気になる話 その8(那須高原 私の美術館)

サンチ−2塔019
その美術館は那須高原にありました。
残念ながら平成29年12月31日をもって閉館しました。
名前は「那須高原 私の美術館」と言い芸術家此木三紅大(コノキミクオ)を総合的に紹介する個人美術館として、平成7年10月に誕生しました。
此木氏は、具象や抽象、絵画や立体というジャンルを超えて創作活動に励み、また若い芸術家集団の先頭に立ち指導の任にあたる一方、日本の美術を研究し続けています。
そんな類い稀なる多才な芸術作品に惹かれ、長年に渡り所有してきた数々の収集作品を一堂に展示公開しています。
コノキミクオの作品は絵画、版画、ガラス絵、ステンドグラス、ガンダ彫刻(使い古した鉄くず)などオブジェに至るまで幅広いジャンルにおいてその1つ1つに命を吹き込みます。
それでは入ってみましょう。
コノキ1
まず入り口ゲートの大きな蝶とバッタがお出迎えです。
すてきなチケット発売所で1000円を払います。
建物の前には素敵な外灯があります。
コノキ2
建物の入り口がハイライトです。
巨大なフクロウとステンドグラス、下部は草や昆虫です。カブトムシやウサギもいます。
コノキ3
側面に回ると出入り口がありそこにも素敵なステンドグラスの扉があります。
コノキ4
扉の横には不思議な石像が置いてあり、中世ヨーロッパ的な顔立ちで蝶のネックレスにバッタがついています。
コノキ4−2
中に入りましょう。すてきな絵画やガンダ彫刻が展示されています。
人魚の絵が気に入りました。コノキ5
ボッシュのような絵もあります。
コノキ8
とても細かいタロットのような絵もあります。
コノキ6
野原を描いた日本画もあります。
コノキ9
館内の渡り廊下の上部にも素敵なステンドグラスを使ったオブジェがあります。
コノキ10
中庭にも沢山のオブジェが展示されています。
私は色々な動物で出来た木のオブジェが好きです。
コノキ12
羽のついたタツノオトシゴのような訳のわからないオブジェが沢山ありますが、みんなとても可愛くて素敵です。
私はコノキミクオの作品が大好きです。
彫刻家として知ったのですが、絵画はもとよりガラス作品も素晴らしいと思います。
コノキ13
メルヘンチックでケルト風、シノア風、ジャポネ風、そしてまぎれもないミクオ風のコノキワールドです。
どんな小さなものにもミクオの精神が宿っています。
丸ごとコノキワールドの「那須高原 私の美術館」が亡くなってしまうのはとても寂しいことです。
千葉県にあるアトリエを公開して「松山庭園美術館」として氏の作品を展示しています。
ぜひ訪れたいと思います。
可愛い昆虫や動物たちがたくさんいるかな。

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気になる話 その7(三沢航空科学館・高橋みのる)

