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石の巡礼 その7(威光寺 弁天十五童子) 

AA1_0283のコピー
今回は東京都稲城市にある威光寺です。
明治4年神仏分離に伴い、当寺境内に新たに弁天洞窟を設けて石仏を穴澤天神社より移設しました。
弁天洞窟の入口から10mほどの道は1,500年以上前に掘られたもので、その後さらに掘り進められ、全長65mの洞窟として完成しました。
この洞窟の中に珍しい弁天十五童子の石像を始め大黒天、毘沙門天など23体が安置されています。
洞窟の中は真っ暗で一寸先も見えません。
そのため入り口でロウソクを貸してくれます。
わかっていれば懐中電灯を持ってくるのですが、ロウソクの方が雰囲気があります。
まずは受付で拝観料300円を払うとロウソクの柄とロウソクを貸してくれます。
それでは出発です。
境内のお庭お抜け、小さな太鼓橋を渡るとレンガのトンネルが見えてきます。
弁天洞窟入口
中は真っ暗です。
ここでロウソクに火をつけます。
わずかなろうそくの光だけが頼りでとても不安です。
道はまっすぐではないので先がわかりません。
威光寺弁天洞窟_-_panoramio_(9)
すると童子が一体ずつ現れてきます。
まずは牛馬童子です。
向かって右下に彫られている牛と馬から繋がっている手綱を持っています。
14 牛馬童子
   1牛馬童子
次は酒泉童子です。
杯を右手に持ち、左手に柄杓を持って酒壺の前に立っています。
10 酒泉童子
   2酒泉童子
次は両手で衣装を捧げる衣装童子です。
8 衣裳童子
   3衣裳童子
次は蚕器を両手にもつ蚕養童子です。
9 蚕養童子
   4蚕養童子
次は右手に筆、左手に硯を持つ筆硯童子です。
3 筆硯童子
   5筆硯童子
次は升を前に向けて両手で持つ計升童子です。
6 計升童子
   6計升童子
次は右手を上にし、左手を下げて両手で帯を持つ官帯童子です。
2 官帯童子
   7官帯童子
剣を右手に持ち、左手に宝珠を持つ生命童子です。
12 生命童子
   8生命童子
次は右手に印錀、左手に宝珠を持つ印錀童子です。
1 印錀童子
   9印錀童子
右手を前に向けて宝珠を持ち、左手に稲束を持つ稲籾童子です。
5 稲籾童子
   10稲籾童子
次は右手を施無畏印、左手に宝珠を持つ船車童子です。
15 船車童子
   11船車童子
次は右手に秤、左手に分銅を持つ金財童子です。
4 金財童子
   12金財童子
次は頭上の飯櫃を右手で支え、左手を拳にする飯櫃童子です。
7 飯櫃童子
   13飯櫃童子
次は右手に矢を持ち、左手に弓を持つ愛敬童子です。
11 愛敬童子
   14愛敬童子
最後は三宝珠盛る盆を両手で捧げる従者童子です。
13 従者童子
   15従者童子「
弁天十五童子は以上ですが、洞窟はまだ続きます。
内部には池もあり、巨大な白蛇、宇賀神、弘法大師、文殊菩薩、竜神などが安置されていますが、弁天十五童子と比べると出来は良くありません。
外に出るとあまりの明るさに目が慣れません。
東京でできるとてもミステリアスな体験でした。
ここは新東京百景にも選ばれています。
残念ながら安全上の問題で現在閉鎖されているようです。

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音楽の話 その55(イエス)

