寺院の彫刻 その40(パラシュラーマ)

PANATA058.jpg
ヴィシュヌの第6の化身パラシュラーマです。
ヴィシュヌは武士階級であるクシャトリヤによる尊大さや横柄さが、世の中を混乱に陥れた時、パラシュラーマ(斧を持つラーマ)に化身し、クシャトリヤを滅ぼし,バラモン(僧侶)至上の社会をつくったといわれます。
Parashurama-3.jpg
「ヴィシュヌ神はブリグ族の聖者ジャマダグニの息子パラシュラーマとして誕生し、成長するにつれ、斧の名人(シヴァに武術を習う)として知られるようになった。
この頃カールタヴィーリヤ王が狩りに出たとき、ジャマダグニに出会い、ジャマダグニは王を食事に招待し、サバラ(SABALA)と言う聖なる牡牛で歓待した。
サバラは望みの物を何でももたらしてくれる魔法の力を持っていた。
王はサバラが欲しくなりジャマダグニに譲ってくれるように頼んだが、ジャマダグニはこれを拒否する。
欲しくてたまらない王は力ずくでサバラを奪い、王宮に持って帰ってしまう。
外出していたパラシュラーマは家に戻り、事態を知ると、怒って斧を手に宮殿に押し掛け、兵士を皆殺しにして、王の首を斧で切り落としてしまう。

parashurama-2.jpg
王子達は恐怖にかられ、退散してしまう。
聖牛サバラを取り戻したパラシュラーマは意気揚々と家に戻った。
この話を知った父は王を殺したことを責め、贖罪の為に聖地巡礼を命じた。
聖地巡礼を終えたパラシュラーマはある日、兄達と外出する。
ところがその隙に、復讐を狙う王子達にジャマダグニは殺されてしまう。
父の殺害を知ったパラシュラーマはクシャトリヤの全滅を誓った。
それから王の息子達を斧で殺し、さらに21回にわたって武士達を徹底的に攻撃し、彼らを地上から消し去ったのである
」と言う話です。
Parashurama2
内容がクシャトリヤとバラモンの対決と言う内容なので寺院建築ではあまり見かけません。
せいぜい10化身のすべてが彫ってある寺院に限られます。
それと絵画ではわかりやすいのですが、彫刻の場合決まった形がわからないので彫刻があったとしても見逃してしまいます。
一般的に斧と弓を持ち、髭が生え、髪は頭頂で結っています。
中央インドにあるCHAUKHAMBHAの柱の彫刻です。
Parashurama-5Gyaraspur.jpg
  CHAUKHAMBHA TEMPLE 9世紀
  ヴィシュヌの10化身すべてが彫刻されている
  左下はガルーダか













ここには10化身すべてが彫刻されています。斧を持ったパラシュラーマの彫刻があります。
同じく中央インドのKADWAHAの寺院の楣に10化身の彫刻があります。
Parashurama-6Kadwaha.jpg
  KADWAHA TEMPLE 10~12世紀
  ドアーフレイムの上部に10化身
  左から2番目に斧を持つパラシュラーマが
  彫刻されています。






左から2番目に斧を持つパラシュラーマが彫刻されています。
中央インドSESAIのSURYA寺院のドアーフレイムです。
Parashurama-8Sesai.jpg
  SESAIのSURYA寺院 10世紀
  ドアーフレイムに10化身が彫刻されている
















斧を持つパラシュラーマが彫刻されています。
南インドのVIJAYANAGARAにあるラーマチャンドラ寺院の柱に彫刻されています。
ParashuramaRAMACHANDRA-9.jpg
  RAMACHANDRA寺院 15世紀
  マンダパの柱に彫刻されている













