2016/10/29
寺院の彫刻 15(アナンタ龍の上に横たわるヴィシュヌ3)

東南アジア、特にカンボジアでは「アナンタ龍の上に横たわるヴィシュヌ」の神話が好まれ、彫刻も沢山作られました。
カンボジアではナーガ(蛇神)に対する信仰が厚く、ナーガは水や雨との結びつきが強いので、トンレサップやメコンの氾濫、日照りなどと密接な関係があると考えられています。
またナーガは人間世界と天上界をつなぐ虹の架け橋とも考えられていますので、寺院建築においても参道やテラスなどにナーガの意匠が用いられています。
インドの寺院では、おもに身舎や基壇などに彫刻されていますが、カンボジアの寺院では神話の彫刻は破風と楣に彫刻されています。
寺院に現存する一番古い「アナンタ龍の上に横たわるヴィシュヌ」はコンポン・トム州にあるHANCHEI寺院の楣にあります。
とても珍しい形で左右に一体ずつ対称に彫られています。

HANCHEI 7世紀
5頭のアナンタ龍の上に横たわり、4臂で
チャクラと法螺貝をもっている。
ラクシュミーは彫られていたかもしれない
メダリオンが彫刻されている。
聖山プノムクーレン山中にはシェムリアップ川の源流があり、河床に沢山のリンガや「アナンタ龍の上に横たわるヴィシュヌ」などが彫られています。
おそらく川の水を浄化、神聖化するためではないかと思われます。

KBAL SPEAN 11〜12世紀
同じ様に河床に彫刻された川が
クーレン山中のPREAH ANGTHOM
の近くにある。
彫刻ではありませんが銅製の素晴らしい「アナンタ龍の上に横たわるヴィシュヌ」像が西メボンで発見され博物館に展示されています。
西メボンに祀られていた当時を想像すると、とても大きく立派で、威厳に満ちていたと思われます。

発見当時の写真

横たわるヴィシュヌ 11世紀後半
全長は6mを超える大像
かつてはヘソから水が流れていた。
タイとの国境にあるPREAH VIHEAR寺院はダンレック山脈の頂上にあり、1回目はポルポト紛争のために入り口が閉鎖され、2回目は霧で良い写真が撮れませんでした。

PREAH VIHEAR寺院 9世紀末〜12世紀
4臂でヘソからブラフマー
足下にはラクシュミー、その他女神、
両端にはウマの顔の神の彫刻。
タイのサコンナコンにあるNARAI JAENG WAENG寺院の破風です。
10世紀の作でとても面白い意匠です。

NARAI JAENG WAENG寺院 11世紀
独特の顔立ちをしている。
ラクシュミーの顔が破損しているのが残念。
タイのSISAKETにあるKAMPHAENG YAI寺院の楣は剥離がひどいのですが、とても官能的な「アナンタ龍の上に横たわるヴィシュヌ」があります。

KAMPHAENG YAI寺院 11世紀
立派な彫刻で保存状態が悪いのが
惜しまれる。
足下の女性達が良い。
KHON KEANにある12世紀のKU PUAI NOI寺院の意匠も官能的です。

KU PUAI NOI寺院 12世紀
とても素敵な彫刻、ラクシュミーが良い。
アンコールワット寺院の楣にも見つかりました。

ANGKOR WAT 12世紀
アンコールのBANTEAY SAMRE寺院(12世紀)の破風の彫刻は、なんとアナンタ龍に足が付いています。
この時代のアナンタ龍にはほとんど足が付いています。
顔も中華風ですし、頭は1つでヴィシュヌを覆う天蓋のようになっていません。
まるでナーガのバスタブに入っているみたいです。
しかしよく見ると中華風の龍の上に横になり、さらにその状態でアナンタ龍の上に乗っている様にも見えます。

BANTEAY SAMRE寺院 12世紀
ブラフマーの顔が破損しているのが
惜しまれる。
入り口のピラスター(付け柱)にも彫刻されています。

ピラスター下部の彫刻
PREAH KHAN寺院の破風にも立派な足付きの「アナンタ龍の上に横たわるヴィシュヌ」が彫刻されています。

PREAH KHAN寺院 12世紀
龍はSAMURE寺院とよく似ている。
バッタンバンのSNOENG LECH寺院の彫刻はとてもにぎやかです。
人物の特定は出来ませんが左右に彫られているのはブラフマー神を殺そうとする悪魔のMADHUとKAITABHAではないかと思います。

SNOENG LECH寺院 11〜12世紀
とてもにぎやかな彫刻
タイのPRASAT PHNOM RUNG寺院の楣の「アナンタ龍の上に横たわるヴィシュヌ」は盗難に遭い、シカゴ博物館に保存されていました。
国を挙げての返還運動で無事元の楣にもどりました。
破損していますがとても精巧な彫刻です。

PHNOM RUNG寺院 12世紀
ラクシュミーの位置が面白い。
この彫刻では中華風の龍の中に
アナンタ龍の上に横たわった
ヴィシュヌが入っている。
不思議な鳥が彫刻されている。
ベトナムのチャンパ王国では現在、寺院に彫刻されている「アナンタ龍の上に横たわるヴィシュヌ」はありませんが、ダナンのチャム彫刻博物館に保存されています。
1つは7世紀のミーソンE-1入口の楣です。

チャム彫刻博物館 7世紀
ブラフマーが素晴らしい。
足下にはグルの様な人物。
左右には蛇を持ったガルーダ。
もう1つもE-1スタイルですが8世紀のものでPHO THO村で発見されました。

チャム彫刻博物館 8世紀
ブラフマーが破損しているのが残念。
東南アジア諸国には「アナンタ龍の上に横たわるヴィシュヌ」の神話がかなり浸透していたと思われます。

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