ガンジーファ - 080
イエスを聞き始めたのは3枚目の「The Yes Album」からです。
針を落とした瞬間これはと思いました。
イエス1
「Yours Is No Disgrace」がとてもカッコいいのです。
基本のテーマは単純なのですが、色々アレンジをして10分間聞かせます。
とてもセンスがいいのです。
最大の特徴はボーカルのJon Andersonの声と歌い方です。
「Clap」はSteve Howeのアコースティクソロ、A面最後の曲は組曲になっている「Starship Trooper」です。
B面はアカペラで始まる「I've Seen All Good People」、Jon Andersonの独壇場です。
イエス6
2曲目の「A Venture」ではTony Kayeのピアノが聞けます。
個人的には好きな曲です。
最後のPerpetual Changeはテンポを代えたりしていますが後半少しダレます。
4枚目の「Fragile」でRichard Wakemanが加入してプログレのイエスの完成です。
イエス3
A面1曲目Roundaboutは傑作です。
Steve Howeの美しいギターで始まり、各々のソロでテクニックを見せつけます。
新加入のRichard Wakemanも全開です。
当時はラメだらけのRichard Wakemanの衣装が話題でした。
イエス4
2曲目はRichard Wakemanがブラームスの交響曲第4番第3楽章をキーボードで多重録音した「Cans and Brahms」です。
次はJon Andersonの多重録音「We Have Heaven」です。
A面最後の「South Side of the Sky」はRichard Wakemanのピアノが印象的な曲です。
「Long Distance Runaround 」はJon Andersonらしい曲、「Mood for a Day」は「クラップ」に続くSteve Howeのソロです。最後は大作「Heart of the Sunrise」です。
イエスの魅力は、Jon AndersonのボーカルとChris Squireのベースとコーラスにあります。
イエスの音楽はアルバムジャケットをデザインしたロジャー・ディーン(Roger Dean)のイラストに依存する所が多いと思います。
イエス5
「The Yes Album」のジャケットも好きですが、「Fragile」からはじまるロジャー・ディーンのデザインとイエスの音楽がシンクロしてきます。
それは5枚目の「Close to the Edge」で最高潮に達します。
「Close to the Edge」はイエスの最高傑作でしょう。
イエス2
最近見たDVD「YES ACOUSTIC」はとても素敵です。
特にRoundaboutは最高です。
長い間第一線でやってきた、矜持が感じられます。
なんと素敵なおじさんたちでしょう。
ミスターYes Chris Squireのご冥福を祈ります。

ベストアルバム「Close to the Edge」

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気になる話 その14(ナマハゲ)

