寺院の彫刻 その53(シヴァ3 ナタラージャ)

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シヴァ神を表すリンガとともに有名なシヴァ神の形態(ムルティ)はナタラージャと呼ばれるダンスのポーズです。
それゆえ舞踊王とも呼ばれ、その踊りは9つの型に分類され108のポーズがあります。
いずれも宇宙の創造、維持、破壊、幻惑、開放などを表していると言われます。
ナタラージャは寺院に彫刻されていますが、南インドでは12世紀頃から、ブロンズ像として沢山作られました。
1ナタラージャ12世紀
『あるときシヴァ神は、彼に敵対する宗派の集会を訪れた。
そこに集まった1万人聖仙に真の信仰を説こうとしたのである。
ところが彼らは呪文によってシヴァ神を苦しめようとした。
しかしシヴァ神に呪文は何の効き目もなかったので、聖仙達は獰猛なトラを出現させて襲いかからせた。
シヴァ神は微笑みながら小指の爪でトラの生皮を剥ぎ、身体にまとった。
怒った聖仙達は猛毒を持つ大蛇を出現させた。
シヴァ神はこれに対しても驚かずその大蛇を首にかけた。
聖仙達は今度は全身が真っ黒な小人の悪魔を出現させた。
小人の悪魔は棍棒を手に襲いかかったが、シヴァ神は小人を踏みつけるように踊り始めた。
聖仙達は無言のまま舞踏を見つめていたが次第に引き込まれ、霊妙なリズムが聖仙の心に波動となって響き渡り、眼も眩むほど見せられたのである。
すると突然天界が開けてそこから神々がシヴァ神の舞踏を見つめているのが見えた。
聖仙達はシヴァ神こそ真実の信仰を伝えるものと悟った。
そして、彼の足下にひれ伏して心の底から礼拝したのである』という話です。
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古代社会において、舞踏は宗教儀式と結びついた大変重要な行為です。
狂躁、陶酔、エクスタシーを伴う再生、創造を象徴する宗教儀式です。
シヴァ神が舞踏王とされるのは、彼自身がそうした狂躁行為を通じて宇宙を破壊し、さらには再生に導くという役割を担っていたからです。
ナタラージャ像における、腕の数は一定していません。4、8、10、16など様々です。
足元は矮人(小人の悪魔)を踏みつけています。
一般に足下には音楽隊や従者を引き連れています。
その中に特徴的なカーライッカル・アンマイヤール、三本足のブルンギもいます。
カーライッカル・アンマイヤールは狂信的なシヴァ信者です。
元は大変美しい女性でしたが、修行の邪魔になるので神に祈り、ガイコツのような容姿にしてもらいました。
ブルンギも狂信的なシヴァ信者です。
それでは石窟寺院におけるナタラージャの彫刻から見ていきます。
南インドのバーダーミの石窟は第4窟まであります。
バーダーミ第1窟(6世紀後半)はシヴァ神に捧げられた窟で入り口に素晴らしいナタラージャの彫刻があります。
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16腕ですごい迫力です。
多腕に不自然さはなく、足元にナンディとガネーシャ、打楽器奏者を従えています。
同じ南インドのアイホーレにあるラーヴァナパディ(6世紀後半)には細身のナタラージャが彫刻されています。10腕で蛇の使い方がとても上手です。足元にはガネーシャとスカンダが彫刻されています。写真には写っていませんが、スカンダの隣にはパールヴァティーが彫刻されています。
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7世紀前半のエローラの石窟にはたくさんのナタラージャの彫刻があります。
エローラ14窟のナタラージャは8腕で腰に巻いた蛇が印象的です。
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ミュージシャンと子供の手をひく女神が彫刻されています。
エローラ15窟のナタラージャは暗くてよく解りませんが8腕で伸び伸びした像です。
足下にはミュージシャン達がいます。
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エローラ16窟カイラーサナータ寺院のナタラージャは8腕で優しい感じがします。
残念なことに右足は失われています。
足下にはミュージシャン達です。
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エローラ21窟のナタラージャも暗くてよく見えませんが8腕で女性のような顔つきと身体で光背があります。
上部には神々が下部にはミュージシャンが描かれています。
股の間からカーライッカル・アンマイヤールがのぞいています。
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エローラ29窟のナタラージャはあまり良い出来ではありません。
ミュージシャンは上部に、そして神々が囲んでいます。
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開窟時期がはっきりしない(6〜8世紀)エレファンタ島の石窟にも素晴らしいナタラージャがあります。
8腕で腰から下は崩壊しています。
周囲をガネーシャやブラフマー神など沢山の神々に囲まれています。
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同じくボンベイ近郊のMANDAPESVAR石窟にもナタラージャの大パネルがあります。
6世紀と言われ、エレファンタと同じような構図です。
8腕で同じように神々に囲まれています。
下部にはミュージシャンが彫られ、カーライッカル・アンマイヤールも見つかります。
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彫刻ではありませんが同時期の彫像があります。
表情もスタイルもよく似ています。
足下にはナンディとミュージシャン、足の間にはダンサーも見えます。
素晴らしい彫像です。
シヴァグプタ
これら石窟寺院の彫刻は6世紀から8世紀のもので、とても迫力があり、おおらかです。
次回は寺院の彫刻を見たいと思います。

