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映画の話 その48(ヴェニスに死す)

74ノロヨノ
この映画は高齢者が見るべき映画です。
原作は10代後半に読みました。
トーマス・マンは読みやすく、三島由紀夫も絶賛していたので、ヘッセの「荒野の狼」カミユの「異邦人」ラディゲの「肉体の悪魔」とともにマンの「トニオ・クレーガー当時はトニオ・クレーゲル」は愛読書でした。
「ヴェニスに死す」は少しかったるい小説でしたがヴィスコンティが監督した映画でしたので、見に行きました。
オープニングからヴィスコンティ全開です。
ヴェニス1
冒頭から厳かに流れ来るグスタフ・マーラーの交響曲第5番第4楽章が重要です。
映像と音楽のコラボレーションでこれから起こることを暗示させます。
静養のためベニスを訪れた老作曲家アシェンバッハ(ダーク・ボガード)は、ふと出会ったポーランド貴族の少年タジオ(ビョルン・アンドレセン)に理想の美を見出す。
ヴェニス2
以来、彼は浜にタジオを求めて彷徨う。
ある日、ベニスの街中で消毒が始まる。
尋ねると、疫病が流行しているのだという。
理髪店で白髪を染め、髭を整え、おしろいを塗り、口紅を施して若作りをし、タジオの姿を求めてベニスの町を徘徊していたあるとき、彼は力尽きて倒れ、自らも感染したことを知る。
ヴェニス3
それでも彼はベニスを去らない。
疲れきった体を海辺のデッキチェアに横たえ、波光がきらめく中、彼方を指差すタジオの姿を見つめながら死んでゆく。
ヴェニス5
さすがヴィスコンティと思えるのがヴェニスの風景描写です。
観光都市ヴェニスが全く美しくなく、薄汚いのです。
天気はほとんど曇りです。
主役のリド島のホテル・デ・バンのロケは閉鎖時期を利用して徹底的に当時のままに作り替えました。
もちろんヴィスコンティのセンスで、です。
これがまた完璧です。
ホテル内は紫陽花の花が至る所に置かれています。
そして名優ダーク・ボガードの演技と、よくぞ探したビョルン・アンドレセンの美しさ、シルバーナ・マンガーノの気品です。
伏線も素敵です。
行きの船で出会うお化粧をほどこした醜い老人、ヴェニスの街で見かけたコレラで倒れこむ男性、全く同じ事がアッシェンバッハの身に起こります。
ラストの映像の美しさなども感激しました。
今自分が高齢者になりこの映画を見直して気づいたことはアッシェンバッハに感情移入をしている自分です。
高齢になり思うように動かない体(もちろん性欲も)、些細なことに腹をたてる自分、世間の動きについて行けない頭、それが恋をすれば相手が男であっても女であっても子供であってもアッシェンバッハの様になる可能性は大です。
それは時間が経たなければわからない感情です。
したがってこの映画は高齢者の映画と結論づけました(若い時と2度見るのが良い)。
ヴェニス7

「けれども彼自身は、海の中にいる蒼白い愛らしい魂の導き手が自分にほほ笑みかけ、合図しているような気がした。少年が、腰から手を放しながら遠くのほうを指し示して、希望に溢れた、際限のない世界の中に漂い浮んでいるような気がした。すると、いつもと同じように、アシェンバハは立ち上がって、少年のあとを追おうとした。椅子に倚って、わきに突っ伏して息の絶えた男を救いに人々が駆けつけたのは、それから数分後のことであった。そしてもうその日のうちに、アシェンバハの死が広く報道されて、人々は驚きつつも恭しくその死を悼んだ 」
                   トーマス・マン / 原作、高橋義孝 / 訳 新潮文庫より

8-2ウィジョヨクスモの花


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石の巡礼 その2(十王2)

