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寺院の彫刻 その63(シヴァ13 ダクシナームルティ)

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ダクシナームールティは、学問、音楽、ヨーガ等の知識を授ける師として、シヴァ神が化身した神と考えられています。
弟子たちの湧き出る疑問に、ダクシナームールティは沈黙で答えました。
ダクシナームールティは心を込めて祈る者に、彼自身を至高の静寂へと導きます。
教えを受けていた彼らも至高の静寂のなかへ、自らという真の境地へと導かれます。
沈黙の伝授は最も完全なもの、それは見ること、触れること、教えることをすべて含んでいます。
そしてあらゆる方法で個人性を浄化して実在の内に確立させると考えられています。
すなはち最高実在ブラフマンとの合一に導きます(梵我一如)。
世俗の様々な病に苦しんでいるすべての患者にとって、ダクシナームールティは最高の神の医者といわれています。
ダクシナームルティとは南を向く神の意味で、南インドではシヴァ寺院の南の外壁に彫刻されています。
彫刻としては森の中で座って教えを説き、頭はカーリーヘアーで足下に無知を象徴するアパスマーラを踏みつけている構図で掘られています。
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森の中であることを示すために、足元には蛇や鹿が、頭上には枝を伸ばす樹が描かれます。
もう一つは立像でカーリーヘアーで足下にアパスマーラ彫刻を踏みつけています。
それでは彫刻を見てみますと圧倒的に南インドに多くみられます。
KANCHIPURAMのKAILASANATHA寺院は7世紀後半の建立でシヴァ神話が沢山彫刻されています。
4腕で森の木下に座り足下には蛇や鹿が、木には鳥たちが集まっています。
しかしアパスマーラはいません。
1KAILASANATHA
MAMALLAPURAMにある同じく7世紀末のSHORE TEMPLEでも見つかりましたが場所的に風化がひどいのが残念です。シヴァのもとに集まった弟子たちやゾウはわかります。
2SHORE TEMPLE
すぐ近くにある昔の灯台と言われたOLAKKANATHA 寺院にもありますがここも風化が激しいです。
2LIGHT012
同じくパッラヴァ朝の8世紀初めに作られたTIRUPPATTURにあるKAILASANATHA寺院の壁龕にも漆喰を施したダクシナームルティがあります。
残念なことに下半身は崩壊してしまいました。
3KAILASANATHA(TIRUPPATTUR)
MAHAKUTAには素晴らしい立像のダクシナームルティがあります。
7世紀中頃に建立されたSANGAMESHVARA寺院の壁龕に2腕で斧を持ち、勃起した性器を持ち、アパスマーラの上に乗っている像が彫られています。
4SANGAMESHVARA
もう一つ同じ立像のダクシナームルティが境内に立てかけてあります。
2腕でアパスマーラの上に性器を勃起させて立っています。
出来はあまり良くありません。
5mahakuta入口左の寺院8と彫像
PATTADAKALのVIRUPAKSHA寺院の壁龕には、2腕でトリバンガの姿勢でアパスマーラを踏みつけている像が彫刻されています。
VIRUPAKSHA寺院は740年の建立でとても良い出来です。
6VIRUPAKSHA
SRINIVASANALLURにある10世紀建立のKORANGANATHA寺院のダクシナームルティは最高傑作だと思います。
南側壁龕に彫られたこの像は森の木下に座り、足下には蛇と鹿が集まりアパスマーラを踏みつけています。
残念なことに太ももから足首まで破損しています。
木には色々な動物や鳥たちが集まり、シヴァの頭髪は素晴らしい出来です。
顔は高貴で4腕ですが前2本は破損しています。
左右のスペースには弟子、獅子、矮人ガナなどが彫刻されています。
7KORANGANATHA(SRINIVASANALLUR
GANGAIKONDACOLAPURAMにある11世紀のBRIHADISHVARA寺院はとても大きい寺院で、南側の壁龕にダクシナームルティが彫られています。
森や動物、アパスマーラもいませんが表情がとて魅力的です。
8GANGAIKONDACOLAPURAM
MELAKKADAMBURのAMRTAGHTESVARA寺院は参拝者が訪れる生きている寺院で壁龕のダクシナームルティは煤で黒くなっており、信者が体に布をかけていますのでよく観察できません。
1100年の建立です。
4腕でアパスマーラを踏みつけています。
アパスマーラは蛇を抱いています。
9MELAKKADAMBUR
12世紀後半のDARASURAMにあるAIRAVATESHVARA寺院のダクシナームルティも煤で汚れ黄色い布が巻かれています。
AMRTAGHTESVARA寺院と同じように4腕で同じ印をしていますがアパスマーラを踏みつけているかよくわかりません。足元には楽しそうなガナ達がいます。
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南インドハンピのVIJAYANAGARA王国にあるKOTI TIRTHA(16世紀)は花崗岩の谷にあり寺院の内部にはとても面白い意匠のダクシナームルティの彫刻があります。
トゥンガバドラー川沿いにあるのでボートで行きます。
11koti tirtha
この場所はとても面白いところで、大きな石に色々な神々やリンガが掘ってあります。
ダクシナームルティは南インドでとても人気のあるシヴァのムルティですが、東南アジアでは見つけることができませんでした。