サンチ−2塔028
ナマハゲには昔から興味がありました。
そしてついにナマハゲの旅が実現しました。
なんとその3ヶ月後にナマハゲはユネスコの世界無形文化遺産に「来訪神」のひとつとして提案されたのです。
実にめでたい。登録されれば良いな。
ナマハゲとは男鹿半島周辺で行われてきた年中行事、あるいはその行事において、仮面をつけ藁の衣装をまとった神の使いを指すとのことです。
ナマハゲの行事は江戸時代には行われていたようで、写真は江戸時代の紀行家である菅江真澄が記した「牡鹿乃寒かぜ」でナマハゲについて書かれています。
江戸時代の紀行家である菅江真澄が記した「牡鹿乃寒かぜ」
大晦日の晩、それぞれの集落の青年たちがナマハゲに扮して、「泣く子はいねがー、親の言うこど聞がね子はいねがー」「ここの家の嫁は早起きするがー」などと大声で叫びながら地域の家々を巡ります。
男鹿の人々にとってナマハゲは、怠け心を戒め、無病息災・田畑の実り・山の幸・海の幸をもたらす、年の節目にやってくる来訪神です。
ナマハゲを迎える家では、昔から伝わる作法により料理や酒を準備して丁重にもてなします。
男鹿市内の「ナマハゲ行事」は、かつて小正月に行われていましたが、現在は12月31日の大晦日に行われています。
ナマハゲの意味は冬、囲炉裏で長く暖をとっていると、手足に火型(火斑)ができます。
これを方言で「ナモミ」と言いますが、怠け心を戒めるための「ナモミ剥ぎ」が「ナマハゲ」になったと言われています。
なまはげの持ち物は
1)出刃包丁と御幣
「ナモミ」を剥ぎ落とすための「出刃包丁」や地域によっては、神のしるしとしての「御幣(ごへい)」を付けた杖を手に 持って巡ります。
2)面
 木の皮、木の彫刻、ザルに紙を貼ったもの、紙粘土など様々な素材が使われています。最近はプラスチック製や地元の木 彫師による面も多く使われるようになりました。
3)ケデ
 ワラ製のミノ状にした衣装。面とともに神に扮する象徴的な衣装です。ケダシ、ケンデ、ケラミノなどともいいます。
4)ハバキ
 ワラで編んだ脛(すね)あて。これを着けるのは他所から来ることを意味します。
5)わらぐつ
 雪中、遠くから来るためのワラ製の靴。
それではナマハゲの知識を十分つけたところでいよいよナマハゲ巡りです。
私は飛行機で秋田空港まで行き、レンタカーで回ります。
ファーストコンタクトは秋田空港です。
1空港
男鹿半島に向かう道に巨大ナマハゲ発見です。
男鹿総合案内所の前です。
2案内所
そしてナマハゲ伝説の赤神神社五社堂へ向かいます。
手前の門前にも巨大ナマハゲがあります。
3門前
五社堂は鬼が作ったという999段の長い石段をヒーヒー言いながら登ります。
すると重要文化財の五棟の社堂が見えてきます。
4五社堂
祀られているのは5匹のナマハゲで両親と3人の子供と言われています。
次はハイライトの「なまはげ館」へ行きます。
途中素敵なナマハゲのオブジェがあります。
5オブジェ
6オブジェ
「なまはげ館」はモダンで素敵な建物です。
7なまはげ館
中はもうナマハゲだらけでナマハゲずきにはたまりません。
男鹿のナマハゲ勢揃いです。
8なまはげ館
9なまはげ館
10なまはげ館
11なまはげ館
そして隣の「なまはげ伝承館」では真山地区のなまはげをリアルに体験できます。
12伝承館
家に入るところから出て行くところまで、ナマハゲの動作には一つ一つ昔からのしきたりがあります。
ナマハゲと主人の問答が最高です。
13伝承館
14伝承館
この伝承館は本物の古い民家を移築したものでとても雰囲気があります。
私は秋に行きましたが、外はしんしんと雪が降っているような錯覚を覚えました。
少し先にある真山神社はナマハゲゆかりの神社で、大晦日真山地区のナマハゲはここからスタートします。
15真山神社
ナマハゲの旅はこれで終わりです。
今夜の宿、男鹿温泉に向かいます。
男鹿温泉郷の入り口では大きなナマハゲが歓迎してくれます。
16男鹿温泉
悲しいことにナマハゲは核家族化した若い人たちに人気がなく、衰退傾向の一途をたどっています。
地元が補助金を出しても効果がありません。
ユネスコの世界無形文化遺産に登録されることで知名度が広がり、多くの人たちが関心を持ち、この行事が少しでも長く存続することを祈るばかりです。
ナマハゲ
「泣く子はいねがー、親の言うこど聞がね子はいねがー」

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寺院の彫刻 その59(シヴァ9 両性具有のシヴァ)