0表紙2
今回は各地にある十王像を見て見たいと思います。
浄土宗の発展において葬祭儀礼の導入が重要な役割を果たすようになると、室町時代ごろから地蔵十王信仰が一般化して江戸時代には全国、特に東日本でたくさんの十王像が制作されました。
ほとけの救済に預からなかった人は、死後生前の行ないを吟味する裁判を受けなければなりません。
その裁判長が十王で、初七日から三回忌までを十人の王が担当し、閻魔王はその中心的な存在です。
判決によって生まれ変わる世界が決まるため、裁判を亡者に有利なものにするため遺族が回忌供養を行なうのです。
地蔵菩薩は地獄までも救済に赴くとされ、十王や六道(地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天)の信仰が普及するとともに地蔵が厚く信仰されるようになりました。
地蔵が右手に持つ錫杖は、巡礼する僧と同じように六道を巡って人々を救うことを意味します。
地蔵と十王の関係は密接で彫刻に現れます。
まずは九州地方の十王像です。
大分県は石造物の宝庫です。
臼杵の磨崖仏から見ていきたいと思います。
          「臼杵石仏 大分臼杵 ホキ石仏第一群第四龕
1ホキ1001
臼杵の石仏は唯一国宝に指定されている石仏です。
4カ所に分かれており、地蔵十王がある龕はホキ石仏第一群第四龕です。
鎌倉初期に掘られたようです。
中央に右脚を折り曲げ、左足を垂らして座る半跏椅像の地蔵菩薩、左右に5体ずつ十王像が彫られています。
十王は衣冠束帯の道服の姿で長い時を経て残る色彩が素晴らしい像です。
               「千燈寺 大分国見」
2千灯寺
                    鬼
2千灯寺(十王)2
国東六郷満山霊場23番の千燈寺の境内にある堂の中に安置されています。
とてもしっかりした像で、儀軌に忠実に作られています。
近くに旧千燈寺跡や千燈石仏があり、その途中によって見つけました。
十王のほか地蔵菩薩、奪衣婆、鬼までいます。色彩が残っています。
               「常念寺 大分国見」
3常念寺
同じ国見町にある常念寺にもとても良くできた十王があります。
千燈寺の十王によく似ていますがこちらの方が細部まで彫刻され持ち物もよく彫られています。
顔の表情も優れています。
保存状態が良い像です。
               「富貴寺 大分豊後高田」
4富貴寺
                 十王と浄玻璃鏡
5富貴寺6
                 十王と檀拏幢
6富貴寺8
国宝富貴寺参道入り口の左右に石殿が一つずつあります。
石で作られた小さな仏殿で入母屋造の屋根と側面に彫刻があります。
1つの石殿に5体ずつ、計10体の十王と浄玻璃鏡、檀拏幢が彫刻された非常に珍しいものです。
南北朝時代の作です。
また境内にも十王石仏が安置されています。
7富貴寺4
野外のため保存状態は良くありません。
               「轟地蔵 大分杵築」
8轟地蔵003
道脇から谷に降りたところに白粉を塗られた轟地蔵が安置されています。
そこに苔むした十王が並んでいます。
とてもすぐれた彫刻で十王の表情が素晴らしく、苔とマッチして素晴らしい雰囲気を醸し出しています。
               「願成就寺 大分日出」
9願成就寺2
国東六郷満山霊場 第三十三番で山門を登ると中門があります。
中門の左右に保存状態の悪い十王が5体ずつ安置されています。
境内には1311年の立派な国東塔が安置されています。
       「堂の迫磨崖仏 六地蔵・施主夫婦像・倶生神 大分豊後高田」
10応暦寺016
                六観音・十王像・六地蔵
11応歴寺013
応暦寺の奥の院へ行く途中の崖の上にあります。
室町時代初期の作で崖の上部に50cmほどの大きさで六観音・十王像・六地蔵・施主夫婦像・倶生神(司録像)を半肉彫りしています。
そらく、倶生神に夫婦の善行を記録させ、死後、冥界の十王に、報告させて、極楽往生を願ったものと思われます。
               「倉成磨崖仏 大分山香」
12倉成005
石切場の窟の中に地蔵菩薩を中心に左右に2体の十王像と、その他、倶生神像2体、童子形像2体の計7体の像が彫られています。
極楽往生を願って彫られた摩崖仏と思われます。
今回大分県を中心に十王像を見てきました。
大分県は石仏の宝庫です(遺跡の旅XXXⅠ)。
磨崖仏だけではなく、寺院の彫刻その9でお話しした仁王像、庚申塔など面白い石造物がたくさんあります。
次回は近畿地方の十王を見ていきます。

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気になる話 その10(スウィンギングロンドン)