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石の巡礼 その10(称名寺不動三十六童子)

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今回は北鎌倉の山の中腹にある称名寺の三十六童子を見学します。
今泉不動とも呼ばれ自然豊かで境内には川が流れ、滝もあります。
初め不動堂の別当で円宗寺と称され鎌倉時代には密教寺院とし、頼朝も深く信仰していましたが、その後すっかり荒廃してしまいました。
しかし、貞享元年(1684)に直誉蓮入が再興し 江戸時代に芝増上寺の貞誉大僧正から山号寺号を与えられ、浄土宗寺院としての基礎が確立され「称名寺」とされました。
境内へと進むと、左側に庫裏、その奥に真新しい本堂、弁天堂が並んで建っています。
弁天堂の前から川に向かって下ると、鎌倉では珍しい滝が現れます。
1陰陽の滝
陰陽の滝というなかなか立派な滝です。
不動堂はさらに奥の石段を登った高い場所にあります。
石段の前には矜羯羅童子と制咜迦童子を乗せた石柱が立っています。
2石段
石段を登ると不動堂で目的の三十六童子は裏手の石段の左右に安置されています。
4三十六童子
7三十六童子2
8三十六童子3
さらにその石段を登ると大日如来が矜羯羅童子と制咜迦童子を従えて座しています。
5大日如来
不動明王は大日如来の化身です。
不動明王は煩悩から抜け出せない人々をすべて救済してくれるありがたい明王です。
人間界と仏界を隔てる天界の火生三昧(かしょうざんまい・人間界の煩悩や欲望が天界に波及しないよう烈火で焼き尽くす世界)と呼ばれる炎の世界に住んでおり、怒りによって逆巻く髪は活動に支障のないよう弁髪でまとめ上げ、法具は極力付けず軽装で、法衣は片袖を破って結んでいます。
右手に剣、左手に羂索を握りしめ、背に迦楼羅焔(かるらえん・ガルーダの形をした炎)を背負い、物を必要以上に求める心である貪、怒りの心である瞋、真理に対する無知を意味する癡(おこ)を許さんとする慈悲極まりた憤怒の相で、岩を組み合わせた瑟瑟座(しつしつざ)か、粗岩の上に座して「一切の人々を救うまではここを動かじ」と決意する姿が一般的です。
6不動明王
また立像も数多く存在しています。
不動明王
三十六童子は不動明王の手となり足となって全ての人々を救済するのです。
とても頼もしい童子達です。
一部の童子を載せておきます。
阿婆羅底童子 戒光慧童子
9阿婆羅底童子 10戒光慧童子
光網勝童子 善儞師童子
11光網勝童子 12善儞師童子
大光明童子 普香王童子
14大光明童子 15普香王童子
法挟護童子 法守護童子
16法挟護童子 17法守護童子
仏守護童子 僧守護童子
18仏守護童子 19僧守護童子
称名寺は場所的に鎌倉の寺巡りコースから離れているので、あまり観光客も来ません。
自然に恵まれた境内でゆっくり三十六童子を観察するのも楽しいと思います。
夏は蚊が多いので注意。

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音楽の話 その58(サイモン&ガーファンクル)

