寺院の彫刻 その33(ラーマ6)

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第3巻 アラニヤ・カーンダ(森林の巻−2)
妹を傷つけられて怒ったラーヴァナはマーリーチャと共に空飛ぶ戦車(プシュパカ)に乗ってラーマのいる森へ向かった。
作戦は魔術が得意なマーリーチャが黄金の鹿に化けてラーマを誘い出している間にシーターをさらう計画であった。

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シーターのそばにはラクシュマナがいつもいるため近づけない。
先ずはマーリーチャがラーマを誘い出す。

南インドのVIJAYANAGARAのRAMACHANDRA寺院です。
上段です。庵の中にラーマとシーター、外に黄金の鹿です。ラーマに鹿を捕って来てとせがみます。
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シーターとラクシュマナを残しラーマは鹿を捕りに行きます。
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ラーマを鹿を見つけ弓を射ます。
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そこでラーマの矢を受けて倒れたマーリーチャがラーマの声で断末魔の叫びをあげたので驚いたラクシュマナは、家のまわりに結界を作ってシーターに、ここから絶対に出るなと言い残してラーマの声のする方へ飛んでいった。
カンボジア アンコールにあるパブーオン寺院です。
ラーマが黄金の鹿(マーリーチャ)に矢を射ました。マーリーチャは断末魔の叫び声をあげる。
6バプーオン黄金のシカ
南インド HANGALのTARAKESHVARA寺院です。黄金の鹿から飛び出るマーリーチャ。
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ジャワ島のLOROJONGGRANG寺院群のC.SIVA寺院のパネルです。
左はシーターとラクシュマナ、右は黄金の鹿に矢を射るラーマ。
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南インドPATTADAKALのPAPANATHA寺院の壁龕の彫刻です。
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南インドのVIJAYANAGARAのVITHALA寺院の彫刻です。
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ラーヴァナは家に近づくと結界が張られているのに気づき、サドゥ(乞食行者)に化けて「食べ物をください」と声をかけた。
img053ラーヴァナが庵に来る
南インドのVIJAYANAGARAのRAMACHANDRA寺院です。
上段。シーターとサドゥに化けたラーヴァナ。
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敬虔なシーターはサドゥに供養しようと食べ物を持って自ら結界を破ってしまった。
その瞬間ラーヴァナはシーターを捕らえプシュパカに押し込んだ。
ラーマの友禿鷹ジャターユがシーターの悲鳴を聞いて駆けつけ、ラーヴァナと壮絶な空中戦を繰り広げるが力つきて敗れてしまう。

南インドのホイサラ朝寺院KESHAVA寺院の基壇の彫刻です。ラーヴァナとジャターユです。
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ジャワ島のLOROJONGGRANG寺院群のC.SIVA寺院のパネルです。左はシーターを誘拐するサドゥのラーヴァナ。右はプシュパカに乗ってシーターを連れ去るラーヴァナ。
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南インドKUKKUNURのNAVARINGA寺院です。ラーヴァナとジャターユ。
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南インドPATTADAKALのPAPANATHA寺院です。ラーヴァナとジャターユ。
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カンボジアANGKORのBANTEAY SAMRE寺院のピラスターの彫刻です。シーターとラーヴァナ。
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南インドPATTADAKALのVIRUPAKSHA寺院の壁龕です。ジャターユとラーヴァナです。
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悲鳴を聞きつけラーマとラクシュマナがもどりラーヴァナに騙された事を知るが、シーターはすでに連れ去られたあと、すぐに捜索のたびにでる。
手がかりが少ないのが悩みだったがガバンダという森の怪物から、バムパー湖の傍らに棲む猿の王スグリーヴァを訪ねてみろという助言を得る事が出来、二人は猿の国へと急いだ。


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音楽の話 その27(クラシックス4)