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寺院の彫刻 その52(シヴァ2 リンゴードゥバヴァ)

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今回はリンガから現れるシヴァ(リンゴードゥバヴァ)です。
この神話は『宇宙の消滅後,ヴィシュヌ神が混沌の海を漂っていると(アナンタ龍の上に横たわるヴィシュヌ)、光が現れブラフマー神が姿を現した。ブラフマー神はヴィシュヌ神を見つけると,自分より先に存在している者がいることに驚いた。
「私はあらゆるものの根源である創造者ブラフマーである。貴方は一体何者か」「私こそ宇宙の根源、諸々の世界の創造者ヴィシュヌである。貴方こそ何者か」宇宙の創造者を自認する二人は譲らず激しい口論になった。
そのとき二人の目前に大閃光を発しながら巨大なリンガが出現した。
               (ロサンジェルス美術館)
12世紀初めロサンジェルス美術館
その根は水中深く没し、頂は天空高くそびえている。
驚いた二人は口論をやめ、このリンガの果てを見てきたものを創造者と認めることを約束した。
ブラフマー神は巨大な翼を持つ白鳥に姿を変え、天高く飛翔し1000年もの間、上昇を続けた。
ヴィシュヌ神も山のような大きさの猪に姿を変え1000年間、水中深く潜行を続けた。
                  (ギメ美術館) 
ギメ美術館
ところがどこまで高く飛んでも、どこまで深く潜行しても巨大なリンガの果てを見極めることは出来なかった。
二人の神は元の場所へ戻り、お互いの能力をはるかに超えた存在があることを認めた。
するとどこからともなく、「オーム」という明快な響きが聞こえ,リンガは突如として炎につつまれた。
そしてその中から1000本の手と1000本の足、3つの眼を持つシヴァ神が現れた。
               (サンフランシスコ美術館)
Asian Art Museum of San Francisco
シヴァは「聞くが良い、私達は本来一体であったが、ブラフマーは私の右腰から生じ、ヴィシュヌは左腰から生じたのである。いずれカルパの始まる時にブラフマーはヴィシュヌのヘソから生まれ、私はヴィシュヌが憤怒するとき、その顔から生まれるであろう」と告げるとシヴァは姿を消した。
このとき以来人々はリンガに対する信仰を始めたのである』
               (バーミンガム美術館)
バーミンガム美術館1150年
この話はヴィシュヌ神に対するシヴァ神の優位を表す話なのでヴィシュヌ派の人々は認めません。
シヴァの神話は主に南インドで好まれて彫刻されています。
彫刻としては中央にリンガ、そこから現れるシヴァ、リンガの上部にブラフマーの乗り物である白鳥、下部にはヴィシュヌの化身の野猪ヴァラーハが彫刻されています。
場合によってはリンガの左右にヴィシュヌとブラフマーが彫刻されます。
それでは一番古い南インドALAMPURアランプールのSVARGA BRAHMA寺院から見ていきます。
1SVARGA BRAHMA
  SVARGA BRAHMA TEMPLE 689年
  左右にブラフマーとヴィシュヌ、下部左に白鳥の
  ブラフマーと右に猪のヴィシュヌ、上部左は
  空を飛ぶブラフマー右は剣を持つ女神(大地の女神?)