もう1つは壁面に彫刻され、右にラーマ、左にパラシュラーマが彫刻されています。
パラシュラーマがまだ生きているうちに、ヴィシュヌのもう一つの化身ラーマが地上に現れました。ラーマがシヴァ神の弓を折ったことでパラシュラーマは悩み、ラーマに対して力の競い合いを挑みます。この試合でパラシュラーマは敗れ、その結果天界における席から排除されます。
Parashurama-10.jpg
  RAMACHANDRA寺院 15世紀
  右のラーマに弓で挑むパラシュラーマ










彫刻ではありませんがカトマンドゥのPANAUTIにあるKRISHANA NRARAYAN寺院の壁面に描かれています。
Parashurama-7.jpg
  KRISHNA NRARAYAN TEMPLE
  ヴィシュヌの化身が全て描かれている
  王を殺すパラシュラーマ















東南アジアでは彫像は見つかりましたが彫刻はありませんでした。
6世紀にプノン・ダで発見された素晴らしい彫像です。
Parashurama-116世紀プノンダ

  プノンペン国立博物館
  6世紀 プノン・ダ様式
  パラシュラーマと言われている
 















東南アジアでは人気がなかったようです。

ホームページ  www.ravana.jp

寺院の彫刻 その39(ラーマ 12)

PANATA134.jpg

第7巻 ウッタラ・カーンダ(後の巻
ランカでラーヴァナに勝利したあと、シーターの身の潔白を証明するための方法は、燃えさかる火の中に飛び込んで火傷をしなければ潔白が証明されるのである。
シーターは燃える薪の中に身を投じた。
すると火の神アグニ神がシーターを救い出し潔白を証明した。
1Agni_pariksha.jpg
2IMG_0074.jpg
アンコール近郊のBENG MEAREA寺院です。
破風に3段に彫刻され、1番下は燃え盛る薪、2段目に座すシーターです。
3MEAREA029.jpg
アンコールのCHAO SAY TEVODA寺院です。
BENG MEAREA寺院と同じ構図です。
4テボタ6282
そしてヴィビーシャナがラーマに贈った空飛ぶ馬車でシーターとともにアヨーディヤに帰還した。
弟のバラタは歓迎し、ラーマは王位についた。

5IMG_0076.jpg
しかしラーマの即位後、人々の間ではラーヴァナに捕らわれていたシーターの貞潔についての疑いが噂された。
それを知ったラーマは苦しんで、シーターを王宮より追放した。

ジャワ島のLOROJONGGRANG寺院群のC.BRAHMA寺院のパネルです。
ラクシュマナに連れられて森へ行くシーター。
6シータとラクシュマナは森に行く
シーターは森の聖者ヴァールミーキのもとで暮すこととなり、そこで身ごもっていたラーマの双子クシャとラヴァを生んだ。
ジャワ島のLOROJONGGRANG寺院群のC.BRAHMA寺院のパネルです。
ヴァールミーキに会い、双子を生みました。
7森でシータは仙人に会う
双子の王子は聖仙の教育を受けて成長していく。
ジャワ島のLOROJONGGRANG寺院群のC.BRAHMA寺院のパネルです。
成長したシータの子供ラヴァとクサは弓を習います。
8成長したシータの子供ラヴァとクサは弓を習う
ラーマは国の平安を祈願して、馬の供犠祭を行った。
9img105ASHWAMEDHAを行うラーマ
生贄の馬を国に放ち、十分駆け回らせた後に捕らえて、神に捧げるのであるが、その馬を双子の王子が捕まえて
しまった。

10img106LAVAとKUSHが馬を捕まえる
大事な生贄の馬を直ちに解き放つよう、従者が言っても双子の王子は自分たちのものだと言い張って聞かない。
王の従者と双子の王子の間で矢を射掛け合う闘いとなるが双子王子の技にかなうものはない。
話を聞いたラーマが駆けつけ、我が子であることを察する。
しかし、再度シータ-に貞節の疑いを問いただしたところ、シーターは大地に向かって、貞潔ならば自分を受け入れるよう神の裁きを願った。
大地が割れて女神グラニーが現れ、シーターの貞潔を認め、シーターは大地の中に消えていった。
11img107大地に戻るシーター
ラーマは嘆き悲み、その後妃を迎えることなく静かに世を去った。
その後ラヴァは王に、クシャは太子になる。

