気になる話 その10(スウィンギングロンドン)

サンチ−2塔021
ロンドンは1950年から1960年中頃まで、世界中の若者の発信基地でした。
中心はカーナビーストリートとチェルシーのキングスロードです。
                 カーナビーストリート
1カーナビーストリート2
                 キングスロード
2キングスロード2
主に2つのグループの勢力争いでもありました。
1つは「ロッカーズ」でロックンロールを愛し、リーゼントでオートバイに跨がっています。
かたや「モッズ」でR&Bを愛し、長髪でスクーターに乗っています。
「モッズ」の2大グループはイーストエンドの「スモール・フェイセス」、ウエストエンドの「ザ・フー」です。
                 スモール・フェイセス
3スモールフェイセズ
                  ザ・フー
 4フー
1963年にテレビで「レディ・ステディ・ゴー」が始まりモッズ全盛になります。
何もないカーナビーストリートがファッショナブルに生まれ変わったのは、「キング・オブ・カーナビーストリート」の異名を持つデザイナー、ジョン・スティーヴンによるところが最も大きいでしょう。
全盛期のカーナビーストリートで、自分の店を6店舗も所有し、若者文化全体を先導していました。
マリー・クワントが「バザールBAZAAR」と言うブティックからトゥイッギーを使ってミニスカートを発信しました。
                  トゥイッギー
6ツィッギー2
もう一人、重要なデザイナーは「ビバ(BIBA)」をオープンさせたバーバラ・フラニッキです。
オリエンタリズムやゴシック様式の要素を取り入れたスタイルで、若者の人気を得るようになります。
ヘアーデザイナーのヴィダル・サスーンは活動的で自立した女性にふさわしい「ボブ」を流行らせました。
この3人は新しい女性の美を追求しました。
                 クワントとサスーン
5クゥワントとサスーン
最先端の女性はボブヘアーにギンガムチェックのミニスカート、白のオーガンジー素材の襟がついたカッタウェイショルダーのトップス、そしてクレージュの白いブーツと言う出で立ちです。
写真家が注目されたのもこの頃です。
御三家はデイヴィッド・ベイリー、テレンス・ドノヴァン、ブライアン・ダフィーでモデルはジーン・シュリンプトン、ジェーン・アッシャー、パティ・ボイド、マリアンヌ・フェイスフル、ジェーン・バーキン、トゥイッギー達です。
                 ジーン・シュリンプトン
7ジーン・シュリンプトン
                 パティ・ボイド
6パティボイド
映画では写真家のデイヴィッド・ベイリーをモデルにしたミケランジェロ・アントニオーニ監督の「欲望」、リチャード・レスターの「The Knack」、マイケル・ケインとジェーン・アッシャーの「アルフィ」、音楽映画「ポップ・ギア」などです。
                  The Knack
9ナック
                   ALFIE            
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スウィンギングロンドンの象徴となったのがユニオンジャックです。
それは愛国心ではなくそれ自体がとてもクールでかっこ良かったからです。
T−シャツや上着、ミニクーパーなどにも描かれていました。
もちろんまだミチコ・コシノもカンサイ・ヤマモトもいません。
当時のイギリスの香りを運んでくれたのは、ズズこと安井かずみと加賀まりこでした。
                  安井かずみ
12安井かずみ
                  加賀まりこ
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そしてスパイダーズも早い段階で渡英しました。
何と言ってもミニタリールックです。
                  スパイダーズ
14スパイダーズ
日本のグループ・サウンズは全員ミニタリールックです。
なんて素敵な時代だったのでしょう。
パリでもなく、ニューヨークでもなく、東京でもなく、ロンドンなのです。
同じ様な郷愁を感じる場所は同じイギリスの植民地の香港とインドです。
60年代の香港とボンベイに行ってみたかった。
ロンドン、ロンドン、楽しいロンドン、みんなのロンドン
13ロンドン
 
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音楽の話 その50(フロック)