南インドカンチープラムのKAILASANATHA寺院です。カンチープラムは7〜9世紀にかけて、パッラヴァ朝の首都として栄え、KAILASANATHA寺院は特に重要な寺院です。
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  KAILASANATHA TEMPLE 8世紀初め
  ラージャシンハ2世が建立
  壁龕中央のリンガの中にフル装備をしたシヴァ、
  左側の小壁龕にブラフマー、 右側の小壁龕に
  ヴィシュヌ、リンガの下部にヴィシュヌの
  化身ヴァラーハ









次はパッタダカルのVIRUPAKSHA TEMPLEです。
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  VIRUPAKSHA TEMPLE 733〜746年
  ヴィクラマディティヤ2世(733~746)の二人の王妃に
  よって740年に建立された。パッラヴァに勝利した
  戦勝記念としてカンチープラムから連れてこられた
  建築家グンダによって建てられた。 
  従ってカイラーサナータ寺院を模している
  彫刻は細かいが下部の保存状態が良くない。
  リンガ上部に文様。左にブラフマーらしきものが
  彫刻されている。おそらく右下にもヴィシュヌ
  の痕跡がある。 
  壁龕上部には素晴らしいガジャラクシュミーが
  彫刻されている。



西インドのエローラ石窟寺院です。第15窟に素晴らしい彫刻があるのですが、真っ暗で見えません。
4E-CAVE15018 2
  ELLORA CAVE 15 8世紀中頃
  左にブラフマー、右にヴィシュヌ、左上に飛翔する
  ブラフマー、 右下にヴァラーハ、
  暗いので良くわからない。











南インドのTIRUPPATTURにある寺院の一角に8世紀のパッラヴァ朝のKAILASANATHA寺院があります。放置されたままなので保存状態がとても悪く、表面の漆喰が剥がれてボロボロです。
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  KAILASANATHA寺院 8世紀
  中央の壁龕にリンガから現れるシヴァ、
  他の彫刻はわからない 
  左右にはパッラヴァ朝のシンボルの
  シンハ(獅子)の柱が彫刻されている










南インドのパッタダカルにあるKASHIVISHVANATHA寺院です。
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  KASHIVISHVANATHA寺院 760年
  北方寺院で内部の柱に色々なシヴァの
  彫刻パネルがある。中央にリンガから
  現れるシヴァ、左にブラフマー、右に
  ヴィシュヌ、ヴィシュヌの足下に
  ヴァラーハ、頭上に象に乗る神や
  動物に乗る神、ブラフマーの周りにも
  動物に乗る神々が彫刻されています。
  全員穏やかな顔をしています。


タミルナードのキーライユールKALAIYURのAGASTYESHVARA寺院はチョーラ朝と婚姻関係を結んだパルヴェータライヤル家の建立です。
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  AGASTYESHVARA寺院 9世紀後半
  中央にリンガから現れるシヴァ、左にブラフマー、 
  右にヴィシュヌ、上に白鳥、下にイノシシの
  オーソドックスな彫刻です。












タミルナードのプッラマンガイPULLAMANGAIのBRAHMAPURISVARA寺院です。
建築当初の初期チョーラ朝寺院の姿を残しています。
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  BRAHMAPURISVARA寺院10 世紀初め
  中央の装飾されたリンガから現れるシヴァ、
  右にブラフマー、 左にヴィシュヌ、
  上に飛翔するブラフマー、
  下にイノシシの素晴らしい彫刻です。










タミルナードのタンジャブールTANJAVURのBRIHADISHVARA寺院です。
ラージャラージャ1世が建立した本殿が60mを超える大寺院です。
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  BRIHADISHVARA(RAJARAJESHVARA)寺院 
  1003〜1009年
  巨大な壁龕の中央にリンガから現れるシヴァ、
  左に小さくブラフマー、右に小さくヴィシュヌ、  
  上部に飛翔するブラフマー、下部にヴァラーハ。