ガンジーファ - 042

1970年代の始め、よく聴いていたグループにDennis Yost&Classics IVがあります。
ある嵐の日、私は友人のペントハウスの様な2階の部屋でレコードを聴いていました。
その中に「ストーミー」というシングル盤があり、その日の雰囲気にぴったりだと思いかけてみました。
クラシックス4
ブルージーで大好きなメロディラインです。
サックスの間奏もぴったりでした。
その部屋から庭が見えます。
庭は適度に荒れていてオブジェの肖像が朽ち果てていました。
雑草の中に月見草が沢山生えていて、強風に耐えています。
大きな鈴懸の木があり、ざわついています。
とても感傷的な気分になり、窓を開け「ストーミー」を聞きながら明るくなるまで庭を眺めていました。
「ストーミー」は私に強烈な印象を与えました。
すぐにレコード店へ行きLP「ソングブック」を買いました。
クラシックス42
美しいメロディーの曲ばかりです。
メンバーはデニス・ヨースト(vo)、ジェイムス・コッブ(g)、ウォルター・イートン(g)、ジョー・ウィルソン(k)、キム・ヴェルブル(ds)とプロデューサーのバディ・ビューイーです。
そしてこの美しいメロディラインを作るのがジェイムス・コッブとバディ・ビューイーです。
クラシックス44
この二人はバンド解散後アトランタ・リズム・セクションを結成するのです。
印象的なサックスはマイク・シャープです。
デニス・ヨーストは日本の演歌歌手みたいな人で、声も良いし歌もうまいのでホワイトカラーお気に入りです。
そもそもClassics IVはインストゥルメンタル・グループでしたがデニス・ヨーストがボーカルになってスプーキーがヒットしました。
彼らはロックというよりポップな曲を得意としていました。
カバーが恋はフェニックスやイパネマの娘などです。
少しずつジェイムス・コッブとバディ・ビューイーの曲が出来てきます。
彼らは音楽を熟知していて素晴らしいメロディラインを作り、心憎い演出をします。
「ソングブック」に駄作はありません。

Ωベストアルバム 「ソングブック」

8-2ウィジョヨクスモの花


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映画の話 その24(突然炎のごとく)

60ジュムバワン
今回はフランソワ・トリュフォー監督の「突然炎のごとく」です。
このタイトルを聞くと友人の姉を思い出します。
大学時代親しくなった友人は地方から出てきて姉と二人暮らしでした。
彼の姉はとても魅力的な人で部屋には大きな作り付けの本棚があり、沢山の蔵書がありました。
ある日訪れると友人は留守で、姉と本の話をしました。
ロレンス・ダレルの「アレキサンドリアカルテット」の話で盛り上がり、アンリ=ピエール・ロシェの「ジュールとジム」、ボリス・ヴィアンの「日々の泡」をぜひ読むように教えてくれ、わたしはジョン・ファウルズの「魔術師」を薦めました。
特にロシェの「ジュールとジム 突然炎のごとく」は映画にもなっているので機会があったら絶対見るようにと薦めてくれました。
彼女はジャンヌ・モローの大ファンで映画の様な水兵さんの格好で外出するのを見たことがあります。
だいぶたってから何処かの名画座でトリュフォー特集をしていたので見ました。
突然炎のごとく1
ジュールとジムはモンパルナスで知り合い親友になります。
あるとき幻灯でアドリア海の島の写真に映った女の顔の彫像に魅了され、アドリア海まで行きます。
あるとき二人はアドリア海の彫像にそっくりなカトリーヌに出会い、二人とも恋に落ちます。
カトリーヌは自由奔放な女性で、男装して町に出たり、二人がかまってくれないと、セーヌ川に飛び込んだりします。
このときの3人のシーンがとても素敵で、この映画のハイライトです。
突然炎のごとく2
やがて戦争が始まりオーストリア人のジュールとフランス人のジムはそれぞれ祖国の軍人として参加します。
その後ジュールはカトリーヌと結婚し6歳の女の子の父親になります。
ジムはジュールの住むライン川の山小屋を訪れ、二人の結婚生活が上手く行ってないことを知ります。
ジュールはジムにカトリーヌと結婚して自分もそばにおいてくれと頼みます。
そうして3人の奇妙な共同生活が始まりますが、すぐカトリーヌにギター弾きの愛人がいることがわかり、ジムはパリに帰ります。
突然炎のごとく3
数ヶ月後、映画館で偶然再会した三人はカフェにジュールを残しカトリーヌの車にジムを乗せてドライブします。
そして取り残されたジュールの目の前で車は壊れた橋から転落します。
ジュールは2つの棺を火葬場に運ばせ、2人の遺灰を混ぜて埋葬するのでした。
この映画はジャンヌ・モローがすべてです。彼女の魅力で成り立っています。
シャンソン「つむじ風」を歌うシーンも素敵です。 
名監督フランソワ・トリュフォーによるジャンヌ・モローのプロモーション映画です。
そして舞台は1920〜30年のパリ。文句のつけようがありません。
素敵な友達のお姉さんはどうしているかな。

