音楽の話 その25(トラフィック)

ガンジーファ - 044
The Spencer Davis Groupを脱退した天才少年スティーヴ・ウィンウッドがデイヴ・メイソン(g)、ジム・キャパルディ(ds)、クリス・ウッド(sax、fl)の3人を集め結成したバンドがトラフィックです。
4人は南部の田舎町バークシャーにコテージを借り、半年間にわたり共同生活をしながらリハーサルを続けます。
1作目のアルバム「ミスター・ファンタジー」は衝撃的でした。
トラフィック
「Heaven Is in Your Mind」はもっとも好きな曲の一つです。
針を落とすとクリス・ウッドのサックスです。鳥肌モノです。
そしてスティーヴ・ウィンウッドのあの声です。
「Berkshire Poppies」はイギリスぽくてとても楽しい曲です。
イギリス版マザースみたいです。
「House for Everyone」この曲もクリス・ウッドのサックスが最高です。
「No Face, No Name, and No Number」とてもメロディアスな哀愁を帯びた曲です。
控えめなメロトロンとフルートがベストマッチです。
とても黒っぽい「Dear Mr. Fantasy」不思議な曲「Dealer」シタールを使った「Utterly Simple」アルクーパーもカバーしている「Coloured Rain」ここでもクリス・ウッドのサックスが素敵です。
トラフィック4
トラフックらしい「Hope I Never Find Me There」ジェスロ・タルみたいなクリス・ウッドのフルートととてもかっこいいジム・キャパルディのドラムの「Giving To You」、まさに音楽の玉手箱です。
セカンドアルバム「Traffic」は全体的にタイトなロックになりました。
トラフィック2
ジミーミラーのプロデュースの影響でしょうか。
デイヴ・メイソンが表に出てきてクリス・ウッドが引っ込みます。
デイヴ・メイソンの影響でアメリカンロック(特にカントリー)色が強くなった気がします。
ソウルとブリティシュトラッドが薄れた気がします。
デイヴ・メイソンは「Feelin' Alright?」ばかりでなく「Cryin' to be Heard」の様な曲も作ります。
3枚目の「John Barleycorn Must Die」は大好きなアルバムです。
トラフィック3
アルバムジャケットも渋くてぴったりです。
「Glad」は名曲です。
ピアノ、オルガン、サックスたまりません。
つづく「Freedom Rider」クリス・ウッド大活躍です。
「Empty Pages」まで一気に突っ走ります。
「Stranger To Himself」ではスティーヴ・ウィンウッドのギターが堪能出来ます。
タイトルの「John Barleycorn(大麦太郎)」はブリティシュトラッドの曲でヴォーカルとフルートが醸し出す雰囲気が渋くて素敵です。
「Every Mothers Son」は3人の実力が解る佳作です。
このアルバムはアルバムジャケットが表しているとおり、渋くてイギリスの香りプンプンの名盤です。
トラフィック5

There was three kings into the east,

Three kings both great and high,

And they hae sworn a solemn oath

John Barleycorn should die.


Ωベストアルバム 「MR.FANTASY」
 大麦太郎も捨て難い

8-2ウィジョヨクスモの花


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旅の話 その2(コロニアルホテル2)