ガンジーファ - 077
1960年代後半はロックが面白く、フォークはインクレディブル・ストリング・バンドぐらいしか聞いてはいませんでした。
サイモン&ガーファンクルは人気のあるグループでしたが、サウンド・オブ・サイレンスしか興味がありませんでした。
とても良い曲でハモリが綺麗なので、一応友人とデュオで歌っていましたが。
やがて映画「卒業」が話題になり、すぐ見に行きました。
ニューシネマのマイク・ニコルズ監督はサイモンに音楽を依頼し、イギリスの伝統的バラッドのスカボロー・フェア、ミセス・ロビンソン、サウンド・オブ・サイレンスなど楽曲を提供しました。
サイモン2
映画も音楽もヒットしましたが、アルバムを買おうとは思いませんでした。
ある日友人の家に4枚目のアルバム「ブックエンド」があり、何気なく聞いてみましたらこれが予想を裏切る良い出来でした。
サイモン3
A面一曲目は「Bookends Theme」でとても美しい小曲で「Save the Life of My Child」はフォークロックの様な曲「アメリカ」はとてもよく出来た曲でシンセサイザーが印象的です。
「Overs」の様な曲、特に「Old Friends」が好きです。
そして歌付きの「Bookends Theme」で終わります。
B面は「Fakin' It」で始まります。
2曲目は大好きな「Punky's Dilemma」もしかするとサイモン&ガーファンクルの曲の中で一番好きかもしれません。
3曲目は「Mrs. Robinson」とても良い曲で映画でも使われヒットしました。
「A Hazy Shade of Winter」とヒット曲が続き、「At the Zoo」で終わります。
ポール・サイモンの作る曲は独創的で好きですがシンプルなギターの曲に良さがある様な気がします。
サイモン1
ポールの作る曲は秋から冬にかけての凛とした空気の様です。
そこに透明感のあるサイモン&ガーファンクルの声です。
これがこのフォークデュオの魅力だと思います。
したがって秋から冬にかけてがぴったりのアルバムです。
サイモン4
しかしながら本来のポールはリズム重視のロックに乗せて、シニカルな歌詞を歌うロッカーでした。
そのことはソロになってからのポールを見れば解りますし、「Mrs. Robinson」にも当てはまります。
プロデューサーのトム・ロビンソンはそこを見抜き「The Sound Of Silence」をエレクトリック・バージョンにしてしまったのです。
しかもボブ・ディランの「ライク・ア・ローリングストーン」の録音に集まっていたミュージシャンたちを使って、オーヴァーダビングです。

Ωベストアルバム 「ブックエンド」

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映画の話 その58(ファニーとアレクサンデル)

90アビヨソ
ついに見ました。
大好きなイングマールベルイマンの大作「ファニーとアレクサンデル」なんと311分です。
全く飽きません。
5部形式になっております。
<エピローグ>大邸宅の一室でただ一人、人形芝居に興じる少年アレクサンデル・エクダール。
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彼は彫像が動くのを見たり、死神を見たり幻視の力の持主であることを示唆する。
<第一部 エクダール家のクリスマス>1907年のクリスマス・イヴ。
富裕な俳優で劇場主のオスカル・エクダールは、キリスト降誕劇を上演している。
妻で女優のエミリー、彼らの子供アレクサンデルとその妹のファニーも出演している。
劇の後、恒例のクリスマス・パーティが催された。
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中心人物は、今日の栄華を築いたオスカルの母ヘレナだ。
オスカルの三男で土地一番の菓子店を経営するグスタヴ・アドルフが料理の指揮をとり、次男の大学教授カールは酔いどれている。
彼の家計は火の車で、ドイツ人の妻リディアにぐちを言い、なじる。
グスタヴは、寛大な妻アルマ公認で、召使いのマイを愛人にしている。
〈第二部・亡霊〉年が明けて、二月上演の『ハムレット』を劇場でリハーサルしていたオスカルは、過労のため突然倒れ、死んでしまう。ヴェルゲルス主教の手で盛大に葬儀が行なわれた。
父オスカルの亡霊を目撃するアレクサンデル。
〈第三部・崩壊〉オスカルの遺言で劇場をひき受けたエミリーは、努力するが、一年後、不入りから空しく劇場から手をひくことにする。ある日、アレクサンデルは、母がヴェルゲルス主教と結婚することを母自身から聞き、ファニーと共にエクダールの家を去り、主教館に移った。
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主教の母ブレンダ、妹ヘンリエッタ、そして病気で寝たきりの叔母エルサを紹介されたエミリーと子供たちは、この主教館をつつむ暗い空気に驚く。
さらに華美に生活することを恐れる主教は、彼女たちに質素な生活と精神生活を強いた。
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〈第四部・夏の出来事〉翌年、別荘でくつろぐヘレナのもとにエミリーが訪れ、結婚は失敗だった、離婚したいが夫が許さないと、苦悩を訴えた。
アレクサンデルはサディストのヴェルゲルス主教の虐待にあい屋根裏部屋にとじ込められ、主教の娘たちの亡霊におびやかされる。
ファニーとアレクサンデル7
〈第五部・悪魔たち〉エミリーの訴えを気にしていたヘレナは昔の恋人で骨董商のイサクに相談し、イサクの計らいで、子供たちは脱出に成功、イサクの家に預けられる。
ファニーとアレクサンデル8
子供たちに去られ、カールとグスタヴの訪問で離婚をほのめかされた主教は、夜、寝つかれず、エミリーに心情を吐露する。
彼女は自分も脱出するために主教の飲物に睡眠薬を入れ、彼は眠りに陥った。
その頃、エルサの部屋のランプが倒れ、館は火に包まれた。
逃げ遅れた主教も焼死する。
〈エピローグ〉エミリーはなつかしい劇場を訪問した。
春になり、エミリーはヴェルゲルス主教の、マイはグスタヴ・アドルフの子供を産んだ。
エミリーはストリンドベルイの新作『夢の戯れ』の台本をヘレナに渡し、いっしょに演じたいと告げる。
その頃、アレクサンデルの前には主教の亡霊が現れるのだった。
というあらすじです。
ファニーとアレクサンデル9
まず美術(アンナ・アスプ)が素晴らしい。
エピローグから豪邸が主役のように映されますが、これほど凝った美術を使いこなせるのはビスコンティぐらいです。
クリスマスのシーンも忘れられません。
これが本物の北欧ブルジョワのクリスマスです(一体何本ろうそくを使っているんだ)。
このクリスマスには大人のクリスマスと子供のクリスマスがとても上手に描かれています。
この美術が最高潮に達するのが古物商のイサクの家です。
素晴らしいの一言です。
これほど凝った美術はギレルモ・デル・トロぐらいです。
このシーンはカメラ(スヴェン・ニクヴィスト)もすごいです。
さすがベルイマンです。
衣装も美しくセンスを感じます。
ファニーとアレクサンデル1
アレクサンデルの特殊な能力も見どころの一つです。
司祭館とエクダール家の比較も面白い(建物も女中も含めた家族関係も)。
キャスティングも俳優の演技も言うまでもありません。
これぞ大作です。

