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寺院の彫刻 その77(東南アジアのドゥルガー)

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東南アジアに伝播したドゥルガー・マヒシャスラマルディニーを見てみます。
カンボジアに素晴らしい像があります。
アンコールの至宝バンティアイ・スレイ寺院(10世紀)の第一塔門の破風にあります。
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クメール式の宝冠にサンポット、8臂ではっきりしませんが尻尾を持ち足で踏みつけ、水牛から出てきたところを蛇で縛り上げ三叉戟を突き刺している様に見えます。
隣にはシンハ、下には左右に侍女が彫られています。
桃色砂岩に厚肉彫で彫られた素晴らしい彫刻です。
この他、寺院彫刻は見つかりませんでしたが、彫像は見つかりました。
カンボジアの特徴は台座に水牛が線彫りなどで彫られ、その上に多臂の女神が彫られているのでドゥルガーとわかります。
2マヒシャ7世期(南ベトナム)
隣のタイでは見つかりませんでしたが、ベトナムのチャンパ遺跡で見つかりました。
ニャチャンにあるポーナガル寺院(8〜13世紀)の破風に彫刻されています。
3ポーナガル(PO NAGAR)
4臂でチャクラと蓮、ヴァシュラを持っています。
そして右足で可愛い水牛を踏みつけています。
左右にはミュージシャンです。
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寺院に彫刻されているドゥルガー像は他にありませんが、博物館には保存されています。
中部ベトナムのダナン市から南に60km行ったところに、11〜12世紀に建立されたチェンダン遺跡があります。
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遺構群は三つの祠堂からなり、基壇は砂岩で出来ており、ダンサー、ミュージシャン、兵士などが彫刻されています。
境内の一角に出土品を集めたミュージアムがあり、ここから発掘された「水牛の魔神を殺す女神」像が展示されています。
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女神は6臂で片足を曲げ片足は伸ばして水牛を踏みつけています。
水牛の身体の部分は破損していますが頭の一部は残っています。
左右に侍女が彫刻され左側の侍女は壺のようなもの持ち、右側の侍女は合掌しています。
素晴らしい像だと思います。
同じく中部ベトナムにあるビンディン遺跡群の雁塔(THPOHAN)へ行きます。
雁塔001
11世紀に建立され、丘の上に建っています。
内部の壁に立てかけられたマヒシャスラマルディニーの彫刻があります。
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おそらくポーナガルの様に入口上部に設置されていたものだと思われます。
ポーナガルととてもよく似ています。
ダナンの街の中にあるチャム彫刻博物館はフランスが建てた素晴らしい博物館です。
チャムの至宝がオープンエアーの風通しの良い展示室に並んでいます。
何時間いても飽きません。
ここには数点のドゥルガー像が展示してあります。
5チャム彫刻博物館1
6チャム彫刻博物館2
7チャム彫刻博物館3
インドネシアはドゥルガーの宝庫です。
ジャワ島中部のジョグジャカルタへ行きます。
7〜8世紀の古いジャワのヒンドゥー寺院は一定の規律で作られています。
まず東正面左右には門神ドゥパラパーラが、南面にはグル(シヴァ自身)、西面にはガネーシャ、北面にはドゥルガーが壁面に彫刻されています。
残念なことに現在完全に残っている寺院はあまりありません。
奇跡的に8世紀に建立されたゴドン・ソンゴ寺院の第3寺院に残っています。
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火山の斜面に5つの小さな寺院が建っています。
ドゥパラパーラもグルもガネーシャもドゥルガーも保存状態はかなり悪いですがなんとか分かります。
8臂で水牛の上に立ち、水牛の首からマヒシャが出てきた様子がわかります。
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もう一つサンビサリ寺院(9世紀前半)にあります。
1966年、地元の農民が農作業中に、偶然、彫刻が施された石片を掘り当て、同寺院の発見に至りました。
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発見当時、サンビサリ寺院は地下6.5mに埋まっており、これは11世紀に起こったとされるムラピ山大噴火の影響ではないかと考えれられています。
そのため保存状態が非常に良いのです。
北面のドゥルガー像はしっかり残っています。
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寺院彫刻ではありませんが、LOROJONGGRANG寺院のシヴァ堂に素晴らしいドゥルガーの彫像が安置されています。
この寺院も内部の南面にグル、西面にガネーシャ、北面にドゥルガーの像が安置されています。
とても気品のある精巧な像で8臂の手には、水牛の尻尾、弓、剣、チャクラ、法螺貝、盾、弓、を持ち、従者の頭に手をのせています。
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おとなしい水牛の上にトリバンガの姿勢で立っています。
宝冠やアクセサリーも素晴らしく高貴な感じがします。
王女のポートレートスタチューとも言われています。
東ジャワのMALANGの近くにあるBADUT寺院(8世紀)の北側壁龕に頭部の欠けたドゥルガーが彫られています。
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8臂で保存状態の悪い水牛の上に立っています。
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博物館には沢山のドゥルガー像があります。
その中でもオランダのライデン博物館にあるSINGOSARI寺院にあったドゥルガー像は素晴らしい出来です。
12マヒシャスラマルディニー(ライデン博物館)
とてもたくましく、着衣は薄く、インドのサルナート派のようです。
インドネシアの博物館にはたくさんのドゥルガー、それも8割以上がマヒシャスラマルディニーの彫刻があります。
ドゥルガー・マヒシャスラマルディニー像は東南アジアに伝播し、特にインドネシアにおいてヒンドウー寺院にはなくてはならない彫刻でした。

