旅の話 その1(コロニアルホテル1)

サンチ−2塔004
西洋の列強は南アジア・東南アジアに進出して次々に植民地化してきました。
19世紀半ばの蒸気船航路の開発、スエズ運河の開通によって欧米人のアジア来訪がいっきに増大します。
欧米人のアジアに対する興味や、客船の居住性が良くなったことも一因です。
しかし寄港地に着いても船舶内の狭い部屋に寝泊まりするのは苦痛です。
そこに目をつけ、港にヨーロッパ並みのサービスを提供するホテルを建てた人々がいます。
アルメニア人のサーキーズ兄弟はアジアの港市にヨーロッパ人向けの豪華ホテルを展開しました。
サーキーズ兄弟
ペナン島ジョージタウンに1884年イースタンホテルを開業しました。
EOホテル
またシンガポールに立てたホテルを敬愛するトマス・スタンフォード・ラッフルズにちなみラッフルズホテルと命名しました(1899年)。
ラッフルズ
さらにヤンゴンにザ・ストランド・ヤンゴンホテル(1901年)を建て、さらにインドネシアのスラバヤにマンダリン・オリエンタル・マジャパピ(1910年)を建てました。
ストランド
マジャパイト
これがアジアにおけるコロニアルホテルの始まりです。
コロニアルホテルとはコロニアル形式の建築でギリシャ・ローマ風の列柱とペディメント(破風)と呼ばれる三角形の切妻を持つフロントなどが特徴とされますが、熱帯気候に合わせて、ルーバー付きの広い窓、オープンエアーの渡り廊下、高い天井、ベランダの設置などの独特の様式を持つホテルです。
サーキーズ兄弟に続く、西欧人達によって、タイ、ベトナム、フィリピン、マカオ、香港、台湾、中国などにも西洋人向けのホテルが次々に建てられました。
現在も残る代表的なホテルにバンコクのオリエンタルホテルがあります。
オリエンタル
私が旅行していた80年代は、これらのコロニアルホテルの老朽化が進み、あるホテルでは取壊され、あるホテルでは昔の姿に忠実にリニューアルされる転換期でした。
私自身コロニアルホテルを始め古い歴史のあるホテルが大好きで、古くささや、不便さはあまり気になりません。
残念ながらリニューアルされたホテルは当然のことながら宿泊料金がとても高額になり、泊まることが出来なくなりました。
私の遺跡の旅は遺跡に近いホテルが最優先されます。もし旅行の途中あるいは都市や空港の近くにコロニアルホテルがあれば多少無理をしても泊まります。
コロニアルホテルは歴史そのものです。
その中に入り五感を研ぎ澄まし、見て、聞いて、感じることがコロニアルホテルの楽しみです。
hotel des indes
リニューアルされたホテルは快適に過ごせますが、この感覚が薄くなってしまいます。
古い味のあるホテルは消える運命にあります。
次回は私が泊まったインドのコロニアルホテルのお話をします。

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