PANATA108.jpeg
今回はアルダナーリーシュヴァラ(両性具有のシヴァ)の彫刻です。
アルダナーリーシュヴァラとは身体の右半分はシヴァ神、左半分は妃のパールヴァティーで表された神です。
アルダナーリー15
シヴァとパールヴァティーがカイラーサ山の頂きに座っていた時、神々や聖者たちは彼に敬意を表す為にカイラーサ山に出かけた。ブリンギィ聖者を除き、彼らはシヴァとパールヴァティーの周囲を巡り、お辞儀をしながら崇拝した。ブリンギィ聖者はシヴァ神のみを崇拝する誓いを持っていたため、パールヴァティーを無視した。パールヴァティーは彼に腹を立て、彼の血肉が身体から消え失せ、骨皮のみが残るように心に念じた。パールヴァティーの念が通じ、ブリンギィ聖者は身を支えることは出来なくなった。シヴァは彼のあわれな状態を見て、彼に第三の足を与えたので彼は平衡を保つことが出来た。ブリンギィ聖者は喜び踊を演じてシヴァを讃えた。パールヴァティーの意図は失敗に帰し、彼女は悩み苦しみ、シヴァから恩恵を得るため苦行に励んだ。シヴァは彼女の苦行に喜び、自分との結合を許した。こうしてシヴァにより、男女の合体(アルダナーリー アルダ=半、ナーリー=女性)からなる神が生まれた。ブリンギィ聖者はシヴァ神のみを崇拝するためにその神の周囲を巡ることは難しくなってしまった。しかし彼はその障害にひるまず甲虫の姿をとり、合体神に穴をあけてシヴァ神の周囲を巡って崇拝し、パールヴァティーをも讃えた。彼女は彼の信心深い誓いの固さに祝福を与えた』という話です。
シヴァとブリンギィ聖者 SANGAMESVARA寺院
写ー1
アルダナーリーは一般的に、右半分はシヴァ、左半分は豊かな胸を持った神妃パールヴァティーです。
豊満な片胸と共に通常、女性側の脇腹はくびれ、丸みを帯びる腰が艶めかしく強調され、装飾品も左半分と右半分は明瞭に区別されます。
一般的にはナンディと共に彫刻されることがほとんどです。
ナンディに寄りかかるか、トリヴァンガ(三屈法)の姿勢です。
それでは見ていきます。
マトゥラー博物館にある5世紀のアルダナーリーシュヴァラ像ですが首から上しか残っていません。
特徴のある豊満な片胸も衣装もありませんが、頭髪右半分は荒々しいシヴァの左半分は美しいパールヴァティーのものです。
さらに左側のイアリングと左半分の顔の優しさでアルダナーリーと解ります。
マトゥラー博物館 5世紀
アルダナーリー1MATHURA博物館5世紀
さらに古い像がロサンゼルスカウンティ美術館にあります。
マトゥーラで見つかった2〜3世紀の像です。
ロサンゼルスカウンティ美術館 2〜3世紀
アルダナーリー2 2~3世記マツゥラーロス美術館
南インドのBADAMI第1窟には素晴らしいアルダナーリーがあります。
6世紀後半の製作で片胸を楽器ビーナで隠すようにして不自然感をなくしています。
ナンディとブリンギィも一緒です。
BADAMI第1窟 6世紀後半
アルダナーリー3
同じ6世紀後半の南インドのAIHOLEにあるRAVANAPADI窟のアルダナーリーは傑作です。
頭からつま先までシヴァとパールヴァティーの合体象です。
とても素敵な顔立ちです。シヴァは三叉戟を持っています。
RAVANAPADI窟 6世紀後半
アルダナーリー4
MAMALLAPURAMのDHARMARAJA RATHA(7世紀)の壁龕にあるアルダナーリーは左半分は女性なのですがとても不自然な体型で顔もシヴァそのもので魅力がありません。
DHARMARAJA RATHA 7世紀
アルダナーリー5
これに対しMAHAKUTAにあるSANGAMESHVARA(7世紀)の壁龕のアルダナーリーはとても美しいトリヴァンガのポーズをとっており、まるでパールヴァティーです。
シヴァ側の太ももの衣装はトラでしょうか。
SANGAMESHVARA 7世紀
アルダナーリー6
ELEPHANTA(6世紀)のアルダナーリーは傑作です。
とても神々しく威厳に満ちた彫刻ですが、残念なことに下部が崩壊しています。
ナンディに寄りかかり、周囲には神々や天人、天女が集まってきています。
ELEPHANTA 6世紀
アルダナーリー7
南インドのALAMPURにあるSANGAMESHWARA寺院のアルダナリーは最高傑作です。
SANGAMESHWARA 6世紀
アルダナーリー8
同じALAMPUR のSVARGA BRAHMA寺院(7世紀)は彫刻の宝庫です。
壁龕にアルダナーリーが彫られているのですが、人為的に顔と胸がえぐり取られています。
とても残念です。
シヴァ側の太腿に人面(トラ)が彫られているのが解ります。
SVARGA BRAHMA寺院 7世紀
アルダナーリー9
TAMIL NADUのMUVARKOVIL寺院(10世紀)は蓮の基壇を持つ祠堂が三つ並んで作られましたが、現在は二つです。
その身舎の壁龕にこの地方独特の優しいアルダナーリーとナンディが彫られています。
MUVARKOVIL寺院 10世紀
アルダナーリー10
同じ寺院からの出土したアルダナーリーがPUD博物館に展示されています。
PUD博物館 10世紀
アルダナーリー11PUD MUS DSCF0205 Ardhanar
もう一つこの地方の最高傑作がタンジャブールのNAYAK PALACE ART MUSEUMに展示されています。
NAYAK PALACE ART MUSEUM 10世紀
アルダナーリー12NAYAK PALACE ART MUSEUM10セイキ、タンジャブール
GANGAIKONDACOLAPURAMのBRIHADISHVARA寺院(1025年)壁龕のアルダナーリーは大きく立体感があります。アルダナーリーシュヴァラは全土で見つかりますが、特に南インドでアルダナーリーシュヴァラはとても愛されているようです。
BRIHADISHVARA寺院 1025年
アルダナーリー13
インドは不思議な国です。
以前お話ししたハリハラは最高神のシヴァとヴィシュヌを合体させた神です。
今回はシヴァと妃パールヴァティーの合体です。