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音楽の話 その72(サディスティック・ミカ・バンド)

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1974年リリースされたサディスティック・ミカ・バンドのセカンドアルバム「黒船」は衝撃的でした。
ファーストアルバムも聞いていませんでしたし、加藤和彦はフォークルの人の認識しかありませんでした。
従兄弟が持ってきた「黒船」はまさに私にとっての黒船でした。
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当時ははっぴいえんど系の音楽やユーミンを聞いていた私は、彼らの音楽が世界に通用するとは思っていませんし、感性が違うのでそんなことは考えてもみませんでした。
完全に日本の音楽と外国の音楽は分けて聞いていました。
そこに「黒船」です。
初めて世界に通用する日本語の音楽(スキヤキがあるか)だと思いました。
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アルバムクレジットを見てまたもや驚きです。
プロデュースがあのクリス・トーマスなのです。
大好きなプロコル・ハルムを始め、ロキシー・ミュージック、ピンク・フロイドなどの傑作アルバムをプロデュースしているクリスですよ。
後でわかったことですがクリスが惚れ込み、日本まで来てなんとレコーディングに450時間もかけて作り上げたのです。
クリスが惚れ込んだサディスティック・ミカ・バンドの加藤和彦とはどんな人なのでしょうか。
もとはコンテンポラリー・フォークや民族音楽を完璧に把握し、ロンドンに度々行きボウイやロキシー、TーRexなど先端のサウンドを生で聴いていました。
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すでにファースト・アルバムでグラムロック、レゲエ、琉球音楽などを取り入れています。
そこにクリスは才能を見出したと思われます。
「黒船」は世界に通用するオリエンタルな雰囲気を持った楽曲で構成され、見事に黒船来航を表現しています。
このアルバム制作にあたって作詞の松山猛の存在抜きには語れません。
加藤和彦とは学生時代からの友人で、プロコルハルムのキース・リード、キング・クリムゾンのピート・シンフィールドのような存在です。
彼の美しい詞がなければ黒船は完成しなかったでしょう。
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またすばらしいパフォーマンスを持つ妻ミカ、彼女の存在があったからジョンのプラスティク・オノ・バンドやポールのウィングスのようなバンドを考えたのでしょう。
そして高中正義、高橋幸宏、小原礼、今井裕の若いが才能のあるミュージシャンが集まり、サディスティック・ミカ・バンドが完成します。
このアルバムを引っさげロンドンへ。
ロキシーミュージックの全英ツアーにおいてオープニングアクトを務め大評判になります。
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A面1曲目の「墨絵の国へ」から「何かが海をやってくる」「タイムマシンにお願い」をはさみ大作「黒船」へ、B面は「どうぞよろしく」、楽しい「どんたく」、傑作「四季頌歌」、「堀までひとっとび」、「颱風歌」最後は「さよなら」まで一気に聞かせます。
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このアルバムは加藤和彦とサディスティック・ミカ・バンド、松山猛、クリス・トーマスの情熱が作り上げた誠に稀有なメイドインジャパンの音楽玉手箱です。
永遠に語り継がれる名盤に間違いありません。

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映画の話 その82(かくも長き不在)