8-2ウィジョヨクスモの花

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寺院の彫刻 その32(ラーマ5)

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第3巻 アラニヤ・カーンダ(森林の巻)
追放になった3人は深い森に分け入り、山の麓を回ったりしてダンダカーの森に山小屋を造って暮らしていた。

森に入る
森の生活
ラーマは鳥王ジャターユと親交を結び、苦行者たちを悩ます人食い巨人ヴィラーダ等の悪魔や猛獣を退治したりして暮らしていた。
タイのクメール寺院 PRASAT PHANOM RUNGの破風の彫刻です。
巨人ヴィラーダを退治するラーマとラクシュマナです。
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ジャワ島のLOROJONGGRANG寺院群のC.SIVA寺院のパネルです。
巨人ヴィラーダを退治するラーマです。
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同じくC.SIVAのパネルです。
ラーマが怪鳥を退治しています。
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同じくC.SIVAのパネルです。
ラーマはお腹に顔があるカバンダを退治しています。
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南インドのVIJAYANAGARAのRAMACHANDRA寺院です。
ラーマはお腹に顔があるカバンダを退治しています。
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南インドのKESHAVA寺院の基壇の彫刻です。
ラーマがヴィラーダを退治しています。
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あるときランカーの魔王ラーヴァナの一族がこの森に侵入して来た。
大将はカーラとドゥシャナとラーヴァナの妹シュールパナカーで動物や鳥をむさぼり食っていた。
シュールパナカーは沐浴をしているラーマを見て一目惚れした。
シュールパナカーは魔法を使って美しい少女に化けラーマに近づいたが、拒絶された。
頭に来たシュールパナカーはシーターに襲いかかった。
ラクシュマナはシーターを守り、シュールパナカーの鼻と耳を切り落とした。

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中央インドの DASHAVATARA寺院(6世紀)の基壇の彫刻です。
中央にシーター左にラーマ、右にシュールパナカーの頭を押さえつけているラクシュマナです。
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南インドのKESHAVA寺院の基壇の彫刻です。
右端にシュールパナカーの鼻を削ぎ落すラクシュマナ。
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カーラとドゥシャナはこれを見て沢山の家来を引き連れてラーマとラクシュマナを襲ったが、彼らの矢を受けて全滅した。
一時森には以前の平和がもどった。
シュールパナカーはランカーに逃げ帰り、兄のラーヴァナに悪魔の軍勢がラーマ達によって全滅され、自分も鼻と耳を切り落とされたことを報告をした。


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南インドPATTADAKALのPAPANATHA寺院の壁龕の彫刻です。
兄ラーヴァナに鼻と耳を切り落とされたことを報告するシュールパナカー。
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そしてシーターがラーヴァナの妻マンドダリより美しいと焚き付けた。
妹を傷つけられ復讐を誓ったラーヴァナはシーターを見るためにもダンダカーの森に向かった。


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音楽の話 その26(ムーディ ブルース)

ガンジーファ - 043
当時ロックは色々なジャンルの音楽と接触を試みていました。
ムーディブルースはR&Bを演奏していましたがクラシックとの融合を試み、このアルバム「DAYS OF FUTUR PASSED」が誕生しました。
朝から晩までの一日の時間の流れを題材にしたトータルアルバムです。
ムーディブルース
A面に針を落とすとロンドン・フェスティバル・オーケストラによるオヴァーチェアー「The Day Begins」です。この時点でサテンの夜のメロディーの美しさを再認識します。
ここでナレーションが入ります。
これがイギリス的でまた良いのです。
曲を引き締めます。
つづいて「Dawn」に入ると周囲が次第に白々明けてきます。
ドラムが入りジャスティン・ヘイワードのボーカルで「Dawn Is A Feeling」がはじまります。
よいですね。
「The Morning」明るくなりました。
朝です。
「Another Morning」は明るく楽しい曲です。
ムーディブルーズ4
「Lunch break」で演奏する「Peak Hour」はテンポが変わったり元気一杯の曲です。
続いて「The Afternoon」は前奏のオーケストラ抜きでいきなり始まります。
メロトロンが美しい名曲です。
「Evening」も前奏無しで始まります。
そして「The night」で「Nights In Wight Satinーサテンの夜」です。
ムーディブルース5
すごく渋いブルースナンバーですがクラシカルで複雑な展開になっていきます。
間奏部分のフルートとベースラインが印象的です。
ジャスティン・ヘイワードの作曲能力は大変なものです。
ロックとクラシックを融合させるとどうなるか、という回答を見事に出しました。
おそらく今制作してもこのような形になると思います。
ロンドン・フェスティバル・オーケストラも本気で演奏している様です。
一枚のアルバムとして素晴らしい曲と演奏が詰まった傑作です。

