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旅の話 その7(ビンロウジ・キンマ)

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最近はあまり見かけなくなりましたが80年代はインド・東南アジア・東アジア全域でキンマを噛む習慣が見られました。道端や駅、飛行場にも点々と赤い血の様なものが染み付いていました。
これはビンロウと言うヤシ科の植物の実(ビンロウジ)を薄く切って乾燥させたものに石灰を混ぜ、キンマの葉で包んで噛みます。
キンマ6
するとアルカロイドを含む種子の成分と石灰、唾液の混ざった鮮やかな赤や黄色い汁が口中に溜まります。
この赤い唾液は飲み込むと胃を痛める原因になるので吐き出します。
しばらくすると軽い興奮・酩酊感が得られますが、依存性があり、何回も用いると次第に手放し難くなります。
赤いシミはこれが原因です。
キンマ(ベテル)は胡椒科の蔓草で葉はハート形でつやがあります。
キンマ7
葉には薬効があり、健胃薬、去痰薬またアーユルヴェーダでは媚薬として用いられました。
いわゆるビンロウジ(キンマの葉で包んだもの)は古来から高級嗜好品として愛用され、ビンロウジとキンマの葉は夫婦の象徴として、インド・東南アジアでは結婚式に際して客に贈る風習があります。
また上流階級では、唾を吐く痰壷やキンマ、ビンロウジの道具入れなどの用具が発達し、漆を塗った凝ったものや陶器の壷なども愛用されました。
キンマ8
東ジャワにある14世紀に建立されたCANDI PANATARANN寺院の壁面に彫られた「クリシュナヤーナ」物語のパネルにキンマの道具入れと痰壷を持った従者が彫刻されています。
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「ラーマーヤナ」の物語が彫刻されている壁面にもサルの従者が道具入れと痰壷を持っています。
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常用者は減ったとはいえ、地方へ行くと口の中を真っ赤にしたおじさんやおばさんが見受けられます。
ビンロウジに入れるものは基本的にはビンロウジ、石灰、キンマの葉ですが好みによって色々なものを入れます。
キンマ1
多いいのはタバコの葉です。
カルダモン、シナモンなどのスパイスもよく混ぜられ、砂糖などの甘味料、ライムなどの柑橘系果物も搾ったりしている様です。
口の中が赤くなり、唾を頻繁に吐くため若い人の常用者はあまり見かけません。
私は以前パラオに行った時にボートの上で経験しました。
それはタバコの葉が入っているもので当時喫煙者であった私は興味本位で噛んでみましたが酩酊感や高揚感はあまり感じませんでした。
口の中がえぐく、唾が沢山出てきました。
口の中も少し感覚が鈍くなった様です。
赤くなった唾を海に吐いていると、自分がパラオ人に近づけた様な気がしました。
キンマ4
最近は口腔がんの原因になるとの報告もありますが茶飲み友達のように老人達がビンロウジを噛みながら世間話をするのを無理矢理止めることもない様な気がします。
近い将来、この習慣はなくなりますから。

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旅の話 その6(乗り物)

