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石の巡礼 その8(稲荷原の本門戒壇院八大龍王)

AA1_0284のコピー
今回は茨城県稲荷原にある本門戒壇院の八大龍王像を訪れます。
稲荷原の本門戒壇院(八大龍王)
本門戒壇院は柴又にありましたが、こちらに移祀されました。
昭和の初めに建像されたもので古いものではありませんが、技術や意匠が素晴らしく、またとても珍しい像なので必見です。
八大龍王は法華経に登場する蛇(ナーガ)王で、霊鷲山で釈迦の教えに耳を傾け、その結果、覚りを超える境地に至り、護法の神となりました。
本門戒壇院にはこの八大龍王が釈迦如来を囲む形で安置されています。
まず境内に入ると正面左右に邪悪なものの侵入を阻止する門神としての金輪大王と銀輪大王が安置されています。
金輪大王は化仏を乗せ、邪気を踏み潰しています。
金輪大王
銀輪大王には化仏はありませんが、足元で龍がとぐろを巻いています。
銀輪大王
ともに忿怒の形相です。
その先には釈迦を祀ってある基壇がありその周りに龍王が安置されています。
正面右から左周りにまず
難陀(ナンダ)龍王
歓喜を意味し、難陀と跋難陀は兄弟竜王で娑伽羅(サーガラ:大海)竜王と戦った。
1難陀
跋難陀(ウパナンダ)
亜歓喜を意味し、難陀の弟で難陀竜王と共にマガダ国を保護して飢饉なくし、釈迦如来の降生の時に雨を降らせ、説法の会座には必ず参加し、釈迦入滅の後は永く仏法を守護した。
2跋難陀
娑伽羅(サーガラ)
大海を意味し、龍宮の王で大海龍王ともよばれ法華経・提婆達多品に登場する八歳の龍女はこの龍王の第三王女で「善女(如)龍王」と呼ばれた。
3娑伽羅
和修吉(ヴァースキ)
宝を意味し、数が極めて大きく強力であるという意で「九」を冠し九頭とされることもあり、「九頭龍王(くずりゅうおう)」、「九頭龍大神」等 呼ばれることが日本では多く、九頭一身と言われ考えられるようになる。
4和修吉
徳叉迦(タクシャカ)
多舌や視毒を意味し、徳叉迦が怒って凝視された時、その人は息絶えるといわれ、身延鏡と金光明経から七面天女は、タクシャカ龍王の娘とされている。
5徳叉迦 
阿那婆達多(アナヴァタプタ)
清涼や無熱悩を意味し、阿耨達(あのくだつ)龍王とも呼ばれ、ヒマラヤの北にあるという神話上の池、阿耨達池(無熱悩池)に住み、四方に大河を出して人間の住む大陸 閻浮提(えんぶだい、贍部洲 せんぶしゅう)を潤すとされている。
6阿那婆達多
摩那斯(マナスヴィン)
大身、大力を意味し、阿修羅が海水をもって喜見城を侵したとき、身を踊らせて海水を押し戻したといわれている。
7摩那斯
優鉢羅(ウッパラカ)
青蓮華や黛色蓮華池を意味し、青蓮華龍王とも呼ばれ青蓮華を生ずる池に住んでいて、インドでは花弁や葉などの形状を比喩的に眼を現すことに使われるが、特に青睡蓮は美しい眼の喩えとなっている。仏教では仏陀の眼は紺青色とされ、三十二相八十種好の一つ「眼色如紺青相」となっている。
8優鉢羅
基壇上には正面に釈迦如来坐像が安置され、
釈迦
右に日蓮上人立像、
日蓮
左によくわからない比丘尼の立像が安置されています。
比丘尼
そのほか境内には法華経の守護神である魚籃観音立像、観音立像、地蔵菩薩坐像などが安置されています。
魚籃観音
龍王はインドではナーガ族で有名なのは、寺院の彫刻その44のガルーダの母親と賭けをしたカドゥルー、寺院の彫刻その25のクリシュナに退治されるカーリヤ、寺院の彫刻その13のアナンタ龍、寺院の彫刻その17の乳海攪拌のヴァースキー龍などがあります。
また旅の話その5でお話しした古い木の根元にナーガの像を祀り、豊穣や多産を祈願する「ナーガッカル」という習慣もあります。
蛇族はインドではとてもポピュラーです。
Kunisada_II_The_Dragon.jpg
これらのナーガが中国を経由して竜王になったと思われます。
稲荷原の本門戒壇院はとても不思議な空間でした。

