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寺院の彫刻 その83(PARSVA-DEVATA)

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インドのヒンドゥー教寺院では寺院の壁面に龕を作り一定の法則でそこに神像を安置しています。
パールシュヴァデヴァーターPARSVA-DEVATAと言い、特に東インドのオリッサ州のブヴァネーシュヴァルの寺院においては顕著です。
ブヴァネーシュヴァルの寺院はほとんどシヴァ派の寺院で祠堂内部にはシヴァリンガが祀ってあります。
その祠堂の外部の壁面の龕に入り口(ほとんどの寺院では東を正面にしている)を除く3方にそれぞれパールヴァティー(ドゥルガー)北、スカンダ(カルティケーヤ)西、ガネーシャ(南)のシヴァファミリーが彫刻されています。
数は少ないですがヴィシュヌ派の寺院ではヴァーマナ(トリヴィクラマ)北、ナラシンハ西、ヴァラーハ南のヴィシュヌの化身が壁龕に彫られています。
シヴァ派の寺院では初期の7世紀の寺院から見ることができます。
初期の寺院は保存状態が悪いため全て完全な形で揃っている寺院はありません。
7世紀のSATRUGHNESHWAR寺院は西のスカンダしか残っていませんが孔雀の上に結跏趺坐する像は素晴らしい出来です。
1SATRG001 2SATRG010
アクセサリーもとても細かく彫刻されています。
同じ7世紀のPARASURAMESHWAR寺院ではこれまた素晴らしいスカンダとガネーシャが彫刻されています。
3PARASU028
4PARASU055 5PARASU061
同じ時代のSVARNAJALESHWAR寺院では3体揃っていますが保存状態が良くありません。
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8SVARNA005 9SVARNA004
PACHIMESVARA寺院(8世紀)はなんと寺院の建物がなくなってしまいましたがリンガとPARSVA-DEVATAだけが残っています。
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MOHINI寺院(8世紀後半)では3体揃っていますが、保存状態はあまり良くありません。
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MOHINI寺院ととてもよく似たMARKANDEYESHWAR寺院(8世紀後半)ではPARSVA-DEVATAもよく似ています。
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このPARSVA-DEVATAは東南アジアには伝わったのでしょうか。
カンボジアやタイ、ベトナムでは見つかりませんでした。
しかしインドネシアの寺院では彫刻の題材は違いますが見つかりました。
それはジャワ島のジョグジャカルタ近郊にあるゴドン・ソンゴ遺跡群にありました。
インドネシアのヒンドゥー教遺跡では初期の8世紀に建立された遺跡群です。
この遺跡群の第3群にほぼ完全な形で残っています。
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シヴァ派の寺院でPARSVA-DEVATAは北ドゥルガーとしてのパールヴァティー、西ガネーシャ、南はグルあるいはリシとしてのシヴァ(老人の姿)が彫られています。
インドとの違いはスカンダではなくリシになっているところです。
ジョグジャカルタにある9世紀のSANBISARI寺院のPARSVA-DEVATAはとても状態が良いです。
この寺院は近くにある火山の爆発で火山灰に埋もれて1960年代になって畑の中から発見されたためです。
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北ドゥルガー、西ガネーシャ、南グルがよく残っています。
東南アジアの中でもインドネシアはインドとの関係が深い国です。寺院の形態もはインドによく似ています。

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寺院彫刻 その82(スカンダ 東南アジア)