Ωベストアルバム  「DAYS OF FUTUR PASSED」

8-2ウィジョヨクスモの花


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旅の話 その3(コロニアルホテル3)

サンチ−2塔006
東南アジアのコロニアルホテルのお話をします。
ラングーン(ヤンゴン)のストランドホテル(THE STRARAND YANGON 1910年開業)には間に合いました。
当時ミャンマーの個人旅行はなかなか難しいのでツアーで行きました。
たまたまヤンゴンではストランドホテルに宿泊です。
ストラッド
外国人が泊まるホテルはここしかなかったのです。
チークを多用した重厚な内装、高い天井、その天井で優雅に廻る扇風機、昔の手動のエレベーター、全て映画のセットの様です。
しかし長年の間に痛みがひどくなっています。
部屋もとても広いが当然のごとく床が少し傾いています。
ストラッド2
次に個人旅行で行った時にはリニューアルされ、あまりに高額の料金で泊まれませんでした。
シンガポールのラッフルズ(RAFFLES HOTEL SINGAPORE 1887年開業)も間に合いました。
入り口にシーク教徒の様なドアマンがいて気分が盛り上がります。
ここはコロニアルホテルの典型で,廊下もオープン、部屋も広くインテリアも最高ですが、床のゆがみは致し方ありません。
ラッフルズ
回廊から眺める中庭は小さなプールもあってとても手入れが行き届いています。
廊下にはところどころエマニエル夫人が座る籐のイスが置いてあります。
モームに習って、ロングバーでシンガポールスリングを飲みます。
ここもリニューアルに入りました。
ラッフルズ2
タイではオリエンタルホテル(MANDARIN ORIENTAL BANGKOK)に泊まりましたが残念ながら新館の普通の部屋でした。
しかしサービスは素晴らしく従業員はゲストの名前とルームナンバーを覚えます。
何気なくエレベーターに乗ると挨拶し部屋の階のボタンを押してくれます。
これが世界のサービスです。
インドネシアジャワ島のスラバヤにあるホテルマジャパピ(HOTEL MAJAPAHIT SURABAYA 1910開業)には間に合いませんでした。
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まだリニューアルしたばかりのピカピカのホテルに泊まりました。
写真で見た以前の状態に忠実に再現してあるように思われました。
本当のコロニアルホテルです。
east java009
特に庭が素晴らしく背の高いヤシとコリドーが印象的です。
カンボジアではプノンペンのホテル レ ロイヤル(RAFFLES HOTEL LE ROYAL)は休館して泊まることは出来ませんでした。
シェムレアップにあるグランドホテル(RAFFLES GRAND HOTEL D’ANGKOR 1935年開業)もホテルとしては泊まることが出来ませんでしたがレストランだけは営業していました。
アンコール遺跡を見学して汗だくでレストランへ行くと入り口で冷たいおしぼりを出してくれたことを思い出します。
当時は最高級のホテルでしたが長引く内戦でぼろぼろになってしまいました。
グランドホテル
しかしアンコール遺跡を見学するためにはこのホテルは不可欠です。
その後ホテルも営業再開したので、旅行社の知人がこのホテルに滞在するツアーを企画してそれに参加しました。
シャーワーは水だけでそれも断水します。
トイレの便座はありません。
しょっちゅう停電になり、エアコンも使えません。
ソファーはボロボロで、ベットのスプリングは散々です。
