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気になる話 その26 お人形様

サンチーお人形様
福島県の郡山周辺にある阿弥陀来迎供養塔を調べていましたら、郡山の北東にある田村市の船引町にお人形様と言われる風習があるのを知り、来迎供養塔を見学しながら行ってみました。
田村市は滝桜で有名な三春町の隣の町で私が訪れた4月の終わりはまだ桜が少し残っていました。
三春町
お人形様とはいわゆる人形道祖神で秋田の人形道祖神と同様に、集落から悪霊や疫病の侵入を防ぎ、道中安全や交通安全など、さらに子宝、豊作などを祈願したと思われます。
またこのお人形様は、久比毘古命(くいびきのみこと)を祀ったとされ、この神はかかしを神格化したものであり、 田の神、農業の神、土地の神であるので、収穫祭や小正月に「かかし上げ」の祭りを行うところもあります。
現在は磐城街道沿いの田村市船引町の三つの集落、屋形・朴橋(ほうのき)・堀越の三体と船引の駅に一体あります。
以前はこの他にも、芦沢光大寺、大越町牧野の田村市に二ヶ所、さらには田村郡三春町芹ヶ沢横台道の津島神社などにあったといわれていますが現在はありません。
基本的に身の丈4メートルほどになり、なぎなた、刀を持ち、両手を広げ、通せんぼのしぐさをしています。 

顔は大鬼の形相で、外から悪いものが入ってこないように、にらみをきかせています。
まずは屋形地区のお人形様を見に行きます。
屋形お人形様
芦沢地区で、朴橋のお人形様とともにまつられているもので、かつては街道の北側の丘に南向きに立てられていましたが、現在は、屋形地区の公園内に西向きにまつられています。

お人形さまの大きさは、背丈がおよそ4メートル、お面は高さが125センチメートル、幅80センチメートル、厚み10センチメートルという木彫りのもので、ベンガラによる赤、胡粉による白、砥の粉による茶、松煙墨による黒で彩色しています。
屋形お人形様2
作り方は4本の支柱の骨組みに桟をわたし、頭上には竹籠をかぶせ、支柱のまわりはムシロで囲んで胴とします。
藁の腹帯には幣束をはさんで、右手にナギナタ、左の腰に刀をはさんでいます。

このほかに人形の部品として作るものには前掛け、耳、手、腕、帯、ナギナタ、木刀、幣束があり、前掛け、耳、手、腕、帯は藁で作られます。
頭には杉の葉をタテガミのようにつけ、面のまわり全体に杉の葉によってヒゲがつけられています。
朴橋のお人形様は芦沢字朴橋地内にあり、現在の主要地方道郡山大越線に面した北側の丘の上に街道を見下ろすように立っています。
朴橋(ほうのき)お人形様
屋形のお人形様とほとんど変わりませんが、、屋形の白い歯をむきだしにした大きい口とは違って口もとは小さく、しかも金歯です。
朴橋(ほうのき)お人形様2
また、屋形の獅子のようなひげに対してほおひげもなくさっぱりとした感じがします。
堀越のお人形様は明治40年以来87年ぶりに現在の三春門沢線と郡山大越線の分岐点にある明石神社境内に復元されたお人形様です。
堀越お人形様
もともとは、神社から150メートル程西の堀越字丸森地内の畑の片隅に立っていたもので、つい先頃まではその畑内に立っていた跡が残っていました。
堀越お人形様2
なぜ明治40年にお衣替えや祭礼が断絶したのかという詳しいことはわかっていませんが、おそらく明治38年の大飢饉に由来するものといわれています。
面は屋形や朴橋のお人形様よりも古いものでおそらく江戸時代に作られたものです。
それを新たに色付けしたものです。
最後に一体おまけです。船曳駅構内のホームにあります。
船引駅内のお人形様
少し小ぶりですがしっかり作られています。
私が行った時は新しく作り変えられていませんでしたので、顔の周りの杉の葉が茶色でした。
船引駅内のお人形様2
どんどん昔の風習がなくなるなか、船曳町の方々の努力でこの重要なお人形様の風習はしっかりと受け継がれていると思いました。
さらにあと二ヶ所も復活したらなー。
屋形

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映画の話 その72(トト・ザ・ヒーロー)