サンチ−2塔003
コロニアルホテルではありませんが、インドのホテルを語る上でムンバイのタージマハル・ホテル(TAJ MAHAL PALACE&TOWER)は外せません。
タージ3
インドの近代工業の父でタタ・グループの創始者でもあるジャムセットジ・タタは、ムンバイ(旧ボンベイ)の当時最大のホテルだったワトソンズ・ホテルに入ろうとして白人専用であることを理由に宿泊を断られました。
これに怒ってもっと豪華なホテルをインド人の手でつくろうとインド人建築家を使って、1903年にタージマハル ホテルを開業しました。
私が大好きなイタリアの作家アントニオ・タブッキの「インド夜想曲」の主人公と同じ所に泊まってみようと思い、オールドウイングのインド門が見える部屋をリクエストしましたが、取れずセミスイートにしてくれました。
ぜひインド門が見える同じ部屋に泊まりたく、次の旅行で目的を達成しました。
タージ
ここは別世界で外は40度に近いのにロビーは22〜24度、したがって利用客はスーツやワイシャツにネクタイです。
館内ではビジネスマンが当時まだ珍しい携帯電話をかけまくっています。
そんな中、ゴアから来たとは言え、汗だくのTシャツに半ズボン、サンダルでチェックインしたときの恥ずかしさは言葉では言い表せません。
どこをとっても絵になるホテルです。
デリーではTHE IMPERIAL NEW DELHIのリニューアル前に何とか間に合いました。
インペリアル
1931年開業のコロニアルなホテルで部屋もそんなにぼろぼろではありません。
都会の中のオアシスと言う雰囲気です。
当時日本人の観光客がよく利用したホテルです。
インドで一番有名なリゾートホテルはウダイプルのレイクパレスでしょう。
レイクパレス
1743〜46年にジャガト・シングが避暑地、ジャグニワース宮殿として建て、後にバグワッド・シングがウダイプル初の高級宮殿ホテルに改装し現在はタージ系です。
私が泊まったときはリニューアル前でだいぶくたびれていましたがこの雰囲気はここだけのものです。
とにかく風が気持ちよかった。
レイクパレス3
カルカッタ(コルカタ)のGREAT EASTERN HOTEL(1840年開業)にも幸運なことにぎりぎりセーフでした。
どうしても泊まりたかったのです。
GREAT EASTERN HOTEL
GREAT EASTERN
もうボロボロで宿泊客は2〜3組の様です。
驚かされるのが館内の暗さです。
GREAT EASTERN2
部屋までが迷路を歩いている様です。
部屋は広く天井は高いです。
GREAT EASTERN3
レストランはインド料理のレストランのみで従業員がみんなでテレビを見ています。
最高の雰囲気です。
味は普通でした。
翌日は早朝の出発だったので朝食はランチボックスにしてもらいました。
電車の中で食べたのですが絶品のチキンサンドでした。
本当に泊まれて良かったと思います。
次の年には営業停止でリニューアルに入ってしまったからです。
その他のコロニアルホテルはオリッサ州のプリーにある(あった?)S.E.RAILWAY HOTEL(1922年開業)です。
聖地プリーの海岸に立つ素晴らしいホテルです。
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本当のコロニアルホテルで長い廊下はフレンチウィンドウの鎧戸が続きます。
SERAILWAY2.jpg
部屋の前には籐の長椅子が置いてあり、窓から海岸が眺められます。
早朝と午後にティーブレイクがあり紅茶とぱさぱさのサンドウィッチを鉄道の制服姿のおじいさんが運んできます。
この長椅子に座り紅茶を飲んでいると窓から海風が入ってきてとても良い気分になります。
SERAILWAY3.jpg
もちろんここのレストランで夕食です。
コンチネンタルディナーしかなくメインは魚のムニエルで、スープとサラダとパン、デザート、コーヒーがついています。
とても広いダイニングに客はもう一組インド人家族だけです。
最高の雰囲気です。
本当にここに泊まって良かったと思いました。
夜中に嵐が来て海上に雷が沢山落ちました。その美しかったこと,ずうっと見ていました。
スリランカにも歴史の詰まったコロニアルホテルがあります。
その一つがコロンボのゴールフェイスホテル(GALLE FACE HOTEL 1864年開業)です。
ゴールフェイス5
ここもギリギリ間に合いました。
インド洋に面したゴールフェイスグリーンの目の前にたたずむ姿は歴史を感じさせます。
ゴールフェイス
ここで一番のおすすめはオープンエアーのベランダレストランでインド洋からの風が最高の気分にさせてくれます。
高齢のウエィターに白の制服がとても似合います。
ゴールフェイス4
歴史の三角地帯と言われる古都、アヌラーダプラとポロンナルワにもあります。
私の遺跡の旅は遺跡に近いホテルが最優先されると言いましたが、この2つのコロニアルホテルは遺跡公園内に建っているのです。
泊まらない手はありません。
アヌラーダプラにはTISSAWEWA REST HOUSE (1916 年開業)があります。
ANURADHAPURA,TISSAWEWA REST
ポロンナルワにはPOLONNARUWA REST HOUSE(1870 年開業)があります。
POLONNARUWA,REST2
両方とも国営なのでサービスは期待出来ません。
設備もぼろぼろですが歴史があります。
なんとエリザベス女王が泊まったのです。
ここも近年リニューアルされました。
紅茶で有名なヌワラエリアにも歴史のあるコロニアルホテルがあります。
グランドホテル(THE GRAND HOTEL NUWARAERIYA 1891開業)は1830年から1850年の間、スリランカの知事だったサー·エドワード·バーンズの元邸宅です。
グランドホテル
ここは高地で大変涼しくとても可愛い部屋にはマントルピースが設置されています。
夜寒かったので暖炉をつけてとお願いしたら、電気ストーブを持ってきてくれました。
グランドホテル2
ビリヤード室や図書室もありとても優雅です。
ここもリニューアルされました。
近くにハッガラ植物園があります。
ここは1861年にマラリアに対する特効薬であるキニーネを採るためのキナノキの栽培地であったものが始まりで、1884年に現在のような植物園になった歴史のある植物園です。
ぜひ訪れることをお薦めします。
次回は東南アジアのコロニアルホテルです。