ホテルの従業員はほとんど素人で制服はつぎはぎだらけです。
でも窓からアンコールワットの尖塔が見えるこのホテルが一番好きです。
グランドホテル2
このホテルもリニューアルされ最高級ホテルに生まれ変わりました。
早朝ソ連製のおんぼろバスで誰もいない、アンコールワットやバイヨンに行ったことが夢の様です。
べトナムのサイゴンはプチパリと呼ばれとても綺麗な町でした。
古いホテルも沢山ありましたが内戦でボロボロになってしまいました。
今はほとんどリニューアルされています。
私が初めて泊まったホテルはドップラックホテル(カラヴェルCARAVELLE HOTELE 1959年開業)でドンコイ通りの角にありました。
ロケーションはとても良いのですが、特にクラシックではないし特徴のあるホテルではありません。
窓からドンコイ通りの並木と商店が見え、シエスタの時間になると誰も通らなくなります。
コンチネンタルサイゴン(HOTEL CONTINENTAL SAIGON 1880年開業)は市民劇場の隣にあり、当時はリニューアルのため休業していました。
従って一番早くリニューアルしたホテルで内装やベランダが歴史を感じさせます。
宿泊したホテルで一番良かったのはマジェスティックホテル(HOTEL MAJESTIC 1925年開業)です。
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サイゴン川に面してドンコイ通りの突き当たりにあるとても素敵な建物です。
作家の開高健もここに泊まっていました。
ロケーションが抜群でここに泊まり、目の前のサイゴン川をクルーズするのが最高です(川は汚れていますが)。クルーズで茹でた河エビ、揚げ春巻き、鳩のロースト、蛙 のフライ、腎臓と椎茸の炒め物、空芯菜のオイスター炒めなど、川風にふかれながら食べます。
至福の一時です。
ハノイではソフィテル メトロポール ハノイ(1901年開業)が有名ですがホアビンホテル(HOA BINH HOTEL 1926年開業)に泊まります。
ホアビン2
とてもフレンドリーなこじんまりしたホテルで階段が素晴らしい。
この階段を見るだけで泊まる価値があります。
ホアビン
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ロケーションもとても良く、地下にマッサージがあるのが嬉しいです。
フエではレジデンス(LA RESIDENCE HUE)に泊まりました。
かつてフランス統治時代の総督の邸宅であった建物は丹念に改装され、豪奢な造りと雰囲気はそのままに、他に例を見ない独特の美しさをたたえるホテルに改築されました。
レジデンス
1930年代に人気を博したアールデコ様式がホテルのいたるところ見受けられ、その昔の雰囲気を今に伝えています。
レジデンス2
ロケーションもフォン川沿いに位置して申し分ありません。
庭の美しさに感激です。
ホイアンでは町中にある昔の町家風ホテル(築200年)のビンフンホテルに泊まりました。
ホイアン033
2階の通りに面した良い部屋で古いどっしりした家具がすばらしいホテルです。
天井は低いですが友人のお宅に泊めてもらった感じです。ベランダから外を眺めているととても楽しく飽きません。
ホイアンの人々の生活が垣間見られます。早起きをして町を散策するのがおすすめです。
東南アジアではラオスを始め、新しいホテルを建てるより、王族や、外国人の別荘をリニューアルしてコロニアルなプチホテルにすることが流行っている様です。
この方が景観も雰囲気も良いと思います。
さて次はどこのホテルに行きましょうか。

