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寺院の彫刻 その46(ガルーダ3)


今回はチャンパ・パガン・インドネシア・韓国・日本のガルーダ像を見てみます。
ガルーダ像はヴェトナムのチャンパにも沢山あります。
チェンダン(CHIEN DANG11〜12世紀)の博物館にはチャンパ独特のガルーダ像があります。
ガルーダ1
  CHIEN DANG 11〜12世紀
  文様の彫刻が素晴らしい
  敷地内に博物館がある












HOA LAI(8~9世紀)は3基の祠堂からなり中央祠堂は完全に崩壊しています。
残った祠堂の軒下のガルーダの彫刻は素晴らしい出来です。
ガルーダ2
  HOA LAI 8~9世紀
  崩壊がひどいが残っている
  彫刻は素晴らしい。
  ホアライ様式と呼ばれる。







ダナンのチャム彫刻博物館に12世紀のガルーダ像があります。
ナーガを食べています。
ガルーダ3
  CHAM彫刻博物館














インドネシアのガルーダに近いガルーダ像もありました9~10世紀(チャンパ博物館)。
なかでも傑作はこのガルーダに乗るヴィシュヌでしょう。
ガルーダ5
  CHAM彫刻博物館
  4臂のヴィシュヌを乗せガルーダは
  ヴィシュヌの両足をにぎっている











ミャンマーのパガンでも見つかりました。
めずらしいヒンドゥー教寺院のNATHLANGKYAUNGの壁龕にガルーダに乗るヴィシュヌ像がありました。
この像は近年制作されたもので、オリジナルの像は現在行方不明です。
ガルーダ6
  NATHLANGKYAUNG 931年
  パガン唯一のヒンドゥー寺院
  ヒンドゥー神のレプリカが内部の 
  壁龕に安置されている











ガルーダ7

















彫刻ではありませんが壁画が仏教寺院のPENANTHAGUにあります。
SRI KSHETRAの博物館にはとても古い6世紀のガルーダに乗るヴィシュヌ像があります。
保存状態が悪いのが残念です。
ガルーダ8
  SRI KSHETRAの博物館
  4臂でチャクラと棍棒をもっているので
  ヴィシュヌ神と思われる。
  隣は蓮に乗るラクシュミーか












東南アジア諸国で一番好まれたのはインドネシアです。
前回のインドにおけるガルーダでお話ししたガルーダの神話がガルディア物語として浸透しています。
東ジャワのC. KIDAL(1260年)の基壇にはガルディア物語が彫刻されています。
アムリタの壺を運ぶガルーダ、
ガルーダ9
  C. KIDAL 1260年
  基壇にマハーバーラタの「ガルデア」の
  主人公ガルーダの彫刻がある











母ヴィナターを運ぶガルーダ、
ガルーダ10
  C. KIDAL 1260年














ナーガを運ぶガルーダです。
ガルーダ11
  C. KIDAL 1260年














C. RIMBI(1372年)の基壇には苦行の帽子をかぶるガルーダが彫刻されています。
ガルーダ12
  C. RIMBI 1372年
  この寺院の基壇には不思議な
  彫刻がある








クデリにある石窟GOA SELOMANGLENG(11世紀)の入口の上部にガルーダが彫刻されています。
ガルーダ12−2
  GOA SELOMANGLENG 10世紀
  東ジャワには2つ石窟がある
  クデリにある石窟の入り口上部に
  彫刻されているがストーリーは解らない







エルランガ王の霊廟にあるC. BELAHAN(11世紀)は沐浴場でここにはラクシュミーとシュリーの彫像があり胸から水が出る仕掛けで、現在も村人が水を汲みに来ます。
本来その真ん中にガルーダに乗るヴィシュヌ像がありましたが現在トロウラン博物館に保存されています。
このヴィシュヌはエルランガ王のポートレートスタチューと言われています。
ガルーダ13
  C. BELAHAN 11世紀
  素晴らしい彫刻で4臂のヴィシュヌ神は
  エルランガ王と言われています












