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石の巡礼 その3(十王3)

AA1_0277のコピー
今回は近畿地方の十王像を見ます。
新薬師寺」 奈良市内
1新薬師寺
新薬師寺の境内に石仏が安置されています。
その中に鎌倉時代の地蔵十王石仏があります。
地蔵菩薩の右手は来迎印、左手には宝珠を持っています。
地蔵菩薩の光背の左右に5体ずつの十王、光背上部のはっきりしませんが地獄の様子を彫ったと言われています。
とても興味深い石仏です。
念仏寺(星曼荼羅石)」奈良市内
2念仏寺(星曼荼羅石)奈良市内
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3念仏寺(太山王)
念仏寺の境内には鎌倉時代末期の星曼荼羅石と十王の太山王の石像が並んで安置されています。
星曼荼羅石は岩面を四段に区分けし、中央の釈迦金輪仏頂の種子を中心に北斗七曜星の種子、次の区画に九曜星、次の区画に十二宮、次の区画に二十八宿の星宿種子、合計57の種子を配したもので、拝むことにより長寿富貴が得られると言われています。
太山王は死後49日目に最終審理を行う裁判官で寿命を司ると言われています。
「郡山城址・二面石」大和郡山
4郡山城址・二面石2
5郡山城址・二面石
郡山城の石垣に使われていた石仏のひとつで鎌倉時代後期の作です。
表裏二面に彫ってあり、表面は右手錫杖、左手宝珠を持つ地蔵菩薩立像(頭部欠損)、裏面は冥官と従卒です。
地蔵の光背の両側に十王が彫られています。
裁判と救済のとても興味のある像です。
染田地蔵十王石仏」 奈良大和高原
6染田地蔵十王石仏4
7染田地蔵十王石仏 奈良大和高原
8染田地蔵十王石仏2
9染田地蔵十王石仏3
大和高原の山里染田に通称穴薬師算と呼ばれる石仏群があります。
ほとんどが地蔵菩薩と十王で、近年整備され、綺麗に並んでいます。
十王は一番奥に並んでおり、室町時代の像立です。
福住十王石仏」 奈良大和高原
10福住十王石仏奈良大和高原
天理市の福住にある笠石仏形式の十王石仏。
3段に11体の像が刻まれており、上段中央の像は阿弥陀座像でそのほか十王10体です。
江戸中期の像立。
小菩提寺址 閻魔王」 滋賀県甲西町
11小菩提寺址(石仏)閻魔王2
ここには石造多宝塔(1241年)、鎌倉初期から南北朝にかけての3体地蔵があり、その奥に閻魔像があります。
この像は駒型の石に閻魔王を中心に、阿弥陀如来、地蔵2体、僧形の計5体を刻んだ室町時代後期の珍しい石像です。
上部中央に閻魔王、向かって左に阿弥陀座像、右に合掌地蔵、下部向かって左に僧形座像、右に地蔵座像。
「多羅尾浄顕寺の十王」 滋賀信楽町
13多羅尾浄顕寺の十王滋賀
浄顕寺の境内にひっそりと安置されています。
1体かけて9体しかありません。
江戸時代初期の像立で保存状態が良くありません。
治田地蔵十王磨崖仏(大川地蔵磨崖仏)」三重県伊賀市
15地蔵十王磨崖仏(大川地蔵磨崖仏)三重
名張川と与野川の合流地点の大きな岩に刻まれた巨大磨崖仏で地蔵と十王が彫られています。
地蔵は光背を負い、蓮華の上に立ち右手に錫杖、左手に宝珠を持ちます。
向かって左に閻魔王、右に太山王を刻みます。
他の岩にも十王が彫られています。
室町時代中頃の作です。
それにしても足が稚拙です。
別府十王石仏」三重県伊賀市青山
16別府十王石 仏三重
横長の自然石の中央に蓮華の上に座す閻魔王、左右に5体ずつ十王が彫られています。
上部には同じ大きさの笠石が載せてあります。
保存状態も良く、とても可愛い顔をしています。
右端の1体は司録といわれています。
とても面白い石像です。
1689年に造られました。
神足・古市共同墓地十王石像」京都府長岡京市
17神足・古市共同墓地 十王石像京都
ここには六地蔵、釈迦如来、阿弥陀如来、十王の石仏が安置されています。
十王は現在五王が残っています。
江戸時代末期の作で中央のひときわ大きな像が地獄の王である閻魔王、左からの罪状を記す司命(初江王)、その隣が人頭杖を持つ太山王(変成王)、閻魔大王、巻物を開き亡者の罪状を読む司録(平等王),筆と冊子を持つ五道輪転王(宗帝王)です。