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私の旅はほとんどが自動車を利用します。
しかし村の中や町の中では手軽な乗り物であるシクロやリクシャーが活躍します。
町や村の匂いや音、空気を感じることが出来るので大好きです。
値段の交渉という難題がありますが。
これらの手軽な乗り物としては動物が動力、人が動力、自転車が動力、三輪自動車やオートバイが動力のものがあります。
人が動力のものは日本の人力車が名前の由来になったリクシャーがあります。
1カルカッタ
私がインドへ行き始めた時点ではリクシャーからサイクルリクシャーになり、見かけたことはありましたが乗ったことはありません。
ドミニク・ラピエールの「歓喜の町カルカッタ」は人力車夫の事や下層階級の生活が描かれていてとても興味深く読みました。
お勧めです。2varanasi
「CITY OF JOY」という名前で映画にもなりました。
動物が動力の馬車や牛車も田舎で見かけます。
馬車はミャンマーのパガン遺跡を巡るには最高です。
牛車は同じくミャンマーのシュリクシェトラの遺跡を巡るときに乗りました。
ほとんど道なき道を4WD顔負けで走破します。
乗っているのも大変ですが、夕方の黄昏時を牛車で巡るのは至福の時間です。
自転車が動力のもは座席が前にあるもの、後ろにあるもの、横にあるものなど色々です。
ベトナムではシクロと呼び座席は前です。
3ハノイシクロ
まだ車もオートバイもあまりない時代は、市民も観光客もシクロに乗ってサイゴンの町はシクロだらけでした。
「青いパパイヤの香り」で一躍名を馳せたトラン・アン・ユンの第2作「シクロ」もお勧めの映画です。
カンボジアでもシクロは大活躍です。
一度プノンペンで友人6人シクロに乗り国立博物館へ行きましたが、5人は若い運転手で、1人だけとても高齢の人にあたりました。
4プノンペンシクロ
若い運転手はスイスイ走りますが、高齢のおじいさんはよだれを垂らしながらゼイゼイ言って遅れます。
友人は心配になって車から降りておじいさんを休ませ、だいぶ遅れて着きました。
よだれを垂らし、ゼイゼイいいながらお金をもらって喜ぶおじいさんの顔が忘れられません。
シェムリアップでは後ろに座席のあるシクロに乗りました。
5シェムリアップ1991017
インドネシアではベチャといいやはり座席は前です。
6インドネシアベチャ
ミャンマーではサイカーと呼び、座席は横に付いています。
おそらくサイドカーのことだと思います。
夕暮れ時にシェダゴンパゴダまでドライブとは洒落ています。
7ミャンマーサイカー
南国の空気にサイクルリクシャーはぴったりです。
これらの国では次第にサイクルリクシャーも減って、オートリクシャーに変わりつつあります。
エンジンでは味わえない、こぎ手の息づかいが聞こえるサイクルリクシャーは町にも人にも優しく、異国の空気を観光客にもたらせてくれる魔法の乗り物です。

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旅の話 その5(街路樹)

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アジアの街路樹の話です。
インドをドライブしていると焼ける様な日差しの中をひたすら歩いている人達がいます。
インドの田舎ではバスの本数も少なく、自転車もあまり利用されていません。
多少の距離は歩きます。
本来街道には樹木が植えられ日影がつくられていたはずですが現代では所々残っているだけです。
街路樹として植えられた樹木は、実が食用になるタマリンド、
1タマリンド
歯ブラシや虫除けになるニーム、
2ニーム
紫檀やローズウッドとよばれるシーシャム、巨大なマメがぶら下がるビルマネムノキ、
3ビルマネムノキ
火炎樹と呼ばれる鳳凰木(西インドで女性が髪に編み込む火炎樹の花は砂漠に映え美しい)、
4火炎樹グルモハル
釈迦が悟りを開いたインド菩提樹(とても大きな日影をつくるので樹下は人々の語らいの場になる)などがあります。
またマンゴーは沢山の美味しい実を作りますし、最近日本でも見られるようになったジャカランダはとても美しい紫色の花を咲かせます。
5ジャカランダ
初めて見た時は余りの美しさに絶句しました。
日本では桐の花が美しいですね。
バンコクではタイの国花ゴールデンシャワーが渋滞の町を黄色く染めてくれます。
6ゴールデンシャワーじゅ
私が好きなのはプルメリアです。
7プルメリア
花も綺麗ですが香りが素晴らしく、寺院の階段の両側に植えられています。
日本の桜も美しさでは世界でトップです。
街路樹は人々の生活と密接な関係を持ちます。
インドの村を訪れるとたいてい大きな菩提樹やガジュマルがあります。
周囲をレンガや石で囲われ、そこに村の男衆が集まります。
女性はあまり見かけません。
女性は水場や家の周りに集まり仕事をしながら世間話や夫の悪口(たぶん)で盛り上がります。
男衆は特に何するではなく日がな道路を見つめ、たまに政治の話をしているようです。
そんなところに外国人がやって来て遺跡見学しようものなら、興味で村は大混乱です。
場合によっては村長まで出てきます。
あまり大きくない樹下は午睡の場所です。
遺跡の内部も勉強や午睡の場所に最適です。
日影に入れば湿度は低く風が通るのでとても快適です。
大きな古い木には精霊が宿っていそうです。
すくなくとも何百年と人間の歴史を見て来ています。
従って地元の人はとても大事にします。
東南アジアやインドではこのような木の根元に石像や木像、お供え物などが祀られています。
特にインドでは「ナーガッカル」といって多産や豊饒を祈願するヘビ(ナーガ)の像を祀ります。
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日本では沖縄にとても古く大きなガジュマルやアカギの木が有ります。
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とても古い木には精霊のキジムナーが住みついていると言います。
キジムナーは子供にしか見えません。
私がふざけて見たと言ったらそれは悪い霊ですぐにお祓いを受けて下さいと真剣に言われました。
上原正三 「キジムナー kids」はすべての人にお勧めの必読書です。