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スカンダは東南アジアに伝わりました。
まずは彫像から見ていきたいと思います。
カンボジアのプノンペン国立博物館には6〜7世紀の孔雀に乗るスカンダ像が2体あります。
1体は羽を広げた孔雀にまたがり、とても良い顔をしています。
1 6〜7世紀孔雀に乗るスカンダ
もう1体は孔雀にまたがり左手で孔雀の首をつかんでいます。
2 6〜7世紀孔雀に乗るスカンダ2
ジャカルタの国立博物館にも8世紀の孔雀にまたがるスカンダの像があります。
3 8世紀ジャワ国立博物館
いかにもジャワ的です。
ベトナムのダナンにあるチャム彫刻博物館には10世紀のミソンで発見された像があります。
4ミソン10世紀
残念なことにスカンダと孔雀の首から上がありません。
スカンダは孔雀の上に立ち手にはヴァジュラのようなものを持っています。
寺院ではカンボジアのBANTEAY SAMRE寺院の破風に彫刻されています。
5SAMRE046 2
6SAMRE089
インドの隣のネパールのBHAKTAPURにあるヴィシュヌ寺院に孔雀に乗るスカンダ像があります。
7カトマンドゥ
日本にも中国経由でスカンダは入ってきました。
仏教において韋駄天となりました。
増長天の八将の一神で、四天王下の三十二将中の首位を占める天部の仏神です。
一般的には道教の韋将軍信仰と習合した影響で、唐風の甲冑をまとって剣を持つ若い武将の姿で描かれます。
元来はスカンダに由来するため、六面十二臂の少年神で孔雀に乗ります。
夜叉が仏舎利を奪って逃げ去った時、これを追って取り戻したという俗伝から、よく走る神、盗難除けの神として知られるます。
しかし韋駄天(スカンダ)が俊足なのは日本だけのようです。
木造韋駄天像はありますが、孔雀に乗っている像はありません。
京都の萬福寺には江戸時代の像があり、甲冑をまとい剣を捧げています。
9萬福寺江戸時代
岐阜県の乙津寺の像は鎌倉時代の造立で厨子に入っています。
10乙津寺鎌倉末期
やはり甲冑をまとい剣を持っています。
京都の泉湧寺舎利殿には鎌倉時代に描かれた韋駄天図の壁画があります。
11泉涌寺鎌倉時代
この題材は先に述べた夜叉(鬼)が仏舎利を奪って逃げ去った時、韋駄天がものすごい速さで追いかけ、仏舎利を取り戻したことを描いています。
そしてついに石像を見つけました。
それは上野にある西光寺の境内にありました。
大きな丸彫の韋駄天像です。
12西光寺
韋駄天は甲冑をまとって剣を持つ武将の姿です。
この像は秀吉の朝鮮入国の際、同行した藤堂高虎が朝鮮から持ってきたものと言われています。
韋駄天は甲冑をまとい剣を持っていること、足がとても速いことによって武将にとても好まれたようです。

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寺院彫刻 その81(スカンダ)

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今回はシヴァとパールヴァティーの子供、スカンダの話です。
「アグニが7人の聖仙の妻たちに恋をしたが彼女たちとの不倫を自制していたところ、アグニを恋慕するスヴァーハーが6人の聖仙の妻の姿に順次化けてアグニを誘惑して6回の性交を果たし、その度にアグニの精液をアシュベータ山の黄金の穴に落とした。
14スカンダ
スヴァーハーは非常に貞操の固い7人目の聖仙(ヴァシシタ仙)の妻に化けることは失敗したが、6人の聖仙の妻に化けて実施したアグニとの計6回の性交によってアシュベータ山の黄金の穴からスカンダを誕生させる企みは成功した。
スカンダは6人の精液から生まれたので6つの頭と12本の腕を持ち体は黄金に輝いていた。
スカンダの名前は「スカンダ=落とされた」からつけられた。
やがてスカンダがシヴァ派のヒンドゥー教に吸収されると、アグニとスヴァーハーが性交している時にシヴァがアグニに乗り移り、同様にパールヴァティーがスヴァーハーに乗り移っていたので、スカンダはシヴァの息子であると解釈された」という少し強引な解釈ですが、それだけ人気のあった神だということです。
13スカンダ
スカンダはあまりに強いため軍神インドラに替わって新たな神軍の最高指揮官となります。
一方戦争以外の事は考えておらず、女性も近付けず、自分の神殿に女性が入ることすら拒む面もあります。
しかしカウマーリまたはデーヴァセーナという妻・パートナーがいる場合もあります。
乗り物(ヴァーハナ)は孔雀、カルティケーヤ、ムルガン、クマーラなどの名前があります。
古いものではマトゥラーの博物館にグプタ時代のスカンダがあります。
1Mathura
デリー博物館にも6世紀の孔雀に乗るスカンダがあります。
1 6世紀デリー博物館
南インドのバーダーミ石窟(6世紀後半)に孔雀に乗るスカンダの彫刻があり、柱にも彫刻されています。
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3badamicave1
ELEPHANTA(6世紀)のスカンダは孔雀と一緒に立っています。
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アイホーレのHUCHIMALLI GUDI寺院(7世紀)の天井に、飛天に囲まれたはすばらしいスカンダの彫刻があります。
5Hucchimalli Gudi
インドのブヴァネーシュヴァルの寺院ではParsvadevataと言って、壁龕の北にドゥルガー、西にカルティケーヤ(スカンダ)、南にガネーシャが彫刻してあります。
したがってブヴァネーシュヴァルの寺院には優れたスカンダの彫刻がたくさんあります。
SATRUGHNESHWAR寺院(7世紀初め)は崩壊が激しい寺院ですが奇跡的にスカンダの彫刻が残っています。
6SATRG010
同じ時代のPARASURAMESHWAR寺院(7世紀中頃)のスカンダは最高傑作です。
7PARASU055
MOHINI寺院(7世紀後半)のスカンダは惜しいことに顔が壊れています。
8MOHINI011
ブヴァネーシュヴァルのスカンダについては寺院彫刻Parsvadevataのところで見ていきたいと思います。
カルナータカ州のGovindanahalliにあるHOYSALA寺院(12世紀)のスカンダは立派な孔雀に乗っています。
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TAMIL NADU州TANJAVURのBRIHADISHVARA寺院(11世紀)のスカンダも立派な孔雀に乗っています。
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スカンダはカルティケーヤ、ムルガン、クマーラ、スブラフマニヤなどと呼ばれインド全土で崇拝されています。