114プルギウォ
 今回はジャコ・ヴァン・ドルマル監督の「トト・ザ・ヒーロー」です。
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こういう映画は好きです。
ストーリーは老人ホームで余生を送る主人公トマの一人称で語られるので実際の話なのか、彼の妄想なのかわかりません。トマは自分が産院の火事によって取り違えられた赤ん坊だと思っています。
トマは両親と姉とダウン症の弟と幸せに暮らしています。
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飛行機のパイロットであった父がピアノを弾き、姉のアリスがトランペットを吹く楽しい家庭です。
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同じ日に生まれた前の家に住んでいるアルフレッドとはライバルです(取り違えられた赤ん坊はアルフレッドと考えています)。
ある日父親が飛行機事故で亡くなります。
とても仲が良い姉は火事で亡くなってしまいます。
トマはアリスに対しては兄弟以上の感情を持っていました。
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トマは成長し測量学を学び生計を立てています。
ある日姉のアリスそっくりのエヴリーヌに出会い、二人は愛し合いますがエヴァリーヌはなんとアルフレッドの妻でした。アルフレッドもまたアリスが好きで、彼女の面影を求めてエヴァリーヌと結婚しました。
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愛し合っている二人でしたがトマはエヴァリーヌから離れます。
そして一人で生きてきて、現在は老人ホームに入っているのです。
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ある日トマは老人ホームを脱出してアルフレッドに会いに行きます。
アルフレッドはエヴァリーヌと離婚し自分と同じ老人になっていました。
アルフレッドはトマとエヴァリーヌの関係は知っており、いまでもエヴァリーヌと時々あっていました。
そして今でもエヴァリーヌがトマのことを愛していることを伝え、二人を合わせます。
一方アルフレッドが殺し屋に狙われていることを知ったトマはアルフレッドになりすまし、殺し屋の弾丸に倒れるのでした。
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ジャコ・ヴァン・ドルマル監督の初監督作品とは思えない、余裕の大人のファンタジーです。
カメラはカンヌ映画祭でカメラ・ドールに輝きました。
いちばん記憶に残るのは音楽です。
しつこいくらいかかるシャルル・トレネ作曲のシャンソン「ブン(Boum)」です。
父がピアノを弾き歌い、姉のアリスがトランペットを吹く家族みんなが楽しそうなシーンが最高です。
庭のチューリップも楽しそうに踊ります。
主役はトマではなくアリスです。
アリスのサンドリーヌ・ブランクがとても魅力的なのです。
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子供の皮を被った大人の女性です。セクシーなのです。
ドキッとするシーンがたくさんあります。
猫の死骸、母がスーパーで頭に生肉を乗せているシーン、アリスがマリア像を壊すシーン、アリスのヌードなどは監督のセンスがにじみ出ています。
アリスが大人になったようなエヴァリーヌ(ミレーユ・ペリエ)も大好きです。
レオス・カラックスの「ボーイ・ミーツ・ガール」の印象が強烈ですがとても良い演技をしています。
「ボーイ・ミーツ・ガール」の時は歯並びが欠点でしたが、綺麗になっていて驚きました。
トマが憧れる映画の主人公トトの挿入も秀逸です。
悲劇なのですが、とても楽しいジャコ・ヴァン・ドルマル監督の逸品です。

8-2ウィジョヨクスモの花


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寺院の彫刻 その71 (シヴァ21ソーマスカンダ)