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映画の話 その22(モア)

57アンゴド
バルベ・シュローダー(色々な発音がある)監督、音楽ピンクフロイドの「モア」はとても印象深い映画です。
映画を見る前から映画のサウンドトラック「モア」を聞いていたからです。
通算3枚目のこのアルバムは天才シド・バレットが退団した後、バンドの方向性を見つけるため,色々なジャンルの音楽を取り入れています。
モア5
私は毎日友人とアルバムを聴きながらどのような場面でどのように使われるか話し合っていました。
場所はスペインのイビサ島でドラッグに溺れてゆく若者の映画、位しか情報はありませんでした。
イビサ島は当時、タイのプーケット,インドのゴア,ネパールのカトマンドゥと並んでヒッピーが集まる土地でした。
日本でも公開されることが決まり、初日のロードショウに出かけました。
満を持して開演を待ちます。
オープニングは主人公ステファン(Klaus Grunbarg)がパリへヒッチハイクするシーンから始まります。
雨の中で車に手を上げるステファン,ここでメインテーマが流れます。
パリに着き、カフェでトランプ賭博をしている時に「ナイルの唄」です。
最初から私達のイメージは裏切られます。
パーティーで知り合った不思議な女性エステル(Mimsy Farmer)のアパート(ホテル)へ行きます。
確かまだ明るい時間でパリのど真ん中だったと思います。
そこで彼女はレコードをかけると「シンバライン」が流れてきます。
なんなんだ!「シンバライン」はイビサで夕日を見ながら流れるのではと勝手に想像していました。
しかしこの場面での「シンバライン」の方が素敵です。
なんと置いてあるレコードジャケットの中に私の大好きなB.S.T.の「子供は人類の父である」を見つけた時には思わずニヤッとしてしまいました。
二人はイビサ島へ行きます。
モア4
海のそばの家で戯れている時に「グリーン・イズ・ザ・カラー」が流れます。
青い海をバックにエステルはヘロインを打ち始めます。
モア
初め非難していたステファンですが次第にのめり込みます。
ヘロインで酩酊しているとき「サイラス・マイナー」が流れます。
ピンクフロイドのアルバムジャケットの写真はあらゆるドラッグをすりつぶしてジュースにして飲んだ二人がラリってドン・キホーテとサンチョ・パンサになり近くの風車に突撃した時のものです。
モア3
完全に中毒者になった二人は町に戻り、ステファンはオーヴァードーズでのたれ死にします。
柩に入れられ埋葬される所で終わります。
そこにはエステルの姿はなく、その後どうなったか解りません。
とても良いシーンです。
好き嫌いはあると思いますが、私にとってはとても良い、思い出に残る映画でした。