ガンジーファ - 003
フロックについて話したいと思います。
1969年頃CBSソニーからニューロック(良い言葉です)のレコードが沢山発売されました。
「フィルモアの奇跡」「スーパーセッション」「エレクトリック・フラッグ」「スライ&ファミリーストーン」「ブラッド、スウェット&ティアーズ」など有名無名のミュージシャンのレコードが沢山発売されました。
その中に混じって「The Flock」と言う無名のバンドがありました。
ジャケットも特徴がなくまず買わないアルバムです。
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そのアルバムが友人の家にあったのです。
とりあえずA面に針を落とします。「Introduction」 はギターとエレクトリックヴァイオリンでとても美しいメロディを奏でます。
ここで虜になってしまいます。
当時有名だったジャン=リュック・ポンティとは全然別物のヴァイオリンです。
クレジットを見るとFred Glickstein (Lead Vocals, Guitar)、Jerry Smith (Bass)、Ron Karpman (Drums)、Rick Canoff (Tenor Saxophone)、Tom Webb (Tenor Saxophone)、Frank Posa (Trumpet)、Jerry Goodman (Violin)です。
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Fred GlicksteinとJerry Goodman の抜群のコンビネーションです。
続くベースから入る「Clown」はブラスロック全開です。
シカゴを感じさせる部分もありますがやはりなんと言ってもJerry Goodman のヴァイオリンです。
中間部のサックスが交差するインプロビゼーションもなかなかです。
ベースから主題にもどり終わります。
そして名曲「I Am the Tall Tree 」です。
ギターからボーカルが入り、ヴァイオリンです。
「Introduction」「Clown」「I Am the Tall Tree 」の流れは最高です。
レオン・ラッセルの「カーニー」、ビートルズの「サージャント」と共にLPレコードにおける最高の流れです。
FlockBandOrig2.jpg
フロックはこれだけで十分です。
一時期毎日のように聞いていました。
セカンドアルバム「Dinosaur Swamps」 はジャケットが最高です。
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恐竜好きにはたまりません。
ジャケ買いするでしょう。
一曲目の「Green Slice」から何か出てきそうな雰囲気のサックス、続く「Big Bird」はオドロオドロした曲かと思ったら陽気なブラスカントリーでした。
「Hornschmeyer's Island 」や「Mermaid 」など不思議な曲が入っていますが、あまりジャケットと関係ない様です。
かなり実力のあるバンドですが、ヒットには恵まれず、ヴァイオリンのジェリー・グッドマンがジョン・マクラフリン、リック・レアード、ビリー・コブハム、ヤン・ハマーらとマハヴィシュヌ・オーケストラを結成して有名になったぐらいです。
ANDWELLAと共にフロックは私の秘密のアルバムです。

Ωベストアルバム 「The Flock」

8-2ウィジョヨクスモの花

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寺院の彫刻 その54(シヴァ4 ナタラージャ2)

PANATA102.jpg
今回は石積寺院に彫刻されているナタラージャを見ていきます。
シヴァ派の寺院ではシカラの正面のメダリオンにナタラージャが彫刻されています。
壁龕などの彫刻はやはり南インドに集中しています。
アランプール近郊のSANGAMESHWARA寺院はチャールキア朝で最も早い6世紀中頃の建立で素晴らしい彫刻が沢山あります。
ナタラージャは恐らく18腕で下部にはミュージシャンが彫刻され、カーライッカルアンマイヤールも確認できます。
1sangameshwara
  SANGAMESHWARA寺院 6世紀中頃 
  同じ時期のバーダーミの石窟に勝るとも劣らない
  18腕の欠損が惜しまれる
  足の間から顔を出すカーライッカル・アンマイヤールの
  スタイルはこの時には出来ている
  

  








この像によく似た像がアランプールのSVARGA BRAHMA寺院にあります。
7世紀の建立で、窓のパネルに彫刻されています。
16腕で下部にはナンディ、ガネーシャ、ミュージシャン、カーライッカル・アンマイヤールなどが彫られています。
2SVARGA BRAHMAA
  SVARGA BRAHMA寺院 7世紀
  この像も保存状態の悪さが惜しまれる。
  足下の取り巻き連中が素晴らしい












アランプールの博物館にも11〜12世紀のナタラージャが展示されています。
4腕です。
3alampur博物館
  アランプール博物館 11〜12世紀
  














パッタダカルの寺院群(8世紀)にも見つかります。
KASHIVISHVANATHA寺院の内部の柱に彫刻されています。
6腕みたいです。
4KASHIVISHVANATHA
  KASHIVISHVANATHA寺院 8世紀
  この寺院の柱にはシヴァやヴィシュヌの
  素晴らしい彫刻パネルがある
  