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シヴァファミリーの像は、シヴァ、パールヴァティー(ウマー)、ガネーシャ、スカンダ、ナンディです。
前回お話しした「ナンディに乗るシヴァとウマー」はその名の通り3者が彫られていますが、他にシヴァ、ウマー、スカンダを彫った像があります。
1Somaskanda.jpeg
「ソーマスカンダ」と言い、南インドのタミルナード州にあるパッラヴァ王朝の建造物に彫られた独特の彫刻です。
シヴァ寺院のリンガを祀る祠堂の奥の壁にシヴァとウマーの間に幼いスカンダが彫られているのが一般的です。
そしてその上方にはブラフマーとヴィシュヌが彫刻されています。
この像はパッラヴァ朝のラージャシンハ王が8世紀の初めに作らせたと言われています。
おそらくラージャシンハ王が自分をスカンダ(戦闘の神)に見立て、父親のパラメーシュヴァラヴァルマン1世をシヴァ神に見立てて、正当な継承者であることを広く世に知らしめたと考えられます。
まずはタミルナード州のMAMALLAPURAMにあるATIRANACHANDAマンダパ(石窟寺院)へ行きます。
1ATIRANACHANDA MANDAPA1のコピー 2ATIRANACHANDA5のコピー
このマンダパの特徴はシヴァリンガが祀られた祠堂の入り口の左右と祠堂の奥のに「ソーマスカンダ」が彫られていることと(普通は奥の1面)、ラージャシンハ王のよるこの祠堂の造営目的の碑文があることです。
3ATIRANACHANDA2のコピー 4ATIRANACHANDA3のコピー
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6ATIRANACHANDA MANDAPA5
このマンダパはMAMALLAPURAMの観光名所から少し離れているため、観光客はほとんど訪れませんが、とても静かで素晴らしいマンダパです。
有名な海岸寺院の祠堂の奥壁にも「ソーマスカンダ」はあります。
7SHORE TEMPLE 8SHORE TEMPLE2
とてもはっきりしておりシヴァ、スカンダ、ウマーの衣装や顔の表情もよくわかります。
奥のブラフマーとヴィシュヌもはっきりわかります。
海岸寺院にはこの他沢山のソーマスカンダが彫刻されています。
MAHISHAMARDHINIマンダパの「ソーマスカンダ」も出来が良いです。
9MAHISHAMARDHINIM1 10MAHISHAMARDHINIM2
足元にはナンディがいます。
その上にシヴァとウマーは足を乗せています。
DHARMARAJA RATHAの3階にも「ソーマスカンダ」があります。
11DHARMARAJA RATHAのコピー 12DHARMARAJA RATHA2のコピー
このパネルではブラフマーとヴィシュヌは両脇に立っています。
同じくMAMALLAPURAM のMUKUDANAYANAR 寺院の奥の壁にも彫刻されています。
13MUKUDANAYANAR TEMPLEのコピー 14MUKUDANAYANAR TEMPLE2のコピー
パッラヴァ朝の首都KANCHIPURAMへ行きます。
KAILASANATHA寺院にはいくつかの「ソーマスカンダ」があります。
15KAILASANATHA.jpg 16KAILASANATHA2
同じ時期のMATANGESHWARA寺院でも見つかりました。
17MATANGESHWARA.jpg 18MATANGESHWARA2
南インドではブロンズ像もたくさん作られました。
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「ソーマスカンダ」は南インド独特の彫刻です。
シヴァ寺院にお参りした時、リンガの奥の壁に彫られたソーマスカンダ像があると、とても心が安らぐのです。

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映画の話 その71(アリス)