もう1つの沐浴場はC.JOROTUNDOと言い、エルランガ王の父親のウダヤナ王の霊廟です。
沐浴場の壁に物語のパネルが埋め込まれています。
崩壊がひどく大部分博物館に保存されています。
その1つガルーダによるムリガーヴァティーの誘惑です(977年)。
ガルーダ14
  C.JOROTUNDO 10世紀
  水槽の周りの彫刻はマハーバーラタの題材








石像ではありませんが中部ジャワで出土した9世紀後半の素晴らしい青銅の彫像がメトロポリタン美術館に展示されています。
尻尾が美しいガルーダの頭の上にはアムリタの壺、肩にはチャクラを持ったヴィシュヌが乗っています。
ガルーダ15
  メトロポリタン美術館 9世紀後半
  頭にアムリタの壷を乗せ尻尾が素晴らしい
  














このようにガルーダは東南アジアでは好まれました。
東アジアの韓国でも石塔の四面に2体ずつ八部衆が彫刻されていますが、特に鳥の顔をしていないので判断出来ません。石窟庵には八部衆が彫刻され、迦楼羅と言われている像があります。
ガルーダ16
  石窟庵 8世紀
  前室壁面に8部衆が彫刻されている



















日本では国宝八部衆の木造迦楼羅像が興福寺にあります。
ガルーダ17
  興福寺 奈良時代
  西金堂本尊釈迦如来像の周囲に安置されていた












また法隆寺の大宝蔵殿に迦楼羅の面が保存されています。
51法隆寺大宝蔵殿
  法隆寺の大宝蔵殿
  伎楽面











石像の迦楼羅が東京の本誓寺 にあります。
とても優れた像です。
ガルーダ18
  本誓寺
  立像で笛を吹いている














もう一つ埼玉県の十輪寺にも迦楼羅の石像がありました。
ガルーダ19
  十輪寺
  立像で笛を吹いている












ガルーダはアジアすべてに伝播しました。

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気になる話 その3(村山槐多)

サンチ−2塔012
今回は村山槐多についてお話ししたいと思います。
村山槐多は1896年生まれの洋画家で詩人で小説家です。
1919年2月20日に弱冠22歳で夭折しました。
私が村山槐多を知ったのは小説家としてです。
短編「悪魔の舌」は私に強烈な印象を与えました。
江戸川乱歩を始めとする怪奇推理小説が大好きな私はいっきに読み終えてしまいました。
主人公の友人金子が悪魔の舌の持ち主で、始めはナメクジ、トカゲ、ヘビなどを好んで食べるようになりましたが、最後は人肉に行き着きます。
彼が食することになった初めての死体は、美しい少女のもので列車に投身自殺をした、胴体から首も手足もちぎれたまま棺に入れられ仮埋葬された血まみれの死体でした。
ことの始まりは金子から暗号のような電報をもらい、暗号を解くと金子の手記が出てきました。
そして金子は電報を打った直後に自殺しています。
内容はすべて手記です。
「悪魔の舌」は村山槐多が旧制中学の時に同人誌に投稿したものです。
中学生でカニバリズムですよ。
恐ろしい才能です。
また10代の頃からボードレールやランボーに読み耽り、詩作もよくしていました。
デカダンスにあふれた彼の詩も、とても10代とは思えない早熟な詩です。
また下級生に送った切ない詩も心をうちます。
戯曲もいくつか書いています。
しかし村山槐多を有名にしたのは絵画でしょう。
湖水と女1917年
1914年(大正3)中学校を卒業し、画家をこころざして上京、山本鼎の斡旋(あっせん)で画家小杉未醒(後の放庵)宅に寄寓し、再興日本美術院の研究生となります。
同年第1回二科展に水彩画が入選、15年には第2回再興日本美術院展覧会(院展)に「カンナと少女」を出品して院賞を受賞します。
カンナと少女1915年
村山槐多の絵は一度見たら忘れられません。
わたしは「悪魔の舌」と同じような衝撃を受けました。
1915年に描かれた「尿する裸僧」です。
尿(いばり)する裸僧1915年
おそらく自画像で、全裸で合掌し放尿する僧の周りは光背のようなガランス色の光で満たされています。
男性性器からほとばしる尿、そしてそれを受ける托鉢の鉢、信じられない構図ですがとても神々しいのはなぜでしょう。色彩も影響しているのでしょう。
村山槐多の作品には自画像が多いです。
紙風船をかぶれる自画像1914年
1919年2月、槐多は当時猛威を振るっていたスペイン風邪にかかり寝込んでいました。19日夜9時頃、みぞれまじりの嵐の中、外に飛び出し畑の中に倒れているのを発見されました。
しきりに失恋した女性の名前など、うわごとを言っていましたがやがて息を引き取りました。
私が村山槐多に興味を持った時には、関係する書籍はほとんとなく、神保町で「村山槐多全集」を見つけた時には、喜びのあまりかなり高価でしたが買ってしまいました。
村山槐多のすべてが詰まった良い本でした。
全集は遺書ではじまります。

