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石の巡礼 その4(十王4)

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今回は中部・関東地方の十王像です。
それでは群馬県から見ていきます。
群馬県利根郡みなかみ町の旧伽立村の祠に安置されている十王はとても保存状態が良くすべてそろっていますが、私が訪れた時には鍵がかかっていたのでガラス越しからの見学になりました。
小さな像ですがなかなか良い出来です。
                 伽立村十王
2伽立(十王)群馬
3伽立(十王)群馬
沼田市の追母薬師堂の十王も堂内に保存されているので全て揃っています。
石の巡礼十王1で載せた写真は追母薬師堂の十王です。
管理されている方に開けてもらい、十分観察しました。
ここは薬師堂ですので、木造の薬師如来、日光・月光菩薩、十二神将が安置されています。
                 母薬師堂十王
4追母薬師堂(十王)群馬
5追母薬師堂(十王)群馬
前橋市の香集寺には十王像はありませんが、地獄の裁判のセットである浄玻璃の鏡(閻魔王庁に置かれており、この鏡には亡者の生前の一挙手一投足が映し出されるため、いかなる隠し事もできない)、人頭杖(檀拏幢とも言い閻魔王が持つ杖で、杖の上には通称「見る目」「嗅ぐ鼻」と呼ばれる2つの頭部が乗っており、これらは閻魔王が冥府で亡者を裁く際に善悪を感知する)、業の秤(地獄にあって亡者の罪業をはかるという秤)が彫られた石像物が境内にあります。
                 香集寺
6香集寺(業の天秤 十王)群馬
信州の駒ヶ根市東伊那にある大蔵寺は守屋貞治の延命地蔵菩薩で有名ですが、ここに十王堂があり保存状態の悪い十王が安置されています。
大きな石の上に小さな石を乗せただけの十王に見えますがとても哀愁のある像です。
                 大蔵寺十王
7大蔵寺(十王)信州
同じく信州上田の別所温泉にある満願寺の境内には十王を安置した小屋があります。
                 満願寺十王
8満願寺001
埼玉県の熊谷市の光照寺には一石に閻魔王と十王を掘った1695年の像立の十王石仏があります。
上部には唐破風を作り、三段に分けて閻魔王、十王5体ずつを彫ります。
                 光照寺十王石仏
9光照寺十王石仏埼玉
山梨県の大月にある新倉薬師堂の十王は人頭杖、業の秤以外は司禄、司命も揃っています。
薬師堂なので木造の薬師如来、十二神将も安置されています。
                 新倉薬師堂十王
10大月新倉薬師堂(十王・十二神将)
大月の袋香寺には素晴らしい十王塔があります。
袋香寺は無住の荒れ果てた寺院ですが参道に十王塔はあります。
1面に地蔵と司禄、司命、その下部に業の秤、浄玻璃の鏡、人頭杖、他の3面に十王が彫られています。
                 袋香寺十王塔
11大月袋香寺(十王塔)
埼玉県の熊谷市近郊には十王塔が数カ所見つかります。
一つは玉井寺の墓地にあります。
                 玉井寺十王塔
12玉井寺(埼玉)
近くの高柳にもよく似た十王塔があります。
                 高柳十王塔
13高柳(埼玉)
星渓園の庭園の中に2基あります。
                 星渓園十王塔
14星渓園(埼玉)
神奈川県では松田町の覆屋の中に他の石仏と一緒に安置されています。
                 松田町十王
15松田町(道祖神)
真鶴の如来寺跡の十王は特異です。
「岩」という海岸の洞窟の中に安置されています。
迫力のある閻魔像を中心として十王、奪衣婆、人頭杖が並んでいます。
注目は倶生神です。
閻魔王の隣に立っています。
この洞窟の奥にも、もう一体閻魔像が安置されています。
                 如来寺跡十王
16如来寺跡(十王)真鶴

