を助けることは出来なかった。
というのも彼女の夫になるシヴァ以外には、たとえ人を助ける場合でさえ、決して身体に触れては行けないという誓いを持っていたからである。
彼女は途方に暮れてしばらくの間じっと立っていたが、客が間もなくワニに飲まれてしまうことがわかっていたので誓いを棄てて彼女は腕を伸ばし,年老いたバラモン僧をつかみ河から助け上げた。
彼はパールヴァティーに感謝し、本来の姿を現した。
彼女もシヴァ以外の人の手を握ったことの汚名をから免れることになったので,シヴァに非常に感謝し、彼に身を委ねた。
その後シヴァとパールヴァティーの結婚式が催された』という話です。
多くの詩人たちがパールヴァティーに注目し、数多くの賞賛を浴びせました。
その結果人々の心に彼女こそ至上の美、世界中の美が凝縮した存在であるという評価を持つに至りました。
この彫刻はなかなか見つかりません。
特に有名なのはエローラとエレファンタの石窟の彫刻です。
西インドのエローラ29窟(6世紀後半)の彫刻は中央で手を握りあるシヴァとパールヴァティー、左右にはヴィシュヌとラクシュミー、ブラフマー、上方にはたくさんの神々がそれぞれ乗り物(ヴァーハナ)に乗って駆けつけています。
ガンダルヴァやアプサラも集まります。
パールヴァティーは少し恥ずかしそうです。
2E-CAVE29008
エレファンタ石窟(6世紀)の像も構図的にエローラとほとんど同じですが、こちらの方がはるかに出来が良いです。
下部の崩壊が惜しまれます。
3ELEPHANTA
同じ西インドにある石窟JOGESVARI(6世紀)の入り口上部の彫刻です。
わかりにくいのですが中央に手を繋ぐシヴァとパールヴァティー、パールヴァティーの足下には跪く4面のブラフマーが確認できます。周りには沢山の神々が祝福に集まっています。
4JOGESVARI
東インドのブヴァネーシュヴァルにはたくさんのシヴァ寺院があります。
その中でも特に古い寺院に彫刻されています。
PARASURAMESHWAR寺院(7世紀中頃)の楣に素晴らしい彫刻があります。
中央に腕を取り合うシヴァ とパールヴァティー、向かって左には男神、ガルーダやブラフマー、スーリヤなどの神々が捧げ物をしています。
右側には女神が並んで祝福をしています。
5PARASU056-2
7世紀初めのSATRUGHNESHWAR寺院にもパールヴァティーと結婚するシヴァの彫刻があり、たくさんの神々が集まっていますが、シヴァ とパールヴァティーがよくわかりません。
6SATRG013
7世紀後半のSVARNAJALESHWAR寺院でも見つかりました。
7SVARNAJALESHWAR
南インドではPATTADAKALのKASHIVISHVANATHA寺院(8世紀後半)のマンダパにある柱にあります。
なかなか良い彫刻です。
8KASHIVISHVANATHA
MAHAKUTAにあるMAHAKUTESHVARA寺院(7世紀中頃)寺院の彫刻はとても細かく素晴らしい出来です。
9MAHAKUTESHVARA
マディヤ・プラデーシュ州のグワーリオールの城壁(10世紀)でも見つかりました。
インドラやヴィシュヌ、ブラフマーが祝福しています。
10Gwalior Fort10c
同じマディヤ・プラデーシュ州のパダバリにあるBATESWAR寺院(6〜12世紀)でも見つかりました。
11Batesar temple6-11c2
この題材が伝わっていなかったのか、あるいは人気のないモチーフだったのか、残念ながら東南アジアでは見つかりませんでした。

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