JAMBULINGA寺院のシカラにあるメダリオンはナンディとパールヴァティーが彫られています。
5JAMBULINGA
  JAMBULINGA寺院 8世紀
  北型のシカラにメダリオン
  8腕で女神とナンディ
  上部にはガンダルヴァ、下部にはナーガ












MALLIKARJUNA寺院の壁龕のナタラージャは8腕で上部の楣にはシヴァとパールヴァティーが彫刻されています。
6MALLIKARJUNA
  MALLIKARJUNA寺院 8世紀
  上部には座すシヴァとパールヴァティーと
  ナンディ、左右にはマカラが掘られているが
  未完成












PAPANATHA寺院の天井には4腕でパールヴァティーを伴った素晴らしいナタラージャが彫刻されています。
7PAPANATHA
  PAPANATHA寺院 8世紀
  矮人の上で踊るシヴァ
  ハスの上にパールヴァティー
  ナンディ
  足下にミュージシャン





VIRUPAKSHA寺院の壁龕のナタラージャは4腕で矮人を踏みつけています。
頭髪のドクロを始めアクセサリーなどの彫刻がとても細かく綺麗です。
上部にはアプサラとガンダルヴァが彫刻されています。
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  VIRUPAKSHA寺院  8世紀
  アクセサリーが素晴らしい
  ナンディの杖を持っている
  上部のアプサラとガンダルヴァの動きが良い










東インドのブヴァネーシュヴァルにある7世紀初めのSATRUGHNESHWAR寺院は最初期の寺院で保存状態は良くありませんが、壁龕に素晴らしいナタラージャがあります。
恐らく性器が勃起していたと思われます(初期のシヴァ像は勃起例が多い)。
下部に孔雀に乗るスカンダ、ナンデイが彫刻されています。
9SATRG012
  SATRUGHNESHWAR寺院 7世紀初め
  右下にナンディ
  左下に孔雀に乗るスカンダ












8世紀のVAITAL DEUL寺院は特殊な屋根の形をしています。
シカラ正面のメダリオンには12腕のナタラージャが彫刻されていますが性器が勃起しています。
独特の素晴らしい彫刻です。
9VAITAL020
  VAITAL DEUL寺院 8世紀
  顔の表情が素晴らしい
  右手にはヘビ、足下にナンディ
  左手で女性の顎を撫でている(?)






ブバネーシュヴァルの寺院のシカラに掘られたメダリオンはどれも素晴らしい出来です。
ピンクの美しい砂岩 のMUKTESHWAR寺院(10世紀)のシカラにもメダリオンではありませんがナタラージャが掘られています。
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  MUKTESHWAR寺院 10世紀
  シカラの中央にガンディのボーと呼ばれる彫刻
  その上に龕を作りナタラージャの彫刻












南インドのホイサラー寺院では、必ずと言って良いほど見かけます。
HALEBID のHOYSALESHWARA寺院ではカーライッカル・アンマイヤールと楽団を引き連れた12腕のシヴァと矮人の上で踊る12腕のシヴァが見られます。
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  HOYSALESHWARA寺院 12世紀
  ホイサラー独特の衣裳
  ミュージシャン達が良い













南インドのカンチープラムのKAILASANATHA寺院の壁龕です。
しゃがんだシヴァのナタラージャです。
10腕です。
13KAILASANATHA2
  KAILASANATHA寺院 8世紀初め
  いわゆるタイプEと言われるナタラージャ














同じ形のナタラージャがパッタダカルのVIRUPAKSHA寺院にあります。
保存状態は良くありませんが10腕でそっくりです。
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  VIRUPAKSHA寺院 733〜746年
  タイプEのナタラージャ














タミルナードでの必見はCIDAMBARAMのその名もNATARAJA 寺院です。
12〜13世紀の寺院で参拝客がひっきりなしに訪れる大寺院です。
ここにはシヴァの踊りの108のポーズ全てが壁面に彫刻され、この寺院は舞踊家の聖地です。
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  NATARAJA 寺院 12〜13世紀
  南インド独特の巨大なゴープラム
  ゴープラムの壁面にダンスのポーズ














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  NATARAJA 寺院 12〜13世紀
  108の小さなパネルにポーズが
  彫刻されている。













GANGAIKONDACOLAPURAMのBRIHADISHVARA寺院の壁龕には矮人の上で踊る4腕のシヴァの足元に三本足のブルンギ、さらに基壇にミュージシャンとカーライッカル・アンマイヤールが彫刻されています。
17GANGAIKONDACOLAPURAM2
  BRIHADISHVARA寺院 1025年
  このパネルには全て揃っている
  足下は矮人、左に三本足のブルンギ
  右にドゥルガー女神
  基壇にカーライッカル・アンマイヤールと
  ミュージシャン