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石の巡礼 その7(威光寺 弁天十五童子) 

AA1_0283のコピー
今回は東京都稲城市にある威光寺です。
明治4年神仏分離に伴い、当寺境内に新たに弁天洞窟を設けて石仏を穴澤天神社より移設しました。
弁天洞窟の入口から10mほどの道は1,500年以上前に掘られたもので、その後さらに掘り進められ、全長65mの洞窟として完成しました。
この洞窟の中に珍しい弁天十五童子の石像を始め大黒天、毘沙門天など23体が安置されています。
洞窟の中は真っ暗で一寸先も見えません。
そのため入り口でロウソクを貸してくれます。
わかっていれば懐中電灯を持ってくるのですが、ロウソクの方が雰囲気があります。
まずは受付で拝観料300円を払うとロウソクの柄とロウソクを貸してくれます。
それでは出発です。
境内のお庭お抜け、小さな太鼓橋を渡るとレンガのトンネルが見えてきます。
弁天洞窟入口
中は真っ暗です。
ここでロウソクに火をつけます。
わずかなろうそくの光だけが頼りでとても不安です。
道はまっすぐではないので先がわかりません。
威光寺弁天洞窟_-_panoramio_(9)
すると童子が一体ずつ現れてきます。
まずは牛馬童子です。
向かって右下に彫られている牛と馬から繋がっている手綱を持っています。
14 牛馬童子
   1牛馬童子
次は酒泉童子です。
杯を右手に持ち、左手に柄杓を持って酒壺の前に立っています。
10 酒泉童子
   2酒泉童子
次は両手で衣装を捧げる衣装童子です。
8 衣裳童子
   3衣裳童子
次は蚕器を両手にもつ蚕養童子です。
9 蚕養童子
   4蚕養童子
次は右手に筆、左手に硯を持つ筆硯童子です。
3 筆硯童子
   5筆硯童子
次は升を前に向けて両手で持つ計升童子です。
6 計升童子
   6計升童子
次は右手を上にし、左手を下げて両手で帯を持つ官帯童子です。
2 官帯童子
   7官帯童子
剣を右手に持ち、左手に宝珠を持つ生命童子です。
12 生命童子
   8生命童子
次は右手に印錀、左手に宝珠を持つ印錀童子です。
1 印錀童子
   9印錀童子
右手を前に向けて宝珠を持ち、左手に稲束を持つ稲籾童子です。
5 稲籾童子
   10稲籾童子
次は右手を施無畏印、左手に宝珠を持つ船車童子です。
15 船車童子
   11船車童子
次は右手に秤、左手に分銅を持つ金財童子です。
4 金財童子
   12金財童子
次は頭上の飯櫃を右手で支え、左手を拳にする飯櫃童子です。
7 飯櫃童子
   13飯櫃童子
次は右手に矢を持ち、左手に弓を持つ愛敬童子です。
11 愛敬童子
   14愛敬童子
最後は三宝珠盛る盆を両手で捧げる従者童子です。
13 従者童子
   15従者童子「
弁天十五童子は以上ですが、洞窟はまだ続きます。
内部には池もあり、巨大な白蛇、宇賀神、弘法大師、文殊菩薩、竜神などが安置されていますが、弁天十五童子と比べると出来は良くありません。
外に出るとあまりの明るさに目が慣れません。
東京でできるとてもミステリアスな体験でした。
ここは新東京百景にも選ばれています。
残念ながら安全上の問題で現在閉鎖されているようです。

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石の巡礼 その6(白滝山ー龍泉寺十六善神)