サンチ−2塔007
先日、大学のOB会旅行で岩手県八戸に行きました。
目的は温泉でしたが観光で三沢にある県立三沢航空科学館へ行きました。
個人では絶対行かない所ですが素晴らしい所でした。
アプローチの道路は整備され道路脇のポールに取り付けた飛行機のオブジェが楽しい道です。
三沢1
するととても広い敷地に近代的なガラスを多用した建物が現れます。
510円(団体410円)を払い入館するとミュージアムショップの前に素晴らしい高橋みのるさんの作品が展示されています。
三沢2
この話は後ほどにして先に進むと、まず展示されているのがミス・ビードル号の復元機です。
オレンジ色のとても美しい機体です。
三沢3
解説によると三沢・淋代海岸から離陸し、太平洋無着陸横断飛行に成功しました。
アメリカ・べランカ社製の単発5人乗りの旅客機の後部座席と機体底部を燃料タンクに改造して長距離飛行に備え、太平洋無着陸横断飛行に挑戦し約41時間後、ワシントン州ウェナッチバレーに胴体着陸して、太平洋無着陸横断飛行を成し遂げました。
正にこの科学館の顔です。
さらに進むと格納庫の様に沢山のプロペラ機が展示されています。
三沢4
国産機による初めての飛行に成功した奈良原式2号機、1915年に金木町出身の白戸栄之助が地方巡回飛行に使用した飛行機白戸式旭号、東京帝国大学航空研究所が、周回飛行距離の世界記録をめざして開発した航研機、初の国産実用機として国内線に就航したYS-11など飛行機の美しさがまったく飛行機に興味のなかった私にもわかりました。
三沢5
また体験施設として浮遊感と瞬間的な自由落下が体験できるプローブⅣ、重力を感じることの出来る回転板、セスナやヘリコプターのフライトシュミレーター、航空管制官の疑似体験など体験学習も出来ます。
私が行った時は特別展示でゼロ戦(本物)を見ました。
三沢6
野外展示ではF-104戦闘機、T-2、F1、F4EJ改ファントム,輸送機、ヘリコプターなど、触れたり、実際に乗り込むことが出来る機種もあります。
戦闘機は思ったより小さく、その機能美におどろきます。
三沢9
しかし私が一番感動したのは入り口のエントランスホールに展示してある高橋みのるさんの作品です。
三沢10
八戸で生まれた高橋さんは「木」と「メカニズム」と「遊び心」の三つの要素を組み合わせた動きの世界を「メカ木ズム」とネーミングし、からくり制作などをおこなっています。
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このホールには国内最大級の木製メカニカルモニュメント「からくり飛行船」(高さ4m、長さ4.5m、制作期間3年)があり、楽しいこと此の上ありません。
沢山のからくりが仕掛けてあり何時間でも見ていられます。
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木のぬくもりと人形の表情が何とも言えません。
ぜひ高橋さんの他の作品も見たいと思います。
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飛行機の魅力と高橋さんの作品に触れられたとても良い旅行でした。

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気になる話 その6(フリーダ・カーロ)

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フリーダ・カーロの絵を見て一週間ほど彼女のことばかり考えていました。
フリーダ・カーロは1907年メキシコシティの近くでハンガリー系ユダヤ人職業写真家の父とメキシコ人の母のもとに生まれました。
6歳の頃ポリオ(小児麻痺)にかかり、この影響で右腿から踝にかけて成長が止まって痩せ細り、これを隠すためにズボンやメキシコ民族衣装のロングスカートなどを好んで着用していたようです。
フリーダ1
更なる不幸がフリーダを襲います。
国立予科高等学校在学中に通学に使用していたバスが路面電車と衝突し、多数の死傷者が出る事故が発生し、フリーダも生死の境をさまよう重傷で、3か月の間ベッドの上での生活を余儀なくされ、その後も事故の後遺症で背中や右足の痛みにたびたび悩まされるようになりました。
フリーダ6
このころから痛みと病院での退屈な生活を紛らわせるために本格的な絵を描くようになったと言われています。
フリーダ3
通常の生活が送れる程度に回復した1928年、フリーダは知識人や芸術家の集う活動サークルに参加し、メキシコ共産党へ入党します。
そこで画家ディエゴ・リベラと運命的な出会をし、フリーダは21歳年上のリベラと結婚します。
フリーダは妊娠しますが事故の影響で骨盤や子宮に損傷を受けていたことから数回流産となってしまいます。
フリーダ4
このことはその後の作品に大きな影響を与えることとなります。
リベラはフリーダの妹クリスティナと関係を持ちます。
ショックを受けたフリーダは彫刻家イサム・ノグチや革命家レオ・トロツキー、フランスの詩人アンドレ・ブルトン達と関係を持ちます。
一方フリーダの作品は海外で喝采を受け世界中の有名人から絵の注文が舞込みます。
フリーダ5
フリーダの成功と精力的な活動によって次第に夫婦間の熱は冷めていき、1939年11月6日リベラとの離婚が成立します。フリーダは制作に没頭しますが、再び脊髄の痛みに悩まされさらに右手が急性真菌性皮膚疾患にかかり、制作が出来なくなります。治療により健康状態が安定した頃、フリーダはリベラへ再婚の提案を行い2度目の結婚をしました。
しかし1940年代の終わりごろになるとフリーダの健康状態はさらに悪化し、左足が壊疽になり膝から下を切断します。
その後も苦痛に見舞われ、1954年7月肺炎を併発して死去しました。
生前、彼女はたくさんの日記を書いています。
この日記がすばらしいのです。
フリーダの絵日記です。
フリーダ7