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映画の話 その51(ノスタルジア)

79スティアアキ
アンドレイ ・ タルコフスキー監督の「ノスタルジア」です。
ノスタルジア7
いきなり白黒のブリューゲルの絵画の様なオープニング(霧に包まれた主人公の故郷か)。
民謡の様なアカペラの唄にオーケストラが入ってくるが同じ曲ではない。
動きが止まりタイトルクレジット、実にうまい演出です。
ノスタルジア6
このオープニングのシーンは主人公の夢の中で何度も出てきます。
深い霧の中、車が止まり男と女が車からおり女は教会へ、男は車に残る。
男はモスクワから来た詩人アンドレイ・ゴルチャコフで女はイタリア人通訳のエウジェニアです。
ふたりは、18世紀にイタリアを放浪し、故国に帰れば奴隷になると知りつつ帰国して自殺したロシアの音楽家パヴェル・サスノフスキーの足跡を追って旅をしています。
ノスタルジア5
ここシエナの村は旅の終わりです。
アンドレイがマドンナ・デル・パルトの聖母画を見たがっていたからですが、アンドレイは車に残り、エウジェニアひとり、教会を訪れることになりました。
この教会のシーンはハイライトの1つで蝋燭の美しさ、聖母のお腹から出るたくさんの小鳥、ピエロ・デラ・フランチェスカが描いた出産の聖母像などタルコフスキーの映像美が思う存分堪能出来ます。
二人は小さな温泉街バーニョ・ヴィニョーニに滞在します。
そこで「もうすぐ世界の終末が訪れる」と信じ込み、家族を7年にわたって幽閉し周囲から狂人と呼ばれる男、ドメニコに出会います。
ドメニコは住処の廃屋にアンドレイを招く。
ノスタルジア
そこは常に天井からの水が床や瓶へ滴っており、壁には「1+1=1」という奇妙な数式が書かれてあります。
ドメニコはアンドレイに第九を聴かせ、「蝋燭に火を灯し、広場の温泉を渡りきることが出来たら、世界は救済される」と告げるのでした。
アンドレイはそれを約束します。
このドメニコの部屋もタルコフスキーの美があふれています。
次のシーンでアンドレイは建物の中にある川(温泉?)にコートのまま入ってお酒を飲んでいます。
このシーンはとても印象的です。
ノスタルジア3
なぜなら私が夜寝ていてトイレに行きたい時に見る夢ととても似ているからです。
ローマに先に戻ったエウジェニアから一本の電話を受け取ります。
内容は「ドメニコがローマで演説を3日間に渡って続けている。
彼は自分があなたに言った事をしたかと尋ねている」というものでした。
アンドレイは再びバーニョ・ヴィニョーニに戻ります。
ドメニコはカンピドリオ広場のマルクス・アウレリウス像に上り、人々が固唾を呑んで見守る中で演説をして頭からガソリンをかぶり第九をかけながら焼身自殺します。
バーニョ・ヴィニョーニに戻っていたアンドレイは、かつてドメニコに言われていた、蝋燭に火を付けて温泉を渡りきるという試行を行って成功しますが持病の心臓病で倒れてしまいます。
ノスタルジア2
彼は故郷の夢を見ていました。
その映像はとても不思議で美しいものでした。
雪が降って来てオープニングの唄が聞こえてきます。
やはりタルコフスキーの映像は美しい。
余談ですがタイのロブリーへ行きPHRA NARAI RATCHANIWETという王宮跡に入った時です。
PHRA NARAI RATCHANIWET LOPBURI
PHRA NARAI RATCHANIWET

一瞬「ノスタルジア」をしてしまいました。

8-2ウィジョヨクスモの花

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