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今回は広島県三原市にある白滝山龍泉寺です。
白滝山の山頂付近に龍泉寺があります。
龍泉寺は、小早川氏の一族の小泉氏の氏寺です。
この寺の本堂裏の白滝山山頂は「八畳岩」 と呼ばれる巨大な花崗岩の露頭があり、その「八畳岩」の岩壁に、釈迦三尊と、十六善神の磨崖仏が彫られています。
「八畳岩」は上に登ることができ、大三島や生口島などの島々、周辺の山々が見渡せ、素晴らしい眺めです。
残念ながら私が訪れた時には霧がひどく、海ははっきり見えませんでしたが、やがて霧が晴れるとまるで天空にいるように雲海(霞?)が広がり、とても幻想的な景色になりました。
白滝山
ここに掘られている十六善神とは醜怪な夜叉や鬼神が、仏の教えを聴いて改心し、善心をおこして三宝に帰依(仏教徒になる)することで善神となった神です。
そして「般若経」とその誦持者の守護を誓いました。
『玄奘三蔵は大般若経などの経典357部をたずさえ帰路を急いでいましたが、川のほとりで鬼神深沙大将が現れました。深沙大将は「これまで法師の旅を邪魔してきたが、今こうして沢山の経典をたずさえた法師を見て仏法に寄せる情熱を理解し、これまでの行いを後悔している」と懺悔しました。すると法師は、「今の懺悔によって、あなたが犯した罪はすべて消滅した。これから先は、あなたの家来とともに仏法を広めて、衆生済度に精進しなさい」と言い、大般若経を取り出して深沙大将の頭上にかざします。深沙大将は、「これからは般若経を身をもって防ぎ守ります。また、般若を敬い信じる人に対しては、現在から未来にいたるまで、いついかなる場合もその願いが叶うよう援護するでありましょう」と法師に固く誓約しました』という話は有名です。
この話を元にした西遊記では玄奘三蔵は三蔵法師、深沙大将は沙悟浄です。
「八畳岩」に彫られているのは十六善神と玄奘三蔵、深沙大将、常啼菩薩、法涌菩薩と釈迦、迦葉、阿難の釈迦三尊です。まず始めに現れるのは釈迦三尊です。
釈迦、迦葉、阿難の釈迦三尊
0釈迦 脇侍に迦葉・阿難
十六善神と彫られた年代が違うようで出来はあまりよくありません。
さらに進みますと大岩に彫られた10体ほどの十六善神が現れます。
左端の深沙大将は6個のドクロのネックレスとお腹に子供の顔が彫られているのでわかります。
隣には深沙大将に狙われている少年らしき像、経典を求めて天竺へ旅した玄奘三蔵、勇猛心地、吠室羅摩拏(多聞天)摂伏諸魔と続きます。
深沙大将
1深沙大将
   1深沙大将


子供
2子供

















玄奘三蔵
3玄奘三蔵jpg
   2玄奘三蔵のコピー


勇猛心地善神
4勇猛心地
   3勇猛心地善神


吠室羅摩拏善神(多聞天)
5吠室羅摩拏(多聞天)
   5多門


摂伏諸魔善神
5摂伏諸魔
   4摂伏諸魔善神


上段には提頭頼吒善神(持国天)、般若経に縁が深い法涌菩薩、抜除罪垢(ばつじょざいく)、やはり般若経に縁が深い常啼菩薩が彫られています。
提頭頼吒善神(持国天)
6提頭頼吒善神 (持国天)
   6提頭頼吒善神


法涌菩薩
7法涌菩薩
   7法涌菩薩


抜除罪垢善神
8抜除罪垢
   8抜除罪垢善神


常啼菩薩
9常啼菩薩
   9常啼菩薩


岩を廻ると増益(ぞうやく)、師子威猛(ししいもう)上段に毘楼勒叉(びるろくしゃ、増長天)が彫られています。
増益善神
10増益
   10増益善神


師子威猛善神
12師子威猛
   12師威猛善神


毘楼勒叉善神(増長天)
11毘楼勒叉(増長天)
   11毘盧勒叉善神


さらに回ると降伏毒害、除一切障難、能救諸有・毘盧博忍善神、上の岩に救護一切吠室羅廊善神、 能忍(のうにん)、さらに進むと毘楼博叉(びるばくしゃ、広目天)、歓喜(かんぎ)、離一切怖畏(りいっさいふい)が彫られています。
降伏毒害善神
13摧伏毒害
   13降伏毒害善神


除一切障難善神
14除一切障難
   14除一切障難善神


能救諸有・毘盧博忍善神
15能救諸有
  16能救諸有・毘盧博忍善神


救護一切吠室羅廊善神
16救護一切
  16救護一切吠室羅廊善神


能忍善神
17 能忍
   15能忍善神


毘楼博叉善神(広目天)
18毘楼博叉(広目天)
   16毘留博叉善神


歓喜善神
19歓喜
   17歓喜善神


離一切怖畏善神
20離一切怖畏
   18離一切怖畏善神


どうして白滝山龍泉寺の岩に十六善神が彫られたのかわかりませんがこの彫刻は「般若経」の儀軌に忠実に彫られています。
おそらく、ここの寺院に収められていた般若経典を守るために、この花崗岩の巨大な岩に十六善神を彫ったと思われます。この十六善神の彫刻は非常にめずらしく、私が知っている限りは、上野の国立博物館の中庭に移築された旧十輪院宝蔵だけです。
旧十輪院宝蔵
校倉の四方の腰には十六善神を線彫りで表す石がはめられています。
旧十輪院宝蔵2
なにせ鎌倉時代前期のものですから保存状態があまりよくありませんが素晴らしい彫刻です。
旧十輪院宝蔵3
校倉は『大般若経』が納められていた経蔵でした。
内部壁面には大般若経にゆかりの菩薩や十六善神が描かれていますが、公開されていません。
旧十輪院宝蔵4
般若経と十六善神はとても深い関係であることがわかりました。
般若経あるところに十六善神ありです。
私が小学校の頃、図書の時間に読む本はいつも「西遊記」と「東海道中膝栗毛」でした。