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この波乱にとんだ彼女の人生は本や映画になりました。
彼女の作品は独特で、根底にメキシコとネイティブアメリカンの文化があり、シュールレアリズムで味付けした彼女の孤独の、痛み、苦しみなどを表しています。
したがって自画像をとても沢山制作しています。
フリーダ2
映画「フリーダ」は私の好きな女性監督ジュリー・テイモアの作品でフリーダを知るにはお勧めです。

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気になる話 その5(鈴木大拙館)

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以前から鈴木大拙には興味があり、金沢の生誕地の近くにある鈴木大拙館にはぜひ訪れてみたいと思っていました。
鈴木大拙館は仏教哲学者の鈴木大拙の考えや足跡を広く内外の人々に伝えることにより、鈴木大拙についての理解を深めるとともに、来館者自らが思索する場として利用することを目的として建てられています。
素晴らしい建物でモダニズム建築で有名な谷口吉生の設計です。
1鈴木大拙
設計方針は敷地の特長である小立野台地から続く斜面緑地を背景に、石垣や水景などによって金沢を象徴する景観を創造し、その中で鈴木大拙の世界を展開していくことを設計の基本方針としたそうです。

建築は、「玄関棟」「展示棟」「思索空間棟」を回廊で結ぶとともに、「玄関の庭」「水鏡の庭」「露地の庭」によって構成されています。
配置図
この3つの棟と3つの庭からなる空間を回遊することによって、来館者それぞれが鈴木大拙について知り、学び、そして考えることが意図されています。
3鈴木大拙.
入館すると照明を押さえた内部廊下を通ります。
まるで胎内くぐりです。
回廊の突き当たりは展示空間になっています。
ここに展示されているものには解説はおろかタイトルもありません。
大拙の思想に基づき、来館者それぞれが先入観に囚われず自由に感じてもらうためです。
4鈴木大拙.PB230352
隣は学習空間になっています。
所蔵されている大拙の著作、鈴木大拙館を掲載した雑誌のほか、大拙の映像・ラジオを視聴でき、大拙の思想や考えについてじっくり学べるようになっています。
路地の庭にはイサム・ノグチ作のつくばいがあります。
7鈴木大拙.
展示棟を出ると目の前は水鏡の庭。
ただそこにいるだけで大拙が説く「全宇宙」が感じられるようです。
浅く水が張られた水盤に周りに生い茂る樹木や青い空、美しい建物が映りこんでいるさまはどこまでも静謐で穏やかで、定期的に発生する波紋やそよぐ風が立てるさざ波、葉擦れの音は肌に心地よく、時間の流れが空間の中に溶けだしていくような錯覚に陥ります。
5鈴木大拙.
大拙について知り、彼の思想を学び、自ら考える、その最後の要素を司っているのが水鏡の庭に突きだした思索空間です。
白い箱型の建物内部には畳でできた長椅子が整然と並んでいるだけのシンプルな作りで、そこでどのように過ごすかは訪れた人にゆだねられています。
8鈴木大拙
1870年金沢で生まれた鈴木大拙は日本の禅を世界に広く普及させた仏教学者です。
帝国大学で哲学を学びつつ、鎌倉円覚寺で禅を学びました。海外で仏教に関する著作を発表した後、東京帝国大学の講師、学習院大学の教授、大谷大学の教授などを歴任。
日本仏教の魅力を世界に広めるという考えのもと、英文での著作を多く残します。
6鈴木大拙.
1949年には文化勲章を受賞。
1950年より1958年にかけ、アメリカ各地で仏教思想の講義、とくに禅の思想の授業を行い、ニューヨークを拠点に米国上流社会に禅思想を広める立役者となりました。
現代音楽家のジョン・ケージも大拙から禅を学び、アップル創業者のスティーブ・ジョブズも禅の影響を受けていたことは有名です。
9鈴木大拙.
今回訪れて鈴木大拙の思想を建築物に表した谷口吉生の感性に驚きました。
「水鏡の庭」に佇んで二人のコラボレーションを楽しみました。