サンチ−2塔021
ロンドンは1950年から1960年中頃まで、世界中の若者の発信基地でした。
中心はカーナビーストリートとチェルシーのキングスロードです。
                 カーナビーストリート
1カーナビーストリート2
                 キングスロード
2キングスロード2
主に2つのグループの勢力争いでもありました。
1つは「ロッカーズ」でロックンロールを愛し、リーゼントでオートバイに跨がっています。
かたや「モッズ」でR&Bを愛し、長髪でスクーターに乗っています。
「モッズ」の2大グループはイーストエンドの「スモール・フェイセス」、ウエストエンドの「ザ・フー」です。
                 スモール・フェイセス
3スモールフェイセズ
                  ザ・フー
 4フー
1963年にテレビで「レディ・ステディ・ゴー」が始まりモッズ全盛になります。
何もないカーナビーストリートがファッショナブルに生まれ変わったのは、「キング・オブ・カーナビーストリート」の異名を持つデザイナー、ジョン・スティーヴンによるところが最も大きいでしょう。
全盛期のカーナビーストリートで、自分の店を6店舗も所有し、若者文化全体を先導していました。
マリー・クワントが「バザールBAZAAR」と言うブティックからトゥイッギーを使ってミニスカートを発信しました。
                  トゥイッギー
6ツィッギー2
もう一人、重要なデザイナーは「ビバ(BIBA)」をオープンさせたバーバラ・フラニッキです。
オリエンタリズムやゴシック様式の要素を取り入れたスタイルで、若者の人気を得るようになります。
ヘアーデザイナーのヴィダル・サスーンは活動的で自立した女性にふさわしい「ボブ」を流行らせました。
この3人は新しい女性の美を追求しました。
                 クワントとサスーン
5クゥワントとサスーン
最先端の女性はボブヘアーにギンガムチェックのミニスカート、白のオーガンジー素材の襟がついたカッタウェイショルダーのトップス、そしてクレージュの白いブーツと言う出で立ちです。
写真家が注目されたのもこの頃です。
御三家はデイヴィッド・ベイリー、テレンス・ドノヴァン、ブライアン・ダフィーでモデルはジーン・シュリンプトン、ジェーン・アッシャー、パティ・ボイド、マリアンヌ・フェイスフル、ジェーン・バーキン、トゥイッギー達です。
                 ジーン・シュリンプトン
7ジーン・シュリンプトン
                 パティ・ボイド
6パティボイド
映画では写真家のデイヴィッド・ベイリーをモデルにしたミケランジェロ・アントニオーニ監督の「欲望」、リチャード・レスターの「The Knack」、マイケル・ケインとジェーン・アッシャーの「アルフィ」、音楽映画「ポップ・ギア」などです。
                  The Knack
9ナック
                   ALFIE            
10 20120715165333
スウィンギングロンドンの象徴となったのがユニオンジャックです。
それは愛国心ではなくそれ自体がとてもクールでかっこ良かったからです。
T−シャツや上着、ミニクーパーなどにも描かれていました。
もちろんまだミチコ・コシノもカンサイ・ヤマモトもいません。
当時のイギリスの香りを運んでくれたのは、ズズこと安井かずみと加賀まりこでした。
                  安井かずみ
12安井かずみ
                  加賀まりこ
11 a2412d6655eb97c20cf355d0fd964c2a
そしてスパイダーズも早い段階で渡英しました。
何と言ってもミニタリールックです。
                  スパイダーズ
14スパイダーズ
日本のグループ・サウンズは全員ミニタリールックです。
なんて素敵な時代だったのでしょう。
パリでもなく、ニューヨークでもなく、東京でもなく、ロンドンなのです。
同じ様な郷愁を感じる場所は同じイギリスの植民地の香港とインドです。
60年代の香港とボンベイに行ってみたかった。
ロンドン、ロンドン、楽しいロンドン、みんなのロンドン
13ロンドン
 
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音楽の話 その50(フロック)