ジャワ島のLOROJONGGRANG寺院群のC.BRAHMA寺院のパネルです。
ラヴァは王として、クサは太子となり国を治めます。
12ラヴァは王として、クサは太子となる
という話です。
最後はとても悲惨になりますが、ラーマがスグリーヴァとヴァーリンの一対一の素手の格闘のさなか、後ろから弓矢でヴァーリンを殺したことにヴァーリンの妻ターリーは怒り、ラーマにシーターを取り戻すことは出来ても、もうシーターを喜ばせることは出来ないという呪いをかけられたからです(寺院の彫刻 その34)。
これはクシャトリヤとしてあるまじき行為です。
このようにして英雄ラーマ王子のお話は終わるのです。
img002.jpg
ラーマ王子の活躍する勧善懲悪の物語は東南アジア全域に影響を及ぼしましたが実は深い内容を含んでいるのでした。

ホームページ  www.ravana.jp






寺院彫刻 その38(ラーマ11)

PANATA134.jpg
第6巻 ユッダ・カーンダ(戦争の巻−3)
ラーマたちの最大の敵はインドラジットだった。
彼は自在に姿を隠しながら投げ矢を放って猿たちを殺したが、ついにラクシュマナもその矢に倒れた。

1-1インドラジット
カンボジア アンコールにあるBAPUON寺院です。
インドラジットの蛇の矢に倒れたラクシュマナ。
1−bapuon5987
東北タイのPRASAT PHANOM RUNG寺院の破風です。
中段にラクシュマナが倒れています。
3-RUNG091.jpg
東北タイのPRASAT PHIMAI寺院です。
楣に彫られているインドラジットのヘビの矢に倒れたラクシュマナ。
タイではこのシーンをナーガーバードと呼びます。
2-PIMAI104.jpg
スグリーヴァの首相で医師でもある熊王ジャーンバヴァットによると、瀕死のラクシュマナを救うためには、ヒマーラヤのカイラーサ山に生えている四種の薬草を夜明けまでにもってこなければならないという。
ハヌマーンは急いでカイラーサ山に飛んだが、肝心の薬草を見分けることができない。
そこで山頂を丸ごと削り取り、戦場まで運んできた。

4-IMG_0070.jpg
5-RAMA-20.jpg
薬草の力でラクシュマナはようやく命を取りとめたのである。
インドラジットは今度は魔法を使ってニセのシーターを作り、ラーマたちの目の前で首を切り落として戦意をそごうとした。
ラーマは悲しみのあまり気を失ったが、ヴィビーシャナが幻術であることを見破った。
また彼はインドラジットの魔法の力はニクムビラーという場所で祭儀を行うことによって得ているのだから、その最中を襲えば殺せると教えた。
ヴィビーシャナの手引きで、ラクシュマナがインドラジットを急襲し、ついにこの強敵を倒した。
息子の死に激怒して、ラーヴァナは自ら戦場に出てきた。