ここにはもう一つあります。
9-2BRIHADISHVARA(TANJAVUR).jpg
  BRIHADISHVARA(RAJARAJESHVARA)寺院
  シンプルでリンガから現れるシヴァの左下に
  ひざまずくヴィシュヌ












タミルナードのガンガイコンダチョーラプラムGANGAIKONDACOLAPURAMにはラージャラージャ1世の息子ラージェンドラ1世が建立したBRIHADISHVARA寺院があります。
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  BRIHADISHVARA寺院 1025年
  壁龕には巨大なリンガから現れるシヴァ、左右と
  上部には彫刻がないが下部にヴァラーハのみが
  彫刻されている。











タミルナードのダーラースラムDARASURAMにはラージャラージャ2世の建立したAIRAVATESHVARAがある。
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  AIRAVATESHVARA寺院 12世紀後半
  中央に黒い石に彫られたリンガから現れるシヴァ、
  左にブラフマー、右にヴィシュヌ、リンガの上部
  にブラフマー、下部にヴァラーハが彫刻されている。











これらの彫刻はシヴァ神の優位性を表しています。南インドのシヴァ派の寺院でよく見られます。
インドの他の地域、東南アジアではあまり見かけません。

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寺院の彫刻 その51(シヴァ)

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シヴァ神はヴィシュヌ神、ブラフマー神とともに特に重要な神です。
ブラフマー神が宇宙の創造、ヴィシュヌは維持、シヴァは破壊と言われています。
シヴァ神の前身はバラモン教のヴェーダの時代の神「ルドラ神」で暴風雨神です。
自然現象としての暴風雨は家屋、樹木、を破壊して人畜を一瞬にして死に至らしめると同時に暴風雨の後の爽快さ、蘇生、も意味します。
人間の生死、運命だけでなく不老長寿、生殖の神としての面も持っています。
後世のヒンドゥー教の時代になりシヴァ神として、ヴィシュヌ神とともにヒンドゥー教パンテオンで華々しく活躍します。
シヴァ神の住居はヒマラヤ山脈にあるカイラス山で、青白い裸体にトラの皮をまとい、額に第三の眼を持ち、首に蛇を巻き付けています。
延ばし放題の髪を頭上で束ね、身体に牛糞の灰を塗り、持物は三叉戟、太鼓、水瓶です。
1-1シヴァ
ヴィシュヌ神が様々な条件の下で化身と言う方法を用い広がったのに対し、シヴァ神はその地域の土着の神を取り込み発展していきました。
神妃はパールヴァティー、ヴァーハナ(乗り物)は牡牛のナンディ、子供はガネーシャとカルティケーヤ(スカンダ)です。
2シヴァファミリー
シヴァ神はリンガ(男根)で象徴されます。
リンガは下3分の1は四角形(ブラフマー)、中央3分の1は八角形(ヴィシュヌ)、上部3分の1は円形(シヴァ)です。
3リンガ9世紀2
シヴァ派のヒンドゥー教寺院の本尊としてヨーニと呼ばれる女性性器を抽象化した台座とセットで祠堂に祀られています。
リンガの下3分の2はヨーニに埋め込まれています。
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信者はリンガにミルクやギー(バター)をかけ、花や灯明など供物を捧げ願い事をします。
シヴァ神とリンガの結びつきはシヴァが神格化の背景に生類の創造神としての役割をにない、この神格が生殖崇拝と結びついていったと思われます。
寺院に祀られる彫像のリンガの中には上部にシヴァの顔をあらわしたムカリンガと呼ばれるものがあります。
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ムカリンガの顔は2、4、5個の場合もあります。
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リンガを崇拝する最初期の作品はクシャーン王朝の頃のマトゥラーのブーテーサル出土の塔門横木に彫刻されています。
7リンガ崇拝2
セト・ビクチャンド・カ・ナガル出土の石柱の彫刻も同じ時期です。
8リンガ5世紀
寺院に彫られたシヴァ神の彫刻には勃起した性器を彫刻してある像もみられます。
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面白い神話があります。
「ある時7人の聖仙が集まりブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの中で誰が最も偉大な存在だろうかと話し合い、ブリグ仙が直接会いに行き判断を下すことになった。ブラフマーは崇拝者に囲まれヴェーダと知識の管理者であることにうぬぼれ、ブリグ仙がやってきてもバラモンに対して当然しなければならない挨拶さえしなかった。ブリグ仙は尊大な態度に腹を立て、この神を礼拝するものは誰もいなくなるだろうと呪った。次にシヴァの所へ行くとちょうど妻のパールヴァティーと性行為の真っ最中であつた。ブリグ仙は外で終わるのを待っていたが何百年経っても終わらないのであきれかえりこの神は暗闇の中で性器の形で礼拝されるようになるだろうと言って立ち去った。最後にヴィシュヌの所へ行くと、ヴィシュヌはアナンタ龍の上で眠っていた。やはり何百年経っても目覚めないのでブリグ仙は乱暴にもヴィシュヌの胸を蹴飛ばした。ヴィシュヌは起き上がるとブリグ仙に対し足を怪我しなかったかと尋ねた。その態度に感激したブリグ仙が、ヴィシュヌこそ最も礼拝に値する神であると結論した」と言う話です。
この話はヴィシュヌ派の話ですがヴラフマーの人気が無くなり、シヴァが祠堂の奥でリンガと言う形で礼拝されることを物語っています。
変わったリンガを見てみましょう。
南インドのハンピにある巨大なリンガです。
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南インドのエカンバレーシュヴァラで見たリンガの列、
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カンボジアのクバルスピアンの川の中にある多数のリンガ、
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インドのハンピにも同じリンガがあります。
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ハンピの博物館にある1つのヨニに5つのリンガ、
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ブヴァネーシュウヴァルのムクテーシュヴァルにはリンガ崇拝の彫刻もあります。
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次回から寺院におけるシヴァの彫刻を見ていきます。