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音楽の話 その41(ダスティ・スプリングフィールド)

ガンジーファ - 012
世界には伝説的女性歌手がいます。
日本には美空ひばり、台湾にはテレサ・テン、インドネシアにはエルフィ・スカエシ、インドにはアシャ・ボスレ、アメリカにはアレサ・フランクリン、そしてイギリスにはダスティ・スプリングフィールドがいます。
今回はイギリスの歌姫ダスティ・スプリングフィールドです。
1966〜1967年頃、「この胸のときめきを」を聞いたのが初めてです。
ビートルズやリヴァプールサウンドにどっぷり浸かっていたので大人のポップス位にしか思っていませんでした。
原曲がカンツォーネなので随分仰々しい曲だなと思っていました。
確かデビューしたてのビートルズと何回か共演をしたと思います。
60年代後半から70年代中頃まで沢山のロックミュージシャンが出てきて、沢山のアルバムをリリースしたのでダスティ・スプリングフィールドのことはまったく忘れていました。当然69年のアルバム「Dusty In Memphis」のことは知りませんでした。
80年代に入り何かの雑誌で元祖ブルー・アイド・ソウル・シンガーであり「Dusty In Memphis」は名盤であるという記事を見てすぐに購入しました。
ダスティ
このアルバムは60年代終わりに鳴かず飛ばずであったダスティにアトランティック・レコードはメンフィスでのレコーディングを勧めます。
それはダスティのソウルフルなボーカルを見越してのことでした。
プロデュースに当たったのは、ダスティの敬愛するアレサ・フランクリンのプロデューサー・チーム、トム・ダウド、ジェリー・ウェクスラー、そしてアリフ・マーディンで、彼らは本格的なリズム&ブルース・アルバムを作ります。
バリバリのソウルではなくGerry・Goffin, Carole・KingやRandy・Newman、Burt・Bacharach, Hal・Davidの曲を取りいれたこのアルバム「Dusty In Memphis」は大絶賛されました。
ダスティ4
A面1曲目の「Just a Little Lovin'」名曲でストリングスとコーラスがとても合っています。
2曲目のキャロル・キングの「So Much Love」も黒っぽい雰囲気とダスティの声がとても合っています。
3曲目の「Son of a Preacher Man」はいうまでもないR&Bの名曲です。
アレサがボツにした曲を復活させました。
4曲目の「I Don't Want to Hear It Anymore」はダスティのために書かれたようなランディ・ニューマンの曲です。
とても素敵な曲です。
5曲目「Don't Forget About Me」は再びキャロル・キングの曲です。
最後の曲「Breakfast in Bed」はダスティ節全開です。
ダスティ2
B面1曲目はランディニューマンの「Just One Smile」です。
アル・クーパーも歌っている大好きな曲です。
2曲目はミッシェル・ルグランの「風のささやき The Windmills of Your Mind」です。
悪いわけはありません。
3曲目は「In the Land of Make Believe」です。
バカラックの美しいメロディに乗って素晴らしい歌声を聴かせてくれます。
シタールが面白いです。
4曲目はキャロル・キングの「No Easy Way Down」です。
5曲目もキャロル・キングの「I Can't Make It Alone」です。
ダスティ3
ダスティはキャロル・キングをして貴方ほど私の曲を的確に解釈した人はいないと言わしめています。
白人がソウルを歌うと黒さばかり強調されますがダスティは自然に歌っていて、その中にソウルが込められているので、とても自然です。
それがアレサ・フランクリンやマーサ・リーヴスといった偉大な黒人女性シンガーたちも、彼女には一目を置いている理由だと思います。