湯河原の駅の裏にある薬師堂の十王も見逃せません。住宅の奥にあり薬師堂の向かって右側には素晴らしい閻魔像と十王が、左側には迫力のある奪衣婆と2像が安置されています。
                 湯河原薬師堂十王
17薬師堂(十王)湯河原
東京では練馬の長命寺です。
東の高野山と言われ境内には沢山の石仏があります。
その中にほぼ等身大の十王が並んでいます。
残念なことに石質が悪いのか崩壊が早そうです。
                   長命寺
18長命寺(十王・十三仏)
板橋区の志村の延命寺地蔵堂には素晴らしい十王塔があります。
立派な唐破風の笠がのった角柱の4面に人頭杖、業の秤、奪衣婆、おそらく司禄と倶生神、九王が彫られ、隣に立派な丸彫りの閻魔王が安置されています。
その前には十三仏が並びます。
                 延命寺地蔵堂十王塔
20延命寺地蔵堂(十王、十三仏)
21延命寺地蔵堂(十王、十三仏)
練馬区の大泉教学院には立派な人頭杖と十王が並んでいます。
                 大泉教学院十王
22大泉教学院(十王)
21大泉教学院(十王)

十王像は鎌倉時代から見つかりますが、庶民の間では江戸時代から全国に浸透していったようです。

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石の巡礼 その3(十王3)

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今回は近畿地方の十王像を見ます。
新薬師寺」 奈良市内
1新薬師寺
新薬師寺の境内に石仏が安置されています。
その中に鎌倉時代の地蔵十王石仏があります。
地蔵菩薩の右手は来迎印、左手には宝珠を持っています。
地蔵菩薩の光背の左右に5体ずつの十王、光背上部のはっきりしませんが地獄の様子を彫ったと言われています。
とても興味深い石仏です。
念仏寺(星曼荼羅石)」奈良市内
2念仏寺(星曼荼羅石)奈良市内
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3念仏寺(太山王)
念仏寺の境内には鎌倉時代末期の星曼荼羅石と十王の太山王の石像が並んで安置されています。
星曼荼羅石は岩面を四段に区分けし、中央の釈迦金輪仏頂の種子を中心に北斗七曜星の種子、次の区画に九曜星、次の区画に十二宮、次の区画に二十八宿の星宿種子、合計57の種子を配したもので、拝むことにより長寿富貴が得られると言われています。
太山王は死後49日目に最終審理を行う裁判官で寿命を司ると言われています。
「郡山城址・二面石」大和郡山
4郡山城址・二面石2
5郡山城址・二面石
郡山城の石垣に使われていた石仏のひとつで鎌倉時代後期の作です。
表裏二面に彫ってあり、表面は右手錫杖、左手宝珠を持つ地蔵菩薩立像(頭部欠損)、裏面は冥官と従卒です。
地蔵の光背の両側に十王が彫られています。
裁判と救済のとても興味のある像です。
染田地蔵十王石仏」 奈良大和高原
6染田地蔵十王石仏4
7染田地蔵十王石仏 奈良大和高原
8染田地蔵十王石仏2
9染田地蔵十王石仏3
大和高原の山里染田に通称穴薬師算と呼ばれる石仏群があります。
ほとんどが地蔵菩薩と十王で、近年整備され、綺麗に並んでいます。
十王は一番奥に並んでおり、室町時代の像立です。
福住十王石仏」 奈良大和高原
10福住十王石仏奈良大和高原
天理市の福住にある笠石仏形式の十王石仏。
3段に11体の像が刻まれており、上段中央の像は阿弥陀座像でそのほか十王10体です。
江戸中期の像立。
小菩提寺址 閻魔王」 滋賀県甲西町
11小菩提寺址(石仏)閻魔王2
ここには石造多宝塔(1241年)、鎌倉初期から南北朝にかけての3体地蔵があり、その奥に閻魔像があります。
この像は駒型の石に閻魔王を中心に、阿弥陀如来、地蔵2体、僧形の計5体を刻んだ室町時代後期の珍しい石像です。
上部中央に閻魔王、向かって左に阿弥陀座像、右に合掌地蔵、下部向かって左に僧形座像、右に地蔵座像。
「多羅尾浄顕寺の十王」 滋賀信楽町
13多羅尾浄顕寺の十王滋賀
浄顕寺の境内にひっそりと安置されています。
1体かけて9体しかありません。
江戸時代初期の像立で保存状態が良くありません。
治田地蔵十王磨崖仏(大川地蔵磨崖仏)」三重県伊賀市
15地蔵十王磨崖仏(大川地蔵磨崖仏)三重
名張川と与野川の合流地点の大きな岩に刻まれた巨大磨崖仏で地蔵と十王が彫られています。
地蔵は光背を負い、蓮華の上に立ち右手に錫杖、左手に宝珠を持ちます。
向かって左に閻魔王、右に太山王を刻みます。
他の岩にも十王が彫られています。
室町時代中頃の作です。
それにしても足が稚拙です。
別府十王石仏」三重県伊賀市青山
16別府十王石 仏三重
横長の自然石の中央に蓮華の上に座す閻魔王、左右に5体ずつ十王が彫られています。
上部には同じ大きさの笠石が載せてあります。
保存状態も良く、とても可愛い顔をしています。
右端の1体は司録といわれています。
とても面白い石像です。
1689年に造られました。
神足・古市共同墓地十王石像」京都府長岡京市
17神足・古市共同墓地 十王石像京都
ここには六地蔵、釈迦如来、阿弥陀如来、十王の石仏が安置されています。
十王は現在五王が残っています。
江戸時代末期の作で中央のひときわ大きな像が地獄の王である閻魔王、左からの罪状を記す司命(初江王)、その隣が人頭杖を持つ太山王(変成王)、閻魔大王、巻物を開き亡者の罪状を読む司録(平等王),筆と冊子を持つ五道輪転王(宗帝王)です。

