寺院の彫刻 その50(ハリハラ2)

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ハリハラの寺院彫刻はアジアでは見つかりませんでした。
しかしハリハラの彫像はカンボジアで沢山見つかりました。
その他ベトナムやインドネシアでも幾つか見つかりました。
まずは私が一番興味のある寺院(僧院)ASRAM MAHA ROSEIへ行きます。
ハリハラ1
  ASRAM MAHA ROSEI
  6世紀後半から7世紀
  当時のカンボジア寺院とは異なる
  ふしぎな寺院
  インドの寺院そのもの





カンボジアの南、タ・ケオ洲のアンコール・ボレイにあります。
雨期にはボートで行きます。
この寺院は6世紀の終わりから7世紀に建立され、この時期の他の寺院はレンガ造りなのにこの寺院は玄武岩で出来ています。
インドでは当たり前の繞道(本尊の周囲を回る廊下)を持ち、窓があります。
さらに聖水を外に流すソーマスートラを備えています。
ハリハラ2
  ASRAM MAHA ROSEI
  断面図
  祠堂中央にハリハラが祀られている
  繞道がよく解る








この僧院はインド人の聖職者の存在とかなり本格的な儀式がこの建物で執り行われていたことを示します。
ここから素晴らしいハリハラ像が見つかっています。
ハリハラ3 7世紀ASRAM MAHA ROSEI
  ASRAM MAHA ROSEI
  祠堂中央に祀られていたハリハラ
  プノム・ダ様式
  三叉戟と円盤がよく解る
  















同じ時期のハリハラ像です。
頭部しか残っていませんが同時期のハリハラ像です。
ハリハラ4 7世紀初め プノン・ダ
  プノム・ダ様式 7世紀初め
  左は宝冠、右は三日月が付いた髪髻冠、
  右の額には第三の目
  とても優れた作品、全体像が見たかった。














これらの像はプノム・ダ様式と呼ばれています。
コンポン・トム州にある7世紀のSAMBOR PREI KUK N-10祠堂から発見されたハリハラ像は素晴らしい出来です。
ハリハラ5
  SAMBOR PREI KUK N-10祠堂 7世紀
  7世紀〜8世紀真臘の首都イーシャナラプラ
  レンガ造りの現存するとても古い寺院が
  100以上点在している













ハリハラ6
  SAMBOR PREI KUK N-10祠堂
  ハリハラ像
  サンポール様式




















同じコンポン・トム洲にあるPRASAT ANDET(7世紀後半から8世紀)からも素晴らしいハリハラ像が見つかりました。
ハリハラ7
  PRASAT ANDET 7世紀後半
  レンガ造り
  プレイ・クメン様式













ハリハラ8 7世紀PRASAT ANDET
  PRASAT ANDET
  プラサートアンデート様式
  とてもスリムなハリハラ像















アンコールのロリュオスにある8世紀のPRASAT TRAPEANG PONG寺院のハリハラです。
ハリハラ9
  PRASAT TRAPEANG PONG
  8世紀 レンガ造り














ハリハラ10 8世紀TRAPEANG PHONG
  PRASAT TRAPEANG PONG
  肉付きが良い


















トンレサップ湖の西側のコンポン・チュナンにあるPREAH SREI寺院(8世紀)を訪れたとき境内に立てかけられていた石像です。
ハリハラ11PREAH SREI寺院
  PREAH SREI寺院
  8世紀 レンガ造り














ハリハラ12PREAH SREI
  PREAH SREI寺院















頭も腕もありませんが着衣の柄が左右違うこと、多臂であることからハリハラ像と思われます。
ベトナムでも7世紀のハリハラの頭部が見つかっています。
インドネシアでは寺院彫刻も彫像も見つかりませんでしたが、東ジャワ独特の神像を王の顔で彫ったポートレートスタチューが残されています。
SUMERJATI寺院で見つかった14世紀のマジャパイト王国の王KERTARAJASAのポートレートスタチューです。
ハリハラ13世紀マジャパイト王kertarajasaのポート
  SUMERJATI寺院
  ハリハラ像
  KERTARAJASA王の肖像
  
  
















カンボジアでは相当早い時期からハリハラ像が造られたようです。
ヴィシュヌ信仰とシヴァ信仰が共存していたカンボジアでは、特にプレアンコール期を中心にハリハラ信仰が盛んでありました。
6世紀終わりから9世紀あたりまでです。
ハリハラ14 6~7世紀
  ハリハラ像 6〜7世紀
  プノム・ダ様式
  この像には髪髻冠の三日月と第三の目がない
  ヴィシュヌ色が強いのかもしれない













ハリハラ15 7世紀後半
  ハリハラ像 7世紀後半
  プレイ・クメン様式
















9世紀に始まるアンコール時代にはほとんど見かけなくなります。
クメールの王達はデーヴァラージャ(現人神)思想のため、合体する神はシヴァ、ビシュヌ、観音など単体の神でなければならなかったと思われるのです。
彫刻としては6世紀から8世紀の像が素晴らしいと思います。
ASRAM MAHA ROSEIの中にぜひハリハラ像を戻して下さい。
フランス政府お願いします(現在ギメ美術館に展示中)。

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