8-2ウィジョヨクスモの花

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寺院の彫刻 その30(ラーマ3)

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第1巻 バーラ・カーンダ(少年の巻−2)
ミトラ仙との羅刹退治
6歳になった4王子は王家の師ヴァシシタ仙の道場に入門し、以後10年間師からヴェーダと武術を学ぶ。
あるときラーマとラクシュマナは森で祭祀をいとなむヴィシュワーミトラ仙から羅刹退治を依頼された。

2−img003 2
南インドのVIJAYANAGARAのRAMACHANDRA寺院です。
ヴィシュワーミトラ仙に連れられ森へ出かける所です。
1−rama0846
ラーマとラクシュマナはヴィシュワーミトラ仙に連れられて森へ行く。
そこでは人食い羅刹女ターラカーが、神通力を使って透明になり岩を投げつけながら襲ってきた。
兄弟は飛んでくる岩を次々と射落とした。ラーマは心眼を持って眼には見えぬターラカーの腕を射ち、心臓を射抜いた。
ターラカー
南インド HANGALのTARAKESHVARA寺院です。
ラーマはターラカーを射抜いています。
3Hangalターラカー
インドネシア 中部ジャワのLOROJONGGRANG寺院群チャンディシヴァの回廊です。
ラーマはターラカーを射抜きました。
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南インドのVIJAYANAGARAのRAMACHANDRA寺院です。
ラーマはターラカーを射抜きました
ターラカー2
カンボジア アンコールにあるパブーオン寺院です。
ラーマがターラカーを射抜いている隣では祭祀が行われています。
ターラカー4
ヴィシュワーミトラ仙はラーマの武勇に喜び、神々の武器を授けた。
この森はかつては人の賑わう聖地だったが、羅刹達によって汚されてしまった。
ヴィシュワーミトラ仙とその弟子達はこの地の聖性を取り戻そうと祭祀を営むがそれを妨害しようと、ターラカーの息子マーリーチャや彼らに率いられた羅刹軍が雲霞のごとく襲いかかってきた。

1−IMG_0011
南インドのKESHAVA寺院の基壇の彫刻です。
庵で祭祀を行っていますが屋根に羅刹軍が射た矢が沢山刺さっています。
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ラーマが羅刹に矢を射ました。
3−keshava0064
インドネシア 中部ジャワのLOROJONGGRANG寺院群チャンディシヴァの回廊です。
ラーマとラクシュマナは羅刹に矢を射ます。
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南インドのVIJAYANAGARAのRAMACHANDRA寺院です。
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ラーマは神々から授かった武器で戦い、ラクシュマナも羅刹達を退治するがマーリーチャを仕留める事はできなかった。

シヴァの弓引き 結婚
ヴィデーハ国の王ジャナカが農耕祭のおり、牛に犂を引かせて田を耕していると犂を引いた溝(シーター)からなんと美しい女の赤ちゃんが現れた。
彼女はシーターと名付けられジャナカ王の娘として育てられた。
シーターは美しい娘に成長し、ジャナカ王は「余の所有するシヴァ神の弓を引く事が出来るものにシーターを与えるという布告をだした。
ヴィシュワーミトラ仙はラーマとラクシュマナをその会場に誘う。
ラーマはラクシュマナをはじめ誰も引く事の出来なかった弓をやすやすと引き、まっぷたつにへし折ってしまった。

南インドのVIJAYANAGARAのRAMACHANDRA寺院です。
ジャナカ王の前で弓を折る所です。
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インドネシア 中部ジャワのLOROJONGGRANG寺院群チャンディシヴァの回廊です。
シヴァ神の弓を引くところです。
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そうしてラーマとシーターは結婚した。
またラクシュマナをはじめ他の3王子もジャナカ王の親族の娘と結婚した。