ガンジーファ - 003
フロックについて話したいと思います。
1969年頃CBSソニーからニューロック(良い言葉です)のレコードが沢山発売されました。
「フィルモアの奇跡」「スーパーセッション」「エレクトリック・フラッグ」「スライ&ファミリーストーン」「ブラッド、スウェット&ティアーズ」など有名無名のミュージシャンのレコードが沢山発売されました。
その中に混じって「The Flock」と言う無名のバンドがありました。
ジャケットも特徴がなくまず買わないアルバムです。
DI170512-102.jpg
そのアルバムが友人の家にあったのです。
とりあえずA面に針を落とします。「Introduction」 はギターとエレクトリックヴァイオリンでとても美しいメロディを奏でます。
ここで虜になってしまいます。
当時有名だったジャン=リュック・ポンティとは全然別物のヴァイオリンです。
クレジットを見るとFred Glickstein (Lead Vocals, Guitar)、Jerry Smith (Bass)、Ron Karpman (Drums)、Rick Canoff (Tenor Saxophone)、Tom Webb (Tenor Saxophone)、Frank Posa (Trumpet)、Jerry Goodman (Violin)です。
flock-bath-7-close-mark.jpg
Fred GlicksteinとJerry Goodman の抜群のコンビネーションです。
続くベースから入る「Clown」はブラスロック全開です。
シカゴを感じさせる部分もありますがやはりなんと言ってもJerry Goodman のヴァイオリンです。
中間部のサックスが交差するインプロビゼーションもなかなかです。
ベースから主題にもどり終わります。
そして名曲「I Am the Tall Tree 」です。
ギターからボーカルが入り、ヴァイオリンです。
「Introduction」「Clown」「I Am the Tall Tree 」の流れは最高です。
レオン・ラッセルの「カーニー」、ビートルズの「サージャント」と共にLPレコードにおける最高の流れです。
FlockBandOrig2.jpg
フロックはこれだけで十分です。
一時期毎日のように聞いていました。
セカンドアルバム「Dinosaur Swamps」 はジャケットが最高です。
XAT-1245388048.jpg
恐竜好きにはたまりません。
ジャケ買いするでしょう。
一曲目の「Green Slice」から何か出てきそうな雰囲気のサックス、続く「Big Bird」はオドロオドロした曲かと思ったら陽気なブラスカントリーでした。
「Hornschmeyer's Island 」や「Mermaid 」など不思議な曲が入っていますが、あまりジャケットと関係ない様です。
かなり実力のあるバンドですが、ヒットには恵まれず、ヴァイオリンのジェリー・グッドマンがジョン・マクラフリン、リック・レアード、ビリー・コブハム、ヤン・ハマーらとマハヴィシュヌ・オーケストラを結成して有名になったぐらいです。
ANDWELLAと共にフロックは私の秘密のアルバムです。

Ωベストアルバム 「The Flock」

8-2ウィジョヨクスモの花

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寺院の彫刻 その54(シヴァ4 ナタラージャ2)

PANATA102.jpg
今回は石積寺院に彫刻されているナタラージャを見ていきます。
シヴァ派の寺院ではシカラの正面のメダリオンにナタラージャが彫刻されています。
壁龕などの彫刻はやはり南インドに集中しています。
アランプール近郊のSANGAMESHWARA寺院はチャールキア朝で最も早い6世紀中頃の建立で素晴らしい彫刻が沢山あります。
ナタラージャは恐らく18腕で下部にはミュージシャンが彫刻され、カーライッカルアンマイヤールも確認できます。
1sangameshwara
  SANGAMESHWARA寺院 6世紀中頃 
  同じ時期のバーダーミの石窟に勝るとも劣らない
  18腕の欠損が惜しまれる
  足の間から顔を出すカーライッカル・アンマイヤールの
  スタイルはこの時には出来ている
  

  








この像によく似た像がアランプールのSVARGA BRAHMA寺院にあります。
7世紀の建立で、窓のパネルに彫刻されています。
16腕で下部にはナンディ、ガネーシャ、ミュージシャン、カーライッカル・アンマイヤールなどが彫られています。
2SVARGA BRAHMAA
  SVARGA BRAHMA寺院 7世紀
  この像も保存状態の悪さが惜しまれる。
  足下の取り巻き連中が素晴らしい












アランプールの博物館にも11〜12世紀のナタラージャが展示されています。
4腕です。
3alampur博物館
  アランプール博物館 11〜12世紀
  














パッタダカルの寺院群(8世紀)にも見つかります。
KASHIVISHVANATHA寺院の内部の柱に彫刻されています。
6腕みたいです。
4KASHIVISHVANATHA
  KASHIVISHVANATHA寺院 8世紀
  この寺院の柱にはシヴァやヴィシュヌの
  素晴らしい彫刻パネルがある
  







JAMBULINGA寺院のシカラにあるメダリオンはナンディとパールヴァティーが彫られています。
5JAMBULINGA
  JAMBULINGA寺院 8世紀
  北型のシカラにメダリオン
  8腕で女神とナンディ
  上部にはガンダルヴァ、下部にはナーガ