さすがに近畿地方では鎌倉時代から江戸時代末期まで、いろいろな種類の十王像が見つかりました。

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石の巡礼 その2(十王2)

0表紙2
今回は各地にある十王像を見て見たいと思います。
浄土宗の発展において葬祭儀礼の導入が重要な役割を果たすようになると、室町時代ごろから地蔵十王信仰が一般化して江戸時代には全国、特に東日本でたくさんの十王像が制作されました。
ほとけの救済に預からなかった人は、死後生前の行ないを吟味する裁判を受けなければなりません。
その裁判長が十王で、初七日から三回忌までを十人の王が担当し、閻魔王はその中心的な存在です。
判決によって生まれ変わる世界が決まるため、裁判を亡者に有利なものにするため遺族が回忌供養を行なうのです。
地蔵菩薩は地獄までも救済に赴くとされ、十王や六道(地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天)の信仰が普及するとともに地蔵が厚く信仰されるようになりました。
地蔵が右手に持つ錫杖は、巡礼する僧と同じように六道を巡って人々を救うことを意味します。
地蔵と十王の関係は密接で彫刻に現れます。
まずは九州地方の十王像です。
大分県は石造物の宝庫です。
臼杵の磨崖仏から見ていきたいと思います。
          「臼杵石仏 大分臼杵 ホキ石仏第一群第四龕
1ホキ1001
臼杵の石仏は唯一国宝に指定されている石仏です。
4カ所に分かれており、地蔵十王がある龕はホキ石仏第一群第四龕です。
鎌倉初期に掘られたようです。
中央に右脚を折り曲げ、左足を垂らして座る半跏椅像の地蔵菩薩、左右に5体ずつ十王像が彫られています。
十王は衣冠束帯の道服の姿で長い時を経て残る色彩が素晴らしい像です。
               「千燈寺 大分国見」
2千灯寺
                    鬼
2千灯寺(十王)2
国東六郷満山霊場23番の千燈寺の境内にある堂の中に安置されています。
とてもしっかりした像で、儀軌に忠実に作られています。
近くに旧千燈寺跡や千燈石仏があり、その途中によって見つけました。
十王のほか地蔵菩薩、奪衣婆、鬼までいます。色彩が残っています。
               「常念寺 大分国見」
3常念寺
同じ国見町にある常念寺にもとても良くできた十王があります。
千燈寺の十王によく似ていますがこちらの方が細部まで彫刻され持ち物もよく彫られています。
顔の表情も優れています。
保存状態が良い像です。
               「富貴寺 大分豊後高田」
4富貴寺
                 十王と浄玻璃鏡
5富貴寺6
                 十王と檀拏幢
6富貴寺8
国宝富貴寺参道入り口の左右に石殿が一つずつあります。
石で作られた小さな仏殿で入母屋造の屋根と側面に彫刻があります。
1つの石殿に5体ずつ、計10体の十王と浄玻璃鏡、檀拏幢が彫刻された非常に珍しいものです。
南北朝時代の作です。
また境内にも十王石仏が安置されています。
7富貴寺4
野外のため保存状態は良くありません。
               「轟地蔵 大分杵築」
8轟地蔵003
道脇から谷に降りたところに白粉を塗られた轟地蔵が安置されています。
そこに苔むした十王が並んでいます。
とてもすぐれた彫刻で十王の表情が素晴らしく、苔とマッチして素晴らしい雰囲気を醸し出しています。
               「願成就寺 大分日出」
9願成就寺2
国東六郷満山霊場 第三十三番で山門を登ると中門があります。
中門の左右に保存状態の悪い十王が5体ずつ安置されています。
境内には1311年の立派な国東塔が安置されています。
       「堂の迫磨崖仏 六地蔵・施主夫婦像・倶生神 大分豊後高田」
10応暦寺016
                六観音・十王像・六地蔵
11応歴寺013
応暦寺の奥の院へ行く途中の崖の上にあります。
室町時代初期の作で崖の上部に50cmほどの大きさで六観音・十王像・六地蔵・施主夫婦像・倶生神(司録像)を半肉彫りしています。
そらく、倶生神に夫婦の善行を記録させ、死後、冥界の十王に、報告させて、極楽往生を願ったものと思われます。
               「倉成磨崖仏 大分山香」
12倉成005
石切場の窟の中に地蔵菩薩を中心に左右に2体の十王像と、その他、倶生神像2体、童子形像2体の計7体の像が彫られています。
極楽往生を願って彫られた摩崖仏と思われます。
今回大分県を中心に十王像を見てきました。
大分県は石仏の宝庫です(遺跡の旅XXXⅠ)。
磨崖仏だけではなく、寺院の彫刻その9でお話しした仁王像、庚申塔など面白い石造物がたくさんあります。
次回は近畿地方の十王を見ていきます。