ラーマ達の結婚

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音楽の話 その24 (PINK FLOYD)

ガンジーファ - 045
ピンクフロイドの登場です。じっくり聞き込んだのは1969年の「モア」からです。
「モア」はバルベ・シュローダー監督の映画「モア」のサウンドトラック盤です。
「モア」に関しては「映画の話」でそのうち登場すると思います。
したがって「原子心母」です。
ピンクフロイド
ヒプノシスのデザインしたアルバムジャケットは強烈な印象を与えました。
まだ聞く前に色々想像します。
おそらくイギリスの牧場、おそらくホルスタインと思われる乳牛、1頭だけこちらを向いてとても寂しそう、タイトルの「Atom Heart Mother」、直訳の「原子心母」、おそらくこの牛は汚染されているんだ、このミルクを飲んで皆汚染されるんだ、この牛の模様の意味は、などと考えつつA面に針お落とします。
オーケストラのざわめきが聞こえます。やがてドラムが入ってメインテーマです。
Richard Wrightのオルガンがまた素晴らしい。
David Gilmourの宇宙を感じさせるギターも素敵です。
コーラスも入ってきて大スペクタクルです。
ピンクフロイド2
過去にはオーケストラと共演したムーディプルースやディープパープルなどのアルバムがありますがピンクフロイドはまったく違うアプローチです。
69〜72年頃はプログレ全盛ですが、ピンクフロイドの音、あるいは世界はとても暖かく、優しい世界です。
それが良い点でも悪い点でもあるのですが。
A面すべてを使ってオーケストラ、ギター、キーボードがテーマを繰り返しながら時にはサウンドコラージュも交えてフィナーレに向かいます。
そして最後のクライマックスです。
ここにすべてが集約されます。
途中のダレも気になりません。
終わりよければすべてよしです。
このエンディングがあるから名盤と呼ばれるのでしょう。
ピンクフロイド3
ピンクフロイドは「原子心母」で1つの形を完成させました。
それはこれから始まるピンクフロイドの原点であり、アイデンティティーなのです。

Ωベストアルバム「原子心母」

8-2ウィジョヨクスモの花


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旅の話 その1(コロニアルホテル1)

サンチ−2塔004
西洋の列強は南アジア・東南アジアに進出して次々に植民地化してきました。
19世紀半ばの蒸気船航路の開発、スエズ運河の開通によって欧米人のアジア来訪がいっきに増大します。
欧米人のアジアに対する興味や、客船の居住性が良くなったことも一因です。
しかし寄港地に着いても船舶内の狭い部屋に寝泊まりするのは苦痛です。
そこに目をつけ、港にヨーロッパ並みのサービスを提供するホテルを建てた人々がいます。
アルメニア人のサーキーズ兄弟はアジアの港市にヨーロッパ人向けの豪華ホテルを展開しました。
サーキーズ兄弟
ペナン島ジョージタウンに1884年イースタンホテルを開業しました。
EOホテル
またシンガポールに立てたホテルを敬愛するトマス・スタンフォード・ラッフルズにちなみラッフルズホテルと命名しました(1899年)。
ラッフルズ
さらにヤンゴンにザ・ストランド・ヤンゴンホテル(1901年)を建て、さらにインドネシアのスラバヤにマンダリン・オリエンタル・マジャパピ(1910年)を建てました。
ストランド
マジャパイト
これがアジアにおけるコロニアルホテルの始まりです。
コロニアルホテルとはコロニアル形式の建築でギリシャ・ローマ風の列柱とペディメント(破風)と呼ばれる三角形の切妻を持つフロントなどが特徴とされますが、熱帯気候に合わせて、ルーバー付きの広い窓、オープンエアーの渡り廊下、高い天井、ベランダの設置などの独特の様式を持つホテルです。
サーキーズ兄弟に続く、西欧人達によって、タイ、ベトナム、フィリピン、マカオ、香港、台湾、中国などにも西洋人向けのホテルが次々に建てられました。
現在も残る代表的なホテルにバンコクのオリエンタルホテルがあります。
オリエンタル
私が旅行していた80年代は、これらのコロニアルホテルの老朽化が進み、あるホテルでは取壊され、あるホテルでは昔の姿に忠実にリニューアルされる転換期でした。
私自身コロニアルホテルを始め古い歴史のあるホテルが大好きで、古くささや、不便さはあまり気になりません。
残念ながらリニューアルされたホテルは当然のことながら宿泊料金がとても高額になり、泊まることが出来なくなりました。
私の遺跡の旅は遺跡に近いホテルが最優先されます。もし旅行の途中あるいは都市や空港の近くにコロニアルホテルがあれば多少無理をしても泊まります。
コロニアルホテルは歴史そのものです。
その中に入り五感を研ぎ澄まし、見て、聞いて、感じることがコロニアルホテルの楽しみです。
hotel des indes
リニューアルされたホテルは快適に過ごせますが、この感覚が薄くなってしまいます。
古い味のあるホテルは消える運命にあります。
次回は私が泊まったインドのコロニアルホテルのお話をします。