113アリムビ
今回はルイス・キャロル原作の「不思議の国のアリス」をヤン・シュヴァンクマイエル監督が映画化した「アリス」を見ようと思います。
子供の頃はディズニーの「不思議の国のアリス」に夢中でした。
中学に入りルイス・キャロル原作の「不思議の国のアリス」を読んで、ディズニーのアリスは違うと思い始めました。
ジョン・テニエルの挿絵も素晴らしく、アリスは可愛い女の子ではないぞと思い、もっとズルイこまっちゃくれたワガママな子であると考えるようになったのです。
すると益々アリスが面白くなりました。
いろいろな監督がアリスの映画に取り組みましたが、私はヤン・シュヴァンクマイエル監督のアリスが原作にも近く、最高だと思っています。
1アリス
とてものどかな小川で姉は本を読んでいます。
隣で不機嫌そうなアリスは小石を集めて、川に投げつけているところから始まります。
すると突然アリスの口元が超アップになりアリスのナレーションが始まります。
この映画には会話はなく、全てアリスのナレーションで進行し、その度にアリスの口元がアップになるのです。
それも歯の間から唾液が糸を引いて。
3アリス
次はアリスの部屋のアップでオモチャや食べ残しのクッキーやかじったリンゴ、蜂の死骸、裁縫箱、瓶に詰めた果物のシロップ漬け、インク、壁に貼られたうさぎと狼の挿絵、操り人形、ねじ式の人形、飲みかけの紅茶、アリスそっくりの衣装を着た人形、などをアップで映し出します。
私は感じ取りました。
これらは全てこれから始まる物語の主人公だと。
そして物語は全てアリスの家の中で起こると。
4−1アリス
すると穴ウサギの剥製が入っているガラスで囲まれたジオラマが映ります。
私はだいぶ昔にデパートの骨董市でこのようなジオラマを見たことがあります(欲しくてたまりませんでした)。
なんとこの穴ウサギが自分で固定されている釘を抜き動き始めるのです。
そしてケースの中の土の中に隠された秘密の箱から洋服、帽子、手袋を取り出し身に着けガラスケースを割って飛び出します。
4アリス
ベッドから見ていたアリスも後を追っていきます。
ウサギは机の引き出しに入ります。
アリスも後を追って、引き出しの中に入り、バケツのエレベーターで4階から1階まで降りていきます。
1階にある広口ビンに入っているホルマリン漬けの訳のわからない魚やカエルなど、昆虫や動物の剥製、骨標本などが不気味です。
インクを飲むとアリスは小さくなります。
小さくなったアリスは人形のストップモーションで不気味です。
5アリス
大きくなるのにはクッキーです。
ネズミがアリスの頭の上でオジヤを作るシーンも面白いです。
6アリス
ウサギがホイッスルを吹くと現れる馬車が好きです。
馬車から出てくる骨だけの魚や鳥、ワニが良いです。
まるでヒエロニムス・ボスの絵画のようです。
8アリス
出てくるものは全て骨だけです。
これらが小さくなったアリスを襲います。
9アリス
アリスは襲われミルクの中に落ちます。
そこで大きくなるのですが、巨大な人形の不気味なアリスになります。
10アリス
この巨大な人形の中から本物のアリスが出てくるシーンはハイライトのひとつです。
11アリス
そこでは卵から骨のヒヨコがかえり、バゲットからはたくさんの釘が出てきて、生肉は動き出し、缶詰を開けるとゴキブリのようなフナムシが沢山這い出します。
他の部屋では沢山の靴下が蛇のように穴から穴にのたうち回ります。
13アリス
操り人形の帽子屋と車椅子で移動するネジ巻き三日月ウサギのお茶会も不気味です。
12アリス
「首をはねて」が口癖のハートの女王も好きです。
14アリス
アリスが引っ張ると必ず取れてしまう机などのノブ、穴ウサギが懐から懐中時計を取り出すと必ず体に詰めてあるオガクズがボロボロこぼれるシーンのしつこい繰り返しがたまりません。
妙に色っぽいアリスのおかげでロリータコンプレックスになりそうです。
恐ろしやヤン・シュヴァンクマイエル!
そうそうこの映画は子供に見せてはダメですよ。
必ずトラウマになります!