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石の巡礼 その5(隼人塚)

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隼人塚の写真を見て、以前から訪れて見たいと思っていました。
その写真は小山に石塔が3塔並んで建っており、その四方に石像が4基立っているものでした。
見た瞬間、韓国かと思いました。
石塔の形が韓国に似ているのです。
また石像(四天王)も韓国ぽいのです。
1隼人塚
それでは鹿児島県霧島市へ出発です。
説明によりますと古代南九州に住む人々は、熊襲(くまそ)・隼人(はやと)と呼ばれていました。
隼人は、奈良時代、律令制による薩摩国(薩摩半島を主とする地域)・大隅国(大隅半島を主とする地域)建国の以前から、大和朝廷に朝貢(ちょうこう)し、一部は奈良やその周辺に移住して朝廷に仕え、宮門の警護や儀礼などを担当していました。
「畿内隼人」と呼ばれたこれらの隼人とは別に南九州には、依然として大和朝廷に服従しない隼人がいて、しばしば反乱を起こしていました。
最も大きかったのは、養老4年( 720年)の反乱で、隼人が大隅国の国司を殺したことから、大和朝廷はそれを鎮定するため、大伴旅人を将軍に一万人ほどの兵隊を南九州に送ります。
一年数ヶ月に及ぶ戦いで、1400人余りの隼人が首を切られたり、生け捕りにされたと言われます。
12隼人塚
この反乱の後、隼人の霊を慰めるため宇佐神宮で始まった「放生会(ほうじょうえ)」が鹿児島神宮にも伝わり、祭りの神輿(みこし)が浜の市に下る途中、立ち寄って供養の儀式を行なったところが隼人塚だったと考えられています。
またここは正国寺跡とも言われています。
つまり誰がいつ、何のために建てたのか解らないのです。
まずは塔をみてみます。
向かって左側(西塔)と右側(東塔)はほぼ同じ大きさで、真ん中の中央塔が少し大きく作られています。
全て五重石塔で各層の各面には彫刻があります。
東塔の初層の各面には両脇に連子窓、中央に如来坐像を刻んでいます。
6東塔
2層から5層の軸部四面にも仏像が刻まれています。
7東正面
中央塔も同じですが保存状態が良くありません。
8中央塔60
初層正面には智拳印の大日如来と思われる如来坐像を刻みます。
9中央正面
そのほかは良くわかりません。
西塔は東塔と同じように初層の各面には両脇に連子窓、中央に如来坐像を刻んでいます。
10西塔
正面の坐像は定印の阿弥陀如来と思われます。
11西正面
四天王を見ます。
向かって右前列には東方を守る持国天が鎧に身を固めた姿で立っています。
3持国天
一番保存状態が良い像で邪鬼の上に立ち右手を振り挙げ、左手は剣を持ち斜めに構えています。
右足で邪鬼の頭を踏み、兜の正面には東南アジアで言うマカラのようなものが彫られています。
左前列は南方を守る増長天が剣を地面に差し両手で支えています。
4増長天
その後ろには西方を守る広目天が戟を地面に突き立てています。
邪気を踏みつけています。
2広目天
持国天の後ろには北方を守る多聞天が邪鬼の上に立っています。
5多聞天
平安時代後期の製作と言われていますが、似た石像物はありません。
私にはどうしても異国(新羅)の雰囲気がするのです。

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石の巡礼 その4(十王4)