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寺院の彫刻 その29(ラーマ2)

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第1巻 バーラ・カーンダ(少年の巻)
世界はラークシャサ(仏教では羅刹とされる)の王ラーヴァナの脅威に苦しめられていた。
ラーヴァナは1000年にわたる苦行が認められ、ブラフマーから一つ望みを叶えられた。
彼は神にもアスラにも殺されない身体を手に入れたのだった。
そこであらゆる悪事を行った。
そのころ子供のいないダシャラタ王は盛大な馬祀祭を催し、王子誕生を祈願した。

7ソーマ
ソーマ祭の最中に祭火の中から神が出現し、王に、妃たちに子を授ける乳粥(Payasam)の入った壷を手渡した。
8ソーマ2
その結果乳粥の半分を食べた第1王妃カウサリやーからはラーマが、乳粥の1/4を食べたカイケーイーからはバラタが、残りの乳粥1/4を2回に分けて食べた第三王妃スミトラーからはシャトルグナとラクシュマナの双子が生まれた(3人とも同じ量という説もあり)。
6歳になった4王子は王家の師の道場に入門し、以後10年間、師からヴェーダと武術を学ぶ


それでは彫刻を見て行きたいと思います。
南インドPATTADAKALのPAPANATHA寺院の壁龕の彫刻です。
ダシャラタ王がヴァシシタ仙とソーマ祭について話し合っている所です。
9ソーマ3papa0693
ソーマ祭をおこなっています。
10ソーマ4papa0691
乳粥を王妃に与えている所です。
11ソーマ6papa0690
南インドのVIJAYANAGARAのRAMACHANDRA寺院です。
3段にわたって彫刻されていますが下段です。
ソーマ祭の火の中から神が現れた所です。
12ソーマ5rama0833
乳粥を3人の王妃に与えている所です。
13ソーマ7rama0834
4王子が師から学問や武術を習います。
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別のパネルで左からソーマ祭をおこない、乳粥を3人の王妃にあたえ、4人の王子が生まれました。
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東インドのVISHUNUPURにあるKESHTA RAYA寺院の身舎です。
テラコッタの小さなパネルにソーマ祭から誕生して育つまでが彫られています。
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世界を苦しめていた羅刹王ラーヴァナとは
ラーヴァナ(Ravana)は羅刹の王で10の頭、20の腕と銅色の目、月のように輝く歯と山のような巨体を持っています。
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ラーヴァナはかつて傲慢さゆえにランカー島を追われたラークシャサ族の再興を期して、千年のあいだ苦行に励みました。
それは10ある頭を1つずつ切り落として火にくべるという荒行で、最後の1つを切ろうとしたとき、ブラフマー神に認められ、「神やアスラに負けない」という絶大な特権を得ました。
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当時ランカーを治めていたクベーラ神と戦ってランカー島を手に入れ、空を飛翔する戦車プシュパカ・ラタを奪取しました。
絶大な力を得たラーヴァナは各地で侵略や戦争を繰り返し、多くの王や聖仙、半神から妻や娘を奪いランカー島に連れ去りました。
これら悪事の限りを尽くしたラーヴァナに対し、神々はヴィシュヌに助けを求めました。
そしてヴィシュヌは神やアスラでもない人間のラーマ王子に化身してラーヴァナに戦いを挑みます。
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ラーマーヤナの始まりです。