8-2ウィジョヨクスモの花

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石の巡礼 その18(福昌寺十大弟子)

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今回は釈迦十大弟子を見てみます。
町田にある福昌寺は、高洲快天和尚が永禄11年(1568年)に創建したといい、徳川家康の遺骸を久能山より日光へ移送の際には休息所となったといいます。
ここに昭和54年と新しい造立ですが十大弟子の彫像があります。
釈迦には非常にたくさんの弟子がおり、その中には様々な人物がいました。
彼らの中でも、とりわけ有能で、釈迦の信頼が厚かったと思われる10人の直弟子は、しばしば「十大弟子」と呼ばれています。
現在、十大弟子として広く知られているものは「維摩経」というお経の弟子品における記述にもとづいています。
木造では興福寺の乾漆十大弟子立像(国宝)が有名です。
興福寺十大弟子
それでは福昌寺の石像を見てみます。
1)舎利弗 しゃりほつ シャーリプトラ(Śāriputra) 智慧第一
1舎利弗 1-2舎利弗
舎利弗(サーリプッタ)と目連(モッガラーナ)を特に二大弟子と呼ぶ。
釈迦の弟子のアッサジ(阿説示)比丘と出会い、アッサジを通じて釈迦の教えの一部[3] を聞いたとたんに預流果(悟りの最初の段階)に達したと伝えられる。目連を連れて釈迦に弟子入りすると、サンジャヤの他の信徒250人も、彼ら二人に従い、サンジャヤ教団を離れ釈迦に弟子入りした。その後すぐに最高の悟りを得た舎利弗は釈迦の信任も厚く、時には釈迦に代わって法を説くこともあったという。釈迦の実子である羅睺羅(ラーフラ)の師僧(和尚)にもなった。
2)摩訶目犍連 まかもっけんれん マハーモッガラーナ (Mahāmoggallāna)神通第一
2目連 2-1目犍連
一般に目連(もくれん)と略称される
舎利弗とともに懐疑論者サンジャヤ・ベーラッティプッタの弟子であったが、ともに仏弟子となった。中国仏教では目連が餓鬼道に落ちた母を救うために行った供養が『盂蘭盆会』(うらぼんえ)の起源だとしている。
3)摩訶迦葉 まかかしょう マハーカッサパ(Mahākassapa)頭陀(ずだ) 第一。
3摩訶迦葉 3-1摩訶迦葉
大迦葉とも呼ばれる。
釈迦の死後、その教団を統率し、第1結集では500 人の仲間とともに釈迦の教法を編集する座長を務めた。禅宗は付法蔵 (教えの奥義を直伝すること) の第2祖とする。
4)須菩提 しゅぼだい スブーティ(Subhūti)解空第一 無諍第一
4須菩提 4-1須菩提
須菩提はもとは粗暴で短気な性格だったともいわれるが、後に外道から非難や中傷・迫害を受けても決して言い争うことなく円満柔和を心がけたといわれ、このため弟子中で無諍第一といわれ、また多くの人々から尊敬せられ限りなく供養を受けたので被供養第一ともいわれている。
5)富楼那弥多羅尼子 ふるなみたらにし プンナ・マンターニープッタ(Puṇṇa Mantānīputta) 説法第一
5富楼那 5-1富楼那
略称として「富楼那」
釈迦とは生年月が同じで、幼くして既に聡明で、バラモンの四ヴェーダ(聖典)と五明(声・因・医・工・内)に通じていたが、世塵を厭うて雪山(ヒマラヤ)に入山学道し、苦行を重ねて四禅定と五神通を得たが、釈迦の成道を聞き、波羅奈(パラナシー)国の鹿野苑へ同朋と赴き仏弟子となった。
6)摩訶迦旃延 まかかせんねん マハーカッチャーナ(Mahākaccāna)論議第一
6迦旃延 6-1迦旃延
彼がいつ仏教教団に入ったかはわからないが、初期の仏教伝道において重要な働きをした。子供の頃より聡明で、一度聞いた内容は忘れず良く理解したと言われる。それでも難解で理解できないことがあり、釈迦に教えを請うことになり、これがきっかけで弟子となったとされる。
7)阿那律 あなりつ アヌルッダ(Anuruddha) 天眼第一
7阿那律 7-1阿那律
釈迦の従弟。阿難とともに出家した。仏の前で居眠りして叱責をうけ、眠らぬ誓いをたて、視力を失ったがそのためかえって真理を見る眼をえた。釈迦仏の最後の布教の旅にも同行し、釈迦仏入滅において慟哭し悲嘆する弟子たちを慰め励ました。釈迦仏入滅後、阿難陀(アーナンダー)に指示してクシナガラのマッラ族に葬儀の用意をさせたともいわれる。
8)優波離 うぱり ウパーリ(Upāli)持律第一
8優波離 8-1優波離
もと理髪師で、階級制度を否定する釈迦により、出家した順序にしたがって、貴族出身の比丘の兄弟子とされた。下層のシュードラの出身で、カピラ城で釈迦族の諸の王子の理髪師だった。釈迦が悉多(シッダルタ)といわれた太子の頃に執事だったともいう。
9)羅睺羅 らごら ラーフラ(Rāhula)密行第一
9羅睺羅 9-1羅睺羅
釈迦の長男。釈迦の帰郷に際し出家して最初の沙弥(少年僧) となる。そこから、日本では寺院の子弟のことを仏教用語で羅子(らご)と言う。20歳にして具足戒を受け比丘となった。舎利弗に就いて修行学道し、当初は仏の実子ということもあり特別扱いを受ける事もあったが、その分を弁えてよく制戒を守り多くの比丘にも敬われるようになったという。彼は不言実行を以って密行を全うし、密行第一と称せられたが、釈迦仏より、多くの比丘衆でも学を好むことで、学習第一とも称せられた。
10)阿難陀 あなんだ アーナンダ(Ānanda)多聞第一
10阿難陀 10-1阿難陀
釈迦の従弟。nandaは歓喜(かんぎ)という意味がある。出家して以来、釈迦が死ぬまで25年間、釈迦の付き人をした。第一結集のときアーナンダの記憶に基づいて経が編纂された。120歳まで生きたという。王舎城・七葉窟にて行われた第1回の経典結集に晴れて参加した阿難は、記憶に基づいて釈迦の教えを口述し、経典が編纂されたという。漢訳経典の冒頭の「如是我聞」という定型句は、「我は仏陀からこのように聞いた」という意味であるが、この「我」とは多くが阿難であるとされる。
「二菩薩 釈迦十大弟子」 棟方志功
十大弟子は本来インド系の人たちですが既に奈良時代の興福寺「乾漆十大弟子立像」を見ると既に顔立ちは日本人です。この福昌寺の十大弟子もどちらかというと中国系の顔立ちです。あまりそういうことにこだわらないのが日本人です。

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