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寺院の彫刻 その50(ハリハラ2)

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ハリハラの寺院彫刻はアジアでは見つかりませんでした。
しかしハリハラの彫像はカンボジアで沢山見つかりました。
その他ベトナムやインドネシアでも幾つか見つかりました。
まずは私が一番興味のある寺院(僧院)ASRAM MAHA ROSEIへ行きます。
ハリハラ1
  ASRAM MAHA ROSEI
  6世紀後半から7世紀
  当時のカンボジア寺院とは異なる
  ふしぎな寺院
  インドの寺院そのもの





カンボジアの南、タ・ケオ洲のアンコール・ボレイにあります。
雨期にはボートで行きます。
この寺院は6世紀の終わりから7世紀に建立され、この時期の他の寺院はレンガ造りなのにこの寺院は玄武岩で出来ています。
インドでは当たり前の繞道(本尊の周囲を回る廊下)を持ち、窓があります。
さらに聖水を外に流すソーマスートラを備えています。
ハリハラ2
  ASRAM MAHA ROSEI
  断面図
  祠堂中央にハリハラが祀られている
  繞道がよく解る








この僧院はインド人の聖職者の存在とかなり本格的な儀式がこの建物で執り行われていたことを示します。
ここから素晴らしいハリハラ像が見つかっています。
ハリハラ3 7世紀ASRAM MAHA ROSEI
  ASRAM MAHA ROSEI
  祠堂中央に祀られていたハリハラ
  プノム・ダ様式
  三叉戟と円盤がよく解る
  















同じ時期のハリハラ像です。
頭部しか残っていませんが同時期のハリハラ像です。
ハリハラ4 7世紀初め プノン・ダ
  プノム・ダ様式 7世紀初め
  左は宝冠、右は三日月が付いた髪髻冠、
  右の額には第三の目
  とても優れた作品、全体像が見たかった。














これらの像はプノム・ダ様式と呼ばれています。
コンポン・トム州にある7世紀のSAMBOR PREI KUK N-10祠堂から発見されたハリハラ像は素晴らしい出来です。
ハリハラ5
  SAMBOR PREI KUK N-10祠堂 7世紀
  7世紀〜8世紀真臘の首都イーシャナラプラ
  レンガ造りの現存するとても古い寺院が
  100以上点在している