1-IMG_0021.jpg
南インドのPATTADAKALにあるPAPANATHA寺院です。
戦車に乗ったラーヴァナがいよいよ戦場に。
8-papa0669.jpg
ラーマとの一騎打ちになったが、ラーマがラーヴァナの頭をいくら切り落としても後からまた生えてくるので勝負がつかない。
カンボジア アンコールにあるBAPUON寺院です
お互いに弓を射るラーマ対ラーヴァナ
4-bapuon5968.jpg
南インドのHOYSALESHWARA寺院です。
ここでも戦車に乗り弓を射るラーマ対ラーヴァナ。
6-HOYSAL062.jpg
ジャワ島のLOROJONGGRANG寺院群のC.SIVA寺院のパネルです
ついにラーヴァナの登場です。
7-LOLO063.jpg
アンコールのBANTEAY SAMRE寺院の破風です。
両軍入り乱れての戦いです。
9-SAMRE004.jpg
東インドVISHUNUPURにあるSHYAMA RAYA寺院です。
中央のパネルはラーマ、右のパネルはラーヴァナです。
11-SHYAMA037.jpg
しかしブラフマーの造った矢尻が心臓を貫くと、さしもの大魔人も倒れ息を引きとった。
13-RAMA-23.jpg
カンボジアのBANTEAY CHMAR寺院です。
ラーマの矢に倒れるラーヴァナ。
1-3-BANTEAY CHMAR2
カンボジア アンコールにあるBAPUON寺院です。
サル軍がラーヴァナに襲いかかります。
14bapuon5969.jpg
アンコールのBANTEAY SAMRE寺院の破風です。
ついにラーヴァナが倒れました。
15SAMRE059.jpg
長い戦いに終止符が打たれ、シーターはラーマと再会することができた。
南インドのPATTADAKALにあるPAPANATHA寺院です。
ラーマとシーターの再開を喜ぶサル軍。
16パパナータラーマの再会
ラーマはヴィビーシャナをランカーの王とし、シーターとともにアヨーディヤに帰還した。
ジャワ島のLOROJONGGRANG寺院群のC.SIVA寺院のパネルです。
王位につくラーマ。
17LOLO069.jpg
バラタとシャトゥル・グナの歓迎を受け、ラーマは正式に王位についたのである。

ホームページ  www.ravana.jp

ホームページに山形をアップしました。

寺院の彫刻 その37(ラーマ10)

PANATA134.jpg
第6巻 ユッダ・カーンダ(戦争の巻−2)
ラーマ軍を滅ぼすために、ラーヴァナは弟の巨人クンバカルナを起こすことにした。
彼は九カ月間眠り続け一日だけ起きているのだが、その一日のあいだは無敵であった。
しかし、焦っていたラーヴァナは、まだ寝たりていないクンバカルナを無理に起こしてしまったのである。

カンボジア アンコールにあるBAPUON寺院です。
みんなで騒いで、ゾウが一生懸命起こそうとしています。
1bapuon6068
ジャワ島のLOROJONGGRANG寺院群のC.SIVA寺院のパネルです。
棒で突っついたり、耳に水を入れたり、馬で踏んづけたりしていますが起きません。
2LOLO064
南インドBADAMIの丘の上にあるUPPER SHIVALAYA寺院です。
ゾウで踏んづけても起きません。
3UPPER SHIVALAYA
南インドVIJAYANAGARAのVITHALA 寺院のポーチの柱です。
動物が乗っても起きません。
4vithalaAA1_0364

クンバカルナは巨大で、トラのように身軽で、一度に何千というサルを蹴り殺してしまう力がある。
クンバカルナはサルが大好きで一度に何千というサルを食べてしまうので、半日もたたないうちにラーマ全軍の四分の一が食われてしまった。