さすがに近畿地方では鎌倉時代から江戸時代末期まで、いろいろな種類の十王像が見つかりました。

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音楽の話 その51(マーヴィン・ゲイ)

ガンジーファ - 084
今回はマーヴィン・ゲイです。
ワシントンD.C.に生まれたマーヴィンは地元の聖歌隊に入り、歌、ピアノ、ドラムなどを習得して音楽の基礎を作りました。
しかし厳格な父により精神的虐待を受け、これがトラウマになります。
空軍に入隊し除隊したあと、数々のコーラスグループへてモータウンレコードの社長であるベリー・ゴーディ・ジュニアにその才能を見出され、同レーベルでソロシンガーとしてのキャリアを踏み出すこととなります。
ドラマーでもあったマーヴィンはモータウンのバックミュージシャンと仲良くなり、曲作りや編曲に貢献してもらうことになります。
「悲しいうわさ」やタミー・テレルとのデュエット「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」などのヒットをとばしモータウンの中でも高い地位を占めるようになります。
しかしタミーの死で衝撃を受け一時音楽活動を停止してしまいます。
マーヴィン2
やがて弟フランキーがベトナム戦争から復員してきます。
その体験などを聞き新たな音楽を模索します。
そして1971年衝撃的な「What's Going On」をリリースします。
マーヴィン
この曲は公害、貧困、ベトナム戦争といった社会問題を取り上げ、それに対する苦悩を赤裸々に表現した歌詞と、とても優しくメロディアスな曲で話題になりました。
モータウンの社長ベリー・ゴーディは当初この曲を気に入らず、シングルとしてリリースすることに難色を示しましたが、ゲイはそれに対して、リリースしなければ残りの曲のレコーディングもしないと反論し、異例のセルフ・プロデュースでアルバムを発表しました。
すべて社会問題についての問題提議のコンセプトアルバムでタイトルソングが随所で挿入されています。
A面に針を落とすと、ざわめく会話の中からソプラノサックスが出てきて優しいマーヴィンの声で「What's Going On」が始まります。
マーヴィン3
ソフトな曲と裏腹に歌詞は「ねえ母さん、沢山の人達が涙を流しているよ、兄弟達が次々と死んで行くよ・・・・・」と、とてもきつい内容です。
そのまま2曲目の「What's Happening Brother 」につながります。
「Flyin' High」、ヴァースが素晴らしい「Save the Children」エンディングから「God is Love」の入り方が素晴らしい。
最後は名曲「Mercy Mercy Me」です。
サックスソロがいい感じです。
A面は流れるようなトータル感が素晴らしいです。
B面1曲目「Right on」はピアノとフルートでラスカルズやウィンウッドのような感じの曲で始まります。
2曲目「Wholy Holy」はストリングスをバックに素晴らしいマーヴィンの歌とクラリネットで聴かせます。
最後の「Inner City Blues (Make Me Wanna Holler)」では「What's Going On」のフレーズが出てきて終わります。
とどまることなく最後まで一気に聴ける素晴らしいアルバムです。
マーヴィン5
残念ながらマーヴィンは45歳の誕生日前日に父親との口論により父親の発砲で亡くなりました。
とても残念です。

Ωベストアルバム 「What's Going On」

8-2ウィジョヨクスモの花

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寺院の彫刻 その55(シヴァ5 ナタラージャ3)