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マルグリット・デュラス脚本、アンリ・コルピ監督の「かくも長き不在」です。
デュラスが大好きで、原作だけでなく脚本を担当した「Hiroshima mon amour 」、「Moderato cantabile」、「Mademoiselle」などの映画はデュラス色が出た素晴らしい作品でした。
今回もアンリ・コルピ監督との関係が素晴らしく名画になりました。
かくも長き不在
物語はパリ祭の日、パリでカフェを営むテレーズ(アリダ・ヴァリ)の店はいつものように常連客がツールドフランス、アルジェリア、バカンスをどうするなど話し合っている。
テレーズは結婚したが16年前にゲシュタポに夫を連れ去られてしまい消息不明で、手伝いのマルティーヌと店を切り盛りしている。
トラック運転手のピエールが恋人である。
翌日、薄汚れたホームレス風の男(ジョルジュ・ウィルソン)が「セビリアの理髪師」の「陰口はそよ風のように」を口ずさみながら通り過ぎる。
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その男を見てテレーズは顔色が変わる。
ゲシュタポに連れ去られた夫に瓜二つだった。
ホームレスの後をつけセーヌの辺りのバラックに住んでいることを突き止める。
しかし男は記憶喪失で過去のことは全く覚えていない。
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テレーズは男を店に誘う。
店には夫の叔母と甥を呼んでおいて、確かめてもらうがはっきりしない。
しかし彼女は確信する。
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今度は食事に誘う。
そこで彼女はいろいろ昔のことを聞き出すがホームレスは記憶にない。
しかし好物のチーズは同じだった。
食事が終わり、二人はオペラを聴き一緒に歌う。
そして踊った。
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その時彼女の手が彼の頭に触る。
そこにはとても大きな傷跡があった。
ゲシュタポの拷問の跡。
たまらず彼女は「あなたは私の愛した人にそっくりなのよ」と言ったが男は困ったような顔をして帰り支度を始め、彼女と握手をして店を出ていく。
店の外では、常連客がテレーズの様子を伺っていた。
彼らは出てきた男に「アルベール!」と彼の本名を呼ぶ。
テレーズは我慢できなくなり、大声で「アルベール・ラングロワ!」と叫ぶ。
男は反射的に立ち止まり、両手をあげる。
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戦争時の恐ろしい記憶が蘇った。
その直後、男は全速力で走り出し、トラックの行き交う道路へ飛び出していく。
そしてアベールはまたいなくなってしまった。
テレーズは「冬を待ちましょう」と寂しげに呟く。
冬になって行くあてがなくなれば、彼はきっと帰ってくると。
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空き地を歩くホームレスの男から始まります。
「陰口はそよ風のように」を歌いながら。
パリ祭のシーンが入り、花火そして彼女のカフェです。
まずモノトーンがとても美しい映画です。
忙しく働くテレーズの脇の下の汗が印象的です。
ジュークボックスが重要な役割を果たします。
鏡の使い方も上手です。
ホームレスのバラックの前を流れるセーヌ川の中洲にはなんと昔はルノーの工場があったんですね。
ホームレスが食事に招待され、用意した個室に入ろうとした途端の拒否反応、鏡に写る頭の傷跡、最後に呼び止められたときの手のあげ方に戦争の恐怖を感じます。
古きパリの人々の生活が垣間見られます。
いいですね。

8-2ウィジョヨクスモの花


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石の巡礼 その24(鮭立磨崖仏)

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東北地方に磨崖仏はあまりありませんが、福島県だけは磨崖仏の宝庫です。
浜通りには平安後期の磨崖仏が、中通りには鎌倉時代の磨崖仏が見られます。
また県内には江戸時代に流行した西国三十三観音を彫った磨崖仏がいたる所に見られます。
今回訪れる磨崖仏は江戸時代のものですがとても変わった磨崖仏です。
場所は南会津の只見川のほとりにある銀山町横田にある鮭立という集落にあります。
ここに行くのはかなり大変です。
私は会津方面から南下して只見線に沿って行きました。
とても景色が素晴らしいところです。
鮭立14
只見線は2011年の新潟・福島豪雨災害でズタズタになりその後復旧しましたが、未だ横田を含む会津河口から只見の間は不通です。
鮭立磨崖仏は集落の南西の山麓にあります。
この辺りは日本一美味しい金山赤カボチャの産地で磨崖仏の周りはカボチャ畑です。
鮭立2
滅多に手に入らないのでお土産に買って帰りましょう(重くて邪魔になるが)。
鮭立1
この磨崖仏は天明の飢饉や天保の飢饉の惨状を見て、現在の岩淵家の祖先である修験者の法印宥尊とその子の法印賢誉が五穀豊穣と病魔退散を祈って彫ったと伝えられています。
鮭立3
石工が彫ったものでは無いのでとても稚拙ですが、それがとても良い味を出して不思議なムードを醸し出しています。
そこは浅く細長い洞窟で、中央部の壁面は壁全体が奥まった形に掘りこまれていて、その左面と正面に40体ほど像が刻まれています。
鮭立4
鮭立5
鮭立6
鮭立7
総数は51体です。
この辺りは豪雪地帯なので雪よけの覆いが前面にかけられています。
修験道の主尊の不動明王を中心に如来菩薩明王天部の各尊像が配置されています。
正面の中央には不動明王が龕の中に彫られており、左右には矜羯羅童子と制咜迦童子が彫られています。
鮭立8
その上下に摩滅が進んでわかりにくいのですが、他の6童子が彫られています。
左側には飯豊山神社を祀る祠になっていて龍頭観音・牛頭天王・梵天・釈迦三尊などが並んでいます。
鮭立9
左面の岩には鬼子母神・湯殿権現・深沙大将・九頭竜権現の比較的大きな像が並んでいます。
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その右には、風神と雷神が並び、その右は4段に分かれて、荼枳尼天・淡島様・愛染明王・聖観音・渡唐天神・弁財天など諸像が所狭しと彫られています。
鮭立11
左面の右端は摩滅が進んだ尊名不明の像と飯綱権現が上下に並んで彫られています。
鮭立13
右側の岩には青面金剛・大黒天・水神・地天などが彫られていますが、中央の諸像よりは摩滅が進んでいるのでよくわかりません。
鮭立12
この磨崖仏は修験道で信心されていた尊像を数多く彫刻したもので、他では見られないものがあります。
所々彩色が残っているので当時はとても華やかだったと想像できます。
そして何より庶民の願いをこめた信仰の磨崖仏です。
このことが他の磨崖仏との大きな違いで、人々の祈りの声が聞こえてきそうです。