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石の巡礼 その1(十王)

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ホームページに掲載した巡礼記の34a序章日本でも書きましたが日本の石造物に対して興味が湧いて、自然や温泉、食べ物など旅行の楽しみをプラスした石の巡礼を始めることにしました。
時代は関係なく自分の興味の対象となる石仏、石造物を探しての旅です。
旅で集めた情報をまとめて石の巡礼としました。
第1回は閻魔大王はじめとする十王です。
1永観堂十王図
十王(じゅうおう)とは、道教や仏教で、地獄において亡者の審判を行う10尊の、いわゆる裁判官的な尊格です。
人間を初めとするすべての衆生は、よほどの善人やよほどの悪人でない限り、没後に中陰(霊魂身)と呼ばれる存在となり、初七日 - 七七日(四十九日)及び百か日、一周忌、三回忌には、順次十王の裁きを受けることになります。
その十王とは
2秦広王
  秦広王 不動明王 
  初七日(7日目・6日後)
  三途の川の手前で罪に対する嘘の有無を
  審議をしている











3初江王
  初江王 釈迦如来 
  二七日(14日目・13日後)
  秦広王の裁きを受けた亡者が、三途の川を正しく
  渡ったかを審議することに加え、生前亡者と関わりに
  あった動物が呼ばれて、その亡者についての
  証言を聞く










4宋帝王
  宋帝王 文殊菩薩 
  三七日(21日目・20日後)
  猫と蛇を用いて、主に性犯罪や痴漢などの
  「邪淫罪」の疑いを審議する











5五官王
  五官王 普賢菩薩 
  四七日(28日目・27日後)
  亡者の罪の業を秤で量って裁く












6閻魔王
  閻魔王 地蔵菩薩 
  五七日(35日目・34日後)
  冥界の王として死者の生前の罪を裁く
  浄玻璃の鏡で生前の行いを調べる
  また嘘も調べる











7変成王
  変成王 弥勒菩薩 
  六七日(42日目・41日後)
  地獄には八大地獄があり、どの地獄に
  流刑されるかを決める












8太山王
  泰山王 薬師如来  
  七七日(49日目・48日後)
  転生先での性別や寿命を決める












9平等王
  平等王 観音菩薩 
  百か日(100日目・99日後) 
  遺族の貪欲の罪を戒める

  