8-2ウィジョヨクスモの花

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映画の話 その38(ウィッカーマン)

70エロワティ
今回はロビン・ハーディ監督のウィッカーマンです。
とても不思議な映画でスコットランドの個人所有の小さな島を舞台とした、カルト、ミステリー、サスペンス、ミュージカルをごちゃ混ぜにしてフォークロアで味付けした楽しい映画です。
ウィカーマン7ウィッカーマンとは巨大な人型の檻(主にオークの木)の中に犠牲に捧げる家畜や人間を閉じ込めたまま焼き殺す祭儀のことです。
スコットランド・ハイランド地方西部の警察に勤める中年の巡査部長ニール・ハウイー(エドワード・ウッドウォード)は、ヘブリディーズ諸島のサマーアイルという孤島で行方不明になった少女ローワン・モリソンを探してほしいという匿名の手紙を受け取る。
ハウイーが飛行艇で向かった先で見たものは、島の領主サマーアイル卿(クリストファー・リー)のもとでキリスト教の普及以前のケルト的アニミズムが復活していた風景だった。
ウィカーマン
彼らは生まれ変わりを信じ、太陽を信仰し、子供たちに生殖と豊作を願うための性的なまじないを教え、大人たちは裸で性的な儀式に参加していた。
ハウイーは非常に厳格なキリスト教を信仰しているため、これらの風習に衝撃と嫌悪を隠せなかった。
宿では、主の娘のウィロー(ブリット・エクランド)が艶かしい踊りと歌でハウイーを誘惑し、彼を困らせる。
ウィカーマン2
「五月祭」の近づく中、島民は準備や儀式に忙しく、彼の捜査は進まない。
教師や役人も含め、島民は「ローワンという少女はここにはいない、最近死んだばかりだ」と口をそろえる。
ハウイーは島の権力者であるサマーアイル卿のもとへゆくが、そこで彼はサマーアイル島の物語を聞かされる。
サマーアイル卿の祖父の世代、凶作が続いたためにみんなでキリスト教を捨てて古代の宗教儀式に戻ったところ島は豊かになり、リンゴの名産地になれたという。
ハウイーは次第に、少女は人身御供として殺されたか、あるいはこれから殺されるのでは、との疑念を抱くようになる。ローワンが昨年の感謝祭の主役であったこと、凶作の年の五月祭は生贄が供えられることを知り、今年のリンゴの凶作のために去年の感謝祭の主役だった少女が五月祭で殺されることを確信する。
ハウイーは五月祭に混じり、祭りが始まり現れたローワンが生贄にされかけたところをハウイーは救うが島民に取り押さえられる。
ウィカーマン5
そこで真実が語られる。
生贄はローワンではなくハウイーであり、今までの全ては彼をこの島へ招きよせて生贄にするための罠だったことを明かす。
五月祭で燃やされる生贄は少女ではなく、童貞で、賢くかつ愚かな者でなければならず、しかも王の代理として自由意思で来なければならない。
ハウイーは信仰のために童貞であり、政府の警官=女王の代理として自ら島へやってきて罠にはまった、ということで生贄の条件を全て満たしたのである。
サマーアイル卿は島民たちの信仰の主宰者としてハウイーをウィッカーマンの中に閉じ込め、火を投じた。
ウィカーマン4
私はユニヴァーサル・ホラーが大好きで、イギリスのハマー・ホラーはあまり見ていませんが、ハマーの偉大な俳優クリストファー・リーのドラキュラは好きです。
この映画では領主を巧みに演じています。
とにかく映像も音楽も私好みです。
私の好きなシーン
1「ローワンの実家のお菓子屋におかれているケーキがすごく不気味」
2「ハウイーが泊まる宿屋のパブで全員が歌うとても卑猥な唄」
3「夜ハウイーが外に出るといたるところでセックスしている男女」
4「宿屋の娘がハウイーを誘惑するために壁を叩いて歌って踊る全裸の芸術的ダンス、素晴らしいの一言」
5「五月祭りの飾り付け(メイポール)で歌って踊る男の子たち」
6「教室で先生の質問に全員で男根と答える少女達」
7「ストーンヘンジで全裸で歌いながら聖なる火を飛び越える少女達」
ウィカーマン6
8「五月祭の仮装—少女に突進する人馬、動物のかぶり物、魚のかぶり物、女装、道化師、6人の騎士など」
9「火を放たれるウィッカーマン」
つまりほとんどすべてです。
見たくなるでしょう。
ウィカーマン3
長い間日本では公開されませんでした。
宿の娘ウィローのパフォーマンスを見るだけでも価値がある映画です。