5-1The_battle_between_Hanuman_and_Kumbhakarna.jpg
カンボジア アンコールにあるBAPUON寺院です。
クンバカルナがサル達をかじっています。
5bapuon6063
ジャワ島のLOROJONGGRANG寺院群のC.SIVA寺院のパネルです。
起きて戦い始めたところです。寝起きが悪そうです。
6LOLO065
ELLORA石窟のKAILASANATHA寺院です。
中央で暴れています。
7E-CAVE16070
東インドATPURにあるRADHA GOVINDA寺院です。
中段右側でサルをむさぼり食っています。
8RADHA-A014
東インドVISHUNUPURにあるKESHTA RAYA寺院です。
上段はクンバカルナ、下段はラーヴァナです。
8−2KESHTA040
西インドNAGDAにあるSASBAHU寺院です。
とても細かい彫刻ですが、上段中央でサルを食べているところです。
9SASBAFU047
東ジャワのC.PANATARANのパネルです。
とても迫力のあるクンバカルナです。
10PANATA208.jpg
タイのクメール寺院PHANOM RUNGの破風の彫刻です。
クンバカルナに果敢に挑むサル達。
11RUNG133.jpg
アンコールのBANTEAY SAMRE寺院の破風の彫刻です。
必死にクンバカルナに食らいつくサル達。
12SAMURE187.jpg
サンフランシスコにあるアジア美術館に保存されている楣です。
11〜12世紀の東北タイの寺院の楣です。
クンバカルナに群がるサル達。
13クンバカルナ東北タイ1075-1125
巨大なクンバカルナの出現に猿たちは逃げまどい大騒ぎになった。
ラーマはハヌマーンの背中に飛び乗り、クンバカルナに向かって行った。
ハヌマーンはクンバカルナの太ももにかじりつき、ラーマは斧でクンバカルナの腕を切り落とす。
これでもクンバカルナはひるまず、ますます猛々しくなって、ハヌマーンの頭を蹴飛ばす。
ラーマは強弓をひきしぼって巧みに応戦し、最後には強力な矢でその首を切り落とした。
巨人の首は建物や道路を押しつぶしながら地を転がり、胴体は海に倒れ伏した。

14-1IMG_0069.jpg
ジャワ島のLOROJONGGRANG寺院群のC.SIVA寺院のパネルです。
クンバカルナの死を悲しむ悪魔軍。
14LOLO066.jpg
南インドVIJAYANAGARAのVITHALA 寺院の北にある寺院です。
下段中央で腕を切られるクンバカルナ。
15vithalaの北0409
クンバカルナはラーヴァナ、ヴィビーシャナ、シュールパナカーと兄弟で巨大な体躯の持ち主で、山ほどもあり、口は広大で、肌は黒く、血と脂の臭気を発します。彼の息は強風と変わりなく、怒ると火を吐き、その雄たけびは百の雷ほどあったとされます。
生き物の創造が無に帰すほどの食欲の持ち主であるため、9か月に1日しか目を覚まさないという呪いをかけられました。
ラーマとの間に戦争が起こったときクンバカルナの睡眠はまだ6か月しか経っていなかったにもかかわらず、ラーマ軍に敗走させられたラーヴァナはクンバカルナを目覚めさせるよう命じました。
そこで1万の羅刹たちがクンバカルナの邸宅にやって来て、肉などの食料と血を満たした甕を運び、騒音を起して起こそうとしました。
最初は法螺貝や叫び声などであったが一向に目覚めないので、棍棒でクンバカルナを打ったり、髪の毛を引っ張ったり、耳に水を注いだり、馬やラクダに踏ませたりし、その騒音はランカー中に響きました。
最後に羅刹たちは1万頭の象をけしかけてクンバカルナに突進させ、乱暴に踏みつけさせると、その足踏みの心地よさによってようやく目を覚ましたのです。
16.jpg
以前雑誌「うめがおか」でお話ししましたが、とても面白いエピソードがあるのでもう一度お話ししたいと思います。
場所はカルカッタからブヴァネーシュヴァルへ行く列車の中です。
「インド人は自国の人でも、外国の人でも知らない人に良く話しかけます。
今回も面白いことがありました。
私の通路をはさんだ隣にインド人のおじいさんが座っており、その隣に巨大な男の人(おそらく130kg以上)が窮屈そうに、とても大きないびきをかきながら寝ております。
この人はホームで乗り込むと5分も立たない内に寝てしまい、周囲の人もびっくりする大いびきで、車掌が切符を調べに来たときに起こされて以来寝たままです。
17.jpg
案の定隣のおじいさんが話しかけてきました。
彼は「ラーマーヤナ(インドの有名な叙事詩)」を知っているかと聞いてきました。
もちろん知っていると答えて、即座に「ラーマーヤナ」の中に出てくる、クンバカルナを思い出しました。
クンバカルナは巨漢の怪物で9カ月間巨大ないびきをかきながら寝たままで、1日だけ起きて人間や動物を食べ、また9ヶ月間寝てしまう恐ろしい魔族です。
隣の人はクンバカルナみたいだねと言ったら、おじいさんはとてもうれしそうに、クンバカルナ、クンバカルナと言い、それを聞いた周りの乗客も口々にクンバカルナ、クンバカルナとそれはもう列車中大合唱になりました。
それでもクンバカルナは起きず、終点のブヴァネーシュヴァルまで寝たままでした。」