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ナタラージャの彫刻は東南アジアでも見ることができます。
カンボジアの至宝と言われるバンティアイ・スレイ寺院(967年)には素晴らしいナタラージャの彫刻があります。
東第一塔門の破風には10腕の威厳のあるシヴァ、右下にはカーライッカル・アンマイヤール、左下には打楽器を叩く人が厚肉堀りで彫刻されています。
インド本国に勝るとも劣らない傑作です。
1SREI025
バコン寺院(881年)の破風にも彫刻されていますが、創建当時のものではなく、のちに彫られたものです。
残念ながら保存状態が良くなく特に下半身は分かりません。
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プノンペンの南50kmにあるプノム・チソール寺院(11世紀)の破風にもナタラージャの彫刻がありますが、やはり保存状態が良くありません。
しかしカーライッカル・アンマイヤールはわかります。
3CHISSOR049
バンティアイ・サムレ寺院(12世紀)には寺院内部にあるために比較的保存状態の良いナタラージャがあります。
カーラの上で踊り、従者は破壊されてわかりませんが、左右のシンハはわかります。
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同じような構図のナタラージャがプリア・ピトゥ寺院(12世紀)にあります。
5PITHU041
バッタンバンの博物館にもありました。
6BATTAMBANG博物館
東北タイのクメール寺院でも好まれ、ピマイ寺院(11~12世紀)の破風に彫刻されています。
10腕で頭には宝冠をかぶり、足元には従者を従えています。
一番左にはあばらが浮き出たカーライッカル・アンマイヤールがいます。
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パノム・ルン寺院(12世紀)の破風のナタラージャは素晴らしい出来です。
10腕で足元に従者を従えています。
カーライッカル・アンマイヤールやガネーシャもいます。
ピマイ寺院と構図は似ていますが宝冠や顔立ちが違います。
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もう一つ印象的なのがサコンナコンにあるNARAI JAENG WAENG寺院(11世紀)の破風にあります。
他の像とは異なり12腕でガネーシャを伴う従者を連れています。
面白いのは上部の左右に木に登るリスが彫られていることです。
9WAENG010
ベトナムのチャンパ遺跡でも見つかります。
聖地ミソン(7~13世紀)の博物館にナタラージャの破風が2つ展示されています。
1つは8腕で左右に従者が捧げ物(蓮華?)をしています。
蓮の上で踊っており、足元の左右にはマカラが彫刻されています。
奇妙なのはシヴァの胸にトカゲのような動物が彫刻されていることです。
シヴァの妻の一人チャームンダーにはサソリが彫刻されていますが、トカゲは初めて見ます。
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もう1つは残念ながら上部が崩壊してわかりませんが下部はよく残っています。
従者の楽団に合わせて踊るカーライッカル・アンマイヤール、ナンディなどで、右側の人物はよくわかりません。
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寺院ではポーン・クロン・ガライ寺院(13~14世紀)の破風に彫刻されています。
6腕で宝冠やアクセサリーの彫刻が細かく美しいです。
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ダナンにあるチャム彫刻博物館にも数点あります。16腕、10腕、4腕などバライティーに飛んでいます。
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インドシナ半島においては好まれて作られましたが、インドネシアでは見つからず、やっと博物館で一点だけ見つけました。
東ジャワのSINGOSARI寺院で見つかった像です。
バイラヴァとしてのシヴァです。
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ヴィシュヌ派よりも圧倒的にシヴァ派の寺院が多いインドネシアで意外でした。
シヴァの立像や坐像は沢山あるのですがナタラージャ像はほとんどありませんでした。
余談ですがシヴァの妃であるドゥルガー女神の「水牛の悪魔を退治するドゥルガー」の彫像が東南アジアで一番沢山見つかっているのはインドネシアです。
ナタラージャ像は東南アジアでとても好まれたようです。

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映画の話 その48(ヴェニスに死す)