8-2ウィジョヨクスモの花

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寺院の彫刻 その45(ガルーダ2)

PANATA077.jpg
今回は東南アジアのガルーダを見てみます。
東南アジアではガルーダはとても人気があり、ヒンドゥー教の寺院はもとより、仏教寺院にも取り入れられました。
先ずはカンボジアから見ていきましょう。
ROLUOSのPREA KO寺院(880年)の楣です。
ガルーダがナーガの花綱を掴んでいます。
1アジアガルーダ
  PREA KO寺院 880年
  アンコール王朝のごく初期の寺院
  ガルーダの楣は幾つか見られる
  この寺院の彫刻はとても細かい
  





アンコールの至宝BANTEAY SREI寺院(10世紀後半)の第一東塔門の彫刻です。
ガルーダの口からナーガが吐き出されています。
2アジアガルーダ
  BANTEAY SREI寺院 10世紀後半
  第一東塔門
  とても面白い意匠
  動物から次々と動物が吐き出される意匠は
  インドにも見られる











中央祠堂には鳥頭人身のガルーダの彫像が安置されています。
3アジアガルーダ
  BANTEAY SREI寺院 10世紀後半
  中央祠堂の基壇には門神として、ガルーダ、
  ナラシンハ、ハヌマン、ヤクシャの彫像が
  安置されている












この寺院の彫刻は厚肉彫りでとても精巧です。
ヴィシュヌに捧げられたPRASAT KRAVAN寺院(921年)の中央祠堂の壁面にはレンガに直接彫刻されたガルーダに乗るヴィシュヌ像があります。
4アジアガルーダ
  PRASAT KRAVAN寺院 921年
  5つの祠堂が一直線上に並んでいる
  楣にはガルーダに乗るヴィシュヌが彫られている












ANGKOR WAT寺院(12世紀初め)の第1回廊東面南側の壁面にはガルーダに乗るヴィシュヌが彫刻されています。
5アジアガルーダ
  ANGKOR WAT寺院 12世紀初め
  第1回廊内側のコーナーには面白い彫刻が
  彫られているが保存状態が極めて悪い












BANTEAY SAMRE寺院(12世紀)ではピラスターにナーガを引き裂くガルーダが彫刻されています。
6アジアガルーダ
  BANTEAY SAMRE寺院 12世紀
  ドアーフレイムの横にある付柱(ピラスター)の基部には
  色々な神話が彫られている













BANTEAY KDEI寺院(12世紀後半)のデヴァターの彫刻です。
上部にナーガを掴むガルーダが彫刻されています。
7アジアガルーダ
  BANTEAY KDEI寺院 12世紀後半
  壁龕に彫られたデヴァターの上部には植物文様や
  動物や神などが彫刻されている。











アンコールから東に128kmはなれたKOMPONG SVAYにある RREAH KHAN寺院(11〜13世紀)のPRASAT PREAH STUNGに頭が3つあるガルーダが彫刻されています。
8アジアガルーダ
  RREAH KHAN寺院 11〜13世紀
  アンコールトムの象のテラスにも同じ
  ようにガルーダが彫刻されているが頭は
  1つだけ
  足下のナーガが面白い





だいぶデフォルメされています。
アンコールから北に160kmはなれたBANTEAY CHMAR寺院(12世紀後半)の入口の前にあるテラスのナーガの欄干にとても美しいナーガに跨がるガルーダが彫刻されています。
9アジアガルーダ
  BANTEAY CHMAR寺院 12世紀後半
  クメール寺院に付属するテラスには必ず
  ナーガの欄干が付いている