もうおわかりだと思いますが私の名前 ravana は彼からもらったものです。
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映画の話 その21(真夜中のカーボーイ)

56トロ
今回はアメリカンニューシネマの傑作「真夜中のカーボーイ」です。
当時は大変な話題作でした。
主人公のジョー(ジョン・ヴォイト)はテキサスのダイナーで働いていましたが男娼になり自分の魅力で一旗揚げようと考えています。
田舎者丸出しでカウボーイが一番かっこいいと思っています。
店をやめピカピカのカウボーイスタイルでニューヨークをめざします。
カーボーイ
音楽はニルソンの「うわさの男」です。
作詞、作曲はフレッド・ニール(Fred Neil)でこれがまた良いのです。
先に言ってしまいますが音楽はジョン・バリーで主題曲が勝るとも劣らなく良いのです。
「うわさの男」は映画の陽の部分、主題曲は陰の部分で使われます。
当然ニューヨークの真ん中でカウボーイの格好をした田舎者がいれば無視されます。
興味を持つのはホモやゲイ位です。
初めて知り合ったラッツォ(ダスティン・ホフマン)という片足の悪い小男にも騙され挫折を味わいます。
偶然ラッツォを見つけ返金を求めますが逆にラッツオはマネージャーになって二人で生活を始めます。
ラッツオのねぐらは取り壊し予定の無人のアパートで最低の生活が始まります。
このあたりで流れるジョン・バリーの主題曲は最高です。
カーボーイ2
ある日コーヒーハウスで物好きのセレブリティが主催するパーティに招待されます。
このパーティが大変興味深く、当時のニューヨークの芸術家やセレブの集まりで、60年代の香りがプンプンです。
ここでセレブの中年女性と関係ができ、この女性が友人達にジョーを紹介し、未来が開けます。
しかしラッツオの病状は悪化し歩けなくなるばかりか肺炎(おそらく)で苦しそうです。
ラッツオの夢はニューヨークを抜け出しマイアミへ行く事です。
以前もジョーとお金が入ったらマイアミへ行こうと約束していました。
ジョーは一刻も早くラッツオをマイアミへ連れて行こうと、強盗をしてしまいます。
そして二人でマイアミ行きのバスに乗りニューヨークを去ります。
見た目にもラッツオの状態は悪そうです。
ラッツオがもぞもぞしています。
なんとお漏らしをしてしまいました。
大笑いの二人。
途中でカウボーイの衣装はすべて捨てて普通の格好になったジョー。
ラッツオにはアロハです。
バスの外はヤシの木とさんさんと太陽の輝くマイアミです。
カーボーイ3
ふとラッツオを見ると様子が変です。
目を閉じず動きません(この演技は素晴らしい!)。
運転手を呼んで死亡が確認されました。
バスは終着のマイアミ駅に向かいます。
亡くなったラッツオと呆然とするジョー。
まさにアメリカンニューシネマの傑作です。
ジョン・バリーとニルソン、ジョン・ヴォイトとダスティン・ホフマンそしてニューヨークです。
アンジェリーナ・ジョリーの唇とジョン・ヴォイトの唇がそっくり。

8-2ウィジョヨクスモの花


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