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映画の話 その23(2001年宇宙の旅)

58マエソスロ
当時「2001年見た?」というのが挨拶代わりになっていました。
劇場はテアトル東京で70mmでした。
初めて経験する本格的宇宙映画です。
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開演のブザーとともに館内は暗くなりドキドキワクワクします。
スクリーンは真っ暗ですが少し音声は聞こえます。
そして「ツァラトゥストラはかく語りき」が始まり、スクリーンは太陽と木星と惑星が一直線に並んで日食状態から太陽が現れます。
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もうすでに気分はマックスに達します。
次のシーンはまだ人類が猿人だったころの荒野です。ここに主人公たるモノリスが立っています。
不思議そうに集まる猿人、その中の一匹(1人)がモノリスの影響で動物の骨を武器として使います。
勝ち誇った猿人がその骨を空に向かって投げるとなんとその骨は宇宙船になってしまう名場面です。
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そして宇宙船は月に調査に向かっているのです。
見たこともない特殊撮影です。
目的は月にあるモノリスです。
調査中にモノリスは木星に信号を発し知的生物体が月に到着したことを知らせます。
ここまでがプロローグの様なものです。
ここからが主題の木星探査です。
謎の信号を調査するため、デイビッド・ボウマン、フランク・プールら五名(残りの三名は出発前から人工冬眠中)が宇宙船ディスカバリー号に乗り組み木星へ向かいます。
すべてを管理しているのがHAL9000というスーパーコンピューターです。
HALが反乱を起こします。
HALの異常を感じたボウマンとプールはHALの電源回路を切断しようとします。
その事を感知したHALはプールを殺害します。
また人工冬眠中の3人も殺害します。ボウマンは何とかHALの電源回路を切断します。
HALは木星探査の任務と乗組員には報告していない密かに与えられたモノリス探査の任務の矛盾で異常を来したと言うことです。
ボウマンはフロイド博士のビデオメッセージにより、月面のモノリスの存在と木星探査の真の目的を知りました。
ボウマン船長は船外活動ポッドに乗り込み木星の軌道上で発見したモノリスを調査に行きます。
そのとき光の渦(スターゲート)の中に引き込まれてしまいます。
このスターゲートがとてもサイケデリックで評判でした。
次のシーンは真っ白い部屋に船外活動ポッドごと現れます。
ボウマンはどんどん歳を取っていき、最後は臨終寸前のボウマンが真っ白い部屋のベッドに横たわっています。
そこにモノリスがあらわれ、ボウマンは胎児になり宇宙を漂います。
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おそらくインドの「リグ・ヴェーダ」で言う「黄金の胎児ーヒラニヤガルバ」でしょう。
太初に現れ万有の唯一なる主宰者となり世界を創造する胎児です。
そこでエンドクレジットです。
アーサー・C・クラークとスタンリー・キューブリックの作ったこのSF映画は時代が経っても不滅です。

8-2ウィジョヨクスモの花

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寺院の彫刻 その31(ラーマ4)

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第2巻 アヨーディヤ・カーンダ(アヨーディヤの巻)
ダシャラタ王の妃カイケーイーにはマンタラーという侍女がいた。
ラーマの即位を知ったマンタラーは妃にラーマ王子への猜疑心を起こさせ、ダシャラタ王にラーマを14年間ダンダカの森に追放し、バラタ王子の即位を願うように説得した(ダシャラタ王はカイケーイー妃にどんな願いでも2つまで叶えることを約束したことがあった)。
かつてダシャラタ王はダンダカの森でインドラ神を助けてアスラ族と戦ったことがあった。
このときカイケーイーはダシャラタ王にお供して戦場について行った。
そして戦いで王が傷ついて倒れると、カイケーイーは王を戦場から運び出し、王の命を救った。
ダシャラタ王はこれに感謝し、妃に2つの願いを叶えると約束した。
しかしカイケーイーはその場で願いを言わず、またその約束もすぐ忘れてしまった。
マンタラーはこの約束を持ち出しバラタ王子を即位させ、ラーマを追放させる事を迫った。

南インドのVIJAYANAGARAのRAMACHANDRA寺院です。
下の彫刻は、マンタラーがカイケーイー妃に猜疑心を起こさせるように進言しているところです。
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同じくカイケーイー妃がダシャラタ王に約束を迫っている所です。
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ラーマはこの願いを快く受け入れ、シーター、ラクシュマナを伴って王宮を出て、先住民ニシャーダ族の王グハのあやつる舟でガンガーを渡る。
アヨーディヤ1
アヨーディヤ2
最愛の息子ラーマに去られたダシャラタ王は悲しみのあまり衰弱死してしまう。
アヨーディヤ3
アヨーディヤ4
アヨーディヤ5
母の故郷ケーカヤ国に大使として赴任していたバラタがコーサラ国に呼び戻され、王家の師ヴァシシュタ仙から王位につくよう論される。
しかしバラタはそれを拒否し、兄を追って森に行き、ラーマに「私が変わって追放刑を受けます。兄さんは国に帰って王位に就いてください」と懇願する。
ラーマは「追放されたのはあくまでも私であって、お前ではない」と拒否した。
バラタはラーマのサンダルを持ち帰り、それを玉座に安置し、自分はラーマの代理として政治をとる事にした。

インドネシア 中部ジャワのLOROJONGGRANG寺院群チャンディシヴァの回廊です。バラタ王子の即位を喜んでいるカイケーイー妃たちです。

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南インドのVIJAYANAGARAのRAMACHANDRA寺院です。バラタはラーマのサンダルを持ち帰り、それを玉座に安置している所です。
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