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旅の話 その4(名車アンバサダー)

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私がインド旅行を始めた頃は、ほとんどの車は「走るシーラカンス」と呼ばれるアンバサダーでした。
公用車も自家用車もタクシーも観光用の車もすべてアンバサダーです。
アンバサダーは1942年にイギリスのモーリス・オックスフォードをもとにヒンドゥスタン・モーターズで製作されました。
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私達が利用するタクシーも観光用の車もボロボロです。
モデルチェンジをしないので私達にはどのくらい古いのか解りません。
みんなレストアして上手に使っています。
私の旅行は観光用のアンバサダーでインド国内を回ります。
遺跡はとんでもない所にありますので国道の悪路はもとより、砂地、湿地、岩地など4WD顔負けで走ります。
というとカッコよいのですが実際パンクは日常茶飯事、ラジエターの故障、シャフトが折れたりとか様々な災難がふりかかります。
その都度車を押したり大変です。
しかしどんな時でもちゃんと戻ってこれるのでとても不思議です。
1500cc OHVで頑張るのです。
スピードメーターが壊れている場合が多いので、おそらく最高速度は80km位で100kmは出ないと思います。
リヤーシートは天井が高く乗りやすいのですが、シートがへたっているので、コーナーでは滑ってお尻が安定しません。
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また冷房の調節が出来ないので、ONか0FFかです。
車によっては後から冷気が出る場合もありますので、遺跡見学で汗だくになった身体にすぐ後からの冷気は耐えられません。
インドでは村の入口にスピードを出させないようにするため、道路に段差が洗濯板のように付けられています。
クッションのへたった車では10kmでもかなりの衝撃なのに、30〜40kmで突っ込んだら天井に頭をぶつけます。
したがっておちおち眠ることも出来ません。
そんなアンバサダーですが、ついに2011年にはタクシーに使用出来なくなり、2014年には製造中止になりました。
アンバサ
お金持ちはBMWやベンツに、タクシーや自家用車は日本のスズキや韓国の現代に変わりつつあります。
もちろんインドのタータも頑張っています。
あの愛くるしい顔のアンバサダーは絶滅危惧種のレッドデーターです。
インドの旅では必ず一緒だったアンバサダー、楽しいことも苦しいことも一緒だったアンバサダー、 君は不滅です。

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ホームページに山形をアップしました。

旅の話 その3(コロニアルホテル3)