ハリハラ6
  SAMBOR PREI KUK N-10祠堂
  ハリハラ像
  サンポール様式




















同じコンポン・トム洲にあるPRASAT ANDET(7世紀後半から8世紀)からも素晴らしいハリハラ像が見つかりました。
ハリハラ7
  PRASAT ANDET 7世紀後半
  レンガ造り
  プレイ・クメン様式













ハリハラ8 7世紀PRASAT ANDET
  PRASAT ANDET
  プラサートアンデート様式
  とてもスリムなハリハラ像















アンコールのロリュオスにある8世紀のPRASAT TRAPEANG PONG寺院のハリハラです。
ハリハラ9
  PRASAT TRAPEANG PONG
  8世紀 レンガ造り














ハリハラ10 8世紀TRAPEANG PHONG
  PRASAT TRAPEANG PONG
  肉付きが良い


















トンレサップ湖の西側のコンポン・チュナンにあるPREAH SREI寺院(8世紀)を訪れたとき境内に立てかけられていた石像です。
ハリハラ11PREAH SREI寺院
  PREAH SREI寺院
  8世紀 レンガ造り














ハリハラ12PREAH SREI
  PREAH SREI寺院















頭も腕もありませんが着衣の柄が左右違うこと、多臂であることからハリハラ像と思われます。
ベトナムでも7世紀のハリハラの頭部が見つかっています。
インドネシアでは寺院彫刻も彫像も見つかりませんでしたが、東ジャワ独特の神像を王の顔で彫ったポートレートスタチューが残されています。
SUMERJATI寺院で見つかった14世紀のマジャパイト王国の王KERTARAJASAのポートレートスタチューです。
ハリハラ13世紀マジャパイト王kertarajasaのポート
  SUMERJATI寺院
  ハリハラ像
  KERTARAJASA王の肖像
  
  
















カンボジアでは相当早い時期からハリハラ像が造られたようです。
ヴィシュヌ信仰とシヴァ信仰が共存していたカンボジアでは、特にプレアンコール期を中心にハリハラ信仰が盛んでありました。
6世紀終わりから9世紀あたりまでです。
ハリハラ14 6~7世紀
  ハリハラ像 6〜7世紀
  プノム・ダ様式
  この像には髪髻冠の三日月と第三の目がない
  ヴィシュヌ色が強いのかもしれない













ハリハラ15 7世紀後半
  ハリハラ像 7世紀後半
  プレイ・クメン様式
















9世紀に始まるアンコール時代にはほとんど見かけなくなります。
クメールの王達はデーヴァラージャ(現人神)思想のため、合体する神はシヴァ、ビシュヌ、観音など単体の神でなければならなかったと思われるのです。
彫刻としては6世紀から8世紀の像が素晴らしいと思います。
ASRAM MAHA ROSEIの中にぜひハリハラ像を戻して下さい。
フランス政府お願いします(現在ギメ美術館に展示中)。

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寺院彫刻 その49(ハリハラ)

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今回はハリハラ像です。
ハリハラ像のハリはヴィシュヌ神、ハラはシヴァ神のことでヴィシュヌ神とシヴァ神の合体した像のことです。
一般的に左側がヴィシュヌ神で右側がシヴァ神です(逆も多数存在)。
ヴィシュヌ側の頭は冠をかぶり手にはヴィシュヌの持物である法螺貝や円盤を持っています。
シヴァ側の頭は髪を結い上げ、手には斧や三叉戟、シカなどを持っています。
その他着衣やアクセサリーも違います。
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ある神話では「ヴィシュヌはある聖者に、自分とシヴァは一体であり、自分の中にシヴァも存在すると告げ、シヴァの様相を示した」とあります。またある神話では「神々とアスラたちが、乳海を攪拌した時に、アスラ達がアムリタを神々に飲まれる前に全て飲み干そうとした。その事に気づいたヴィシュヌは、アスラ達を惑わすためにモーヒニーという美女の姿になって彼等を魅了し、その間に神々にアムリタを飲み干させた。その後、シヴァに一目惚れされ、一夜を共にする事になる。そうしてハリハラ(アイヤッパン)が生まれたとされる」とあります。
何れにしてもシヴァとヴィシュヌが合体した像で最強です。
しかしハリハラがアスラと戦ったり、何かしたと言う話は知りません。
まずは南インドのバーダーミにある石窟寺院(6世紀後半)を見ます。
ここには4つの窟があり、第1窟に素晴らしいハリハラ像があります。
向かって右側はヴィシュヌで左手に法螺貝を持ち、その隣は妃のラクシュミーで二人の間にはガルーダが彫刻されています。
向かって左側はシヴァで右手に蛇の絡んだ斧を持ち、その隣は妃のパールヴァティーで二人の間には牛のナンディがいます。
1cave1
  BADAMI CAVE-1 6世紀後半
  基壇にはガナ(小人)
  上部には天人のカップル
  腕を組んだガルーダと三叉戟を持つナンディ
  女神の表情が良い