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寺院の彫刻 その80 東南アジアのガネーシャ

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今回は東南アジア地域のガネーシャを見てみます。
ガネーシャは東南アジアにも広がりました。
プノンペン国立博物館には2臂で牙とお菓子の入ったお椀を持っている7世紀のガネーシャ坐像と
1ガネーシャ7世紀8(P)2
前アンコール期の立像があります。
2前アンコール期(P)
とても写実的な像です。
そのほかに10世紀後半と思われる座像があります。
3ガネーシャ10世紀後半
寺院彫刻はありませんが東メボン寺院(10世紀)の楣に可愛いガネーシャが彫刻されています。
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正面の神はインドラ神で神象のアイラーヴァタに乗っています。
ガネーシャはネズミではなく馬に乗っています。
これと同じ楣がタイのMUANG KHAEK寺院(10世紀)に残っています。
ガネーシャは単独で彫刻されることはあまりなく、シヴァ神の楣に彫刻されていることが多いようです。
PREAH PITHU寺院(12〜13世紀)の楣にもナタラージャとともに彫刻されています。
5PITHU041
それはタイのクメール寺院でも同じです。
ベトナムのダナンにあるチャム歴史博物館にはミソン遺跡で発掘された7世紀の素晴らしい立像があります。
6MYSON E-1 7C
8世紀の坐像もあります。
7ミソンE−18世紀
アンコール遺跡やチャンパ遺跡では思ったほどガネーシャはでてきませんでした。
それに比べるとインドネシアには沢山のガネーシャ像があります。
ドゥルガーのところでお話ししたようにインドネシアの初期寺院では東正面左右には門神ドゥパラパーラが、南面にはグル(シヴァ自身)、西面にはガネーシャ、北面にはドゥルガーが壁面に彫刻されていたので寺院の西面の壁龕にガネーシャが残っています。
8世紀に建立されたゴドン・ソンゴ寺院の第3寺院の西面のガネーシャです。
 8ゴドンソンゴ
9世紀前半のサンビサリ寺院西面のガネーシャは保存状態がとても良いです。
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LOROJONGGRANG寺院(9世紀)のシヴァ堂西面のガネーシャも内部に安置されているので保存状態は最高です。
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8世紀のディエン高原の遺跡群に付属している博物館があります。
この遺跡から出土した石像を展示しており、その中にガネーシャ像もあります。
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ジャカルタ国立博物館には中央ジャワのマゲランと
12マゲラン9〜10
スマランから出土した9〜10世紀の魅力的な像が展示されています。
13スマラン9〜10
東ジャワには傑作がたくさんあります。
ブリタール市近郊のボロ寺院(13世紀)は現在何もありませんが素晴らしいガネーシャ像1体が残っています。
裏面の彫刻がとても凝っています。
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東ジャワの彫刻には表と裏が全く違う彫像が多く見られます。
SINGOSARI寺院(13世紀)にあった像も素晴らしい出来です。
16GANESA(SINGOSARI) 2
東ジャワのガネーシャはドクロが好きで基壇もドクロです。
日本にもガネーシャは伝わりましたが、形態が違います。
ガネーシャは仏教(密教)に取り入れられ大聖歓喜天としてチベット経由で伝わったようです。
その過程で象頭人身の男女が抱き合う双身像として入りました。
17大聖歓喜天
なぜ抱擁像なのかと言いますと、毘那夜迦(ビナーヤカ)の王である歓喜王が衆生に害を及ぼそうとした時、観音菩薩が大慈悲心をおこして毘那夜迦(ビナーヤカ)婦女の身となり、歓喜王の欲望をおこさせ、毘那夜迦婦女の身体に触れるためには、未来の世が尽きるまで仏法を守護すること、修行者達を守護すること、今後衆生に対して悪事を働かないこと等の約束を取り付けたうえで抱きあったとの物語が伝えられています。
この大聖歓喜天は仏教を守護し財運と福運をもたらす天部の神として全国に広まりました。
18鳥見神社(歓喜天)
全国の聖天様はこの神を祀っていますが、抱擁像のため秘仏になっています。
インドで生まれたガネーシャがそれもパールヴァティーの垢から生まれたガネーシャが日本で聖天様になっているなんてとても面白いですね。