MALLIKARJUNA寺院の壁龕のナタラージャは8腕で上部の楣にはシヴァとパールヴァティーが彫刻されています。
6MALLIKARJUNA
  MALLIKARJUNA寺院 8世紀
  上部には座すシヴァとパールヴァティーと
  ナンディ、左右にはマカラが掘られているが
  未完成












PAPANATHA寺院の天井には4腕でパールヴァティーを伴った素晴らしいナタラージャが彫刻されています。
7PAPANATHA
  PAPANATHA寺院 8世紀
  矮人の上で踊るシヴァ
  ハスの上にパールヴァティー
  ナンディ
  足下にミュージシャン





VIRUPAKSHA寺院の壁龕のナタラージャは4腕で矮人を踏みつけています。
頭髪のドクロを始めアクセサリーなどの彫刻がとても細かく綺麗です。
上部にはアプサラとガンダルヴァが彫刻されています。
8VIRUPAKSHA.jpg
  VIRUPAKSHA寺院  8世紀
  アクセサリーが素晴らしい
  ナンディの杖を持っている
  上部のアプサラとガンダルヴァの動きが良い










東インドのブヴァネーシュヴァルにある7世紀初めのSATRUGHNESHWAR寺院は最初期の寺院で保存状態は良くありませんが、壁龕に素晴らしいナタラージャがあります。
恐らく性器が勃起していたと思われます(初期のシヴァ像は勃起例が多い)。
下部に孔雀に乗るスカンダ、ナンデイが彫刻されています。
9SATRG012
  SATRUGHNESHWAR寺院 7世紀初め
  右下にナンディ
  左下に孔雀に乗るスカンダ












8世紀のVAITAL DEUL寺院は特殊な屋根の形をしています。
シカラ正面のメダリオンには12腕のナタラージャが彫刻されていますが性器が勃起しています。
独特の素晴らしい彫刻です。
9VAITAL020
  VAITAL DEUL寺院 8世紀
  顔の表情が素晴らしい
  右手にはヘビ、足下にナンディ
  左手で女性の顎を撫でている(?)






ブバネーシュヴァルの寺院のシカラに掘られたメダリオンはどれも素晴らしい出来です。
ピンクの美しい砂岩 のMUKTESHWAR寺院(10世紀)のシカラにもメダリオンではありませんがナタラージャが掘られています。
10MUKTE086.jpg
  MUKTESHWAR寺院 10世紀
  シカラの中央にガンディのボーと呼ばれる彫刻
  その上に龕を作りナタラージャの彫刻












南インドのホイサラー寺院では、必ずと言って良いほど見かけます。
HALEBID のHOYSALESHWARA寺院ではカーライッカル・アンマイヤールと楽団を引き連れた12腕のシヴァと矮人の上で踊る12腕のシヴァが見られます。
11HOYSAL029.jpg
  HOYSALESHWARA寺院 12世紀
  ホイサラー独特の衣裳
  ミュージシャン達が良い













南インドのカンチープラムのKAILASANATHA寺院の壁龕です。
しゃがんだシヴァのナタラージャです。
10腕です。
13KAILASANATHA2
  KAILASANATHA寺院 8世紀初め
  いわゆるタイプEと言われるナタラージャ














同じ形のナタラージャがパッタダカルのVIRUPAKSHA寺院にあります。
保存状態は良くありませんが10腕でそっくりです。
14VIRUPAKSHA4
  VIRUPAKSHA寺院 733〜746年
  タイプEのナタラージャ














タミルナードでの必見はCIDAMBARAMのその名もNATARAJA 寺院です。
12〜13世紀の寺院で参拝客がひっきりなしに訪れる大寺院です。
ここにはシヴァの踊りの108のポーズ全てが壁面に彫刻され、この寺院は舞踊家の聖地です。
15NATARAJA.jpg
  NATARAJA 寺院 12〜13世紀
  南インド独特の巨大なゴープラム
  ゴープラムの壁面にダンスのポーズ














16NATARAJA2.jpg
  NATARAJA 寺院 12〜13世紀
  108の小さなパネルにポーズが
  彫刻されている。













GANGAIKONDACOLAPURAMのBRIHADISHVARA寺院の壁龕には矮人の上で踊る4腕のシヴァの足元に三本足のブルンギ、さらに基壇にミュージシャンとカーライッカル・アンマイヤールが彫刻されています。
17GANGAIKONDACOLAPURAM2
  BRIHADISHVARA寺院 1025年
  このパネルには全て揃っている
  足下は矮人、左に三本足のブルンギ
  右にドゥルガー女神
  基壇にカーライッカル・アンマイヤールと
  ミュージシャン