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MEMORIES 1967秋

思い出表紙のコピー2
僕は渋谷のジャズ喫茶にいる。
流れているのはリー・モーガンのサイドワインダー。ブルーノートの好きなアルバムである。
僕は時々ここに来る。
ここ「スウィング」は百軒店の一番奥にあるお店で、ジャズ喫茶の中ではとてもゆるいお店で居心地が良い。
スィング
他の老舗などはハードなジャズファンが多く、とてもギスギスしていて敷居が高い。
コーヒー1杯で2時間ぐらいは聞いている。
この店は水槽でヤマメ(岩魚?)を飼っているのが面白い。
さらにウェイトレスのお姉さんが魅力的だ。
当時流行っていたボサノバやJacques Loussier「Play Bach」、Dave Brubeck「Time Out」などを聞いていた僕が初めてジャズに興味をもったのはMJQ「THE COMEDY」というアルバムのジャケットがあまりにも素敵だったのでジャケ買いしてしまった時からだ。
MJQ.jpg
MJQがクールジャズを代表するバンドでリーダーのジョン・ルイスが西洋音楽にインスパイアされて作られた意欲作というのは後で知ったことで、ミルト・ジャクソンのバイブの美しさにこれがジャズかと思った。
しかしメインストリームのジャズは全く違うものだった。
僕はビートルズ・R&B世代でジャズに違和感はなく、特にリクエストではあまりいい顔されないファンキーなJimmy SmithやRamsey Lewisが好きだ。
ジャズ喫茶ではいけないことだが体が動いてしまう。
次第にメロディアスな曲、Cannonball Adderleyの「Mercy, Mercy, Mercy」、Herbie Hancock「Maiden Voyage」、Mal Waldron「Left Alone」、Miles Davis「アランフェス協奏曲」などが好きになり、John Coltraneの「My Favorite Things」を聞いてジャズの素晴らしさを認識する。
そして「 A Love Supreme」でJohn Coltrane信者になってしまう。
もう一人ジャズの素晴らしさを教えてくれたのがThelonious Monkだ。
「Round About Midnight」を聞いて心が洗われる。
楽器ではピアノとサックスが好きになったのでロックを聴く時もサックスが入っていると笑みがこぼれる。
トラフィック、マザース・オブ・インヴェンション、ブラッド・スウェト・アンド・ティアーズ、などは最高だ。
ジャズを聴いていたからかどうかわからないがプログレも好きになった。
その後ジャズ喫茶にはいかなくなり、家でレコード(ロック)を聴く時間が長くなった。
今思うと、渋谷のそれも道玄坂にある百軒店はとても特殊な場所で、魑魅魍魎が蠢く異界であった。
その奥のどん詰まりのところにあるドアーを開けた自分の好奇心に驚いている。
この店はずいぶん前になくなってしまったが目を閉じて扉を開けるといつも大きな音でCharlie ParkerがSonny RollinsがJohn Coltraneがそして大好きなCharles Lloydのサックスがスウィングしている。
♣︎13のコピー


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