ナーガの欄干はクメール彫刻の特徴の1つです。
BATTMBANGにあるPO VEAL寺院の倉庫にガルーダが彫刻されたとても不思議なヨニがあります。
10アジアガルーダ
  PO VEAL寺院
  バッタンバンの博物館が出来る前はここに
  すべて保存されていた
  リンガ(シヴァ神)の台座であるヨニに
  ガルーダが彫刻されていることは珍しい






プノンペンの国立博物館には入ってすぐの所に、KO KELから出土した立派なガルーダ像があります。
11アジアガルーダ
  プノンペン国立博物館
  KO KEL様式の彫像はとても大きい













中庭には左右にマカラ、中央にがガルーダのメダリオンが彫刻されたとても古い形式の楣が展示されています。
12アジアガルーダ
  プノンペン国立博物館
  両サイドにマカラを配し、中央に
  メダリオンの楣はとても古い形式







また個人蔵ですが10世紀前半のKO KEL様式の鳥頭人身の素晴らしいガルーダ像があります。
13アジアガルーダ
  個人蔵 10世紀前半
  塔形の宝冠、腰衣など素晴らしい
  眉の間には唐草、くちばしの両端にも文様
  












タイではPRASAT PHIMAI寺院(11〜12世紀)の尖塔西面にガルーダの彫刻があります。
上には方位神のヴァルナの彫刻です。
14アジアガルーダ
  PRASAT PHIMAI寺院 11〜12世紀
  








バンコクの国立博物館には8世紀のガルーダ像があります。
15アジアガルーダ
  バンコク国立博物館 8世紀
  とても優しい顔をしている
  










クメール帝国ではガルーダはとても好まれた様です。

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気になる話 その2(昆虫千手観音)

サンチ−2塔009
すべて昆虫で出来た千手観音像が群馬県板倉町公民館に展示されているという新聞記事を読みました。
どんなものか、いても立ってもいられずすぐに見に行きました。
1昆虫2
私は昆虫に興味があります。
私は千手観音に興味があります。
この像は稲村米治さんが、カブトムシ・オニムシ(クワガタ)・タマムシ・カナムシ・カナブン・カミキリムシなどの昆虫約2万匹を使用して6年がかりで作成した大作です。
稲村さんは鉄道会社で働いていて、週3回1昼夜の交代勤務ですが、家に帰って寝る時間を惜しんで虫を捕りにいきます。
戻ってみんなが寝る時間に虫に注射して脚を広げなければなりません。
そのため午前三時頃に終わっても6時には仕事に出るので寝る時間は
ほとんどなかったそうです。
稲村さんの家の近くは利根川と谷田川が流れていて虫は豊富にいたそうです。
まず始めに新田義貞像を作りました。
2昆虫1
1970年に10ヶ月掛けて金属棒や太い針金に水生植物のマコモを木綿テープで巻き付け人形を作りそこに針金やピンで虫を刺すと言う方法で五千匹を使用しました。
千手観音は同様の方法で1975年、6年がかりで作りました。
公民館は薄暗く右手のショウケースに入って展示されていました。
一瞬ギョッとしますがその迫力に圧倒されます。
近づいてみるとさらに圧倒されます。
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私は東京の真ん中で生まれたのでカブトムシやクワガタムシを捕まえたらそれは大騒ぎです。
特にタマムシが好きでたまに見かけてもとても高い所を飛んでいるので網が届きません。
捕まえたら一生の宝物です。
そんな貴重な甲虫を2万匹も捕まえたことが信じられません。
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そしてこのアイデアです。
モデルは唐招提寺金堂の千手観音だそうです。
それにしても素晴らしい顔立ちです。
一度見たら忘れられません。
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絶対B級国宝です。
貴重な文化財です。
稲村米治さんは飛鳥の仏師鞍作鳥、平安時代の仏師定朝、鎌倉時代の仏師運慶にも勝るとも劣りません。
残念ながらショウケースに入っているので光が反射して写真がよく撮れません。
ぜひ一度この偉大なる作品をご覧になることをお勧めします。