8-2ウィジョヨクスモの花


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食べ物の話 19(ズワイガニ)

89ポロソロ
以前カニを食べに京都府の間人(たいざ)へ行きました。
間人は京都の北の丹後半島の兵庫県寄りにある小さな港町です。
ここで取れるズワイガニは間人ガニとよばれブランドガニです。
関東では松葉ガニや越前ガニが有名ですが、関西では最高級のズワイガニとして憧れの的です。
当時、間人には高級旅館やホテルはありませんでした。
ほとんどが民宿か小さい旅館です。民宿を予約して出発です。
新幹線で京都まで行き、レンタカーを借ります。
まずは天橋立を目指して出発です。
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展望所から天橋立を見て(もちろん股の間から)、伊勢神宮に奉られる天照大神、豊受大神がこの地から伊勢に移されたという故事から元伊勢と呼ばれる 籠神社を見学します。
間人2
ここで忘れてはいけないのが重文の石像狛犬です。
狛犬の中でも最高の出来と言われています。
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次に舞鶴に行き「赤れんが博物館」を見学します。
舞鶴には100年以上も前の海軍の建設した赤れんがの建物が残っています。
「赤れんが博物館」の建物は、明治36年(1903)に旧舞鶴海軍の魚雷の倉庫として建設され、国内外のれんがやれんがの建造物を紹介しています。
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ここで興味深いのは中国や東南アジアのレンガに掘られた彫刻が展示されていることです。
動物、ヒンドゥー教の神、仏教の神など興味深いものがたくさんあります。
ここから間人までが結構あります。
間人は本当に何もない漁港です。
間人12
我々の宿から港までは10分ぐらいです。
宿帳に記帳(チェックイン)し8畳ほどの部屋に案内されます。
しばらくすると、女将(奥さん)がザルに甲羅に黒いぼつぼつがびっしりついた大きなカニを見せにきます。
今夜はこのカニですと説明してくれます。
足には間人ガニであることを証明する緑色のタグがついています。
間人4
ちなみにタグですが、最近はブランド化が進み、水揚げされた漁港ごとに色分けされているそうです。
青のタグが兵庫県の津居山蟹・白色のタグが兵庫県の香住蟹・黄色のタグが福井県の越前蟹といった具合です。
そして最高級ブランドが緑のタグの間人ガニなのです。
その間人ガニが今日はなんと一人一杯半です!!!。
説明によりますと、間人漁港は、小型の底引き網船が4隻だけの小さな漁港で、小型の船なので天候が荒れた日には漁が出来ません。
間人10
特に12月から2月の冬の厳しい折には、海が荒れ漁が出来る日が限られてしまいます。
そのため、間人漁港に蟹が水揚げされるのは極限られており、間人蟹が“幻の蟹”と呼ばれる所以なのだそうです。
常に近場の漁場で網を引き日帰り漁を行っています。
朝漁港から出て、その日の分だけ取ってきたものを出します。
もう期待が高まります。
間人は温泉なので、お風呂に入って落ち着きます。
いよいよ夕食です。
まずは生の間人ガニと新鮮な地元のお刺身が出ます。
次にカニの身をほぐしたものと内子(カニの甲羅の内側についている赤い卵巣)と外子(お腹にある受精卵)が出ます。
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次はその場で焼いた焼きガニです。
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次は茹でガニです。
間人7
天ぷらです。
間人8
甲羅いっぱいの味噌です。
間人9
鍋です。
締めは鍋に蕎麦を入れます。
おじやもあります。
もう気分はカニ天国です。
間人13
翌日の朝食は普通の干物でした。

8-2ウィジョヨクスモの花

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