第3屈にも素晴らしいハリハラ像があります。
この像は頭部、持物、着衣、アクセサリーの違いがよく解ります。
2cave3
  BADAMI CAVE-3 6世紀後半
  シヴァには蛇の巻き付いた斧
  ヴィシュヌには法螺貝
  シヴァには蛇のベルト












南インドのマハバリープラムのDHARMARAJA RATHA(7世紀)の壁龕です。
3DHARMA014
  DHARMARAJA RATHA 7世紀
  ラタの中でもっとも大きい
  斧とチャクラでわかる













同じく南インドのカンチープラムにあるKAILASANATHA寺院(8世紀初め)です。
シヴァに捧げられた寺院でシヴァ神話の彫刻がいたるところにあります。
ハリハラは倚座し足下にはガナがいます。
4KAILASANATHA
  KAILASANATHA寺院 8世紀初め
  寺院の壁一面にシヴァの彫刻
  斧と法螺貝
  足下にはガナ










南インドのアイホーレには沢山の寺院があります。
そこに彫刻の素晴らしい石窟RAVANAPADI(6世紀後半)があります。
壁面にシヴァとハリハラが彫刻されています。
5RAVANAPADI
  RAVANAPADI 6世紀後半
  向かって左は三叉戟を持つシヴァ
  右にハリハラ













南インドのパッタダカルにあるVIRUPAKSHA寺院(8世紀中頃)の壁龕に彫刻されています。
左手に法螺貝、右手に三叉戟ナンディとガルーダを連れています。
壁龕周囲の彫刻も素晴らしいです。
6VIRUPAKSHA
  VIRUPAKSHA寺院 8世紀中頃
  この寺院は壁龕の彫刻が素晴らしい
  三叉戟と法螺貝
  ガルーダとナンディ
  上部は寺院の中に座す神
  下部はトリ(クジャク)










南インドのアランプールにあるSVARGA BRAHMA寺院(7世紀後半)です。
保存状態が良くありませんが頭部で解ります。
7SVARGA BRAHMA
  SVARGA BRAHMA寺院 7世紀後半
  シヴァの三叉戟が残っている













南インドのホイサラー寺院HOYSALESHWARA(12世紀中頃)の彫刻です。
左手には棍棒、チャクラ、法螺貝、右手には太鼓、三叉戟を持ちます。
ナンディもうずくまっています。
8hoysaleshvara
  HOYSALESHWARA 12世紀中頃
  ホイサラー朝独得の彫刻
  足下にナンディがいます











中央インドのTERAHI寺院(8世紀)です。持物や頭部でハリハラと解ります。
9Terahi
  TERAHI寺院 8世紀
  足下にナンディとガルーダ













西インドのオシアンにあるその名もHARIHARA寺院(8世紀)です。
ここには3つのHARIHARA寺院があります。
足下にナンディとガルーダが彫刻されています。
面白いのは身体に巻き付けてある聖なる紐が半分から違っている所です。
10HARI-2012.jpg
  HARIHARA-2寺院 8世紀
  足下にナンディとガルーダ
  シヴァ側の紐はドクロ












このようにインド全土でハリハラは見つかります。
先に述べたようにこれだけ人気があるのにこれと言ったエピソードもありません。
またアイヤッパンとハリハラの関係もよくわかりません。
どう考えても2大神をくっつけただけのような気がします。
とても不思議な像です。

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