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寺院の彫刻 その79 カトマンドゥ盆地のガネーシャ

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今回はネパールのカトマンドゥ盆地のガネーシャ像を見ていきます。
カトマンドゥ盆地ではカトマンドゥを囲む4つの寺院信仰があります。
4つのヴィシュヌ寺院(NARAYAN)、4つのバラヒ寺院(VARAHI)、4つの観音寺院(MACHHENDRANATH)そして4つのガネーシャ(BINAYAK)寺院があります。
このガネーシャ寺院はカトマンドゥにあるASHOK BINAYAK寺院、
1ASHOK VINAYAK 1 2ASHOK VINAYAK 3
CHABAHILにあるCHANDRA BINAYAK寺院、
3CHANDRA BINAYAK 4CHANDRA BINAYAK2
BHAKTAPURにあるSURIYA BINAYAK寺院、
5SURIYA BINAYAK 3 6SURIYA BINAYAK
BUNGAMATIにあるKARYA BINAYAK寺院ですが、
7KARYA BINAYAK 8KARYA BINAYAK 2
CHOBARにあるJAL BINAYAK寺院
9JAL BINAYAK 10JAL BINAYAK2
を加える場合もあります。
BINAYAK寺院ではシヴァとナンディ(ウシ)のように寺院の前にガネーシャの乗り物のネズミが祀られています。
11-KARYA BINAYAK 11−1ASHOK VINAYAK 2
このネズミはトガリネズミだそうです。
11−2JAL BINAYAK 11−3SURIYA BINAYAK
カトマンドゥの寺院では入り口に本尊を彫ったトラナと呼ばれる半円形の板が掲げられています。
ガネーシャを祀ったBINAYAK寺院ではトラナはガネーシャが彫られています。
11−4CHANDRA BINAYAK 11−5CHANDRA BINAYAK2
ガネーシャは前回お話ししたように現生利益の神なので非常に人気があります。
ガネーシャ信仰が盛んでなこの街では至る所にガネーシャ像があり、ヒンドゥー教徒も仏教徒も通りがかりに手を合わせていきます。
若い人も、年寄りも男も女も熱心な人は御供えをして回ります。
お供えは花、特にマリーゴールドの花輪をかけます。
そして像に赤い粉TIKAを塗っていきますので本尊は真っ赤です。
ひどい場合にはもう形態もわからなくなり、ただの赤い塊になっている場合もあります。
カトマンドゥではカトマンドゥの名前の元になったKASTHAMANDAPの中にも4つのガネーシャ像が祀られています。
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KASTHAMANDAPとは「木の家」という意味で伝説によると、一本の沙羅の木から作られた寺院で12世紀に建てられたそうです。
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14KASTHAMANDAP2 15KASTHAMANDAP4
ここにもひっきりなしに人々がお参りに来ます。
カトマンドゥ盆地で一番気に入ったガネーシャ像はVAJRA YOGINI寺院へ行く途中のSANKHUという所にあります。
小さなお堂になっており、屋根には木が生えています。
17VAJRA YOGINI
カトマンドゥの西にあるBANEPAの町にあるガネーシャ像も立派です。
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カトマンドゥの南にあるGODAVARI KUNDAはカトマンドゥの街の貯水源でとてもきれいな水が沐浴場に流れ風光明媚な所です。
ここのガネーシャはそれとなく気品があります。
19GODAVARI KUNDA
PATANの王宮庭園SUNDARI CHOWKにあるガネーシャは3面10臂で獅子を踏みつけています。
PATAN SUNDARI CHOWK
そして横にはハスの台座に乗った神がいます。
カトマンドゥのガネーシャの人気はインドに勝るとも劣りません。

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