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気になる話 その4(ハニベ岩窟院)

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以前、福井県の石仏を見に行った時です。
帰りの飛行機に乗るために小松に行きましたが、まだ時間がだいぶあるので周りの観光をしようと「道の駅」でもらった地図を見た所、観光名所のマークがついたハニベ岩窟院を見つけました。
興味を持ちスマホで調べたら「異様な世界が広がる」とありましたのですぐに急行しました。
駐車場に車を止め(私達しかいない)、入り口を見ますと小山をバックに巨大な仏頭が目に飛び込みます。
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もう期待でわくわくしてきます。
入場料800円を払い順路に従ってお庭にある彫像を見ます。
インドのガンガー女神や現代彫刻の不思議な男性裸像群を見て山道を登ります。
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道の途中にもとても可愛い不思議な像が数体あります。
やがてハニベ水子地蔵堂に着きます。
中は奉納された水子地蔵でいっぱいです。
水子地蔵小一体で10000円+お経料3000円です。
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さらに登ると小さな広場がありそこに象とライオンの大きな像です。
奥に石窟があり、彩色されたリアルな日蓮、親鸞、空海、蓮如の像が安置されています。
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そばにギャラリーがあり、インド、中近東の石像や観音像、源義経像など訳のわからないものが展示されています。
さらに進むと仁王が守る大きな石窟があります。
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ここがメインの窟です。
さあ入ってみましょう。
内部はかなり暗くひんやりしています。
まずハニベ岩窟院の初代院主がある晩夢に見た牛を彫った「夢牛」がお出迎えです。
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大黒様や弁慶と富樫などがあり、大作「釈迦の生涯」があります。
誕生から涅槃までがパネルに厚肉彫りで彫られています。
可愛い誕生仏もあります。
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鬼子母神、薬師如来、招き猫、阿修羅、全裸のヤクシー像、インド関係の神、カジュラホのミトゥナ(性交)のパネル、などがあり、ハイライトの地獄巡りです。
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地獄の門番牛頭の先導で轢き逃げの罪を見て、奪衣婆、鬼の食卓、食べ物を粗末にする罪、闘争にあけくれた罪、人をたぶらかした罪、我が子を殺した罪、乱用の罪、など非常に恐い展示があります。
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その先には不動三尊、閻魔大王、風神雷神、道元、法然、最澄、釈迦と10大弟子、愛染明王などが所狭しと展示されています。
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とても不思議な空間で江戸川乱歩の小説に出てきそうです。
ハニベ岩窟院は小松市の東北部に広がる丘陵にあり、石材の産地であるために石を掘り出された後の洞窟を利用して1951年初代院主の都賀田勇馬よって開洞されました。
戦後まもなく乱世を憂い世界平和と人類繁栄を願い黙々と仏をつくり続けて来ました
。
ハニベとは昔、埴輪(はにわ)など土で彫刻を作る人を土部師(はにべし)と言い現在の彫塑家の事を言います。
ハニベ巌窟院は「彫塑家のつくった」「洞窟の」「お寺」と言う意味だそうです。
現在は2代目が作り続けています。
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800円の価値は十分ありました。
駐車場の前にハニベ岩窟院のお土産物屋があったので記念に
ハニベ焼きの魚の箸置き(ハゼ?)を買い、満足して空港へ向かいました。


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