74ノロヨノ
この映画は高齢者が見るべき映画です。
原作は10代後半に読みました。
トーマス・マンは読みやすく、三島由紀夫も絶賛していたので、ヘッセの「荒野の狼」カミユの「異邦人」ラディゲの「肉体の悪魔」とともにマンの「トニオ・クレーガー当時はトニオ・クレーゲル」は愛読書でした。
「ヴェニスに死す」は少しかったるい小説でしたがヴィスコンティが監督した映画でしたので、見に行きました。
オープニングからヴィスコンティ全開です。
ヴェニス1
冒頭から厳かに流れ来るグスタフ・マーラーの交響曲第5番第4楽章が重要です。
映像と音楽のコラボレーションでこれから起こることを暗示させます。
静養のためベニスを訪れた老作曲家アシェンバッハ(ダーク・ボガード)は、ふと出会ったポーランド貴族の少年タジオ(ビョルン・アンドレセン)に理想の美を見出す。
ヴェニス2
以来、彼は浜にタジオを求めて彷徨う。
ある日、ベニスの街中で消毒が始まる。
尋ねると、疫病が流行しているのだという。
理髪店で白髪を染め、髭を整え、おしろいを塗り、口紅を施して若作りをし、タジオの姿を求めてベニスの町を徘徊していたあるとき、彼は力尽きて倒れ、自らも感染したことを知る。
ヴェニス3
それでも彼はベニスを去らない。
疲れきった体を海辺のデッキチェアに横たえ、波光がきらめく中、彼方を指差すタジオの姿を見つめながら死んでゆく。
ヴェニス5
さすがヴィスコンティと思えるのがヴェニスの風景描写です。
観光都市ヴェニスが全く美しくなく、薄汚いのです。
天気はほとんど曇りです。
主役のリド島のホテル・デ・バンのロケは閉鎖時期を利用して徹底的に当時のままに作り替えました。
もちろんヴィスコンティのセンスで、です。
これがまた完璧です。
ホテル内は紫陽花の花が至る所に置かれています。
そして名優ダーク・ボガードの演技と、よくぞ探したビョルン・アンドレセンの美しさ、シルバーナ・マンガーノの気品です。
伏線も素敵です。
行きの船で出会うお化粧をほどこした醜い老人、ヴェニスの街で見かけたコレラで倒れこむ男性、全く同じ事がアッシェンバッハの身に起こります。
ラストの映像の美しさなども感激しました。
今自分が高齢者になりこの映画を見直して気づいたことはアッシェンバッハに感情移入をしている自分です。
高齢になり思うように動かない体(もちろん性欲も)、些細なことに腹をたてる自分、世間の動きについて行けない頭、それが恋をすれば相手が男であっても女であっても子供であってもアッシェンバッハの様になる可能性は大です。
それは時間が経たなければわからない感情です。
したがってこの映画は高齢者の映画と結論づけました(若い時と2度見るのが良い)。
ヴェニス7

「けれども彼自身は、海の中にいる蒼白い愛らしい魂の導き手が自分にほほ笑みかけ、合図しているような気がした。少年が、腰から手を放しながら遠くのほうを指し示して、希望に溢れた、際限のない世界の中に漂い浮んでいるような気がした。すると、いつもと同じように、アシェンバハは立ち上がって、少年のあとを追おうとした。椅子に倚って、わきに突っ伏して息の絶えた男を救いに人々が駆けつけたのは、それから数分後のことであった。そしてもうその日のうちに、アシェンバハの死が広く報道されて、人々は驚きつつも恭しくその死を悼んだ 」
                   トーマス・マン / 原作、高橋義孝 / 訳 新潮文庫より

8-2ウィジョヨクスモの花


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石の巡礼 その2(十王2)