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音楽の話 その40(ジョージ・ハリスン)

ガンジーファ - 027
今回は1970年に発売された3枚組の「All Things Must Pass」です。
当時3枚組のロックアルバムはありませんでした。
何と5000円もしたのです。
ジョージ1
当時の私はジョンとポールでした。
ジョージごめんなさい。
しかし改めてジョージの曲を聞くととても良いのです。
「Don't Bother Me」「I Need You」「You Like Me Too Much」「If I Needed Someone」「Taxman」「Within You Without You」「Old Brown Shoe」「Something」「Here Comes The Sun」など素晴らしいソングライターなのです。
そして「All Things Must Pass」です。
まずジャケットが素晴らしい。
フライアー・パーク前の芝生でジョージが4体のノーム人形に囲まれて座っています。
ジョージもノームになり切っています。
撮影はボブ・ディランの写真で有名なバリー・ファインスタインです。
ジョージ2
2枚のアルバムと、Apple Jam”と呼ばれ、ジョージを中心としたジャム・セッションで構成されています。
まずはA面1曲目「I'd Have You Anytime」です。
とても幻想的な曲で特にエコーのかかった様な音の壁ウォールオブサウンドです。
古い人にはロネッツやライチャスブラザースでおなじみです。
名曲です。
2曲目は「My Sweet Lord」です。
クリシュナ好きにはたまりません。
シフォンズのHe's So Fineにそっくりですがそんなことは気になりません。
もちろん名曲です。
ちなみに歌詞のハリはクリシュナ神のもとの神ヴィシュヌ神を表す言葉で、ジョージ・ハリスンのハリに引っ掛けています(ラヴィ・シャンカール談)。
ジョージ3
「Wah-Wah」もウォールオブサウンド全開です。
壁が厚過ぎます。
A面最後は「Isn't It a Pity」もう最高です、名曲。
B面にします。
「What is Life」とてもポップな曲サビが良い。
2曲目はボブ・ディランの曲「If Not for You」ですがアレンジされてジョージの曲になっています。
「Behind That Locked Door」少しカントリーが入っています。
ほとんどカントリーか。
「Let It Down」ピアノとオルガンに程よくギターが入る曲で結構好きです。
B面最後の「Run of The Mill」も良い曲です。
ブラスがとても素敵です。
C面最初は「Beware of Darkness」すぐに鳥肌が立ちます、名曲です。
ジョージの歌い方がたまりません。
「Apple Scruffs」はディランの様なハーモニカで始まるジョージの弾き語りです。
コーラスが引き立てます。
ジョージの豪邸のもとの持ち主を歌った「Ballad of Sir Frankie Crisp」、「Awaiting on You All」はとても明るいポップナンバー 、最後はタイトル曲「All Things Must Pass」、もちろん名曲です。
老子の道徳経に影響されて作ったと言われています。
ジョージ5
D面1曲目は「I Dig Love」ピアノとベースで始まる不思議な曲。
「Art of Dying」クラプトンのギターをフィチャーしたアップテンポの曲、「Isn't It a Pity」が戻ってきます。
少し壁が薄くなってスローテンポです。
オルガンとコーラスが印象的です、名曲です。
最後の「Hear Me Lord」です。
とてもタイトで好感が持てます。
My Sweet Lordの続編の様な曲です。
三枚目のApple Jamは当時あまり聞いていなかったのですが、じっくり聞くとなかなか味わいのあるジャムセッションで今では考えられないメンバーの音が楽しめます。
ジョンの誕生日に贈ったクリフ・リチャードのCongraturationsの替え歌は楽しめます。
「Thanks for the Pepperoni」はノリノリです。
このアルバムはジョージの人柄に集まって来た人達です。
ジョージ4
ブライアン・エプスタインが「ジョージといると本当に心が休まる。
ジョンやポールと一緒のときのように、何かしなくちゃいけないというプレッシャーが全くない」と言っています。
ジョージの人柄や才能に憧れたミュージシャンが追悼コンサートにあつまりました。
「CONCERT FOR GEORGE」は素晴らしいDVDです。

8-2ウィジョヨクスモの花
                                                       
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