次回は東南アジアのナタラージャを調べます。

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映画の話 47(アポロンの地獄)

73カルトウィヨゴ
今回はパゾリーニ監督のアポロンの地獄です。
この映画を観たのは70年頃だったと思います。
狭い新宿の名画座で観ました。
当時はフェリーニ、パゾリーニ、アントニオーニが3大イタリア監督でした。
三大監督の映画を見ていないと仲間外れです。
アポロン5
ソポクレスのギリシャ悲劇「オイディプス王」を原作としています。
オープニングの男の子が誕生する家とエンディングの成長して盲目になった男が何事もなく通過するその家が印象的です。
『一人の女が、男の児を生んだ。
あどけないその赤ん坊の顔をみて、父親は暗い予感にとらわれる。
「この子は、私の愛する女の愛を奪うだろう。そして、私を殺し、私の持てるすべてを奪うであろう」。
舞台は古代、太陽に焼けただれた赤土の山中に、一人の男が赤ん坊を捨てにきた。
アポロン2
泣きさけぶ赤ん坊をさすがに殺すことはできず、男はそのまま立ち去った。
捨て子は、コリントスの王ポリュボスに届けられ、神に授かった子として王妃メローペ(A・バリ)の手で大事に育てられ、たくましい若者エディポ(F・チッティ)となった。
ある日、友だちと争い本当の子でないとののしられたエディポは、父母に事実を問いただし、否定されたがどうしても真実を知りたくて、神託をきくために思いたって旅に出る。
アポロン1
神託は恐しい言葉を、エディポに投げかける。
「お前は父を殺すだろう。そして母と情を通じるであろう。お前の運勢は呪われている」ポリュボスとメローペを実の父母と考えていたエディポは、コリントスには再び帰らぬ決心をして長い絶望の旅を続けた。
テーベの近くまできたとき、エディポは数人の兵士と従僕をしたがえたテーベの王ライオスの一行と出会った。
ライオス王に乞食あつかいにされ侮られたのを怒ったエディポは、兵士たちをつぎつぎ殺し、ライオス王をも殺した。
ただ一人、老従僕だけが、エディポの剣をのがれた。
予言は実現したが、エディポには知るよしもなかった。
テーベに到着したエディポは、人々が続々と、町を逃げて行くのに会った。
聞くと、暗黒の国からきたスフィンクスが、人々を恐怖と災いのどん底に突きおとしているとのことだった。
アポロン3
エディポは単身スフィンクスに挑戦、殺した。
スフィンクスを退治した者は、ライオス王の后イオカステ(C・マンガーノ)を妻とし、テーベの王になれるという布告が出ており、エディポは、テーベの王となった。
それから間もなく、テーベにはおそろしい疫病が流行しはじめた。
イオカステの弟クレオンが、アポロンの神託を受けてきた報告によると、これは天の怒りで、その怒りをとくためには、ライオス王の殺害者を捧げねばならないとのことだった。
エディポは犯人探索もはじめた。そのため予言者ティレシアスが召された。
ティレシアスの言葉から、その犯人が自分であるとエディポは聞かされた。
それが真実かどうか、エディポはライオス王の死を知らせたという羊飼いにあった。
その男こそが、彼を山中に捨てた男だった。
今こそエディポは真実を知った。
真実を知ったイオカステは首をつって自殺した。
エディポは自らの手で両眼をえぐり、あてのない放浪の旅に出た。
アポロン4
そして現代。
一人の盲人が、若者の肩につかまり、さまよって行く。
その顔は、エディポに、そっくりである』という話です。
全編モロッコで撮影され荒野や城が美しい。
そして主人公たちや住民のコスチュームが素晴らしい。
特に被り物がユニークです。
音楽はモーツアルト、ルーマニアなどの民族音楽、インドネシアのケチャ、特に日本の雅楽のような古典音楽がマッチしています。
極端に少ない台詞と場面場面に入る無声映画のカットタイトルの字幕が画面を引き締めます。
シルヴァーナ・マンガーノは美しい。
自殺のシーンはサービスショットなのでしょうか。
とても印象に残る映画でした。

8-2ウィジョヨクスモの花

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