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今回は各地にある十王像を見て見たいと思います。
浄土宗の発展において葬祭儀礼の導入が重要な役割を果たすようになると、室町時代ごろから地蔵十王信仰が一般化して江戸時代には全国、特に東日本でたくさんの十王像が制作されました。
ほとけの救済に預からなかった人は、死後生前の行ないを吟味する裁判を受けなければなりません。
その裁判長が十王で、初七日から三回忌までを十人の王が担当し、閻魔王はその中心的な存在です。
判決によって生まれ変わる世界が決まるため、裁判を亡者に有利なものにするため遺族が回忌供養を行なうのです。
地蔵菩薩は地獄までも救済に赴くとされ、十王や六道(地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人・天)の信仰が普及するとともに地蔵が厚く信仰されるようになりました。
地蔵が右手に持つ錫杖は、巡礼する僧と同じように六道を巡って人々を救うことを意味します。
地蔵と十王の関係は密接で彫刻に現れます。
まずは九州地方の十王像です。
大分県は石造物の宝庫です。
臼杵の磨崖仏から見ていきたいと思います。
          「臼杵石仏 大分臼杵 ホキ石仏第一群第四龕
1ホキ1001
臼杵の石仏は唯一国宝に指定されている石仏です。
4カ所に分かれており、地蔵十王がある龕はホキ石仏第一群第四龕です。
鎌倉初期に掘られたようです。
中央に右脚を折り曲げ、左足を垂らして座る半跏椅像の地蔵菩薩、左右に5体ずつ十王像が彫られています。
十王は衣冠束帯の道服の姿で長い時を経て残る色彩が素晴らしい像です。
               「千燈寺 大分国見」
2千灯寺
                    鬼
2千灯寺(十王)2
国東六郷満山霊場23番の千燈寺の境内にある堂の中に安置されています。
とてもしっかりした像で、儀軌に忠実に作られています。
近くに旧千燈寺跡や千燈石仏があり、その途中によって見つけました。
十王のほか地蔵菩薩、奪衣婆、鬼までいます。色彩が残っています。
               「常念寺 大分国見」
3常念寺
同じ国見町にある常念寺にもとても良くできた十王があります。
千燈寺の十王によく似ていますがこちらの方が細部まで彫刻され持ち物もよく彫られています。
顔の表情も優れています。
保存状態が良い像です。
               「富貴寺 大分豊後高田」
4富貴寺
                 十王と浄玻璃鏡
5富貴寺6
                 十王と檀拏幢
6富貴寺8
国宝富貴寺参道入り口の左右に石殿が一つずつあります。
石で作られた小さな仏殿で入母屋造の屋根と側面に彫刻があります。
1つの石殿に5体ずつ、計10体の十王と浄玻璃鏡、檀拏幢が彫刻された非常に珍しいものです。
南北朝時代の作です。
また境内にも十王石仏が安置されています。
7富貴寺4
野外のため保存状態は良くありません。
               「轟地蔵 大分杵築」
8轟地蔵003
道脇から谷に降りたところに白粉を塗られた轟地蔵が安置されています。
そこに苔むした十王が並んでいます。
とてもすぐれた彫刻で十王の表情が素晴らしく、苔とマッチして素晴らしい雰囲気を醸し出しています。
               「願成就寺 大分日出」
9願成就寺2
国東六郷満山霊場 第三十三番で山門を登ると中門があります。
中門の左右に保存状態の悪い十王が5体ずつ安置されています。
境内には1311年の立派な国東塔が安置されています。
       「堂の迫磨崖仏 六地蔵・施主夫婦像・倶生神 大分豊後高田」
10応暦寺016
                六観音・十王像・六地蔵
11応歴寺013
応暦寺の奥の院へ行く途中の崖の上にあります。
室町時代初期の作で崖の上部に50cmほどの大きさで六観音・十王像・六地蔵・施主夫婦像・倶生神(司録像)を半肉彫りしています。
そらく、倶生神に夫婦の善行を記録させ、死後、冥界の十王に、報告させて、極楽往生を願ったものと思われます。
               「倉成磨崖仏 大分山香」
12倉成005
石切場の窟の中に地蔵菩薩を中心に左右に2体の十王像と、その他、倶生神像2体、童子形像2体の計7体の像が彫られています。
極楽往生を願って彫られた摩崖仏と思われます。
今回大分県を中心に十王像を見てきました。
大分県は石仏の宝庫です(遺跡の旅XXXⅠ)。
磨崖仏だけではなく、寺院の彫刻その9でお話しした仁王像、庚申塔など面白い石造物がたくさんあります。
次回は近畿地方の十王を見ていきます。

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