10都市王
  都市王 勢至菩薩 
  一周忌(2年目・1年後) 
  罪の重い死者は地獄に落とされるが、
  遺族が一周忌法要を心から行うと
  罪が許される 











11五道転輪王
  五道転輪王 阿弥陀如来 
  三回忌(3年目・2年後)
  平等王、都市王でも決められなかった時に
  この判決が本当の最終判決になる











となります。
十王に仏名がついているのは鎌倉時代に十王はそれぞれ相対する十の仏の化身であるとする「本地垂迹―仏菩薩を本来の姿とし、神を仮の姿とする神仏習合」という考えが生まれたからです。
十王の他には地獄で働く懸衣翁、奪衣婆、閻魔王の補佐官司録、司命、倶生神、鬼などがいます。
12奪衣婆
  奪衣婆
  三途の川の岸の衣領樹という大木の下にいて、
  死者の衣服をはぎ取り、樹上の懸衣翁に渡す
  という老女の鬼。











13司録jpg
  司録
  司命と共に裁判で罪状を読み上げ、
  判決文を記録する書記官













14司命
  司命
  司録と共に裁判で罪状を読み上げ、
  判決文を記録する書記官













15倶生神
  倶生神
  人が生まれると同時に生まれ、常にその人の両肩に
  在って、昼夜などの区別なく善悪の行動を記録して、
  その人の死後に閻魔大王へ報告する 
  左肩にある男神を同名(どうめい)といい、
  善行を記録し、右肩にある女神を同生(どうしょう)
  といい、悪行を記録する










16鬼
  鬼
  閻魔王の配下の異類異形のばけもの

  












そして地獄の裁判に欠かせない浄玻璃の鏡(閻魔王庁に置かれており、この鏡には亡者の生前の一挙手一投足が映し出されるため、いかなる隠し事もできない)、人頭杖(檀拏幢とも言い閻魔王が持つ杖。杖の上には通称「見る目」「嗅ぐ鼻」と呼ばれる2つの頭部が乗っており、これらは閻魔王が冥府で亡者を裁く際に善悪を感知する)、業の秤(地獄にあって亡者の罪業をはかるという秤)の三点セットがあります。
17浄玻璃の鏡
  浄玻璃の鏡
  閻魔が亡者を裁くとき、善悪の見きわめに使用する鏡 
  亡者が生前に犯した罪の様子がはっきりと映し出される
  もしこれで嘘をついていることが判明した場合、
  舌を抜かれてしまう











18人頭杖
  人頭杖(檀拏幢)
  閻魔王が持つ杖。杖の上には通称「見る目」「嗅ぐ鼻」
  と呼ばれる2つの頭部が乗っており、これらは閻魔王が
  冥府で亡者を裁く際に善悪を感知する












19業の秤
  業の秤
  地獄にあって亡者の罪業をはかるという秤
  













まずは死後の世界(冥土の旅)へ出発です。
「冥土の旅」
冥土の旅の最初は、死出の山路です。六日間ひたすら歩きます。800里の遠い道のりです。
                 「初七日 泰広王」
20誓願寺地蔵十王3

最初の裁判官。
死後七日目における裁きを担当します。
倶生神(人の両肩にいる神で、片方は生前の善行を、もう片方は悪行を記している)からの報告を元に、無益な殺生を初めとする仏教の五戒に反していなかったかについての審理を行います。
また、その死者がどこから三途の川を渡るかを決めます。
(山水瀬・江深淵・有橋渡の三箇所があるから三途の川と言われます。山水瀬は罪の軽い人、江深淵は罪の重い人、有橋渡は金銀七宝で出来ており、善人が渡ります)
すると三途の川が見えてきます。三途の川には橋がかかっているので比較的罪の軽い人は、渡ることができます。罪が重い人は、川を歩いて渡らなければなりません。渡し船もありますが六文かかります。この川を渡ると戻ることができません。
                 「懸衣翁と奪衣婆」
三途の川
三途の川を渡るとそこには脱衣婆(だつえば)と、懸衣翁(けんねおう)がいます。
奪衣婆は服を脱がす老婆で、懸衣翁は脱がせた服を衣領樹(えりょうじゅ)」という木の枝にその服をかけます。
すると、生前の罪の重さにしたがって、枝がしなります。
ここで罪の重さの第一チェックをします。
罪の重い亡者は三途の川を渡る際、川の流れが速くて波が高く、深瀬になった場所を渡るよう定められているため、衣はずぶ濡れになって重くなり、衣をかけた枝が大きく垂れることで罪の深さが示されます。
また亡者が服を着ていない際は、懸衣翁は衣の代わりに亡者の生皮を剥ぎ取るといわれています。
身ぐるみ剥がれて、あとは裸一貫で死出の旅を続けることになります。
                 「二七日 初江王」
21誓願寺地蔵十王5