次回は東南アジアのナタラージャを調べます。

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映画の話 その47(アポロンの地獄)

73カルトウィヨゴ
今回はパゾリーニ監督のアポロンの地獄です。
この映画を観たのは70年頃だったと思います。
狭い新宿の名画座で観ました。
当時はフェリーニ、パゾリーニ、アントニオーニが3大イタリア監督でした。
三大監督の映画を見ていないと仲間外れです。
アポロン5
ソポクレスのギリシャ悲劇「オイディプス王」を原作としています。
オープニングの男の子が誕生する家とエンディングの成長して盲目になった男が何事もなく通過するその家が印象的です。
『一人の女が、男の児を生んだ。
あどけないその赤ん坊の顔をみて、父親は暗い予感にとらわれる。
「この子は、私の愛する女の愛を奪うだろう。そして、私を殺し、私の持てるすべてを奪うであろう」。
舞台は古代、太陽に焼けただれた赤土の山中に、一人の男が赤ん坊を捨てにきた。
アポロン2
泣きさけぶ赤ん坊をさすがに殺すことはできず、男はそのまま立ち去った。
捨て子は、コリントスの王ポリュボスに届けられ、神に授かった子として王妃メローペ(A・バリ)の手で大事に育てられ、たくましい若者エディポ(F・チッティ)となった。
ある日、友だちと争い本当の子でないとののしられたエディポは、父母に事実を問いただし、否定されたがどうしても真実を知りたくて、神託をきくために思いたって旅に出る。
アポロン1
神託は恐しい言葉を、エディポに投げかける。
「お前は父を殺すだろう。そして母と情を通じるであろう。お前の運勢は呪われている」ポリュボスとメローペを実の父母と考えていたエディポは、コリントスには再び帰らぬ決心をして長い絶望の旅を続けた。
テーベの近くまできたとき、エディポは数人の兵士と従僕をしたがえたテーベの王ライオスの一行と出会った。
ライオス王に乞食あつかいにされ侮られたのを怒ったエディポは、兵士たちをつぎつぎ殺し、ライオス王をも殺した。
ただ一人、老従僕だけが、エディポの剣をのがれた。
予言は実現したが、エディポには知るよしもなかった。
テーベに到着したエディポは、人々が続々と、町を逃げて行くのに会った。
聞くと、暗黒の国からきたスフィンクスが、人々を恐怖と災いのどん底に突きおとしているとのことだった。
アポロン3
エディポは単身スフィンクスに挑戦、殺した。
スフィンクスを退治した者は、ライオス王の后イオカステ(C・マンガーノ)を妻とし、テーベの王になれるという布告が出ており、エディポは、テーベの王となった。
それから間もなく、テーベにはおそろしい疫病が流行しはじめた。
イオカステの弟クレオンが、アポロンの神託を受けてきた報告によると、これは天の怒りで、その怒りをとくためには、ライオス王の殺害者を捧げねばならないとのことだった。
エディポは犯人探索もはじめた。そのため予言者ティレシアスが召された。
ティレシアスの言葉から、その犯人が自分であるとエディポは聞かされた。
それが真実かどうか、エディポはライオス王の死を知らせたという羊飼いにあった。
その男こそが、彼を山中に捨てた男だった。
今こそエディポは真実を知った。
真実を知ったイオカステは首をつって自殺した。
エディポは自らの手で両眼をえぐり、あてのない放浪の旅に出た。
アポロン4
そして現代。
一人の盲人が、若者の肩につかまり、さまよって行く。
その顔は、エディポに、そっくりである』という話です。
全編モロッコで撮影され荒野や城が美しい。
そして主人公たちや住民のコスチュームが素晴らしい。
特に被り物がユニークです。
音楽はモーツアルト、ルーマニアなどの民族音楽、インドネシアのケチャ、特に日本の雅楽のような古典音楽がマッチしています。
極端に少ない台詞と場面場面に入る無声映画のカットタイトルの字幕が画面を引き締めます。
シルヴァーナ・マンガーノは美しい。
自殺のシーンはサービスショットなのでしょうか。
とても印象に残る映画でした。

8-2ウィジョヨクスモの花

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