ホームページ  www.ravana.jp

寺院の彫刻 その36(ラーマ9)

PANATA134.jpg
第6巻 ユッダ・カーンダ(戦争の巻)
ハヌマーンの報告を聞いてラーマは喜び、さっそく遠征の準備にとりかかった。問題はいかにして海を渡るかである。ラーマは弓に矢をつがえ、海の神に対して道を開けるよう要求した。
1ヴァルナ神とラーマ
海の神はそれは拒否したが、神工ヴィシュヴァカルマンの息子ナラに橋を造らせることを勧めた。
ナラの指導のもと猿たちは石や木を集め、すべての動物が手伝い、海の怪物マカラまで参加して数日で洋上に橋を架けることに成功した。

ジャワ島のLOROJONGGRANG寺院群のC.SIVA寺院のパネルです。
左に弓を持つラーマ、右に合掌する海の神。
2LOLO051.jpg
同じくC.SIVA寺院のパネルです。
左に橋を造るための石を運ぶサル軍、右にそれを手伝う海の生き物達。
口に石をくわえて運びます。
3LOLO052.jpg
南インドのHANGALにあるTARAKESHVAR寺院の基壇のパネルです。
サル達が石を運んでいます。
1HANGAL(Tarakeshvar).jpg
南インドのLAKKUNDIにある寺院です。
上に石を運ぶサル達、下は海で魚や亀、マカラなどが彫刻されています。
5Lakkundi-176.jpg
東ジャワのC.PANATARANのパネルです。
サル達が石を切り出し、運ぶところが彫刻されています。
6PANATA166.jpg
南インドPATTADAKALのPAPANATHA寺院です。
サル達が一生懸命、石を運んでいます。
7papa0674.jpg
タイのクメール寺院PHIMAIの楣の彫刻です。
サル達が運んで来た石を魚達に渡します。
アナンタ龍の姿も見えます。
8PIMAI097.jpg
ネパールのパタンにあるKRISHNA MANDIR の柱の上部です。
サル達が大きな岩を運んでいます。
9KRISHNA MANDIR - 15
猿軍はランカー島に侵入し、ラーヴァナの都城を包囲した。ラーヴァナの弟ビビシャナは正しい心の持ち主でシーターをラーマのもとに返しましょうと訴えたがラーヴァナは聞く耳を持たなかった。ビビシャナは城壁を乗り越えラーマ軍の陣地に入り保護を求めた。
1img074ヴィビシャナとラーマ
こうして長い戦いが始まった。

2IMG_0068.jpg
カンボジア アンコールにあるBAPUON寺院です。
サル軍と悪魔軍の戦い。
4DSC_5970.jpg
BAPUON寺院です。
サルが飛びかかっています。
5.jpg
アンコールのPREAH KHAN寺院の破風の彫刻です。
5KHAN155.jpg
東ジャワのC.PANATARANのパネルです。
悪魔軍にダッコされているみたいでとても可愛いパネル。
6PANATA196.jpg
東インドATPURのRADHA GOVINDA寺院です。
とても細かいテラコッタの彫刻です。
9RADHA GOVINDA 1-ATPUR
アンコールワット寺院の破風の彫刻です。
3ANGKOR137
タイのクメール寺院PHANOM RUNGの破風の彫刻です。
7RUNG073
アンコールのBANTEAY SAMRE寺院の破風の彫刻です。
ラーマとサル軍です。
8SAMRE024
激しい戦いが続き、両軍の勇士たちは次々に死んでいった。

ホームページ  www.ravana.jp