二番目の裁判官。
死後十四日目の審理を行います。
泰広王の審理結果や三途の川の亡者である懸衣翁などからの報告を元にし、主に盗みに関しての審理を行います。
これ以降の審理では、少しでも改心の見込みがあったり、裁きに不完全な部分があったり、現世の遺族側の回向が十分に行われていたりすると、次の裁判にまわされます。
                 「三七日 宗帝王」
22誓願寺地蔵十王7

三番目の裁判官。
死後二十一日目の裁きを行います。
性に関する罪の審理を行い、邪な性に溺れたものやか弱い女性を欺いたものなどに裁きが下されます。
男性には猫を、女性には蛇を審理の際にあてがわれ、宋帝王の問いに正しく答えない場合はそれらによる苦痛を与えられます。
                 「四七日 五官王」
23誓願寺地蔵十王9

四番目の裁判官。
人の五官が元となる悪業や罪を審理対象とし、特に妄言(嘘)に関する詮議を行います。
その際に亡者の罪の軽重を量る秤を用い、罪深い人は重い分銅の大石を軽々と持ち上げてしまうと言います。
                 「五七日 閻魔王」
24誓願寺地蔵十王11

五番目の裁判官。
生前の行い全てを移す浄玻璃の鏡を持ち、司録、司命と呼ばれる補佐官を従えています。
十王の中で最も有名であり、これまでの裁きの結果を元に死者が六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)の何処に生まれ変わるかを決定します。
                 「六七日 変成王」
25誓願寺地蔵十王2

六番目の裁判官。
死後四十二日後の審理を行い六道に振り分けられた死者が、その中でもどのような場所に生まれ変わるかの審理を行います。
十王の中では比較的寛容で、亡者側の意見や願いを聞き入れてくれるとされます。
人間の善悪を見破る三つ目の赤鬼と青鬼を従えています。
                 「七七日 泰山王」
26誓願寺地蔵十王4

死後四十九日目に最終審理を行う裁判官。
どのような姿で生まれ変わるか、寿命などが決定されます。
この審理を終えるとそれぞれ六道と繋がる六つの鳥居が示されます。
しかし、死者はどれがどこに繋がっているかは分からず、鳥居をくぐって初めて裁きが分かるようになっています。
                 「百日 平等王」
27誓願寺地蔵十王6

死後100日目の審理を行う裁判官。
内に慈悲の心を持ちながらもその形相は恐ろしいと言います。
死後百日目の裁きを行うが、これ以降の審理は再審で、死者に対する一種の救済措置です。
遺族が供養に努めれば、悪道に堕ちたものは救済され、善道に行ったものは更に徳をつめるようになっています。
                 「一周忌 都市王」
28誓願寺地蔵十王8

死後二年目の審理を行う裁判官。
これで喪は明けたとされます。
光明箱とよばれる箱を持ち、中にはありがたい経文が入っているが、悪業の深い者があけると業火に焼かれると言います。都市王の裁きの場から極楽に行くことが可能ですが、その距離は十万億土(一説には三十光年)とされています
                 「三回忌 五道転輪王」
29誓願寺地蔵十王10

死後三年目の裁きを行う裁判官。
十王最後の王。
その裁きは地獄の責め苦が行われている現場のすぐそばで行われます。
道服を着用して合掌した姿だというが詳細な持ち物は不明。
その両脇に司録、司命を従えています。
以上が死後の世界で十王の裁きを受ける様子です。
そして十王と関係の深い地蔵菩薩ですが釈迦入滅後、弥勒菩薩が出現するまでの間、現世に仏が不在となってしまう為、その間、六道すべての世界(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)に現れて衆生を救う菩薩であるとされています。
                 「地蔵菩薩」
誓願寺地蔵十王地蔵

次回は各地の十王石像を見ていきます。

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