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今回は中部・関東地方の十王像です。
それでは群馬県から見ていきます。
群馬県利根郡みなかみ町の旧伽立村の祠に安置されている十王はとても保存状態が良くすべてそろっていますが、私が訪れた時には鍵がかかっていたのでガラス越しからの見学になりました。
小さな像ですがなかなか良い出来です。
                 伽立村十王
2伽立(十王)群馬
3伽立(十王)群馬
沼田市の追母薬師堂の十王も堂内に保存されているので全て揃っています。
石の巡礼十王1で載せた写真は追母薬師堂の十王です。
管理されている方に開けてもらい、十分観察しました。
ここは薬師堂ですので、木造の薬師如来、日光・月光菩薩、十二神将が安置されています。
                 母薬師堂十王
4追母薬師堂(十王)群馬
5追母薬師堂(十王)群馬
前橋市の香集寺には十王像はありませんが、地獄の裁判のセットである浄玻璃の鏡(閻魔王庁に置かれており、この鏡には亡者の生前の一挙手一投足が映し出されるため、いかなる隠し事もできない)、人頭杖(檀拏幢とも言い閻魔王が持つ杖で、杖の上には通称「見る目」「嗅ぐ鼻」と呼ばれる2つの頭部が乗っており、これらは閻魔王が冥府で亡者を裁く際に善悪を感知する)、業の秤(地獄にあって亡者の罪業をはかるという秤)が彫られた石像物が境内にあります。
                 香集寺
6香集寺(業の天秤 十王)群馬
信州の駒ヶ根市東伊那にある大蔵寺は守屋貞治の延命地蔵菩薩で有名ですが、ここに十王堂があり保存状態の悪い十王が安置されています。
大きな石の上に小さな石を乗せただけの十王に見えますがとても哀愁のある像です。
                 大蔵寺十王
7大蔵寺(十王)信州
同じく信州上田の別所温泉にある満願寺の境内には十王を安置した小屋があります。
                 満願寺十王
8満願寺001
埼玉県の熊谷市の光照寺には一石に閻魔王と十王を掘った1695年の像立の十王石仏があります。
上部には唐破風を作り、三段に分けて閻魔王、十王5体ずつを彫ります。
                 光照寺十王石仏
9光照寺十王石仏埼玉
山梨県の大月にある新倉薬師堂の十王は人頭杖、業の秤以外は司禄、司命も揃っています。
薬師堂なので木造の薬師如来、十二神将も安置されています。
                 新倉薬師堂十王
10大月新倉薬師堂(十王・十二神将)
大月の袋香寺には素晴らしい十王塔があります。
袋香寺は無住の荒れ果てた寺院ですが参道に十王塔はあります。
1面に地蔵と司禄、司命、その下部に業の秤、浄玻璃の鏡、人頭杖、他の3面に十王が彫られています。
                 袋香寺十王塔
11大月袋香寺(十王塔)
埼玉県の熊谷市近郊には十王塔が数カ所見つかります。
一つは玉井寺の墓地にあります。
                 玉井寺十王塔
12玉井寺(埼玉)
近くの高柳にもよく似た十王塔があります。
                 高柳十王塔
13高柳(埼玉)
星渓園の庭園の中に2基あります。
                 星渓園十王塔
14星渓園(埼玉)
神奈川県では松田町の覆屋の中に他の石仏と一緒に安置されています。
                 松田町十王
15松田町(道祖神)
真鶴の如来寺跡の十王は特異です。
「岩」という海岸の洞窟の中に安置されています。
迫力のある閻魔像を中心として十王、奪衣婆、人頭杖が並んでいます。
注目は倶生神です。
閻魔王の隣に立っています。
この洞窟の奥にも、もう一体閻魔像が安置されています。
                 如来寺跡十王
16如来寺跡(十王)真鶴

湯河原の駅の裏にある薬師堂の十王も見逃せません。住宅の奥にあり薬師堂の向かって右側には素晴らしい閻魔像と十王が、左側には迫力のある奪衣婆と2像が安置されています。
                 湯河原薬師堂十王
17薬師堂(十王)湯河原
東京では練馬の長命寺です。
東の高野山と言われ境内には沢山の石仏があります。
その中にほぼ等身大の十王が並んでいます。
残念なことに石質が悪いのか崩壊が早そうです。
                   長命寺
18長命寺(十王・十三仏)
板橋区の志村の延命寺地蔵堂には素晴らしい十王塔があります。
立派な唐破風の笠がのった角柱の4面に人頭杖、業の秤、奪衣婆、おそらく司禄と倶生神、九王が彫られ、隣に立派な丸彫りの閻魔王が安置されています。
その前には十三仏が並びます。
                 延命寺地蔵堂十王塔
20延命寺地蔵堂(十王、十三仏)
21延命寺地蔵堂(十王、十三仏)
練馬区の大泉教学院には立派な人頭杖と十王が並んでいます。
                 大泉教学院十王
22大泉教学院(十王)
21大泉教学院(十王)

十王像は鎌倉時代から見つかりますが、庶民の間では江戸時代から全国に浸透していったようです。

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