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東南アジアのコロニアルホテルのお話をします。
ラングーン(ヤンゴン)のストランドホテル(THE STRARAND YANGON 1910年開業)には間に合いました。
当時ミャンマーの個人旅行はなかなか難しいのでツアーで行きました。
たまたまヤンゴンではストランドホテルに宿泊です。
ストラッド
外国人が泊まるホテルはここしかなかったのです。
チークを多用した重厚な内装、高い天井、その天井で優雅に廻る扇風機、昔の手動のエレベーター、全て映画のセットの様です。
しかし長年の間に痛みがひどくなっています。
部屋もとても広いが当然のごとく床が少し傾いています。
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次に個人旅行で行った時にはリニューアルされ、あまりに高額の料金で泊まれませんでした。
シンガポールのラッフルズ(RAFFLES HOTEL SINGAPORE 1887年開業)も間に合いました。
入り口にシーク教徒の様なドアマンがいて気分が盛り上がります。
ここはコロニアルホテルの典型で,廊下もオープン、部屋も広くインテリアも最高ですが、床のゆがみは致し方ありません。
ラッフルズ
回廊から眺める中庭は小さなプールもあってとても手入れが行き届いています。
廊下にはところどころエマニエル夫人が座る籐のイスが置いてあります。
モームに習って、ロングバーでシンガポールスリングを飲みます。
ここもリニューアルに入りました。
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タイではオリエンタルホテル(MANDARIN ORIENTAL BANGKOK)に泊まりましたが残念ながら新館の普通の部屋でした。
しかしサービスは素晴らしく従業員はゲストの名前とルームナンバーを覚えます。
何気なくエレベーターに乗ると挨拶し部屋の階のボタンを押してくれます。
これが世界のサービスです。
インドネシアジャワ島のスラバヤにあるホテルマジャパピ(HOTEL MAJAPAHIT SURABAYA 1910開業)には間に合いませんでした。
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まだリニューアルしたばかりのピカピカのホテルに泊まりました。
写真で見た以前の状態に忠実に再現してあるように思われました。
本当のコロニアルホテルです。
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特に庭が素晴らしく背の高いヤシとコリドーが印象的です。
カンボジアではプノンペンのホテル レ ロイヤル(RAFFLES HOTEL LE ROYAL)は休館して泊まることは出来ませんでした。
シェムレアップにあるグランドホテル(RAFFLES GRAND HOTEL D’ANGKOR 1935年開業)もホテルとしては泊まることが出来ませんでしたがレストランだけは営業していました。
アンコール遺跡を見学して汗だくでレストランへ行くと入り口で冷たいおしぼりを出してくれたことを思い出します。
当時は最高級のホテルでしたが長引く内戦でぼろぼろになってしまいました。
グランドホテル
しかしアンコール遺跡を見学するためにはこのホテルは不可欠です。
その後ホテルも営業再開したので、旅行社の知人がこのホテルに滞在するツアーを企画してそれに参加しました。
シャーワーは水だけでそれも断水します。
トイレの便座はありません。
しょっちゅう停電になり、エアコンも使えません。
ソファーはボロボロで、ベットのスプリングは散々です。
ホテルの従業員はほとんど素人で制服はつぎはぎだらけです。
でも窓からアンコールワットの尖塔が見えるこのホテルが一番好きです。
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このホテルもリニューアルされ最高級ホテルに生まれ変わりました。
早朝ソ連製のおんぼろバスで誰もいない、アンコールワットやバイヨンに行ったことが夢の様です。
べトナムのサイゴンはプチパリと呼ばれとても綺麗な町でした。
古いホテルも沢山ありましたが内戦でボロボロになってしまいました。
今はほとんどリニューアルされています。
私が初めて泊まったホテルはドップラックホテル(カラヴェルCARAVELLE HOTELE 1959年開業)でドンコイ通りの角にありました。
ロケーションはとても良いのですが、特にクラシックではないし特徴のあるホテルではありません。
窓からドンコイ通りの並木と商店が見え、シエスタの時間になると誰も通らなくなります。
コンチネンタルサイゴン(HOTEL CONTINENTAL SAIGON 1880年開業)は市民劇場の隣にあり、当時はリニューアルのため休業していました。
従って一番早くリニューアルしたホテルで内装やベランダが歴史を感じさせます。
宿泊したホテルで一番良かったのはマジェスティックホテル(HOTEL MAJESTIC 1925年開業)です。
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サイゴン川に面してドンコイ通りの突き当たりにあるとても素敵な建物です。
作家の開高健もここに泊まっていました。
ロケーションが抜群でここに泊まり、目の前のサイゴン川をクルーズするのが最高です(川は汚れていますが)。クルーズで茹でた河エビ、揚げ春巻き、鳩のロースト、蛙 のフライ、腎臓と椎茸の炒め物、空芯菜のオイスター炒めなど、川風にふかれながら食べます。
至福の一時です。
ハノイではソフィテル メトロポール ハノイ(1901年開業)が有名ですがホアビンホテル(HOA BINH HOTEL 1926年開業)に泊まります。
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とてもフレンドリーなこじんまりしたホテルで階段が素晴らしい。
この階段を見るだけで泊まる価値があります。
ホアビン
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ロケーションもとても良く、地下にマッサージがあるのが嬉しいです。
フエではレジデンス(LA RESIDENCE HUE)に泊まりました。
かつてフランス統治時代の総督の邸宅であった建物は丹念に改装され、豪奢な造りと雰囲気はそのままに、他に例を見ない独特の美しさをたたえるホテルに改築されました。
レジデンス
1930年代に人気を博したアールデコ様式がホテルのいたるところ見受けられ、その昔の雰囲気を今に伝えています。
レジデンス2
ロケーションもフォン川沿いに位置して申し分ありません。
庭の美しさに感激です。
ホイアンでは町中にある昔の町家風ホテル(築200年)のビンフンホテルに泊まりました。
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2階の通りに面した良い部屋で古いどっしりした家具がすばらしいホテルです。
天井は低いですが友人のお宅に泊めてもらった感じです。ベランダから外を眺めているととても楽しく飽きません。
ホイアンの人々の生活が垣間見られます。早起きをして町を散策するのがおすすめです。
東南アジアではラオスを始め、新しいホテルを建てるより、王族や、外国人の別荘をリニューアルしてコロニアルなプチホテルにすることが流行っている様です。
この方が景観も雰囲気も良いと思います。
さて次はどこのホテルに行きましょうか。

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